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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

昆虫系

尽きる事なし思いを込めて

作者: アロエ



まず第一に、健康であること。いずれ一人の男の精で国を築く女王の為に、全てをかけて尽くすのに欠かせない条件だ。志し半ばで果ててはならない。より有能で強固な娘達を如何に残せるかに国の存亡がかかるのだから。


第二に優美であること。生まれ持った容貌の差はあれどそれを最大限に引き出し維持し続ける努力を怠る者に運など掴める筈もない。


選ばれなければ死。選ばれても役に立てなければやはり死だ。


俺たちは常に死と隣り合わせである。生まれが良くとも気紛れに手足を折られ、ばらされては食糧にされ。気に食わなければ羽をもがれて打ち捨てられる。


だがそれでもいつか並び立ち愛を捧げる事になる女王の為に。


崇高なまでの忠義と意地で己の身を強く逞しく美しく研鑽し旅立ちを待ち、ここまで養ってくれた母と姉達に別れを告げる。



辿り着いたその場で多くの国の女王を見て、また多くの似通う立場の王子らを見て。そこに喜劇や悲劇などといった薄ら寒いやりとりを見ては目を眇め息を吐き出し踵を返す。


選ぶ立場ではない。選ばれる立場と強く意識を持っていたがその全身全霊を捧げるべき相手が見当たらない。強くこの人を愛し死にたいと思える存在を感じ得ない落胆に、それはなんと贅沢な悩みかと自分を罵り夜風に当たり頭を冷やそうと足は外へと向かっていった。


風の渦巻く音が遠くに聞こえる。季節は直ぐに巡り、短命な俺たちの時間を容赦なく削いでいく。第一に上げた若く健康な体が崩れるのも早いだろうとぼんやりと考えていればコツ、と控えめながら靴の音が耳に入った。意識を疎らにした事で失態を生んだか。それとも俺を追いかけてここまでくる酔狂な女王がいてくれたのか、同じように夜風に当たろうとして俺がここにいることを知りよく思わない誰かが苦情を言いにきたか、粛清か。


そのように考えながらゆっくりと振り返り、己の目が、体が時を止めたようにその人へと意識を縫い止めた。



金の髪を結い上げた月の化身のような麗しい立ち姿。気高く、澄んだ眼差しに己だけが映っている事に歓喜を覚えた。威厳ある口調でもって話しだす一挙一動にゾクゾクと背筋に駆ける悦楽を堪えながら、己の言動の一つ一つに神経を払い、彼女を追っていく。


何が知りたい?自分の知識の限りまで、どんな事でもどんな些細で面白くない話題でも盛り立てよう、望みとあらば劇作家のように貴方の好みの話を作り上げよう。


先程まで時が流れるのを嘆いた癖にいつの間にやらそんな事も頭から抜け、引き上げる頃合いとなったのを彼女から切り出されハッと我にかえる。女王にそのような事を切り出させるなど、これほどの馬鹿があるか。直ぐ様謝罪し機嫌を損ねてはいないか、印象が悪くはなっていないかと探りを入れる。幸いにして気にされていないようで安堵に心の内で小さく胸を撫で下ろす。


彼女の仮の宿まで見送り別れてはその際彼女が見せた惜しむような目線に暫しその場から足を動かせずに立ち尽くし、ややあってから己の帰るべき場所へと足を向けながら震える息を吐き出す。



彼女だ。


俺は彼女がいい。彼女の国の為に、彼女の為に俺は死にたい。そう在りたい。他の女王では駄目だ。彼女を知ってしまった今では、もう他の女王に仕えるなど考えられない。



その日から俺の存在意義は彼女となった。


必死に日々を過ごした。一度の失敗も許されない。心が離れてしまえばそこで終わってしまう。二度目はない、余生など笑止。


姉の手にかかるか、彼女の姉妹の手にかかるか、彼女の、そして己の子の為に名誉ある死を迎えるか。


羽をもがれて衰弱し、落ちた地で独り意味もなく死ぬ事は一番空しいだろう。そう思えば俺が唯一恐れているのは忘れ去られることか。その他大勢と同じく塵と成り果てる。なるほど確かに恐ろしい。


だが今まで身に付けてきた全てを奮い、彼女の隣に在り続けて俺はその座を勝ち取った。


彼女の国に行く道は高揚しきり気持ちを抑えるのに苦労した。彼女が俺を望む言葉を放ってくれたのだ。他の何者でもない、俺を選んでくれた!


これ以上の幸福はもう俺の生では訪れないだろう。


先に通される彼女を見送った後は厳しい姉らの審査を受ける。これは想定の範囲だ。彼らの頂きに立つ者が連れて来たとはいえ、異端なる外から来た男だ。


厳重な門を素直に通してもらえるなどという方が有り得ない。体が傷つけられようと率直に言えば種が絞れればそれで良いのだからな。尋問の手に力が入るのも頷ける。


だが女王と直ぐに同衾する予定がある為にか体に必要以上の傷を負わされる事もなく多少の可愛らしい嫌みを吐かれた程度で解放された。素直に有難い。幾ら体を鍛えているとは言えど負傷したままで女王の相手が勤まるかどうか……。いざその席で失望されでもしたならば立ち直れず、死んでも死にきれない。


それに短命の男の時間をこんなところで多く取るのも女王と国の為に得策では無い事は火を見るより明らかだ。


一度彼女の支度が整うまでと別室に通されそこで悠々と報せを待つ。心の内でどのように思いが移ろおうとその一切を顔に出してはならない。必要に応じ変化させるのが立場ある者として当たり前の行いだがこれのおかげで随分と命拾いをしてきたものだ。



……ああ、やはり駄目だな。彼女の初めてで最後の男となる喜びでか思考が定まらない。このように要らぬ事を考えるなど。俺には必要ない。この瞬間には似つかわしくないというのに。


歪みそうになる口元を隠し一度深く呼吸を繰り返す。さぁ、これでいつも通りの俺だ。頭を切り替えろ、一世一代の本気の勝負をする為に。



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