~学の場合~ ③
恵子は、公園にいた。
いた場所は普通である。しかし厳密に公園の中のどこにいたかというと、普通ではなかった。
どうやって登ったのか、大の大人しか使えないような大鉄棒を支える柱の上に器用に腰掛けて、空を見上げていた。
学はその姿をみて、ケイらしいなぁと思った。
恵子は小さな頃から、オママゴトやお人形遊びより、追い駆けっこや鬼ごっこ、草野球で遊ぶのが好きな子供だった。服装も、スカートなどいわゆる女の子らしい服装を嫌い、半袖半ズボンを好んで着用した。更に髪の毛も極力短くして日焼けもしていたので、どこから見ても、少し髪の毛が長く伸びた男の子にしか見えない子供だった。
でも――
学は思う。
今日みたいな服装が似合っているのを見ると、やっぱり女の子なんだな。
と。
鉄棒の下まで来て改めて恵子を見上げると、学の目に飛び込んできたものがあった。
恵子の真っ赤に染まった目元と、少し視線を移動させると見えてしまった純白だ。
学は、やや気まずくなり目を逸らしながらも、頭の遥か上にいる恵子に声をかけた。
「ケッ…、ケイ。学校に遅れるよ」
恵子は、上を向いたまま答える。
「行きたくない」
「なんで?」
「こんな格好のあたしをみんなに見てほしくない」
「ケイ……」
女の子として見られたくない。女の子として見てほしくない。そんな頑なな意思を感じた学は、黙るしかなかった。
「なんであたし、女なんかに生まれてきたんだろ。産まれる時に性別を選べれたら良かったのに」
鼻をすする音交じりに、誰に言うでもなくそんなことを言う。
しばらくして、ぽつりと、恵子が学に声を掛けた。
「学、学校行きなよ。遅刻しちゃうよ」
「……」
「行かないつもりなの?」
「ケイが行かないなら、僕も行かない」
「なんでよ」
「……」
「学、その黙るクセ、あたし嫌い。言いたいことがあるならはっきり言ってよ」
「…言ったらきっと、ケイは僕の事、嫌いになるよ」
その時初めて、恵子は学を見下ろした。
「なんで?」
「……」
「何で言ってもいないうちからあたしの反応を決めつけるの?」
「……」
「だから学、黙るのやめなって! 怒るよ?」
「もう怒ってるじゃんか」
「うるさい!」
「……」
「学、言いたいことがあるんならさっさと言いな! 蹴るよ?」
学は、思いっきり、胸いっぱいに息を吸い込み、叫んだ。
「ケイはずるいよ!」
「……へっ!?」
恵子は、その叫びを聞いて、ついさっきまで心に渦巻いていた苛立ちや怒りがどこかに吹っ飛んでしまった。
「学、聞いてもいい? なんであたしがズルいの?」
「……」
「あーもー、ここまで言っちゃったら最後まで言えっての。男でしょ?」
「…僕だって、男に生まれたくて生まれたわけじゃない」
学の声は小さかったが、それでも確かにその声は恵子の耳に届いた。
「男のくせにとか男らしくとか女々しいとか、そんな風に言われるの、僕だってもう嫌だよ」
「学…」
恵子は、学を見下ろす目に、それまでとは違う気持ちが混じっていくのを感じた。下を向いたままの学には感じ取りようがなかったが。
「で、どうしてそれが、あたしがズルいってことになるわけ?」
「だってケイ、女の子に生まれたくなかったなんて言ってても、そんな服が似合ってるじゃんか。僕には…」
「え、なに? 聞こえない」
「僕はそんな服着れないし、着ても似合わないし…」
「学、また悪いクセが出てる。またやってもない事の結果を決めつけてる! やってみたらいいじゃん!」
「男の僕に、誰がそんな服を用意してくれるんだよ」
しばらく、その場に沈黙が下りた。
「じゃ、あたしの今着てる服、着てみる?」
恵子の声には、いたずらっぽい雰囲気が混じっていた。