もういいですか。もういいですね?
次の人生では、思い切って人じゃないものになってみた。生まれも最初、赤ちゃんから。
せっかくだから、ドラゴン! 寿命も長いし、姿も生き方も人とは全く違う。
……でも、やっぱり途中から、気がつけば人間の世界で人の姿になって彼らと暮らしていた。
魔物達は魔物達でいい奴も多かったし、生活は楽しかっただけど、やっぱり僕は人間の方が落ち着くらしい。
あと、長い寿命は、思っていたよりもいいものじゃなかった。
だって、短命な皆は次々にいなくなるし、毎日どうやって時を潰すか悩むことが苦しくなったとき――僕は、その人生をリセットした。
最初の部屋に戻って、最初から。
ただそれだけのこと。たったそれしきの手間。
長寿命があまり魅力的に思えなかったのは、これもあるせいかも。
だって、どうせ次がある。
飽きたら次に進めば良い。
僕がもういいと思う、その瞬間まで。
三度目の転生は、思い切って女の子になってみた。
ご令嬢、ってやつ?
でも、高い身分の人が苦労するっていうのはもう、知識でも経験でも知っていたことだから、平民だけど商売上手のおかげでとってもお金持ち、ってとこ。
一度目、二度目の人生では戦いが多かったから、この人生ではのんびり過ごすことにした。
世界観も、だから平和な所、時を選んだ。
お洒落にお菓子に、美容。女の子って可愛い。可愛いことが許されて、存在価値になる。なんだか面白い感覚だった。自分を磨いていれば、それだけで周りから求められる。うん、こういうのも、悪くないんじゃない? むしろいいかも。
僕はただ、自分で自分自身とその周辺を快適にすることに凝っていただけだけど、やがて僕がいいと思うものに皆が価値を感じて、それが商売になる、って事に気がついた。
まあ、あれだよ。レビュアー、ってやつ?
日本と同等、あるいはそれ以上に平和で豊かな世界では、情報が溢れていて、人は自分に合う価値を探すのに迷っていた。
それをまあ、仲介してあげるって感じ。
この人生は、中年でやめた。
僕は不断の努力によって、女の人になっても女の子みたいなままでいたし、皆それでいいと思ってくれていたみたいだけど……まあ、なんだ。単純な話?
飽きたんだ。このぬるま湯に浸かり続けているみたいな、同じ事を繰り返す生活に。
次はまた、戦いの人生。今度は銀河を股にかけるスペースロマン、将校として宇宙の平和のために奔走した。
次は気分を変えて、中華世界。後宮で優雅な暮らしをしながら、適度に陰謀を捌いて巡らせて、退屈を忘れるように努力して。
次は久しぶりに人外。吸血鬼。あえての弱点たくさんモード。僕だって慣れてきたもんだもん、ハンデは必要だよ。
「お帰りなさい、コウジ君」
「あの、女神様。転生の記憶をなくすことって、できますか?」
今度は帰宅後、開口一番にそう聞いた。
アルビノの美少女は少し、おや、というような表情になったが、すぐに柔らかな微笑みに戻って答える。
「生まれ変わった記憶をなくして、生まれ変わりたいということですか?」
「はい」
毎回お願い事をたくさん聞いてもらって、思い通りの人生を過ごさせてもらっているのにこんなことを言い出すのはどうかとも思ったけど……正直ちょっと、閉塞感。
終わっても、終わっても、続きがある。それをずっと覚えている。
そうすると、一つ一つの人生も、ただゲームをして、時間を浪費して、そういうことの繰り返しに思えてきて。
だから新鮮な気持ちになりたかったんだ。
「ただし、人生が終わったら、この部屋に戻ってきて全て思い出しますので。次の転生がありますからね」
僕の考えを読み取りでもしたのだろうか?
一つ注意事項、というように付け加えられた言葉に感じたのは、落胆でもあり、安堵でもあり。複雑な気持ちだった。女神様の赤い両目が、じっとこちらを見つめている。
「それとも、それすら忘れてしまいたいですか? 輪廻転生を全て私にゆだね、あなたは最初のあなたのように、自分が生まれ直し続けていることも知らず、ただひたすら目の前の人生に邁進する。そういうご希望を叶えることもできますよ? 前にも同じ事があったので」
「……女神様って、ずっとここにいるんですか?」
それはふとよぎった疑問だった。
当然過ぎて今まで質問する、という気持ちにならなかったのか、あるいは――どうして僕は気がつかなかった?
天井と壁のない部屋。一人たたずむ白いワンピースの少女。それだけはいつも同じだ。それだけは、変わらない。
「ずっと? ええ、まあ。そうですね、ずっと。少なくとも、あなたたちよりは長い間。そうだなあ、女神を始めたのは、十年前、だったかしら?」
髪の毛を弄りながら、何気なくそう答えた。
僕はそうですか、やっぱり――と答えようとして、口を開けたまま止まる。
……十年?
十年って、なんだ?
なんで、そんな。
パンパンパン! 女神が手を打ち鳴らす。視界にノイズが走ってから、ほら、いつもみたいに、元通り。
「ほらほら、コウジ君! 生まれ直したら今度は忘れちゃうんですもの、ここでとびっきり、素敵な世界を作っていってください。そうすれば、ほら。私もあなたも、幸せでしょ?」
促されて、のろのろと、すっかり馴染んだウィンドウに手を伸ばす。
あれ。あれ。おかしいな。何かが致命的に。なのに、なんだか。
僕の身体って、こんなに軽かったっけ。
生まれ直していることすら全部忘れる、とまでは、僕は思いきれなかった。
だって、自分が何者かって事まで忘れたら、何かそう……それは、手放してはいけないような気がして。
何者? 何者なんだ?
コウジ。名前だ。
男子高校生。そうだった。
死んだ。交通事故。不慮の事故。
フリョノジコ?
あの日は、いつもみたいにネットを見ていて。
仲良くなった女の子がいた。
女の子? わからない。
たぶんそうなんだろうな、って思い込んでいただけかも。
ゲームの話で盛り上がった。
オンラインで一緒になったこともあった。
その子が言ったんだ。
コンビニの新作プリンが美味しい。
ぜひコウジ君もゲットすべき。
ああでも、今日がキャンペーンの締め切りの日なんだよね。
ポップでキュートな文字が、スマホの画面にピロン、と浮かんだ。
急いで自転車で外に出た。
食べさせてあげたいなあ。
おそろいで食べるとこ、想像して楽しい。
ちょっと舞い上がっていた。
今すぐ? だって、今日が締め切りだって言っているし、コンビニはすぐそこだし。
後ろから、車の音がした。
真っ白な、光が、包んで、眩しいなって。
ドン。
音がした。
何が起きた?
わからない。
ただ、固くて冷たいアスファルト。
伸びていく自分の血糊を見ていた。
膝をついた、男が、ぽつり。
「これでまた、一人」
と。
――光に包まれて、戻ってきた。
最初の部屋へ。少女の待つ空間へ。
「お帰りなさい、コウジ君!」
「――ねえ、君。聞きたいことがあるんだ」
もはや繰り返してきた人生については語らない。ろくに覚えてすらいない。これからの転生? それどころじゃない。
ただ、僕は目の前の少女を見据えた。断片的に蘇った、生まれ直すたびに少しずつ思い出すつぎはぎの記憶をより集めて、つなぎ合わせて、なんとか形になるように結んで、そうして至った一つの可能性。
いや、確信。
「君は、ホワイト?」
「そうですよ」
間なんてなかった。
だから僕は、完全に虚を突かれた。
だってこっちは、何かがおかしいと思いながら、本当に少しずつ積み上げて、ようやく得た答えで、聞くのだって結構勇気が必要だった。そうかな? って思っても、すぐには聞けなかった。
「ええ、私の名前の一つが、ホワイト。小路良介、ハンドルネームコウジ君。あなたのお友達のホワイトです」
少女は微笑み、首を傾げる。
なんてことないように。
これまで散々答え続けてきた、チュートリアルを説明するのと全く同じ口ぶり手振りで。
「コウジ君は、リセットボタンを押さなかったから、満足しているのかな? って思っていたけれど。ああ、今の今までずっと、ため込んでいたんですね。じゃあ、仕方ないですね」
少女はこれまで何度も繰り返してきたように、両手を合わせた。
けれど今度はあの、わざとらしく威圧的な音を鳴らさない。
代わりにどこか寂しそうに目尻を下げて、それなのに愉快そうに口元を曲げた。
「答え合わせ、しましょうか。どうせもう、気になって夢に溺れてなんかいられないのでしょう?」