六日目・朝 彼女たちの同化率
久瀬は俺たちを洋館の二階へと案内した。
一階に敷き詰められていた赤い絨毯は、二階まで続いていた。
どうやら、この趣味の悪い絨毯は館中に敷き詰められているらしい。
毛並みが高く、足をしっかりと踏み出さないと躓きそうになる。
天井付近にまで近づいたからか、シャンデリアの大きさがさらに身近になって、それを見たミコトが「はぇー……」と呟いていた。
「ここの部屋なら、自由に使ってくれて構いません」
そう言って、久瀬が俺たちを案内したのは、二階の奥にある一室だった。
ダブルベッドが二つと、小さな机が部屋の中央に置かれている意外は何もないシンプルな部屋だ。
大き目の窓にはカーテンが取り付けられておらず、そこから朝日が部屋の中へと差し込んでいる。
久瀬は俺たちを案内すると、
「それでは、また」
と呟いて部屋から出た。
久瀬が出ていったことを確認して、俺はゆっくりと息を吐き出す。
「それで? 説明してくれるんじゃろうな」
とクロエが俺に向けて言った。
「ああ。でも、その前に」
と俺は言ってから、扉の前に立つ。
扉を開けて、外に誰もいないことを確認してから再び扉を閉じた。
二人へと振り返って、俺は口を開く。
「まず、二人に聞きたいんだけど。さっきの話を聞いて、どう感じた?」
「んー……。そこはかとなく、嫌な感じでしたね。ファースト・プレイヤーキル・ボーナススキルのこともありましたし」
ミコトは眉根を寄せて言った。
「我は……。あ奴が、何かを隠しておるような、そんな気がした。どうにも話が上手くいきすぎておる。初対面の我らに、どうしてあ奴はいろいろと教えたのじゃ。普通に考えて、怪しいじゃろ」
「ああ、何かを隠しているって言うのは俺も同感だ」
俺はクロエの言葉に頷く。
「さっきの話を纏めよう。まず、ボーナススキルだ。これは、ベータ版のプレイヤーだろうが、俺たち正式版のプレイヤーだろうが関係なく、このトワイライト・ワールドのゲームにおいて、〝種族内で初めて〟か、もしくは〝種族内における特定行為〟を達成すれば獲得出来るスキルだと言っていた」
「それで獲得したのが、我の【吸血転化】や【闇の眷属】、お主の【曙光】と【星辰の英雄】か」
クロエの言葉に、俺は頷きを返す。
「ああ、そうだ。その他にも、アイツが言ったスキル獲得の条件や確率、限界突破スキルや種族スキルの情報は、俺たちが知っていることと、アイツが語った内容に大きな違いはなかった」
「そうですね。あとは、種族同化率のことも、大まかには私たちが考えていたことと同じでした。最初に獲得していたスキルが、種族スキルだったことを忘れてましたけど」
とミコトは小さく笑う。
「まあ、それは正直に言って、俺も忘れていた。だが久瀬は、種族スキルと種族同化率が関係していることをはっきりと口にしていた」
「そうじゃな。やはりというべきか、種族スキルと種族同化率は関係しておったのじゃな。そうなると、同化率がステータスで見えない我とミコトも、だいたいの今の同化率が分かるの」
クロエはそう言うと、自らのスマホを取り出す。
「我の種族スキルは、【暗夜の支配者】【吸血転化】【身体変化】【暗闇同化】【生命吸血】【闇の眷属】の六つ。五つ以上は同化率がどうなるのか分からぬが、少なくとも我の今の同化率は、25から30%。もしくは、それ以上ということか。もしかすれば、我の同化率はもう50%近いかも知れぬの」
「……いや、それはないだろう。同化率が35%を超えれば、スマホからアナウンスが流れるみたいだ。それがないってことは、少なくとも今の同化率は35%以下で間違いない」
「と、なると……。我の今の同化率は30%前後と考えておったほうが良さそうじゃの」
クロエはそう呟くように言うと、大きなため息を吐き出す。
「ミコトはどうなのじゃ?」
「私は……。【天の贈り物】【回復】【聖域展開】【神の光楯】【天恵】の五つです。なので、同化率は25から30%ですね」
ミコトは、クロエの言葉に自分のスマホを取り出して答えた。
俺は、二人の言葉に唸り声を上げる。
ここに来る前に最後に確認した、俺の同化率は18%だった。俺は戦闘の度に同化率が上昇をしやすい種族だが、幸いと言うべきか俺が現在獲得している種族スキルは少ない。
つまり今の俺は、同化率が上昇しやすく暴走しやすいが、そもそもの同化率の最低値が低い状態だ。
久瀬の話を信じるのであれば、最低値が低い俺よりも、最低値そのものが高い彼女たちの方が危険な状態だと言える。
「改めて、何か種族スキルを獲得した後に変わったことはないのか?」
俺のその言葉に、二人は口元に笑みを浮かべた。
「――いいや。特には、何も」
と、クロエがいつもと変わらない表情で首を振る。
「――私も、何も変わりません」
とミコトが口元に笑みを湛えたまま、ゆっくりと言葉を吐き出す。
俺は二人の顔を見つめて、やがて逸らす。
【直観】も使えないこの状況で、彼女たちの言葉の真偽を確かめる術はない。
今は、彼女たちの言葉を信じるしかなかった。
「……何か、変わったことがあったら言ってくれ」
と俺は言った。
彼女たちはそれぞれ頷きを返してきて、話題は元に戻る。
「あと、あ奴が言っておったのは、50%を超えても身体を乗っ取られずに済む方法か」
「種族との迎合、と言ってたな」
俺はクロエの言葉に呟いた。
そして、意識の中で出会った『人間』のことを考える。
俺がモンスターを嫌悪し、誰かを助けるために意識が動いてしまうのは、アイツが俺の中に居るせいだ。
思考も、言動も、人格も何もかもが違うアイツを受け入れる――。
それはすなわち、古賀悠真という存在が本当の意味で消えてしまうことに他ならない。
古賀悠真は消えて、新たに古賀ユウマという、見た目が同じだが中身が混ざり合った別の人間が誕生するということだ。
それは……。
それは、俺が死んで、俺に似た全く別の誰かに生まれ変わることと等しい。
迎合、なんて言い方をしていたが、あれは個人の死を示唆しているにすぎない。
「種族を受け入れることなんて、絶対に出来ない」
と俺は言った。
その言葉に、クロエが確かな頷きを返してくる。
「そうじゃな。それだけは、何があってもしてはならん」
「そうですね。それだけは絶対にダメです」
とミコトが同意を示す。
「他に新しく分かったことと言えば、ストーリークエスト関連かの」
クロエは自分のバックパックを下ろしながら言った。
がさごそと中を漁りながら言葉を続ける。
「ストーリークエストが、周囲のプレイヤーへと届いておったのはまあ、予想通りじゃった。だが、周囲のプレイヤーのレベルに応じてボスに補正が付いておったのは予想外じゃ。……道理で、強くなっても強くなっても、ボスに苦戦を強いられるわけじゃ」
そう言って、クロエは目当ての物が見つけられなかったのか、苛立ちを隠すことなく小さな舌打ちをした。
それから、ウロウロと何かを我慢しているかのように室内を歩き出す。
「エルダートレントが比較的倒しやすかったのは、ギルドのプレイヤーがおったからじゃろうな。……デスグリズリーが強かったのは、あのモンスターがギルドのプレイヤーを殺したことで周囲のプレイヤーの母数が減ったからか? 周囲のプレイヤーに応じてボスへ補正が付くのであれば、プレイヤーを殺してボスへと成り代わったモンスターは、比較的強敵になりやすいということか」
「ああ、それともう一つ周囲のプレイヤーに応じてボスの強さが変わることで、明らかになったデメリットがある」
「……デメリット? ……ああ、なるほどの。極端にレベル差があるプレイヤーと行動を共にしにくいということか。レベルの低いプレイヤーと一緒に行動をして、ストーリークエストを受けてしまえば、それだけレベルの低いプレイヤーを強敵と戦わせることになる」
クロエは、室内を歩きながらそう言った。
ときおり立ち止まってはまた歩き出すのを見るからに、動いて何かから気を紛らわせているのが明らかだ。
「……クロエ、どうした?」
俺はクロエに声を掛ける。
すると、クロエはピタリと足を止めて、ゆっくりと俺へと目を向けた。
「いや、何……。気にするな。少し、喉が渇いての」
クロエの主食は血液だ。
喉の渇きを覚えても、それを潤すには血液を摂取するしかない。
「ストックがないのか?」
「…………まあ、の」
クロエは困ったように笑った。
「デスグリズリーとの戦いで全てを出し切った。ずっと我慢しておったが、飢えと渇きがそろそろ限界での。そろそろ、少しでもいいから飲んでおきたい」
「だったら、俺の血を飲め」
そう言って、俺は腕を差し出した。
クロエは俺の顔と腕を交互に見比べて、唸り声を上げる。
「いや、じゃが……。それは……。ううん、いや、そう、じゃの」
クロエは、葛藤の末に小さく頷いた。
俺の元へと近づいてきて、クロエが遠慮がちに腕に牙を立てる。
小さな痛みが襲ったかと思えば、すぐにクロエは嚥下を始めた。
「――――――」
よほど喉が渇いていたのだろうか。
クロエは、俺の血を一心不乱に啜り続けた。
クロエのポケットから【闇の眷属】の使用を問いかけるアナウンスが流れて、クロエはこれにすかさず「NO」と言って答える。
「……すまぬ。助かった」
やがて、満足をしたのか。クロエが名残惜しそうに牙を外した。
腕に空いた牙の孔から流れる血に、クロエが申し訳なさそうにしてくる。
「すまぬ」
「気にするな。それより、もう平気か?」
「……ああ、なんとかの」
クロエは、そう言って小さく笑った。
クロエが落ち着いたのを見て、俺たちは途切れた話題を再開させる。
「とりあえず、久瀬が言っていた情報はさっきので全部だな。あと、分かったことと言えば――」
「久瀬のことじゃな」
とクロエがすかさず言った。
その言葉に、俺は頷く。
「そうだ。そして、ここからが本題なんだが――」
そう言って、俺は二人の顔を見渡す。
「久瀬は、俺たちに嘘を吐いている」




