~学の場合~ ①
時は遡って、少々昔の話です。
学校に着いて、上履き入れを見てみたら、あるはずの自分の上履きがそこには無かった。
これが初めてなら、自分の上履きがない事に驚き、キョロキョロと周囲を見回して慌てふためくのだろうが、遠藤学は、もうこういったことに慣れっこだった。
「はぁ…、またか」
学はまだ朝だというのに一日の疲れを感じさせるため息をつき、慣れた手つきでカバンから携帯用の折り畳み式の上履きを取り出して履いた。
実をと言うと学校指定の上履きよりこちらの方が足に馴染んで歩きやすいから、上履きを隠されても特にダメージはないというのは心の中にしまっておく。
学の足は、自分の教室ではなく2階の職員室へと向かっていた。こういう事があったら報告するようにと担任に言われているからだ。
…報告しても何もしてくれないクセに。
学はムスッとした顔のまま職員室のドアを開け、担任は不在だったのでそのデスクにあったメモ帳に名前と時刻と報告内容を書いて、一礼して職員室を出た。
後ろ手でドアを閉めて、俯いていた学の頭に、突然元気な声が降ってきた。
「マナ! また上履き隠されたのか?」
「ケイ…」
ケイと呼ばれた人物は、腕組みを乗せた上半身を反らした。
その人物は、薄いレモンイエローの無地のシャツにデニム生地のオーバーオールを着ている。その服装はまるで元気な男の子だ。しかしその髪はというと、肩まで伸ばした髪の毛を飾り気のない黒いゴムで無造作に二つ結びにして、最低限その人物が女の子であるという事を主張している。
名前は落窪恵子。学のご近所さんであり、同じ保育園だった頃からの幼馴染だ。性格としては学がやや引っ込み思案。恵子が女の子にしては活発という差異はあったが何故かウマが合い、5年生になった今でも交友は途切れることなく続いている。
「まだ授業まで時間あるし、探すんなら付き合うぞ」
「いいよ…。どうせすぐに見つかるし」
意気込んでそう言ってきた恵子の言葉に、脱力した言葉を返して、学はもう慣れたように足を進める。実際、もう両手足の指の本数より多く上履きを隠されてきたので、犯人が上履きをどこにやったかがパターン化しているのだ。前回は靴箱が並ぶ空間の端にあるゴミ箱の中だった。ということは次は…
学は廊下を少し歩いて中庭を見下ろせる位置について見下ろした。中庭の真ん中。中庭を挟んで校舎と反対側にある体育館の入り口付近。端の方の植え込みの傍…。ほら、あった。
「…ね」
頼りなげな笑顔を浮かべながら、学が自分の上履きを指差す。その笑顔は、いつも恵子の心を苛立たせた。
学が上履きを回収しようと、階段方面に足を向ける。その足取りは重い。瞬間、恵子は自分たちの教室のある3階の窓へと視線を飛ばした。
サッと隠れる頭が見えた。
学はもうイジメを受けることを仕方ないと諦めたような様子だが、それが恵子には気に食わなかった。
イジメられる原因が何かをわかっているが、それとこれとは別問題だ。そこには学自身にはどうしようもない事情があるのだから。…私も同じだから。だから学も闘えばいいのに。
学が、それが出来ないほど優しいヤツなんだとわかっていても。
恵子はもう一度3階の窓を睨みつけると、学の後を追った。
次話はさらに遡ります。
幼児期まで遡る事はないと思います(笑)