73話
「(今現在貴方達の中で、代表を務めてらっしゃるのはどなたですか?)」
「(? 私だけど?)」
凛は美羽達を湖の周りに散開させた後、シーサーペント達へ向けて念話でそう話した。
するとその中から1体のシーサーペントが湖の中を進み、やがて凛の前へとやって来る。
そのシーサーペントは群れの中で最も大きく、全長が20メートルを越えていた。
「(僕達はこれから戦闘に入りますが、戦闘後の事も考えて取り敢えず貴方には人間になって貰おうと思います。すみませんが、頭をこちらに向けて貰って宜しいですか?)」
「(? よく分からないけど、頭を向ければ良いのね?はい。)」
「(ありがとうございます。なるべく時間を短くするつもりですが、しばらくの間は痛い思いをすると思います。ですが痛みが止んだら人間になってると思いますので、すみませんがそれまでは頑張って耐えて下さいね。それでは僕はベヒーモスの元へ行ってきます。)(ナビ、後は宜しく頼むね。)」
《畏まりました。指定された大海蛇族に人化スキルを入力致します。》
「(え?…って、いっっっったぁぁーーーー!!ちょっとこれ、本当に痛いんだけどーー!?)」
凛はシーサーペントの代表に頭をこちらへ向ける様に伝えた為、代表は言われた通りにする。
すると凛は少し浮いた状態で代表の頭の上に左手を置き、代表とナビにそれぞれそう言った後にベヒーモスの元へと向かって行った。
代表は頭を凛へ向けた後、凛が軽くぽんと左手を置いてどこかへ向かって行った事で、今何をしたのかを尋ねようとする。
しかし(凛達にしか聞こえていなかったが)ナビが返事した後に短時間で人化スキルを施した事で頭に激痛が生じるのだが、その余りの痛さからか体ごと湖から上がってしまう。
その後も痛い痛いと言いながら、びったんびったんと地面の上でのたうち回っていた。
『………。』
その様子を、他のシーサーペント達はうわぁ…とドン引きした表情で見ていたりする。
美羽達はかなり痛がっているシーサーペントを他所に、50メートル位の感覚を空けて湖の北側を守るような配置で立ち、湖の北側へと集まってくる銀級や金級の魔物達の相手をしていた。
「やっ!!」
美羽はデスグリズリーと呼ばれる、体長3メートル程の大きさで金級の強さを持ち、普通の熊よりも牙や爪を長くした灰色の熊を複数体相手していた。
そして最後の1体となったデスグリズリーが長い爪を使った右腕での引っ掻きを美羽へ行うも、美羽は左手に持った黒い剣で防ぎ、右手の白い剣で袈裟斬りにして倒した。
「おらっ!くたばれっ!」
火燐は自分へと向かって来た複数のダイアウルフを蹴り上げたり、赤い大剣を使って悉くを凪ぎ払い、或いは斬り倒して行く。
雫は自身の周りに十数個ものアイスニードルをふわふわと浮かせ、来る魔物達の襲来に備えていた。
そして自分の元へ向かって来る、体長2メートル程の大きさで黒い甲殻と金級の強さを持つキラースコーピオン達へ向けてアイスニードルを放つのだが、キラースコーピオン達は自身の持つ鋏を前にやる事で防いでいった。
「…えい。」
それから雫は戦い方を変えたのか、そう言ってキラースコーピオン達の頭周辺をすっぽりと覆う水の玉を展開する。
キラースコーピオン達は鋏を用いて水玉をどうにかしようとするのだが、それは結局叶う事なく全て窒息死していった。
「そこっ!行けっ!」
翡翠は1度に4本ずつのウインドアローを掴んでは放つを繰り返し、体長50センチ程で銀級の強さを持つアイアンアントの群れと、その群れの女王で体長1メートルはある金級のクイーンアイアンアントを倒していく。
楓は翼を羽ばたかせながら空中を移動している、体長3メートル程のソードドラゴンと戦っていた。
ソードドラゴンは金級上位の強さを持つ上位龍で、頭に生えた長い角、手足の爪、翼、尻尾、それと背中等にかなり鋭そうな剣が生えた様な姿をした龍となっている。
楓はソードドラゴンへ向けて初級魔法のストーンニードルや、上空に全長5メートル程の岩を生成して落とす中級魔法のロックハンマーを放つ。
しかしその悉くを角や尻尾等、ソードドラゴンが持つ様々な形状の刃で斬られた事により、何れも無効化されていた。
「…中々手強かったですが、そこまでです…。…クラッグプレス。」
しかし楓が土系上級魔法クラッグプレスを放つと、ソードドラゴンを中心とした斜め右上、右下、左上、左下に魔方陣が現れる。
そしてそれぞれの魔方陣からごつごつとした岩の塊が勢い良く飛び出る形で発生し、中心にいるソードドラゴンへと向かっていく。
ソードドラゴンは突然現れた岩を避けようとしたがすぐに無理だと判断し、4方向から迫って来る岩の塊を対処しようとする。
ソードドラゴンは何とか3ヵ所は対処出来たものの、左上の岩の塊を捌き切れずに首元へ深々と岩の塊が刺さってしまう。
これが致命傷となり、ソードドラゴンは地面へと落ちて行った。
美羽達は湖の北側に散開し、それぞれが迎撃すると言う形で守っていた。
それに対して紅葉達は湖の南側の中心から少し南下した所で一ヵ所に集まり、襲撃に備える。
そして紅葉達がいる南側へはスパルトイと呼ばれる、ドラゴンの牙から生まれたとされる骸骨騎士の群れが向かって来た。
スパルトイは銀級の強さを持つ人間程の大きさの魔物だが、その体…と言うか骨の色は様々だった。
体を構成する骨は元々の竜に因んでなのか、赤や青、紫色と言った色をしている。
そして同じスパルトイでも役目が異なるのか、剣や弓を構えている者、上位種のアークスパルトイへと進化して1回り体が大きくなった者、そしてアークスパルトイよりも更に体が大きくなり、それらを統率するキングがいた。
その後、5分も掛からない内に暁が魔銀級の強さを持つキングスパルトイを、
紅葉が金級の強さを持つアークスパルトイ3体を、
旭、月夜、小夜がスパルトイをそれぞれ10体ずつ倒していった。
凛は1人で湖から東へ少し進んだ所へ向かい、後10秒程でベヒーモスが自分に向かって来ると言う所にいた。
凛は森の上を飛んで移動していたのだが、目的地に着いてからは高度を下げ、高さ2メートル程の高さで浮いていた。
「(…来たみたいだね。これは恐らく、森林龍よりも大きい…かな?さてと…。)」
やがてどどどど…と、大きな足音と地響きを立てて近付いて来る存在に対し、凛は内心そう思ってから準備を始める。
凛はまず、戦いに入るのはベヒーモスを止めてからだと判断したのか、自身の前方にビットを最大の20基展開する事にした。
そしてビットを点と点で結ぶ事でお互いを高め合い、巨大で分厚い盾の様な防御壁を展開して、間もなく来るベヒーモスに備える。
一方のベヒーモスは走っている間は前を見ていないのか、それとも自分に絶対の自信があったのか分からないが、既に展開されている凛の防御壁を避けようともしなかった。
そしてベヒーモスは真っ直ぐ防御壁に当たり、ゴォォォォ…ォンとお寺の鐘を撞いた様な大きな金属音とそれに伴う衝撃が辺り一帯に響いた。
結果的にベヒーモスの突進よりも防御壁が勝ったのか、ベヒーモスはその場でぴたりと動きが止まった。
「ふぅ…。」
「………。(ザッザッ)」
「さてと…。」
凛は無事にベヒーモスの突進を防げた事に安堵する。
しかしベヒーモスは反対に、自分が片腕で容易に潰せるであろう存在に動きを止められた事で苛立っている様だ。
ベヒーモスは後ろ足を交互に砂を蹴り上げるようにして動かし、戦闘態勢へと移っていた。
凛は防御壁を解除した後に全てのビットを収納し、刀を無限収納から出して構えた事で魔銀級上位の強さを持つベヒーモスと対峙する事となった。
ベヒーモスは頭に立派な2本の角を生やしている為、見方によっては闘牛に見えなくもない外見をしている。
しかし闘牛とは比べ物にならない程力強く、筋骨隆々としている見た目となっていた。
体は紫色をしており、高さが5メートル程、全長は20メートル程とかなり大きかった。
そして尻尾は体長の半分近くと長く、背中から尻尾にかけて長い棘の様な物が生えている。
他にも角、牙、爪、棘とどれも物凄く鋭そうだ。
ベヒーモスはまずは挨拶とばかりに、棘の付いた長い尻尾を凛へ向けて伸ばして来た。
凛はそれを上へと避けるのだが、そこをベヒーモスが左腕で引っ掻こうとしていた為、先に天歩で空中に足場を作って右に避けた。
凛は刀でベヒーモスの頭を狙って斬り込むも、大きい見た目に反して素早いのか首を傾けた事で避けられてしまう。
それからしばらくの間、お互いに攻撃しては防いだり避けると言った事が続いていった。
やがて凛がベヒーモスの尻尾攻撃を避けた際に、ベヒーモスは目の前に来た事で丁度良いと思ったのか、その大きな口を開けて凛を噛み千切ろうとする。
「よっ!」
「?」
凛はそれを天歩を用いて更に上へと跳んで避けるのだが、ベヒーモスは天歩が消える間際に口の中へ入った事で、それが凛なのかを確認する為に口をもごもごと動かしていた。
「…はぁっ!!」
凛はその僅かの隙にベヒーモスの頭上で一回転を行い、その後身体強化を施した踵落としをベヒーモスの脳天に叩き込んだ。
この事によりズドンと大きな音を立て、ベヒーモスの頭が地面にめり込む。
「今だっ!!」
ベヒーモスはそのダメージにより動かなかった為、凛は今の内に一気に決めようとしたのか刀に魔力を纏わせて切れ味を上げた状態となり、ベヒーモスの首へ向けて斬り掛かる。
そしてその勢いのまま、一気に首を落として倒したのだった。