だってずっとゆめをみていたいって、あなたがいったから
ブラック、アウト。
停電したみたいに、辺りが真っ暗になった。
僕は驚きの声を上げて慌ててしまう。
彼女の名前を呼ぼうかと思ったけど、うまく言葉が出てこなかった。
ホワイト、と呼ぶのも、女神様、と呼ぶのも、なんだか違う気がして。
そう間を置かずに、パッと明かりが灯り、ビクッと振り返る。
それは闇の中に浮かぶモニターだった。
スクリーンにはノイズが走っている。
僕がフラフラと、炎に近づく虫みたいに寄っていけば、ブツ、と音を立てて画像が――動画が流れ出した。
それは、僕だ。
小路良介が生きていた頃の映像だ。
退屈そうに学校で授業を聞いて、欠伸をしている。
窓の外に目をやる。
毎日、同じ事の繰り返し。
休み時間。
スマートフォンを出した。ネットにアクセスして、ゲームのイベントの情報をチェック。
SNSを開いた瞬間、思わず口元が緩んだ。
>こうじくん。こんどはけんがおちるって。よろい、きょうかできるね
>運営神だわ!いつもの時間、いつもの場所で
>うん。さぽーとするね
>サンキュ!
親指を滑らせて、軽やかに返信する。
今から夜が楽しみだった。ホワイトと一緒に遊べるから。
ホワイトとは、MMOで会った。
ソロプレイも可能だけど、何人かでチームを組んで活動する方がもっと楽。
ちょうど始めたばかりの僕が、苦戦していたところを助けてくれたのがホワイトだった。
このゲームの特徴として、特殊な会話機能があった。
知らない人同士では、ピコピコキャラクターの音を鳴らしてアピールすることができるのみ。
向こうが話しかけてきてることはわかるけど、何を言っているのかはわからないし、こちらも言葉では返せない。
それが少々もどかしくありつつも、オンラインでありがちな煽り屋と余計な禍根を生むような事もなくて、全体的にまったりした雰囲気なのが好きだった。
一緒にエリアのボスを倒した時、ピコピコ音が鳴った。
僕も返した。
最初はそれだけ。
真っ白なウサギの上に浮かぶユーザネーム表示には、「white」と書かれていた。
ぴったりだな、なんてなんとなく思った。
僕とwhiteはプレイ方針が似ていたんだろう。
基本はソロプレイだったけど、ボスキャラクターを倒そうとするといつも一緒になった。
三回ほど続いてウサギの見た目をすっかり覚えるようになった後、向こうからフレンド申請が飛んできた。
フレンドになれば、ある程度文字のやりとりも可能になる。
英語しか打てないから、大体ローマ字のやりとりだ。
konitiwa!
whiteの名前が浮かんだキャラクターが、ぴょんぴょん跳ねながらメッセージを送った。
ローマ字間違ってる。わざとか、素か、それとも急いで打ったのか。
僕はふっと笑い声を漏らしてから、コントローラのボタンを押す。
yoroshiku
koujiは親指を立てるジェスチャーで返す。
whiteはぴょんぴょん跳ねながら、明日の夜の日付と時刻を打ってきた。
待ち合わせして、一緒に行きませんか、のお誘いだとすぐわかる。
塾に行って、寝支度をして、ちょうどゲームが始められる時間。
iiyo
ikou
それが始まりだった。
whiteは正直、とても上手なプレイヤーで、かゆいところに手が届くサポートをしてくれた。
あの素材がほしいよな、とか言うと、一人で取ってこられるアイテムなら集めてきてくれた。
組むようになってからすぐ、お互いのSNSのIDを教え合った。
ホワイトは鍵アカウント。フォローしている相手は何人かいたみたいだけど、ホワイトをフォローした人は、どうやら僕だけのようだった。
>素材集めありがと!助かるよ
>だいじょうぶ。やくにたててたら、うれしい
>ところでずっと平仮名だけだけど…?
>へんかん、うまくできなくて。したほうが、いい?
>え?あー、まあ、どっちでも。もしかして、僕のために呟きはじめてくれた?
>もっとおはなし、したかったから。
変わった子だな、とは思っていた。最初にやりとりをした時から。電波って奴なのかなって。
>他の人とかと組まないの?
>しらないひと
>僕だって知らない人だったじゃんw
>こうじくんは、やさしかったから
この変なキャラ付けは絶対作ってんだろ、と鼻で笑っていたぐらいだ。
どこで化けの皮が剥がれるんだろう、ってニヤニヤしてた。
>学校は?
>いってない。からだ、よわいから。そともでられない。おひさまが、だめなの
>へー。そういう病気?
>はだがよわいんだって。はだだけじゃなくて、からだぜんたい
だけどそのうち、本当なのかも、って思うようになってきた。
何より……ホワイトはサポーターとして、いつも一途に尽くしてくれた。
それにほだされた、というのが正直大きい。
ある日、さすがにちょっと重たいなって、ゲームをブッチしてみた事があった。
SNSも、ホワイトからは通知を切って、無視。
一週間ぐらい放置してから、ふと確認して。
>こうじくん、どうしちゃったの?
>びょうきとか、けが?
>それともがっこう、たいへんなのかな
>わたしとちがって、いそがしいものね
>それなら、こうやってはなしかけるのも、めいわくかな
>はやくよくなると、いいな
>でもね・・もし、げんきになったら
>またあそんでくれると、うれしいの
この時は、またこいつ芸が細かい、とは思えなかった。
無性に、とてつもない罪悪感がこみ上げてきた。
だって、これで僕が信じて引っかかっても、僕が馬鹿なだけだけど。
僕が信じないで、彼女の言っていたことが全部本当なら……この態度は、あまりに最低じゃないか。
それからはもう、遊びとか嘘つきとか、思わないようになっていた。
塾が終わって、急いで家に帰ってきて、部屋に飛び込むようにして。
ふと、スマホの通知が光った。
>こうじくんは、ぷりんはすき?
>このあいだはなしたね、あにめといま、こらぼをしているの
>らぶりーまーとの、げんていはんばい
>このまえね、かぞくがかってきてくれたの
>きょうがきゃんぺーん、おわりのひなんだって
>こうじくんにも、たべさせてあげたいな
ごめん、ちょっと待っててと返信して、すぐにUターン。
こんな時間にどこ行くの! と驚く家族に、ちょっと買い忘れ! コンビニ! と叫んで飛び出した。
自転車を漕ぐ。
僕の家はちょうどマンションの中にあって、コンビニまで歩こうとすると10分強ぐらい。
自転車で行けば、もっと速い。
団地から急いで飛び出した、その瞬間。
光に、包まれた。
クラクションは鳴らない。
ブレーキもない。
車は一直線に僕に突っ込んだ。
まるで最初から、引こうと思っていたみたいに。
ボンネットがひしゃげ、自転車も曲がってカラカラ車輪が無意味な音を立てている。
僕の身体は投げ出され、足が変な方向に曲がっていた。
バタン、と車の扉を閉じる音。
スーツの男が車の後ろの席から出てきた。
暗いせいだろうか、顔が見えない。
モニターで、僕は倒れている僕と、近づいていく男を見ている。
男が膝をついた。
くっく、と鳴っているのは喉を震わせる音だ。
「これでまた、一人」
暗い闇の中で、三日月型の口元の赤さだけが浮かんでいた。
「ハッピーバースデー、トゥー、ユー」
ノイズが走る。
砂嵐の見づらい画面に、文字が浮かび上がる。
>ホワイトはずっと部屋にいるんだっけ?それでゲームしてるの?
>いいなー。僕もそういう生活したい笑
>ニート万歳!
ああ。
そんなことを言った事も、あった。確かにあった。
たぶん、最初の頃。まだ、ホワイトを嘲笑していた頃。
本当なら、コイツ社会の役に立てないゴミ屑だなって思ったし、どうせ嘘だろうって。
それに、将来の事とか考えたくない、勉強もしたくない、ただずっと遊んでたい、という気持ちは真実で。
ホワイトの、課金アイテムとか、いつも揃えてるのも、気に入らなかった。
こいつ金持ちの勝ち組なんだろうって。
酷いノイズだ。目も痛いし、耳鳴りもする。なのに僕はモニターから目を離せない。
ノイズの向こうで、画面が動く。
これは……お葬式だ。
黒い服の人の群れが、連なって進んでいく。
あれ……なんか、知っている人が多いな。
母さんが、いて。
父さんの泣いてる所なんて、はじめて見た。
え? おかしくない?
だって、遺影が。あれって。
僕じゃん。
おかしくない?
おい、やめろよ。なんだよ、それ――やめろ! 棺を持っていくな! 燃やすつもりだろう、そんなのひどすぎる! 僕はまだ生きてるんだぞ!?
「そうです、あなたはまだ生きている」
唐突に、耳に甘やかな囁き声が吹きかけられた。
僕は驚いて画面から目を離し、振り返る。
振り返ってしまった。
ああ、どうして。なんで。
「ほら。ね? ちゃんと生きています。安心して?」
白いワンピースのアルビノの少女が、腕に円筒型の容器を抱えている。
プラスチック? ガラス? 細い両手で支えられている、それの上下には底と蓋があった。
側面は透明で、中がよく見える。
よくわからない何かの液体に漂う、それは、両手で持てるぐらい、しわくちゃで、電極のようなものがたくさん刺さっていて。
脳。脳みそ。浮かんでる。
蓋の所に、拙い手書きで文字が書いてある。
幼稚な筆跡のそれを追って、僕の唇が――僕が今まで僕自身だと認識し、疑いようもなく僕の口と思い込んでいた何かが、動いて、ああ、一つの答えを。
「こうじくん」
って。
なんだったっけ。