三周目~ レベリング
朝の陽ざしを感じながらも、俺はゆっくりと目を覚ます。
目覚めは一周目や二周目と同じアパートの一室。
スマホの時間を確認しても、二周目で目覚めた時間と変わらない。
「――――ッ」
腹部に激痛が走る。
見れば、腹部には酷い内出血が広がっていた。
身体を動かせば痛みが走るが、動けないほどじゃない。
俺はすぐにステータス画面を取り出して、自分の状態をチェックする。
「……レベル、スキル、ステータスは一周目と同じように引き継ぎ。同化率は31%まで下がってる。HPは51でMPは65か」
身に付けた衣服は引き継ぎ、持っていた物品は引き継げない。
これも、二周目と同じ。
俺はステータス画面を閉じて、一周目の俺がバタバタとアパートの中で暴れる音を聞きながら、じっとこれからのことを考える。
「……今の俺で、ボスに勝つことが出来ないのは分かった。…………まずは、レベル上げだな」
二周目でも相当頑張っていたと思ったが、それだけではクエストボスに敵わない。
今の俺のレベルは35。
であれば、次に目指すレベルは40か。もしくは、それ以上だ。
二周目のレベルの上がり幅が悪かった原因を考えれば、同化率を気にして跳弾でのモンスター討伐を行っていたことだろうか。
「それか、パーティーを組めばあるいは――」
パーティーを組むことによる経験値の共有化。
それが起きることを、一周目のどこかで学んだ気がする。
経験値が共有化されるのならば、同じ戦力のプレイヤーで各個モンスターを撃破することで経験値取得の効率はパーティー人数に応じて格段に増える。
「……馬鹿か。この世界のどこに、初日でレベル30を超えたプレイヤーがいるんだよ」
俺は、自分自身のその案に対して思わず笑った。
レベル差のあるパーティーは、言ってしまえばパワーレベリングになる。
最初のクエストを乗り越えることも出来ていないのに、パワーレベリングをして他プレイヤーを育成する余裕なんてどこにもない。
「クエスト自体を変えてみるか」
立川より西でクエストを受ければ、あの天狗と戦うクエストが発生するだろう。
ならば発想を変えて、天狗と戦わないようクエストそのものを変えてみるのはどうだろうか。
クエストを受ける瞬間の場所を東にズラすか、北……もしくは南へとズラせばクエストの内容はきっと変わる。
「いや、ダメだ。クエストを変えても、ボスのステータス補正とルナティックモードがある以上、意味がない」
どのクエストを選んでも、ボスは等しく強化される。
このクソゲーは、ボスが変わるだけで難易度自体は変わらない。
現状、俺はどのボスを選んだとしてもあの無理ゲーに挑むしかないのだ。
――だったら、一つのクエストに絞ってボスの攻撃方法、動き、スキルを見極めた方が良い。
手あたり次第にボスへ挑んでも、無駄に死に目に合うだけだろう。
「……ん?」
そんなことを考えていると、ボロアパート全体が大きく揺れた。
壁全体にヒビが広がり、パラパラと壁が崩壊し始める。
「っ!?」
その現象に、俺はすぐさま合点がいった。
「――ゆっくりしすぎたッ!」
このアパートは、一周目のユウマが部屋を出ると同時に崩れ去る。
それは、俺がかつて経験した事実だ。
気が付くと、一周目のユウマが暴れる音が消えて。
アパートの外廊下から「うおおおおおっ!!」という雄たけびが聞こえ始めていた。
「マズいッ!」
慌てて、俺もアパートの一室から外へと飛び出る。
その瞬間。
空から影が降ってきて、俺の前方にドサリと音を立てながら中肉中背の男が地面へと降り立ってきた。
男は前のめりで倒れたが、アパートが崩壊する音にハッとして振り返った。
「――えっ」
という声は男の――一周目のユウマのものだった。
一周目のユウマの瞳に、アパートから慌てて飛び出した俺の姿が映し出されているのがすぐに分かった。
「――――っ」
しまった、と俺が思うよりも早く。
そのアナウンスが、俺のスマホから鳴った。
≫≫特殊システム:強化周回の効果を確認しました。
≫≫同一人物との接触を確認。強化周回を発動します。
それが鳴り響くのと同時に。
俺の視界は急速に暗転して、再びブレーカーが落とされたように俺の意識はブツリと途絶えた。
ゆっくりと、目を覚ます。
目が覚めると、寸前まで俺が居たボロアパートの一室に、俺はまた寝転がっていた。
なぜ、こんなところに居るのかなんて考えるまでもない。
俺の三周目は、一周目のユウマと出会ったことで強制的に終了したのだ。
(……忘れてた。俺は、一周目ありきの存在だった。二周目では慎重に行動していたから、下手な行動はしなかったけど、さっきは焦りもあって迂闊な行動をとってしまった)
だが、これではっきりしたことがある。
今の俺は、やはりこの世界に存在するユウマと顔を見合わせてはならないということだ。
「……四周目」
俺の三周目は、始まりと同時に終わりを迎えた。
アイオーンの言葉を借りるならば、俺は周回を重ねるごとに俺の存在に関わる〝何か〟を失う……らしい。
早い話が、何もせずに終えた三周目でも俺の中にある〝何か〟は確実に失われたのだ。
その〝何か〟は皆目見当がつかないが、あのクソ野郎のことだ。そう簡単に失っていいものじゃないのは、はっきりと分かる。
強化周回を行うのは、必要最低限にするべきだ。
俺は、そう心に決めて、四周目を始める決意を固める。
俺は四周目のステータス画面が、三周目と変わりないことを確認してから、慎重にけれど素早く三周目で決めていた行動を開始する。
「まずは、レベリング……。場所は、あそこでいいよな」
言って、俺は一周目のユウマと顔を見合わせることがないよう注意しながら、その場所へと向かう。
――高尾山。
その頂上に、化け物が住まう場所だ。
だが、その化け物と出会うまで山を登らなければ、ここは恰好のレベリング場所となる。
「ふー……」
山を登り、出会う角鹿やサルを殺す。
サルから石斧と棍棒を奪い、それを用いてさらに角鹿とサルを空気に換えて経験値を稼いでいく。
角鹿やサルを殺す度に、徐々にモンスターを討伐することへと意識が傾いていくのを感じる。
それを示すように、レベリングを始めてすぐに俺の同化率が35%を超えたことを示すアナウンスが流れた。
だが、そのアナウンスが流れても俺は手を休め事なく、次々と角鹿やサルを殺していく。
そう易々と『人間』に身体を明け渡すつもりはない。
少なくとも、『人間』の出番がここではないことは確かだ。
このレベリングを続けていれば、いずれ『人間』に身体を明け渡す場面もあるだろうが、今ではない。
「…………」
俺の存在そのものを賭けた、強化周回。
周回の度に俺の中の〝何か〟が失われていく以上、そう簡単に周回の回数を重ねることは出来ない。
俺は、一周目を終えた時にかつての仲間との記憶そのものを奪われた――らしい。
二周目を終えた時にも、三周目を終えた時にも、気が付かないうちに俺は確実に何かを失っている。
――だったら。
俺は、このクソゲーを終わらせるために効率を最重要視する。
今までのやり方とは違うやり方を。
一周目とは違う攻略方法を。
もし仮に再び周回を終えるのならば、何かしらの成果を次の俺に託さねばならない。
――『人間』との対話を得て。
俺とアイツは、同じ目的を共有していることを理解した。
少なくともこのクソゲーを否定するという目的では同じだ。
……だったら。
俺は、アイツの存在も利用する。
このクソゲーを終わらせるための一つの手段として使わせてもらう。
アイツが俺の身体を利用して、自分の存在意義を果たそうとするように。
俺は俺の存在意義のために、アイツの存在そのものを利用させてもらう。
俺の身体がアイツに取って代わられるのは癪だし、抵抗もあるが――。
今の俺は、〈幻想の否定〉という面においては、アイツの足元に及ばないのだから。
――そして、アナウンスが鳴って。
俺の同化率が45%を超えたことを知らせてきて、ようやく狩りの手を止めた。
「……次、だ」
傾く意識に奥歯を噛みながら、俺は身体を引きずるようにして下山した。
それから、今度は同化率を上昇させないよう跳弾を使用しながら雑魚を狩りつつ北に向かう。
余計な探索はしない。
探索をしたところで、ストーリークエストのボスが倒せなければ意味がない。
昭島市に足を踏み入れて、コボルドナイトを跳弾で狩って。
俺は、二周目で見つけたそのモンスターの元へと赴いた。
「グルルルルウウウウウウ」
唸り声を上げて、コボルドキングが俺の前に立ちはだかる。
その前に立って。
俺は手に持つ石斧を構えながらそのモンスターへと意識を向ける。
「【集中強化】」
呟き、そのスキルを発動させる。
全ての思考を排除し、そのモンスターを狩ることだけに意識を向ける。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在49%です。
アナウンスが鳴った。
そのアナウンスに俺は口元を吊り上げる。
「さあ、お前の出番だ。好きに暴れろ」
言って、俺は思考を焼くようなそのモンスターへの嫌悪に身を投じる。
今ばかりは抗うことを止めて、その声に大きく同意してみせる。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在51%です。
≫≫あなたの種族同化率が50%を超えました。システム:種族同化が適応されます。あなたの身体を種族:人間が操作します。
アナウンスが鳴った。
意識が薄れて闇に溶けていく。
その寸前。
アイツの声が、頭に響いた。
――僕の存在をレベリングに使用するのか。……君、最高にイカレてるよ。
――ああ、だろうよ。
イカレてなきゃ、こんな世界で生き残ることなんて出来やしない。