六日目・?? 救世と幻想の否定
…………俺たちは、いったい、どれだけの間そこにいたのだろう。
流していた涙が枯れ、クロエの血が固まり始めた頃、俺の【気配感知】に一つの大きな気配が引っかかった。
それと同時に、あの――忘れることが出来ない声が俺たちの耳に届く。
「いやぁー、素晴らしい。最高の喜劇だ。信頼し合った仲間たち同士での殺し合い。最後が呆気ないのも、実に良い。最高の舞台役者だね、君たちは」
静まり返ったホールに、ぱちぱちとゆっくりと手を叩き合わせる音が響いた。
顔を上げると、いつの間にそこに居たのか。クソ野郎がホールの壁に背中を預けて俺たちを見つめている。
「――――――」
瞬間的に憎悪が燃え上がる。
限界突破の反動も、戦闘の傷も全てが吹き飛ぶ。
脳内のアドレナリンが異常に出ているのが分かる。
尋常ではない痛みさえも、今この瞬間だけは全てを忘れた。
「久ゥウウウウウウ瀬ェエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!」
野太刀を掴み、俺はその男へと飛び掛かった。
今の俺がアイツに敵わないことは分かってる。
けど、それでも。
だからと言って、この心に宿った憎悪を制御できるほど、俺は冷静にはなれなかった。
「……まだ、立ち向かえる元気があるのか」
一息で距離を詰めた俺を、久瀬はため息と共に言った。
そして、久瀬は俺を見つめて呟く。
「――【万物創造】」
それが、久瀬の持つ力の名前だということはすぐに分かった。
久瀬の眼前の空間が歪み、固まる。
振るった野太刀の刃はその空間に当たり、ガキィンという高い音を響かせながら弾かれた。
「ッ!?」
まるで、久瀬の眼前にある空間そのものが強固な楯になったかのような硬さ。
攻撃を弾かれ、体勢を崩した俺に久瀬はさらに言葉を重ねる。
「【万物創造・終末の鎖】」
瞬間、俺の両手足に地面から伸びた鎖が四肢に絡みつき、俺の身動きを封じる。
必死にその鎖を解こうと躍起になるが、鎖はさらにその締め付ける力を増して、俺は地面へと押し倒された。
「グッ」
仰向けで地面に固定され、俺は首だけを上げて久瀬を睨み付ける。
久瀬は俺の視線を受け止めると、薄い笑みをその顔に浮かべた。
「逃げられないだろ? その鎖は、かつて存在したロキという神を縛った鎖だ。神に解けない鎖を、ただの人間が解けるはずがない」
そう言って、久瀬はゆったりとした仕草で空間へと手を伸ばし、何かを掴む動作をする。
「【万物創造】」
その言葉と同時に、久瀬の手に一メートルを超える直剣が出現する。
久瀬は、その剣を俺の左腕に突き刺すと、グリグリと抉るように回した。
「グッ、ァァァァあああああッ!!」
無意識な絶叫が口から飛び出た。
久瀬は、俺の絶叫を聞きながらも、感情を隠したような無表情で俺を見つめた。
「今回のお前は、いつも以上にしつこいな。……どうすれば、その心が折れる? どうすればお前は全てを諦める?」
「グッ――」
俺は、久瀬を必死で睨み付ける。
その目に、久瀬がこれまで隠していた感情を露わにするかのように、ピクリと眉を動かした。
「――その目だ。いつまで、お前はその目を俺に向ける? いつまで、この現実に希望を持ち続ける!?」
呟くように吐き出されたその言葉は、だんだんと語気が荒くなり、久瀬の言葉に確かな苛立ちが混じり始める。
「いつもなら、ここで心が折れていただろッ! どうして、まだ立ち上がる。どうしてまだ歯向かえるッ!? いつまで、この状況をひっくり返せると思ってるッ!! …………今までのお前は、もっと、すぐにッ、この現実に絶望し自ら命を絶っていただろうがッ!!」
怒りに身を任せたように、久瀬が何度も剣を俺の身体へと突き刺して、グリグリと刃を動かす。
その度に襲う激痛が俺の意識を落として、次に襲う激痛が意識を覚醒させていく。
「ぅ、ぐっ、ううううううッ!」
――それでも、俺は久瀬を睨むのを止めない。
何度、意識を失っても。
次の痛みで覚醒した時に、久瀬を睨み付ける。
その視線に、さらに久瀬が怒りを燃やす。
「――いつまで、その目を続けるつもりだッ!!」
「ッ、【神の光楯】ッ!!」
ミコトが俺と久瀬の間に飛び出て、光の楯を出現させた。
だが久瀬は、出現した光楯と俺たちを見て小さく鼻を鳴らすと、薄い笑みをその顔に浮かべる。
「そんなもので、ソイツを守れるはずがないだろ」
言って、久瀬は指を鳴らす。
すると、その手に持っていた剣が姿を消して。
次の瞬間には俺の左肩へと突き刺さった。
「ぐぅうううっ」
「っ、やめてッ!! もう、やめて!!」
枯れていたはずの涙を流しながら、ミコトが悲鳴を上げてその剣を引き抜いた。
そして、その剣が二度とその手から離れないように。
決して誰も傷付けないよう固く柄を握り締めながら、ミコトは項垂れるように俯き、涙を流しながら呟くように言った。
「もう…………やめて、ください。これ以上、私の大切な人を傷つけないで…………」
涙で濡れた悲痛に満ちた懇願だった。
だが、それでも。
この世界と、この男は……。
俺たちを――いや、俺を。失意のどん底へと叩きこんでくる。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在37%です。
ミコトのスマホから響いたそのアナウンスに、ミコトが恐怖するように目を見開いた。
同時に、久瀬の顔が嫌らしく、どこまでも醜悪に歪み、笑顔とも呼べない笑みをその口元に浮かべた。
「……ああ、そうか。コイツがまだ元気なのは、お前が残っていたからか」
その言葉に、その言葉の意味に、俺はすぐに気が付いた。
あれだけ滾っていた憎悪の心が一気に鎮静化して、全身から血の気が引く。
「……………………やめろ」
俺は呟く。
コイツが――このクソ野郎が、何をしようとしているのかがすぐに分かった。
「やめろ、やめてくれッ!」
「ふふっ、はははははッッ! そうだ、その表情だ。それが俺は見たかった」
久瀬は俺に向けて嗤い、見せつけるかのように指を鳴らす。
そして再び。
この世界が俺へと牙を剥いて、彼女のスマホから絶望のアナウンスが響いた。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在51%です。
「ぁ――――」
とミコトが小さな声を漏らす。
何かに抗うようにミコトの視線が揺れた。
必死で助けを求めるように、ミコトが俺へと手を伸ばす。
「――――ゆう、ま……さん。生きて………………」
ミコトは、ゆっくりとその言葉を呟いた。
そして彼女は、その手に抱いていた剣を落として、がくりと意識を失いその場に崩れ落ちる。
「あっ、ぁ……あぁッ…………!」
震える唇で、俺は言葉を漏らす。
必死で彼女の元へと近づこうと、激しく身悶えすように身体を動かすが、俺の四肢を縛る鎖はビクリともしない。
……そんな、いやだ。
……もう、これ以上は勘弁してくれ。
これ以上はもう、心が耐えきれないッッ!!
≫≫あなたの種族同化率が50%を超えました。システム:種族同化が適応されます。あなたの身体を種族:天使が操作します。
ミコトのスマホからその言葉が吐き出された。
久瀬が腹を抱えて嗤い、俺の絶望を馬鹿にする。
「――――――――――」
言葉を出すことも、息をすることも忘れた。
これまで必死に耐えてきた心が、そのアナウンスをきっかけに瓦解していく音が聞こえたような気がした。
久瀬に対して抱いていた、怒りや憎悪が消えていく。
流していた涙が絶望と共に枯れていく。
心に残った闇よりも深い絶望が、俺の心を支配していく。
――怒りも、悲しみも、憎しみも。
心が麻痺したかのように、全ての感情が消えてしまう。
感情が消えた先に、たった一つの言葉が胸に湧いた。
(……俺、なんでこんなに、この現実に歯向かってるんだ?)
ふと湧き出たその言葉は、水のように心に広がっていく。
(……そうだよ。どうせ、ここで死んでも俺たちはループするんだ。だったら、今。こんな状況になっても頑張る必要なんてないじゃないか)
必死になって生きたところで、今の俺が久瀬に勝つ見込みは限りなく薄い。
無理ゲーとなったこの現実で、抗えば抗うだけ絶望の底に叩きつけられて、何度も心をへし折られる。
どうせ、何度もループする世界なんだ。
…………こんな想いをするならいっそ。
もうこの世界での生を終えて、また次の世界でやり直せばいい。
「…………殺せ」
そう思った時には、俺の口からそんな言葉が出ていた。
「もう、俺を殺せ」
その言葉に、久瀬の口元が深い笑みで彩られた。
「――ああ、ようやく心が折れたか」
俺は、その言葉に反応する気さえなかった。
何を言われたところで、どうせ巻き戻った先で何もかもを忘れている。
どうせまた、俺はこの世界で……。
抜け出せるはずもないこの世界で、抜け出そうと必死に抗い始める。
生きて、生きて、生き抜いて。
やがてクゼという男の話を聞いて、この世界から抜け出す術を知るべくコイツの元を訪れて。
そしてまた、この現実に絶望して何もかもを忘れてやり直すのだ。
何度も、何度も、何度も。
この男を喜ばせるだけのピエロとなって、俺はこの世界で囚われて生き続ける。
……もう、それでいいじゃないか。
「今回は長かった。ようやくだよ。君が折れてくれたのは」
久瀬はそう言いながら、ミコトが取り落とした剣を拾い上げた。
そのまま、俺の喉元へと狙い定めて、ゆっくりと剣を掲げる。
抵抗をする気力さえも湧かず、俺は黙ってそれを見つめる。
……ああ、これで。
これで、今の俺という物語は幕を閉じる。
そしてまた、新しいピエロの物語が幕を開ける。
「………………」
何も言わない俺に、久瀬がまた薄い笑みを浮かべる。
「――それじゃあ、また楽しませてくれよ?」
その言葉と共に、久瀬が剣を持つ手に力を込めた。
俺は、ゆっくりと瞼を落とす。
……もう、この現実に思い残すことは何もなかった。
ヒュッという風切り音が聞こえて、
「なッ!?」
という久瀬の驚く声と共に、温かい液体が頬に飛んできた。
それが、誰かの血であることはすぐに分かった。
「――――っ!?」
俺は、目を開けてその眼前の光景に言葉を失う。
久瀬は確かに剣を振り下ろしていた。
だが、その切っ先は俺の喉元に届いていない
久瀬の剣が貫いたのは、少女の身体だった。
――いや、もっと正確に言えば。
俺を守るべく、俺と久瀬の間に身体を滑り込ませた、天使の少女の身体だった。
「な……ん、で……」
と俺は呟く。
ミコトの背後には【神の光楯】が発動している。
久瀬の一撃は【神の光楯】ごとミコトの身体を貫いて、ミコトの身体を真っ赤に染め上げていた。
俺の呟きに反応したミコトが、俺に覆いかぶさった体勢のままニコリと笑う。
「私の――私とこの少女の命題は〈他者生命の尊重〉ですよ。この少女にとって大切な他者は、最初から一貫して貴方ただ一人です」
思わず、俺は目を瞠った。
だが、ミコトはニコリと笑ったまま、言葉を続ける。
「貴方なら、きっと大丈夫。きっと、立ち上がれる。この少女も、そう言っています」
「ぐっ、邪魔だッ!! そこをどけッ!!」
久瀬が怒りに任せた声を上げた。
ミコトの身体に刺さった剣を引き抜き、さらにもう一度【神の光楯】ごとその剣を突き刺す。
「――ぅ」
と彼女の口から苦痛に満ちた言葉が漏れて、それでもなお、彼女は俺の上から動く様子もなく言葉を続けた。
「大丈夫。大丈夫です。貴方は、私が守ります」
「――――やめろ。やめてくれ! そこから早くどいてくれッ、そのままだとお前は死んでしまうッ!! もう、嫌なんだッ!! お前らが、目の前で傷つくのを、もう見ていられないッ!!」
俺は声の限り叫びを上げる。
その間にも、久瀬が何度も【神の光楯】を破るように剣を突き刺し、斬り裂いていく。
その度にミコトの身体から血が飛び散って、翼から抜け落ちた羽が舞った。
ミコトは身体中から血を流しながらも、それでもなお優しい笑顔を浮かべて、俺を見つめて口を開く。
「私たちが傷つくのは、貴方のせいじゃない。私たちが、貴方を守りたいからやっていることです。あの吸血鬼の少女が命を賭けてまで貴方たちが生き永らえるようにしたのも。私がこうして貴方を守っているのも。全部、私たちが貴方を守りたいからしていること」
そう言って、ミコトは――天使は、咳き込んで口から血を溢れさせると、慈愛に満ちたような微笑みを浮かべて俺の目を見つめた。
「私と、あの子からのお願い。『生きることを、諦めないで』。何が何でも生きて、ね?」
天使が顔を近づけて、俺の額へと自らの額をぶつけた。
「そのための、おまじない。――――【天恵】」
天使が呟き、小さく笑う。
「今まで、ありがとう」
「――俺の、俺によって創られた存在が、俺の邪魔をするなァアアッ!! そこを、どけぇええェエエエエエエッ!」
久瀬の絶叫と、彼女の笑顔が重なった。
久瀬が力任せに腕を振るい、パキィンという音と共に【神の光楯】が破れた。
その剣は光楯によって防がれ威力を落としながらもミコトの身体を袈裟懸けに斬り裂いて、真っ赤な血と天使の羽を散らす。
俺を見つめていたその瞳の光が、急速に弱くなる。
その命が、俺の目の前で燃え尽きていく。
「ぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!」
絶叫し、俺は鎖を解こうと激しく藻掻いた。
嫌だ。嫌だ、嫌だ嫌だッ!
信じられない。信じたくないッ!
「外せ、外せよォオオオオオ! ミコトォオオオオオオオオオオオオッッ!!」
発狂したかのように、俺は声を荒げる。
そんな俺の姿に、久瀬は肩で息をしながら小さく嗤うと、指を鳴らして俺の鎖を解いた。
俺は鎖が解けるとすぐさまミコトの身体を抱きしめた。
「ミコト、ミコトッ!! 起きろ、おいッ!!」
「ふ、ふふっ。まさか、自分が作り出した疑似人格に邪魔をされるとは思わなかったが、…………まあ、いい。おかげで面白いものが見れた」
久瀬の愉悦の混じった声が聞こえた。
だが、俺はその言葉に反応することなく、必死にミコトへと呼びかける。
――ミコトは俺の呼びかけに答えない。
冷たくなっていくその身体が、彼女の命の灯が奪われたことを知らせていた。
俺は、彼女の身体をぎゅっと抱きしめる。
少しでも、その身体に熱が戻るように抱きしめる。
――――ふと、その時。
ミコトが握りしめていたスマホが地面へと転がった。
スマホは俺のもので、どうやらミコトは直前まで俺のステータスを見ていたらしい。
ミコトの手から滴り落ちた真っ赤な血がその画面へと落ちて、その影響で画面が反応する。
そして、その拍子で表示されたその文言に俺の視線が向く。
≫≫【天恵】
≫≫貴方にただ、生きてほしい。そう願った天使が与える、たった一度だけ贈ることが祝福。
≫≫この祝福を得たプレイヤーは、5秒ごとにHPが1回復する。
それはおそらく、俺のスキル欄に現れた新しいスキル。
天使の――ミコトによるおまじないによって獲得した、俺だけが持つスキルだった。
「…………ッ、ぁ――――――ッッ!!」
――貴方にただ、生きてほしい。
その文言を見て、俺は声のない叫び声をあげる。
『負けるな』と、吸血鬼の少女が言った。
『生きることを、諦めないで』と、天使の少女が言った。
彼女たちは命を賭して、俺を守ってくれた。
――それなのに、俺は。俺はッ!! 一体ここで何をしている!?
彼女たちが命を賭してまで俺を守ってくれたのに、俺はこのまま死を受け入れるのか!?
「……できない」
俺は、小さく呟く。
そうだ、それは出来ない。
この世界は、死ねば全てを忘れて巻き戻る。
痛みも、絶望も、恐怖も、何もかもをなかったことにして、全てが巻き戻る。
彼女たちの覚悟さえもなかったことにして、俺は全てを忘れ去ってしまうッ!。
「……認めない」
認めない。
そんなのは、俺が認めない。
「ふー…………」
俺は、ゆっくりと息を吐く。
絶望に沈んでいた心に火が灯る。
真っ暗だった心の闇を照らすその火は炎ととなって、俺の心を駆動し始める。
――俺は、いったい何をしていた?
絶望し、この命さえも捨てて、抗うことを止めた。
『負けるな』と、クロエに言われていたのにッ!!
俺は身勝手にもこの現実に負けて、へし折れてしまった。
生きることを諦め、結果救われた。
そして命を救われた少女から言われた。
『生きることを、諦めないで』と!!
「…………ッ」
歯を固く、固く噛みしめる。
例えこの世界が巻き戻ったとしても。
俺は、この出来事をなかったことになんてさせない。させてやらない!
俺の種族が『人間』で。
『人間』の命題が〈救世と幻想の否定〉ならば。
――俺は、この世界そのものを否定する。
俺は、『神』という存在そのものを否定するッ。
俺は、こんなバッドエンドを否定するッッ!!
彼女たちを救い、誰しもを救い、このバッドエンドさえも超えて、俺にとってのハッピーエンドを目指してやるッ!!
それ以外の結末を、俺は――俺という『人間』は、絶対に認めないッ!!
「…………久瀬」
と俺は呟き、抱きしめていた彼女をゆっくりと地面に横たえて、立ち上がる。
目に覚悟を。
心に決意を。
言葉に力を乗せて、俺は久瀬に向き直る。
「取引だ」
その言葉に、久瀬が俺を馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「取引だと? この後に及んで何を――」
「ただの取引じゃない。お前好みの、最高の取引さ」
言って、俺は語る。
その内容に、最初は聞く耳を持たなかった久瀬も徐々に口元を吊り上げ、やがて満面の笑みを浮かべた。
「ふふ、ふはははははははははははッッ!! ……やっぱり、君は最高だ。イカレてるよ」
「御託はいい。どっちだ」
「ああ、良いだろう。ただし、俺も一つ条件を付けよう」
「条件だと?」
「そうさ。君がそのやり方をするたびに、君は君という存在を失くしてもらおう」
「ああ、分かった」
「即答か。ふふっ、どうやら、本当に壊れたようだな。それがどんな意味なのかも分からないなんて」
久瀬が嗤う。
だが、俺はそんなことさえも、どうでも良かった。
最高のハッピーエンドを目指すためならば、どんな困難にも絶望にも立ち向かおう。
この結末を、この世界そのものを否定するためならば、俺はどんな存在にだってなってやろう。
例えその結果。
比喩でもなく人間を辞めたとしても。
俺は、この瞬間を、この現実を否定する化け物に喜んでなってやろう。
「覚悟しろよ、久瀬」
と俺は久瀬に吐き捨てる。
久瀬はその言葉に醜悪な笑みを深くする。
「……これから長い付き合いになるんだ。せめて、最後に本当の名前を教えておくよ」
「お前の名前になんか、興味ねぇよ。殺す相手の名前なんか、覚えるつもりもない」
「ははっ、そう言わずに聞いてくれ。アイオーン……。それが、俺の本当の名前だ」
「ああ、そうかよ」
言って、俺は唾を吐き捨てる。
久瀬はそんな俺の様子に、まるで大切なおもちゃがより自分好みになっていく絶望の未来に満足しているかのように、嗤った。
「……ああ、君が壊れていく様を楽しみにしているよ」
その言葉に応えず、俺は地面に落ちたスマホを拾い上げて、横たわった彼女たちを見つめる。
途端に涙腺が緩んで、涙が零れる。
……これから、行うことを聞けばきっと。
彼女たちは必死で止めてくるだろう。
けれど、俺はそれでもやらねばならない。
バッドエンドを超えたその先にある、ハッピーエンドを目指して。
俺はこれから、長い、長いクソゲーの攻略に取り掛かる。
「始めろ、久瀬。強くてニューゲームだ」
その言葉を最後に、俺はバツンと。
まるでブレーカーが落ちるかのように、意識を落とした。




