しあわせにしてあげます
「ぱんぱかぱーん! はいはいはーい、起きてくださーい、お寝坊さんですよー!」
だれかのうるさい声で目が覚めた。
ガバッと飛び起きる。
「ここ……どこだ……?」
僕は見たことのない部屋にいた。
真っ白一色で。病院の一室に似ている。ちょうど自分が寝ているのも、白い柵のベッドだった。
なんだか変なのは、パッと見渡した限り、壁や天井みたいのが見当たらないところ。
当然だけど、扉とか窓もない。
よくラノベとかアニメにある、だれかの精神世界みたいだな……というのが、ぱっと思い浮かんだ。
「はい、ちゅうもーく!」
パン、と手を叩く音。
振り返れば、そこには真っ白な髪、赤い目、真っ白な肌の女の子がいた。
先天性色素欠乏症――アルビノだ! うわあ、見るのは初めてだ! しかも美少女。すっげえ!
「えっと、あの……」
「コウジ君! 早速ですが、いいニュースと悪いニュースがあります。どちらから聞きたいですか?」
女の子がふりふりと身動きすると、着ている白いワンピースが揺れる。
真っ白な太ももがまぶしくて、思わずじっと見つめてしまってから、慌てて逸らす。
それから、こほん、と咳払いした。
「えっと……じゃあ、悪い方からで……?」
僕はいやなことから済ませる性格なんだ。
たとえばトマトを食べてからハンバーグに手を出すとか、宿題を終わらせてから遊ぶとか。
食べ物の好き嫌いはともかく、課題をさっさとやっておく性分なのは、自慢でもあり、「コウジ、お前宿題やってきてるだろ? 見せろよ~」と絡まれる損な部分でもあり……。
っと、そんなことを思い出している場合じゃない。
(あれ? そういえば……)
この人、なんで僕の名前を知っているんだろう。初対面なのに。しかも……。
パン! また、女の子が手を叩いた。話し始めますよ、という合図なのか、癖なのか? ニコニコ笑っている……本当に綺麗な子だ。
「では、残念なニュースからです。あなたの人生は、終わってしまったのだ。うわーん!」
めそめそ。女の子は、両手をグーにして目元をごしごし拭うように当てる、大げさなジェスチャーをした。
「ええ……そっかあ……」
聞かされて、なんだかショックを受ける自分もいるけど、やっぱりそうですよね、と納得する方が強いかも。
だってここ、普通の部屋じゃないし。
このシチュエーション、すごい見慣れてるし。
「もしかして、なんとなく、わかってました?」
「あっ……ええと……はい。ちなみにもしかして……交通事故、ですか?」
「そうですねえ。車に引かれてしまったのです。覚えていますか?」
「いやあ……あんまり……?」
もし、自分が死んだ瞬間のことを鮮明に覚えていて、痛みとか、苦しみとか、全部残っていたら、ここまで落ち着いてはいられなかったかもしれない。
確か塾帰り、いつもの駅からの道を歩いていて、後ろから車の音がして、振り返ったら眩しくて目が開けていられなくなって――そこで僕の記憶は止んでいる。
だから、ああたぶんあれだなー、というのはわかるんだけど、いまいち現実みがない。
「ってことは、これ……異世界転生、ですか?」
「はあい、そうでーす! 未成年で、真面目に生きてきたのに暴走車に巻き込まれてゲーム・オーバー! なんて、かわいそうすぎます。コウジ君、もしかしてその辺、前世で予習済みですか?」
「へへへ……まあ……あなたはもしかして、異世界の女神様ですか?」
アルビノの少女は、くるりと回ってから、後ろに両手を組んで笑った。
「はあい。そうでーす。コウジ君のことも、ずっと前から知っていましたよ?」
あれ、と思った。上がっている口元。まっすぐに横に伸びた目尻――。
パン! 女神様が手を叩くと、思考はすぐに打ち切れる。
「ああ、一緒にいいニュースの方もちょっとフライングしちゃいました。コウジ君、あなたは不憫な前世でしたので、異世界に転生するにあたって、特典を持っていくことができます!」
「それって、チートスキルって奴ですか!?」
「はあい、そうでーす。ステータス、オープン」
女神様が唱えると、ぱっとコウジの目の前の空間に、パソコンやスマホに映るような画面がパッと浮かんだ。
「すげえ! リアル~」
「コウジ君は初めてのゲームは、チュートリアルに沿って進んでいくタイプでしたよね。ガイドしちゃいますので、それに従ってステータス画面を操作してくださーい」
「はーい」
さすが異世界の神様、僕のことは一通り調査済みみたいだ。
説明は滞りなくわかりやすい。
これから僕が過ごすことになる、よく遊んだゲームに似た世界観の説明も受けてから、二人で調整を進めていく。
「それじゃステータスは高めに……痛いのはいやだから速さか防御……うーん、でもたぶんこの世界、必中スキルがあるんですよね? 回避と必中が同時に発動したら、必中優先……じゃあ最悪当てられても大丈夫なように防御かなあ」
「じゃあ、サービスで無敵スキルもおつけしちゃいまーす! ただし回数制限がありますので、上手に運用してくださーい」
「ありがとう、女神様! 無制限じゃないあたりがさすが僕のことわかってますね! あ、あと見た目なんですけど……眼鏡って外せます? というか、一生近眼じゃなくいたいなーって」
「では目に加護をつけましょう! ついでにレベル3の鑑定眼も持ってけ~!」
ゲームはある程度さくさく進めたいけど、ヌルゲーになったらつまらない。
そんなちょっとめんどくさい僕のことをちゃんとわかっているらしい女神様は、僕に合わせて細やかなセッティングを重ねてくれた。
「さて、こんな辺りでしょうか。準備は大丈夫ですか?」
「ステータスよし。設定確認よし。持ち物確認よし……」
「これでもう何も、気にすることはありませんね!」
はい、と元気よく返事をしようとしたんだけど、声が出てこなかった。
「あれ? まだ何かありますか? 別にこの場所、時間制限とかないので、変更したい所があれば気が済むまで調整していって大丈夫ですよ~」
「いや、そうじゃなくて……本当、今更と言えば、今更なんですけど。もう、色んな追いかけてたり詰んでたゲームやラノベの続きを追いかけることもないし、友達と話すことも、家族の料理を食べることもないんだなーって……」
初めてのゲームをプレイする時のワクワク感。
ステータスを更新しながら、同時に「ああでも、まだ覚えている前世のあれこれはもう、できないんだな」なんてことまで、ふと思い出してしまった。
女神様はじっと僕を見つめてから、にっこり口元を弧に描く。
「大丈夫。その分幸せにしてあげますから」
パン。彼女は手を合わせる。
そうすると僕も、そうだなって、前向きな気になれる。やっぱり異世界の女神様ってすごいなあ。
「それじゃ、もう思い残すことはありませんね?」
「はい……行きます!」
僕がリスタートを決意すると、壁も天井もない部屋の中に、いつの間にか扉が出現する。
これも前世ではただ見ていることしかできなかった奴だ!
心臓が高鳴る。
「グッド、ラック。コウジ! 何か困ったことがあれば、私を呼んで下さいね」
最後に女神様にとびっきりのエールを送られ、僕はゆっくりとドアノブを捻った。