六日目・深夜 獣人
猫耳の獣人は、武器を構えたままキョロキョロと周囲を見渡すと、次いで不思議な顔となって俺たちを見た。
「……あの?」
その言葉が、俺たちに向けて状況の問いかけをしているのはすぐに分かった。
けれど、その獣人に対して俺たちは何も言わない。
どうしてお前がここにいる、だとか。
何をしにここへ来たんだ、だとか。
いろいろと言わなきゃいけないことがあるのは分かってはいたけど、その獣人から感じるあまりの邪気のなさに、呆気にとられていた。
「あの!」
と、その獣人はもう一度言った。
「……なんだ」
と俺は口を開く。
クロエは浦野さんを運んだ時に直接ギルドのメンバーから言われたことと、それよりも以前から持つギルドへの不信感で、この獣人に対して警戒心を露わにしている。
ミコトは、俺が対応をしたことで事の成り行きを見守ることにしたようだ。
一度、ちらりと自分のスマホ画面に視線を落としたのを見るからに、何が起きても対応できるようMPを確認したに違いない。
獣人は、俺が口を開いたことで少しだけ顔を明るくすると、問いかけを続ける。
「あの、ボスを倒して新しくボスが出たって聞いたんですけど……。どこ、ですか?」
その言葉に、俺たちは思わず顔を見合わせた。
新しくボスが出た。
そんな情報を知っているということは、この獣人は東京駅に残っていたギルドメンバーだ。
クロエの話を聞く限り、残されたギルドメンバーは俺たちが彼らの仲間を殺したのだと思っていたはず。
それなのに、どうしてこの獣人は俺たちの元に来たのか。
「何しに来たんだ」
と俺は獣人の質問に答えずに言った。
「何しにって……。ぼ、ボスを倒しに」
とその獣人は言う。
その言葉に、俺は微かに眉根を寄せて【気配感知】で周囲を探る。
どうやら、直接目に見えない気配は光球となって視覚的に目に見えるようで、周囲を探る限りでこの獣人の他にプレイヤーの姿はなかった。
「他の仲間は? 一人でボスを倒しに来たのか?」
「ち、違います! ぼ、僕はただ……。あなた達が必死にボスと戦っていると聞いたので、手助けをしようと……」
獣人が語るその言葉は、最後には小さな泡のように消えた。
隣へと見れば、クロエが威圧するようにその獣人を見ている。
俺はクロエに目配せをする。
クロエは、俺の視線に気が付くと小さく鼻を鳴らして獣人から視線を逸らした。
獣人が、ゆっくりと息を吐き出す。
見れば、腰から伸びる尻尾が恐怖しているかのようにしな垂れていた。
俺はその様子に目を向けながらも、言葉を続ける。
「俺たちの手助け? お前たち、ギルドは俺たちのことを恨んでいると思ったが」
「そ、それは! そう、ですけど……。でも、あなた達は浦野さんを連れてきてくれた! 僕らの仲間を殺した人たちなら、あんな状態になった浦野さんをわざわざ連れてくることはないだろう、って思ったんです。だから――」
そう言って、その獣人は拳を握りしめる。
俺は、その獣人の目を見つめながら言う。
「……つまり、お前はそいつらとは違って、本当に俺たちを助けに来た、と?」
「そ、そうです!」
「お前のレベルは?」
「……5、です」
「こ奴、馬鹿なのか?」
クロエが獣人の言葉を聞いて、すぐさま口を開いた。
だが、俺もその言葉には同意せざるを得ない。
仮に俺たちを助けに来たからと言って、その低レベルでは何の助けにもならない。むしろ、足を引っ張る結果になるだけだ。
そんな思いが、顔に出ていたのだろう。
その獣人は、強く唇を噛みしめると言葉を吐き出す。
「分かってます。自分が弱いことぐらい。でも、それでも――。僕らのために戦ってくれたあなた方が、まだ戦ってると聞いて……。自分が、不甲斐なかったんです。何もせず、ただ待っているだけの自分が嫌だったんです。だから――」
獣人はそう言うと、俺たちの顔を見つめた。
「こんな僕でも、ほんの少しでも、ボスの気を逸らすことが出来るならって思って」
俺は、その言葉にゆっくりと息を吐いた。
目の前の獣人の彼が言う、その覚悟は素晴らしい。
ここがクソゲーの支配する現実じゃなければ、その蛮勇は時に称賛されることもあっただろう。
だが、この現実はそんな綺麗ごとでは片付かない。
自分の実力以上の場所に駆けこめば、そこで戦うプレイヤーの足を引っ張るだろうし、さらに言えば、俺とミコトは問答無用でこの獣人を守らねばならなかった。
短慮だな、と俺は思った。
けれど、心に従ったその行動力は嫌いじゃない。
「ボスはもう、討伐した」
と俺は言った。
その言葉に、きょとんとした顔でその獣人は見つめてくる。
「えっ? 倒した? たった三人で?」
「そうだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。ギルドに居た高レベルプレイヤーが全滅したんですよね? それを、あなた方が倒したんですか?」
「だから、そうだって」
「………………それじゃあ、僕がここに来た意味は」
「なかったな」
俺の言葉に、その獣人は呆然として、やがてゆっくりとその場へと座り込んだ。
「僕が……一世一代の決意をした意味って、一体……」
そんなことを呟き、獣人は分かりやすく項垂れる。
その様子に、俺とミコトは顔を見合わせた。
何というか、面白い奴だ。
ギルドで出会ったプレイヤーが、コイツのようなプレイヤーばかりだったなら、俺たちはもう少しだけ、上手な付き合いが出来たのかも知れない。
獣人のプレイヤーは、項垂れていた顔を上げると俺たちを見た。
「そう言えば、あなた方はクゼさんに会いたいって人達でしたよね?」
「そうだ。元々、ギルドの手伝いをしていたのもクゼに会わせてくれるって約束だったからだ。……とは言っても、もうその約束には期待できないけどな」
「えっ? どうしてです?」
「どうしてってそりゃ――。クゼに案内してくれる人がもういないからだろ。浦野さんはあの状態だし、浦野さんの後を引き継いだっていうギルドのプレイヤーは、俺たちをギルドメンバー殺し犯人だって思い込んでるし」
「えっ? 思い込んでないですよ?」
「……どういうことだ?」
「クゼさんの元にあなた方を案内するよう、お願いされたのは僕ですから。僕は、あなた方がギルドのプレイヤーを殺したなんて思ってないですよ」
笑顔で、何も悪びれる様子もなく、ただ無邪気に、その獣人はそう言った。
その言葉に、俺は二の句が継げずにただただ絶句する。
それは、クロエもミコトも同じだったようで、言葉を失っていた。
「えっ? ……あの?」
俺たちの様子に、その獣人は戸惑っていた。
俺は、ゆっくりと息を吐いてその獣人を見つめる。
「一つ、確認していいか?」
「え? あ、はい。なんですか?」
「お前の他に、クゼの元に案内出来る奴はいるのか?」
「いや、居ないと思いますよ。浦野さんから、そのスキルを教えてもらったのは僕だけですし、浦野さんも直接クゼさんから教えてもらってますから、現状クゼさんのところへ案内できるのは僕だけですね」
なぜか誇らしげにソイツは言った。
ピクリ、と俺のこめかみが動く。
「――――だったら」
と俺は言った。
「だったら、そんなお前が、こんなところに来るんじゃねぇよ!! お前が死んだら、誰も案内出来ねぇじゃねぇかッ!!」
「ひっ!? ご、ごめんなさぁあああああいいいいッ!!」
俺の叫びと、猫耳獣人の謝罪の言葉が夜の森に木霊する。
「…………こ奴に、案内を任せても本当に大丈夫なのか」
と、深く嘆息するクロエの言葉に対して、
「……大丈夫、ですよ。多分、おそらく。きっと」
と、ミコトも小さく息を吐きながら言ったのだった。




