93話
「よし、取り敢えずはこの街でやる事は終わった。急いで出よう!」
凛はそう言ってフーリガンの北側の出口へと向かって走り出す。
美羽と紅葉達も凛の後ろに付いて行った。
既に美羽以外は屋敷へ帰らせて、ポータルの回収も済んでいる状態だ。
凛はあまり時間を掛けると盗賊達や盗賊の偉い人が来て面倒な事になると思い、急いで街から出ようとする。
そこへ盗賊達が行かせまいとして凛達の前に立ち塞がる。
凛は移動以外に時間を掛けたくなかったので、走りながら無限収納からシールドソードビットを出して盗賊達へと向けて投げる。
実際は投げた後は凛が操作しているのだが、盗賊達は凛がどこかから鉄板を出してこちらへと投げられたと思い驚いていた。
そして当然避けきれずに当たり、そのままシールドソードビットに押し出される様にして道を開けてしまう。
凛はそれを何回か繰り返した。
そして15分程で一同は街を出る。
「紅葉、遅くなっちゃったけどこの子がさっき言ってた子?」
「はい。クロエ様と言います。ゾンビとしてではありますが、無事に甦らせる事が出来ました。」
「そうなんだ。宜しくねクロエさん。」
「はい!こちらこそ宜しくです!」
その後フーリガンから少しはなれてから凛とクロエはお互いに自己紹介を行う。
クロエはゾンビとして甦ったものの、元々の自分の体ではなくソードドラゴンの肉を使っているので鉄級のゾンビ、鉄級上位のグールを通り越して、銀級のリッチ位の強さはありそうだと凛は思った。
しかし元は病弱で寝たきりだった上に、亡くなった後も幽霊として数年間奴隷商をさ迷っていたそうだ。
クロエから説明を受けた凛は、クロエが体の感覚を掴むのに少し時間が掛かりそうだと判断する。
実際に紅葉がクロエを甦らせた際に移動しようとしたら、クロエは久しぶりの体な上に以前とは勝手が違っていたからか1歩目で躓いた後、前へと倒れてしまったそうだ。
その後はずっと紅葉に抱えて貰い、今に至るとの事。
一通り話を聞いた凛は、屋敷の訓練部屋でクロエを新しい体に慣れて貰おうと思い一時的に身柄を預かろうとする。
しかしクロエは紅葉に懐いたのか離れたくないと言って聞かなかった。
「クロエ、凛様から教えて貰う事は貴女自身の為になります。それに軽く体を慣らすだけなので晩御飯の時には会えますよ。その後はずっと一緒ですから、ね?」
「うー…分かったよ。凛様、色々教えてね?」
「うん、分かった。…それじゃクロエ、美羽行こうか。」
「はい!」
「はーい♪」
自己紹介が終わった後に、クロエは自分の事を呼び捨てで良いと言われたので凛達はそれに従う。
凛はゴーガン、ルル、オズワルド、商人、それと最後に紅葉達に挨拶をした後、凛達3人は使い捨てポータルで屋敷へと戻った。
「それでは、私達は王都へと向かって進みましょうか。」
紅葉がそう言うとそれぞれが返事して王都方面へと向かうのだった。
「ソードドラゴンの肉を使っているだけあって強いし、紅葉程の強さではないけど色んな魔法も使えるんだね。」
「やった!私、少しでも紅葉様のお役に立てるかな?」
凛はクロエを抱え、美羽を含めた3人で2時間程訓練部屋でクロエに基本的な動きを教えていた。
クロエは歩く事自体久しぶりだったからか、慣れる迄に時間が掛かった。
教え始めて1時間程で歩く、走る、跳ねる等の動きが出来る様になった。
凛はクロエの手を握り魔法に適性があるかを調べると、紅葉の風、土、闇とは別に水と光にも適性を見せた。
火以外の全属性に適性を見せるなんて珍しい!
これには凛も驚いた。
凛はクロエに両親はどんな人かを尋ねると、父は教会の司祭で母は料理処で働いていたそうだ。
クロエの説明によると、クロエは生まれつき体が弱い為よく薬を飲んでいたとの事。
しかし母が働き過ぎて倒れ、倒れた母を心配した父も病に罹ってしまい、とても薬代が払えなくなり奴隷商へと売られたのだそうだ。
光の適性はお父さんだとして、水の適性はお母さんか元々自分が持っていたって事になるのかな?
それにしてもクロエの生きたいって願望や、やりたい事への未練は相当強かったんだね…。
「私、体が弱い上に薬も切れたから、直ぐに衰弱して死んじゃったんだ…。」
「そうだったんだね…。ごめんね嫌な事を聞いて。」
「ううん、良いの。今は丈夫そうな体も手に入ったから、楽しくなりそうだってワクワクしてるんだ!そう言えば凛様、雫様達は何をしているの?」
「あー…あれは放っておいた方が良いかも。それより、午後3時を過ぎたからおやつにしようか。屋敷で甘い物を用意するよ。」
「わーい♪私、消化に良い物と薬ばかり口にしていたから楽しみ!」
凛は嬉しそうにするクロエを連れて、そそくさと訓練部屋を後にする。
それは何故かと言うと…。
「ねぇねぇ火燐、今どんな気持ち?他の皆の所へは加護を貰いに行ったのに自分の所だけ来て貰えないとか今どんな気持ち?」
「クソうぜぇ…!雫お前、何気にウタル達の時の事を根に持っていやがったな?」
「ちょっと何を言ってるのか分からないです。」
「嘘だろ!お前それ、絶対ぇー嘘だよな!!」
「火燐ちゃん、おおおお落ち着いてー!」
雫がじと目のままへいへーいと言いたそうに火燐の周りをサッサッと動き、火燐の事を煽っていた。
実際に雫はウタル達やサム達の魔法の適性を調べた時に自分の元へと来た人は少なく、逆に火燐の元へと来たのが自分よりも圧倒的に多かったのが悔しかった様だ。
しかし雫は蒸し返したりはしてませんよと言う雰囲気を醸し出しているつもりの様だ(かなりバレバレだが)。
火燐は右手の拳を自身の顔の近くに持って行きプルプルと震わせながら雫へと尋ねる。
雫はしれっとしながら左手を自身の顔の近くへと持って行き、いやいやいやいやと左手を左右に動かして返事する。
火燐は右手を雫の方へと突き出して叫んだ後、雫に掴み掛かろうとしたので翡翠が火燐を羽交い締めにする。
「解せぬ…。」
「それは俺の台詞だーーー!!」
「だから2人共落ち着いてってばーー!!」
雫は口をへにょ、とさせてそう言った。
それを聞いた火燐は更に暴れようとしたので、そんな火燐を抑えている翡翠は大変そうだった。
その様子を美羽と楓、それとどれ位の魔法が使えるかを見に来たエルマ、イルマは苦笑いを浮かべながら見ていた。
この後もギャーギャーと訓練部屋に叫び声が響くのだった。