たのしかったでしょう? あたりまえです
冒険はすごく順調に進んだ。
最初、草原をちょっと歩いたら早速街道を発見。
しかもモンスターに襲われている人までセット。
とりあえず、見過ごすなんてあり得ないよね!
慎重に状況がわかるまで観察、って人もいるだろうけど、僕はやっぱり、ここで足踏みするような奴ではいたくなかったんだ。
結果? もちろん、危なげなく勝利!
いい感じにスキルや戦闘の感覚チェックもできて、おまけに助けた相手はなんとお忍びで旅をしていた姫騎士――要するに王女様だったんだ!
金髪碧眼、年は僕よりちょっとだけ上、十五歳ほど。ちなみに体型は割とスレンダー真っ平ら。見た目通りストイックな性格みたいで、当たりが強く、受け答えがツンツンしてた。
護衛の人とかいないのかな? って思ったけど、本人がそこそこ腕っ節に自信があるのと、何やら訳ありのご様子で。継承権? 一人前の証? なんかよくわからないけど、とにかく彼女は魔王を倒さないと国に帰れないらしい。王族ってどこの世界でも大変なんだなって。
そのままはいさよならってのも無情だし、何よりちょっとキツいけど概ね性格良さそうな美人だったし? というか、王女様の方から、「いくら腕に自信があるって聞いても、こんな子供を一人で放り出せないでしょう!」って首根っこ捕まれちゃいまして。
次の町まで自然な流れで同行して、これまた自然な流れでその後も一緒にパーティーを組むことに。
王女様は絶対に困っている人を見逃さないし、なんだかんだ僕もまあ……最初に会った人だし? 腐れ縁、っていうか。
……や、その、ぶっちゃけね?
見た目とかキャラの性質が、前世ではまり込んでた推しにそっくりなんだ。
好きなんだ、金髪ストレート。で、気が強くてツンケンしてるけどうるさかったり理不尽な暴力はなくて、高貴だけど苦労してる、みたいな?
世の中のツンデレキャラは大体僕の希望よりちょっと軽すぎてたから、ドストライクを見つけるのは本当に難しくて……。
ってわけで、僕が面倒を見ているのか、見られているのか、な関係で旅は続いた。
その途中、ならず者に支配されていた集落を救ったら村娘のお姉さんがついてきたり、酷い目に遭わされていた奴隷獣人幼女を助けたら懐かれたり、魔王の配下とか言う淫魔を撃退したらなぜか貞操を狙われるようになったり、ようやく魔王を倒したと思ったら王女様の故郷でも陰謀に巻き込まれて……。
転生ライフ、万歳!
張り合いがある程度に苦難があって、でも概ね平和で、健やかで。
当然のように、成人したら王様になって本命と結婚し、他の魅力的な女の子達にもチヤホヤされる毎日。
あ、でもこう見えて僕、推しに一途なんだ! 結婚したら、浮気はもうしないよ。……旅の最中のあれこれはノーカン。まあ、まだ未成年だったし? セーフセーフ。
王様になってからも、奴隷制度や亜人差別の見直しに取り組んだり、実りの乏しい地域をどう豊かにするか頭を悩ませたり、インフラ整備に汗を流したり、たまには息抜きがしたくて温泉を掘り当ててみたり……。
毎日。毎日。
求められて、充実して、楽しくて、あっという間に時間は流れていった。
僕は転生するときに種族をいじったりもしなかったから、人並みに年を取って、子供に恵まれて、その子供ともまた冒険をしたり、成長を見守ったりして……。
気がつけば、ロッキングチェアに深くもたれて、まどろんでいたところだった。
諸々の現役から引退した僕は、若い頃はバリバリ色々やったもんだけど、余生はのんびり暮らしたいなって田舎に引っ込んで、妻と二人――なんだかんだで色々押し掛けてきたから、ずっと二人きりでもなかったけど――穏やかに日々を過ごした。
八十歳程度、かな? 時が経つのってあっという間だ。
王女様――元、だけど。彼女がキッチンで何か作っているのが聞こえる。
お茶の入れ方なら彼女の方が上手だ。
この前孫がフラッとやってきて東国のいいお茶とやらを置いていったから、それかもしれない。
最近は寒さも和らいで、春の温かさが心地よくなってきた。
ゆらゆらと、揺れながら目を閉じる。
ああ、幸せだ。
とても、とても幸せ。
そのまま、僕は眠りに落ちる。どこまでも深く、空っぽになって、落ちていく……。
――そうして、あの部屋に戻ってきた。
「お帰りなさい、コウジ君」
天井や壁のない、不思議な空間。
白いワンピースに身を包んだ、アルビノの女の子。
ついこの間まで、すっかり忘れていたのに、その場に立ってみれば一瞬で状況が理解できた。
「ただいま、女神様」
するっと言葉が口を出てから、自分でちょっと首を傾げた。
まるで帰ってくるのが当たり前みたいだ。いや、確かにそうだって感覚はするんだけど……。
この、わずかに胸にくすぶる違和感は。一体、なんだろう?
「冒険は、楽しかったですか?」
現実離れした美しい女の子が笑う。
「は、はい――! 本当に、とっても楽しくて」
「そう。それはよかった。じゃ、次の人生はどうしましょうか」
「次? 次もまだ、あるんですか?」
「ええ。あなたがもういい、と思うまで」
まただ。また、変な感触。あれ? これって、何か。そう、前世で、似たような話を聞いたことがあった。
お前が満足したとき、迎えに来よう。あれって、そう――。
パン! 手を打ち鳴らす音で、思考がかき消される。
「さあ、どうします? 今度は人間、やめてみますか? 性別を変えてみるのも、気分が変わっていいかもしれませんよ」
「でも、でも……あの。確か僕、一回目は、ほら、トラックで死んで? かわいそう? というか、死ぬ予定じゃなかったから? ってことで、色々サービスしてもらえたと思うんですけど、そんな何度も……」
「言ったでしょう? 私、言ったじゃあ、ありませんか」
女神様は、両手を合わせたまま、小首を傾げてニッコリと微笑んだ。
「あなたがもういいと思うその瞬間まで。この夢はずっと、続けますよ?」
僕は。僕は。何か考えなくちゃいけない。何か気がついた方がいい。
本当に?
あんなに幸せだった。こんなに幸せなのに。
いいじゃないか。そう、まだ、もういいとまでは、思っていないし……。
また、次の自分を作っていく。世界観も登場人物も、思うまま。女神様の、謳うような甘い声に導かれて。
落ちていく。次の幸福な人生を、何度でも……。