五周目 一日目・朝 禁止事項
「……まいったな」
食料を求めて真っすぐに二周目で探索した廃墟へとやってきた俺は、その朽ちた家屋の前で頭を抱えていた。
現在の時刻は、午前七時を少し過ぎたあたり。
人の気配どころか、モンスターの気配すら感じないその廃墟には、足跡の無い分厚く積もった白い埃だけが残されている。
――ここは、二周目で俺がプレイヤーの亡骸を発見して、水と食料を死んだプレイヤーから拝借した場所だ。
この世界が、俺の知る一周目を永遠と繰り返す世界ならば。
二周目と同様この場所に来れば、そのプレイヤーの死体から食料をまた拝借出来るのでは、と考えていた。
……しかしそれが出来るのは、この場所でプレイヤーがモンスターから襲われていればの話だ。
二周目とは違って、探索もせずに。さらには、以前よりも上昇したステータスで街を駆け抜けた俺は、あの時よりも早くこの場所へとやってきていた。
「どうしよう」
思わず呟き、眉間に皺を寄せる。
結局のところ、俺がやろうとしていることは死体漁りに他ならない。
死体が無ければ目当ての食料は手に入ることはないのだ。
……このままどこかに隠れて、その死体が出来上がるのを見守っていようか。
そんなことを考えて、俺はすぐに首を横に振る。
「それは、俺の種族命題を考えると……。きっと、出来ないことだろうな」
俺の中に居座る『人間』という存在と、ソイツから思考や言動を侵され始めると理解してからは、徐々にではあるが俺自身の思考と、『人間』に侵された、いわゆる命題的な思考とを分けて考えることが出来るようになっている。
だが、それも。俺の同化率が低ければ出来ること。
今の俺の同化率は20%だから、俺はこうして死体漁りをして食料を調達することを思いついたが、そもそも同化率が高ければ先の未来で作られる死体そのものが存在しないように思考が動いただろう。
それに、低いとは言っても同化率は20%だ。俺の中で五分の一がすでに消失している時点で、実際に目の前でそのプレイヤーが殺されそうになれば、俺は考えるよりも早く身体が動いてしまうに違いない。
「その事件が起きるのを、傍で待つだけってのは無理だな」
俺はそう結論を下す。
俺の種族命題のこともそうだが、限られた時間の中で無意味にぼんやりと時間を消費することは出来ない。
――こんなことになるのなら、二周目の探索中に時間を頻回に確認しておくべきだった。
俺は、そんなことを思いながら新しく計画を練り直す。
「そう言えば、もう少し北に行けばジャガイモもどきがあったな」
かつての地球の名残。自生したジャガイモが長い年月の中で変異したと思われる、岩のような硬さとなったジャガイモのような物体だ。
最悪、あれを食せばなんとか生き永らえることは可能なのかもしれない。
「……もしくは、誰か他のプレイヤーを見つけて食料を分けて貰うか?」
チュートリアルクエストぐらいであれば、俺が手伝えばすぐに終わるだろう。
その見返りとして食料と水を一日分……いや、一食分でも分けてもらうのはどうだろうか。
「……やってみるか」
俺ではない他プレイヤーと、周回を繰り返す俺が、接触すればどうなるのかを知る必要もある。
【気配感知】を発動させると、ちょうど少し離れた場所に一つの気配があった。
すぐさま俺は移動を開始して、視界に入ったその姿を遠目から眺める。
――歳は俺と同じぐらいの、身体的な特徴がない男性だ。おそらく、あのプレイヤーの種族は『人間』に違いない。
ゴブリン一匹を相手に恐怖で引きつった声を上げながらも、必死に手に持つ木の棒で応戦をしているが、初期ステータスの低さからかその動きはぎこちなかった。
無駄な動きを交えながらも木の棒を振り回すその姿は、まるで小さな子供が行うチャンバラ合戦でもしているかのようだ。
もちろん、そんな攻撃でゴブリンに攻撃が当たるはずもない。
男が木の棒を大きく振るう度に、ゴブリンはその攻撃を馬鹿にするかのように大げさに避けてゲラゲラと嗤っている。
今はまだ、ゴブリンが男を弄んでいるような状況だが、それもゴブリンの気分次第だろう。
ゴブリンが男との戦闘に飽きれば、その男はゴブリンに呆気なく殺される未来が容易に想像できた。
「……いくか」
呟き、そのプレイヤーの元へと俺は駆ける。
近づく俺に、最初に気が付いたのはそのプレイヤーではなくゴブリンだった。
「ぐぎゃッ!?」
百メートルの距離を数秒で縮めた俺に、ゴブリンが驚愕の表情を浮かべて目を剥いた。
俺はそのプレイヤーの男の横で止まると、すぐにその男へと声を掛ける。
「なあ」
「ッ!!??」
隣に立った俺に、その男がひゅっと息を止めながら大きく飛び跳ねた。
これでもかと見開かれた目と、【聴覚強化】を使用しなくても心臓の鼓動がはっきりと耳に届いてきそうなほど驚愕しているその男の様子に、突然声を掛けたことが申し訳なくなる。
(初日のプレイヤーと今の俺じゃあ、ステータスの開きが大きいだろうし、突然現れたように感じたんだろうな)
そんなことを思いながら、俺は出来るだけ声音を抑えて安心させるようにゆっくりと話しかけた。
「チュートリアルクエストは受けているか?」
「あ、っ、えっ」
驚きすぎて声が出ないのか、その男が飢えた金魚のようにパクパクと口を動かした。
その様子を見ながら、俺はもう一度ゆっくりと問いかける。
「安心しろ。お前と同じ、トワイライト・ワールドのゲームプレイヤーだ。もう一度聞くけど、チュートリアルクエストのアナウンスはスマホから流れたか?」
今度は俺の意図が伝わったのか、男はこくこくと首を縦に振った。
「チュートリアルクエストの相手はゴブリンか?」
「ぁ、あ、あぁそうだ。あんたは――」
「そうか。一つ、提案があるんだが。チュートリアルクエストを終わらせる手伝いをするから、その報酬の一部を分けてほしいんだ」
男の言葉を遮って、俺はゴブリンの動きを注視しながら男へと要件を告げた。
男は俺の言葉をゆっくりと咀嚼し理解すると、また驚きで目を見開く。
「ほ、報酬? それを分けるって……。やっぱり、ここはゲームの中なのか!? い、いやそれよりも。あんた、いったい何者――」
「どうだ? 提案に乗ってくれると嬉しいんだけど」
俺はまた、男の言葉を遮って告げる。
男は激しく動揺をしながらも、俺の顔とゴブリンをそれぞれ見比べて、ゆっくりと頷いた。
「あ、ああ。分かった。報酬の一部は渡す。それと、この世界について何か知っていることがあれば教えてくれ!」
「……ああ、分かった」
呟き、俺は取り引きがまとまったことに安堵する。
それから、俺は注視していたゴブリンへと意識を向ける。
唐突に現れた俺に驚き、動きを止めていたゴブリンだったが、目の前に現れた俺が応戦していた男と同じプレイヤーだと判断したようだ。
その口元に嫌らしい笑みを浮かべると、すぐさま攻撃の体勢を取り始めた。
俺はその体勢が整うよりも早く、足を前に踏み出す。
一息でゴブリンとの距離を詰めて、その顔に向けて手を向けると右手の中指でデコピンの形を作り、思いっきり弾いた。
――バキッ!
と頭蓋の割れる音がして、ゴブリンが真後ろへと吹き飛ぶ。
「ひっ」
と、その様子を見た男が発する悲鳴のような声が聞こえた。
――俺のポケットに入れていたスマホから、アナウンスが鳴ったのはその時だった。
≫≫特殊システム:強化周回の禁止事項への抵触を確認しました。
≫≫貴方の手で、プレイヤーの運命を変えることは許されていません。
≫≫特殊システム:強化周回を確認しました。
≫≫特殊システム:強化周回が発動します。
「は――?」
そのアナウンスの言葉を理解するよりも先に。
俺の意識はまた、強制的に落とされて。
俺の五周目は、唐突な終了を迎えた。




