八周目 人を食らうモノ
――八周目。
もはや見慣れたボロアパートの一室で、俺は顔を手で覆いながら深いため息を吐き出していた。
「くっそ……」
呟き、唇を強く噛みしめる。
「油断した」
やはり、俺の直観は正しかった。
あのプレイヤーに出会うことを、俺はこの周回で禁じられている。
だから、あの場所から早く離れなければならなかったというのに……。
「いや、でも。そのおかげで欲しい情報は手に入れることは出来たな」
探していた、浦野に関する居場所とクゼに関する情報。
最後には気になることをあの女性は口にしていたが、それでも七周目の最低目標であったその二つは手に入れた。
その情報の真偽は分からないが、それはこの八周目で確かめればいい。
大事なのは、無駄な周回じゃなかったということだ。
「二日目の東京駅に浦野が居れば、浦野にクゼと――アイオーンの奴と直接会う方法を聞いて……。アイオーンが江東区に居るのは間違いないみたいだから、この周回でしらみ潰しに探してみるか」
言いながら、身体を起こす。
ボロアパートから出るべく扉へと近づきながら、順調にクソゲーの攻略が出来ているその実感に、俺は思わず笑みを溢した。
「まさか、二つの情報が一気に集まるとはな。最悪、三日丸々使うことも覚悟していたし、初日での成、果は――――」
ボロアパートから出るための、扉のドアノブに手を伸ばした状態でピタリと止まる。
「初日、だよな」
確かめるように俺は言った。
激しい違和感。
寝起きで止まっていた思考が朝日を浴びて活動を始めるかのように。
七周目のあの時、探し求めていた情報が得られたその喜びから、忘れていた事実が浮足立っていた俺の心を冷え込ませる。
「初日、なんだよな? そうだったよな?」
もう一度、俺は呟く。
記憶を遡るが、それは間違いない。
だったら。
だったら、どうしてアイツは――――。
「なんで、なんでアイツは……。初日の段階でどうして、二日目以降の内容を俺に話せたんだ!?」
本来ならば初日のプレイヤーが知りえるはずの無い情報。
アイツは――あの女は、その情報をどうして俺に伝えることが出来たんだ!?
「嘘、か?」
だとすれば、なぜ?
先の周回では、俺はあの女と出会うのは初めてだった。
ということはつまり、あの女にとっても俺との出会いは初めてだったはずだ。
何もかもが全て始まったばかりであるその日に、人探しをしていた俺にあの女が嘘を吐いて得する理由が分からない。
それよりも、意識を失う直前のあの様子はまるで……。
「まるで、何かから逃げてるみたいだった」
それじゃあ、いったい何から?
「分からない。分からねぇ……」
完璧とまではいかないまでも、順調に七周目を終えたと思った。
無駄な周回ではなかったと思った。
そう、思っていたはずなのに!
「アイツは……。いったい、何なんだ」
考えられるとするならば、アイオーンの手先、か?
いや、アイツはそんな直接的な手を下さない。
アイツはもっと陰湿で、外側からじっくりと他人の心をへし折りに来るようなクソ野郎だ。
「………………」
ここにきて、せっかく手に入れた情報が怪しく思えてしまう。
クゼが江東区に居るのは、俺の記憶が正しい情報だと裏付けしているので間違いない。
だが、浦野は本当に中央区に居るのか?
このまま、本当に二日目に東京駅へと向かって大丈夫なのだろうか。
「落ち着け。落ち着いて可能性を考えろ」
自らに言い聞かせるように、俺は言った。
この世界で、既知の未来を知るのは俺かアイツしかいない。
それを知っているということは、あの女はあのクソ野郎に連なる人物だということだ。
「……あの話そのものが、罠の可能性もある。でも――」
もし、これがアイオーンの仕掛けた罠なのだとしたら。
その時、俺はまた〝この朝〟に俺自身の過去を失いながら戻ることになるだろう。
けれど、だからと言って。
周回のデメリットが明らかになった今、周回の発動条件だけを探すことは出来ない。
俺の最終目標は、このクソゲーの攻略だ。
この世界から、救うべき人たちを救うことだ。
そのためには、アイオーンへと繋がるプレイヤーの元へ行かねばならない。
――罠でも、今は乗り込むしかない。
「…………行こう」
八周目に。
真偽を確かめるためにまずは、食料と水を調達してから二日目を迎えねばならない。
▽
≫≫ストーリークエストを受信しました。
≫≫ストーリークエスト:人を食らうモノ を受諾しました。
≫≫ストーリークエスト:人を食らうモノ の開始条件を確認しました。
≫≫ストーリークエスト:人を食らうモノ を開始します。
≫≫ストーリークエストの完了条件は、オーガの討伐です。
二日目、夜明けの朝。
俺はそのアナウンスを、秋葉原駅からほど近いところにある、廃墟となった学校の中で聞いていた。
八周目の目標を〝あの女性の言葉の真偽を確かめること〟と決めた俺は、まずは浦野に会うことにした。
あの女性の言葉通りならば、浦野は二日目の今日、東京駅に行けば会うことが出来る。
しかし、二日目と言えばストーリークエストが開始される日だ。
クエストを抱えたまま別の行動を取ることなんて出来ない。
そう判断した俺は、まずはクエストを消化してから浦野の元へと行こうと考えた。
「……オーガか」
老朽化によるものか、ところどころ床が抜けた教室の中で、俺は今しがた聞こえたばかりのその声の内容を振り返る。
開始条件を満たしているということは、この周辺のどこかに討伐対象であるオーガが居るのだろう。
「…………【気配感知】」
呟き、試しに周囲の気配を探る。
だが、俺の【気配感知】にはボスらしき気配は掛からない。
「……まあ、だろうな。ボスがいれば、通知が来る前に俺が戦っているだろうし」
この周回を行うようになって、初日で次の周回へと向かうことが多くなった。
今回は久しぶりのボス戦を行わねばならないということもあって、クエストのアナウンスが響くまでの時間、俺は出来る限りのレベリングとスキル習得に励んでいた。
その成果は、約半日でレベル一つの上昇。
あの天狗を倒してから、通算で俺のレベルは二つしか上昇していない。
それでも、今回のレベルアップで新たなスキルを獲得したことを、俺はステータス画面で確認していた。
「そろそろ、後回しにしていたステータスを割り振るか」
五周目でステータスを振り終えて、六周目でレベルが一つ上昇した。
そこで獲得したSPを七周目で割り振ろうとしていたのだが、周回のデメリットが発覚したことで有耶無耶になってしまい、さらには六周目で獲得したSPを割り振らなくても今の俺ならば安定してモンスターを倒すことが出来ていたことから、なんだかんだと後回しにしていたのだ。
だが、さすがに今回はもう無視することが出来ない。
ここでボスに負ければ、俺は無意味な周回を重ねることになる。
しっかりとステータスは割り振るべきだろう。
Lv:47 SP:30
HP:216/216
MP:93/93
STR:157(+16)
DEF:97(+10)
DEX:101(+10)
AGI:157(+16)
INT:85(+9)
VIT:91(+9)
LUK:156(+16)
所持スキル:未知の開拓者 曙光 星辰の英雄 種の創造主 天恵 夜目 地図 気配感知 直観 雷走 闘争本能 集中強化 瞬間筋力増大 視覚強化 聴覚強化 空間識強化 痛覚遮断 不眠 刀剣術 / 一閃 格闘術 / 急所突き
特殊:強化周回
種族同化率:33%
「そうだな……」
呟きながら、口元に手を当てる。
新たに獲得したスキル。それは、【不眠】という戦闘には役に立たないが、今の俺にとってはありがたいスキルだった。
その効果は非常に単純なもので、睡眠を必要としなくても身体を万全な状態で動かすことが出来るようになる――というもの。取得条件は、『24時間以上眠ることなく身体を動かし続けること』だ。
今にして思えば、周回を始めてからまともな睡眠というものをしていない。
周回直前、直後は強制的に意識を落としているが、それが睡眠としてカウントしないのであれば、十分な睡眠をとったのはいつのことだろうか。
「それは、考えるだけ時間の無駄だな」
呟き、新たに取得したスキルから思考を切り替える。
再び向き合った自分のステータスから、俺は慎重にSPを割り振っていく。
Lv:47 SP:14
HP:216/216
MP:93/93
STR:160(+16)
DEF:100(+10)
DEX:101(+10)
AGI:160(+16)
INT:85(+9)
VIT:91(+9)
LUK:170(+17)
所持スキル:未知の開拓者 曙光 星辰の英雄 種の創造主 天恵 夜目 地図 気配感知 直観 雷走 闘争本能 集中強化 瞬間筋力増大 視覚強化 聴覚強化 空間識強化 痛覚遮断 不眠 刀剣術 / 一閃 格闘術 / 急所突き
特殊:強化周回
種族同化率:33%
LUKに7、STRとAGI、DEFにSPを三つずつ割り振る。これで、残りSPは14となった。
「クエストのボスはオーガ……だったよな」
オーガと言えば、人を食らう怪物として有名なモンスターだ。
ファンタジーの定番中の定番ともいえるモンスターで、多くの作品で大きな背丈と狂暴で残忍な性格として書かれていることが多い。
問題は、このクソゲーにおけるオーガがどれほどの強さなのかということだが……。
「そればかりは、戦ってみないと分からないからなあ」
だが確実に言えることは、そのオーガにも間違いなくルナティックモードが適用されていることだ。
「もう少し、DEFとSTRを上げておくか?」
イメージ的にオーガが素早く動くことはないだろうから、AGIは十分だろう。
あと考えられるとすれば、オーガのDEFが高いかSTRが高いということだ。
「SPを五つずつ割り振って……。余りは非常用に残そう」
言いながら、俺はステータスの割り振りを終えた。
Lv:47 SP:4
HP:216/216
MP:93/93
STR:165(+17)
DEF:105(+11)
DEX:101(+10)
AGI:160(+16)
INT:85(+9)
VIT:91(+9)
LUK:170(+17)
所持スキル:未知の開拓者 曙光 星辰の英雄 種の創造主 天恵 夜目 地図 気配感知 直観 雷走 闘争本能 集中強化 瞬間筋力増大 視覚強化 聴覚強化 空間識強化 痛覚遮断 不眠 刀剣術 / 一閃 格闘術 / 急所突き
特殊:強化周回
種族同化率:33%
「……よし」
呟き、スマホを閉じる。
「さて、と。あとは、他のプレイヤーがオーガを見つけるよりも早くオーガと会って、殺すだけだ」
ルナティックモードに他プレイヤーを巻き込むことは出来ない。
周囲にプレイヤーの気配がないことはすでに確認済みだが、気配感知の範囲外でこのクエストを受けたプレイヤーがいるかもしれない。
戦闘中に鉢合わせでもしたら、そのプレイヤーが助かることはまず無いだろう。
それよりも前に、ボスを討伐しなくては。
「まずは、街を駆け回りながら【気配感知】で探すか」
天狗のように、ステータスや気配そのものを【隠蔽】のスキルで隠していなければ、すぐに見つかるだろう。
「さあ、ボス戦だ」
言って、俺はガラスの割れた窓から外へと飛び出す。
草木が生える緑豊かなかつての校庭へと足を踏み入れて、この学校を守るようにそびえる蔦が巻き付いた5メートルほどの大きさがあるフェンスへと向けて全力で走る。
「ふっ!」
息を吐いて、走る勢いを殺すことなく地面を踏みしめると、俺は思いっきり地面を蹴りつけた。
ドンッという音と共に地面が軽く抉れたのが分かった。
一度の跳躍でフェンスの半ばまで到達した俺は、その勢いのままフェンスを手で掴み力を込めると自らの身体を持ち上げて、その勢いでまたさらに上へとむけて跳んだ。
跳び上がった身体は今度こそフェンスを越えて、やがて重力に引かれて地面へと落ちていく。
「っ、と!」
空中で着地の体勢を整える。
ぐんぐん迫る地面とのタイミングを計りながら、着地の瞬間に膝を曲げて衝撃を逃がす。それでも逃がしきれない衝撃を、即座に地面を転がるようにして衝撃を分散した。
「行くか」
すぐに立ち上がり、俺は廃墟の街へと駆け出す。
すると、すぐにモンスターに出くわした。
「ォオ……オオ……」
言葉にならない声を上げて、廃墟の街を我が物顔で歩いていたのは、身長が三メートルにも及ぶ巨大なゴブリンによく似たモンスターだ。
醜悪な顔、緑がかった肌と、中年太りのように出っ張り腰の皮蓑の上にでっぷりと乗っかった腹の肉。唯一違いがあるとすれば、ゴブリンの瞳は黄色く淀んでいるのに対して、コイツの目は紫色にくすんでいることだろうか。さらに言えば、ゴブリンは小学生ほどの小ささで力が弱いのに対して、コイツは身長も馬鹿デカく力も飽きれるほどに強いモンスターだった。
「トロルか」
と、俺は呟く。
正式名称は分からない。だが、醜悪な顔で巨大なモンスターという特徴から、俺が勝手に呼んでいる。
トロルは、地面を駆ける俺に気が付いたようだ。
これからの行動をどうするべきか考えるように、ボリボリと毛のない頭を片手で掻くと、やがて何かを閃いたかのように両手を組み合わせて大きく振り上げた。
「ッ、さっそくかよ!」
吐き捨て、すぐさま回避行動を取る。
地面を蹴ってその場から離れると、少し遅れてトロルが俺の居た場所へと向けてその両手の拳を振り下ろした。
「ッ!」
地面を揺るがす轟音が周囲に響き、崩壊寸前の周囲のビルが瓦礫を落としながら崩れていく。
ただでさえヒビ割れて崩落寸前だったのに、トロルの攻撃による地面の振動に耐え切れなかったのだ。
トロルはその拳で俺を潰したとでも思っているのか、目をぱちくちと瞬きさせると、そっと拳を持ち上げて大きく凹んだ地面を覗き見ようとしていた。
「――馬鹿が」
吐き捨て、俺は初日の段階でオークから奪っておいた肉斬り包丁を、蔦で止めておいた腰のベルトから引き抜く。
トロルは、力は強いが頭が弱い。知能で言えばゴブリンよりも低いだろう。
拳の下に俺が居ないことを確認して、それがどういう事なのかが理解できていないのか、トロルが不思議そうな顔をする。
俺は、そんなトロルの様子を見ながら引き抜いた肉斬り包丁を片手に構えると、息を細く吐き出して両足に力を込めて、一気に地面を蹴り飛び出した。
「おらァ!」
掛け声と共に、トロルの左太腿を切り裂く。
発動した【一閃】はその太刀筋の威力を高めて、斬り裂いた太腿をいとも容易く切断した。
「オオォォオオオ!!」
突然の激痛に、トロルが声を上げて両腕を振り回す。
だが、片足ではその身体を支えていられることも出来ず、自らの左足から溢れる血だまりの中へとその身体を沈ませた。
「ォオオ……」
血だまりの中で、トロルが藻掻き起き上がろうとする。
だがそれよりも速く、俺はトロルの首元へと接近をするとその息の根を止めるべく、肉斬り包丁を振り下ろした。
「ぉ…………」
首がゆっくりと落ちて、身体が色を失っていく。
俺は包丁を振るって血糊を落とすと、息を吐いた。
「ボスが、コイツらみたいに知能が低ければ良いんだが」
だが、そんなことは絶対にありえない。
それが分かっているからこそ、俺はため息を吐きだすしかなかった。




