71話
「先程凛様が王都へ向かうと仰っていた件なのですが、私達が凛様の代わりに向かっても宜しいでしょうか?」
昼食が済んだ所で、紅葉が少し宜しいでしょうかと手を挙げた後にそう言った。
紅葉は先程、凛が美羽との手合わせが終わった後にガイウスとゴーガンの3人で話し合っているのを聞いていた。
その後紅葉は暁、旭、月夜、小夜を呼んで話し合った結果、凛はここに残って貰わないと困ると言う事で、凛の代わりに自分達が行く事で話が纏まったのだそうだ。
因みに現在の強さは凛、美羽、アルファ、紅葉、暁の順番となっている。
暁は誰よりも訓練に打ち込んでおり、最近になってほんの少しではあるが火燐達よりも強くなった。
そしてまだ本人達は気付いていない様だが、紅葉と暁はそろそろ進化しようとしている。
「僕としては紅葉達が行く事に反対したいんだけど…。でも紅葉達は僕が駄目だと言っても、聞き入れてはくれないんだよね?」
「はい。既に私達の意志は固まっております。それに一応はではありますが、集落があった時は人間の方々とも交流がございました。ですので私達が適任ではないかと思っております。」
「…分かった。だけど紅葉達は今の強さが金級になっているとは言え、僕としてはまだこのまま王都へ行かせるのは不安なんだ。だからもう少し強くなる為に、そろそろ行こうと思っていた森の中層へと向かってみようか。」
「凛様…。ありがとうございます。」
凛は心配そうな表情で尋ねるも、紅葉は真剣な表情で真っ直ぐに凛を見て答えた事で凛は折れてそう伝える。
そして紅葉がそう言って凛へお辞儀をすると、続けて暁達もお辞儀をする。
凛と紅葉以外の皆は、凛達が話し合っているのを黙って聞いていた。
『(紅葉[ちゃん]達を強くすると言う事は、オレ[私]も強くなれるかも知れない…。)』
凛が先程紅葉達の強化する為に中層に向かうと言った事で、戦闘組のメンバーは自分達も強くなれるかもと密かに期待していた。
凛はその後、毎日誰かしらで自分へと念話で無事を知らせる事。
それと今まで通り紅葉の鉄扇以外は量産品の武器を扱う事。
普段はオーガだった時の様に、腰や手に量産品の武器を下げて持ち歩く事を伝える。
今凛達がいる嘗てのオーガの集落を攻略した際に行った、凛とのリンク強化に伴い紅葉達も凛同様に無限収納への出し入れが可能になった。
そして最近では何も持たない手ぶらな状態、
訓練の時は紅葉は鉄扇を使う以外は素手で戦う訓練をしている。
暁達は普段、潰しても良い様な武器を使い、死滅の森での討伐の際には不動等の武器を出して戦う様になった。
凛は人前でも分かりにくいとされる紅葉の鉄扇はそのままでも良いが、リスク回避の為に不動等の武器を人前で見せずに量産品を持ち歩く様に説明する。
それと暁は量産品の武器でガイウスとゴーガンを圧倒していた事もあって量産品でも全然問題ない事、どうしてもの場合は各々の武器を使って戦って良い事を凛は付け加えて伝える。
「紅葉達を今よりも強くして、明日か明後日にはサルーンを出て王都へ向かって貰おうと思う。この事をガイウスさんやゴーガンさん、それと商業ギルドに伝えた後、急いで街を出て死滅の森中層へ飛んで向かうね。それで目的地に着いたら皆を呼んで討伐を行うんだけど、場合によっては時間が掛かって晩御飯が遅れる可能性もあると思うんだ。その時は申し訳無いけど、僕達が帰って来る迄待っててね。」
凛は皆へ向けてそう言った後、直ぐに美羽と一緒にポータルを使って街へと向かった。
「うへへ…もう飲めないってばぁ…。」
「あらら…。」
凛はギルドへ着き、ギルドマスターの部屋にいるゴーガンへ向かう前にルルの様子を見に行った。
ルルは空になっているカップを持ったまま、むにゃむにゃと言いながら幸せそうな表情でカウンターに頬をくっ付けたまま寝ていた為、酒場のマスターはどうしたものかと困っていた。
凛はその様子を見て苦笑いを浮かべ、解体場へと向かう。
「ワッズさん、ルルさんが幸せそうな表情でカウンターで寝ていますよ。」
「…全く、仕方のねぇ奴だな。宿直室にでも休ませるか。」
凛はワッズへそう伝えると、ワッズはそう言って右手で後頭部をボリボリと掻きながらルルの元へと向かい、ルルを抱き抱えて宿直室へと運んで横に寝せる。
「今回は悪かったな。これに懲りて危険な行動を控えてくれりゃ良いんだが…、こいつも中々の頑固者だからな。取り敢えず、このまま寝させてやってくれや。」
「分かりました。僕はこのままゴーガンさんの所へ向かいますね。」
「おう。俺も戻るとするぜ。」
そして凛へそう言うと、凛はそう言って軽く会釈をした。
ワッズがそう言って作業へと戻り、凛もゴーガンの元へと向かって行った。
「僕が王都へ向かおうと思ったのですが、仲間の皆から反対されてしまいまして…。その代わりと言ってはなんですが、紅葉達が王都へ向かう事になりました。」
「そうなんだ。凛君は自分の領地やこの街の事で忙しいのが判っていたからね、正直断られるだろうと思っていたんだよ。だけど僕よりも強い暁君を含む一団なら、実力に関しては全く問題無さそうだね。」
改めてゴーガンの元へ向かった凛はそう説明すると、ゴーガンはそう言って了承する。
ゴーガンは軽く準備をして、凛と一緒にガイウスの元へと向かう。
「相分かった。凛殿に抜けられでもしたらその分発展も遅れるし、楽しみも減るからな。安堵したぞ。」
凛達はガイウスの屋敷へ赴いて説明すると、ガイウスからそう言われた。
「こちらにも不手際があるとは言え、商業ギルドの護衛をするのは今回だけにさせて頂きます。次からはきちんと護衛を用意して下さいね?」
「勿論です!こちらこそ準備不足でそちらの手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした。」
凛は商業ギルドの副マスターへ一通り伝えると、ゴーガンはギルドマスターである自分よりも暁の方が強いと説明を加えてくれた。
副マスターは暁の存在に驚いた後に凛からそう言われた為、そう言って勢い良く頭を下げた。
「いえ。その代わりと言ってはなんですが、今回は責任を持って森林龍の素材を運ばせて頂きます。それと、今の内にこちらへ素材を預けて貰えれば、王都に着いた後でも今預けたままの状態で出す事が出来ますよ。」
「本当ですか!?ありがたいのですが、何故今のままの状態で収納や保存が出来るのですか!?」
凛は副マスターが頭を上げるのを待ち、そう伝える。
すると凛は副マスターから両肩を掴まれ、ガクガクと揺らされながらそう叫ばれた。
《マスター。どうやら一般的な空間収納スキルは、外と同じく空間の中の時間も進む様ですよ。》
「(その情報をもっと早く言って欲しかったな…)僕の空間収納スキルは少し特殊みたいでして、収納した物は時間が止まったままなんですよ。」
かなり今更感がある状態で、凛はナビから説明を受ける。
凛は未だに副マスターからガクガクと揺らされており、内心そう思いながらも説明を行う。
「ゴーガン様がいるのに嘘を言ってもしょうがないですものね。では、ご案内致します。」
副マスターは凛が言った事を取り敢えず信じる事にした様だ。
副マスターはぴたりと揺らすのを止め、凛とゴーガンを素材が置いてある部屋へと案内する。
「それでは一旦お預かりしますね。…良ければこのままダイアウルフ等の素材もお預かりしましょうか?」
「宜しいですか?良い状態のままで王都まで運べるのは助かります。」
「分かりました。」
案内された部屋で凛はそう言って森林龍の素材を次々と無限収納へと直して行く。
凛は森林龍の素材の収納を終えた後に副マスターへ尋ねると、副マスターはそう言って再び凛を案内する。
「確かに魔物の素材をお預かりしました。もしも不安な様でしたら誓約書を用意しますが…。」
「いえ。ゴーガン様が一緒にいらっしゃいますし、これからも素材等を沢山売ってく下さると期待していますので大丈夫ですよ。」
「ありがとうございます。勿論これからも素材を売るつもりです。ですが重ねて申し上げますが、護衛をするのは今回だけになりますのでご了承下さい。僕と美羽はこれから予定がありまして、今日はこれで失礼させて頂きますね。」
「僕も途中迄一緒に付いて行くよ。」
「分かりました。宜しくお願い致します。」
凛は副マスターへ尋ねると、副マスターはそう答える。
凛はそう伝え、ゴーガンと共に商業ギルドを後にする。
「王都に向かう紅葉達を強くする為、今から森の中層へ向かおうと思います。」
「そうか…。凛君達なら大丈夫だとは思うけど、充分に気を付けるんだよ?」
「勿論そのつもりです。次に会った時は暁も更に強くなってますので、訓練がきつくなるかも知れませんね。」
「はは、その時はお手柔らかに頼むよ。」
その後凛達はいつもの南側の入口へと向かいながら、ゴーガンへそう説明する。
ゴーガンは中層には自分よりも強い魔物が多数いる為不安になったのか、心配そうな表情で凛へそう伝える。
凛はニコッと笑いながらそう伝えると、ゴーガンは表情を緩めてそう言った。
「お疲れ様です。」
「「お、お疲れ様です!」」
その後、街の門を出た凛と美羽は門番にお疲れ様ですと軽く会釈をすると、門番の2人は気をつけの構えでビシッとなった状態で返事を行った。
「それじゃゴーガンさん、行ってきますね。美羽、かなり飛ばして行くからしっかりと着いて来る様にね。」
「分かった!」
「気を付けてね。」
凛はゴーガンに別れを告げ、美羽にそう伝える。
美羽はそう言ってしっかり頷いき、ゴーガンに返事をされる。
凛と美羽はその場で宙に浮いて飛び始め、サルーンの街から離れて行く。
そして2人は風魔法で風の抵抗を極力減らしながら空を飛ぶ速度を徐々に上げる。
やがて音速を超える速度で森の上を飛び続け、木々の色が少し深くなった死滅の森の中層へと辿り着いたのだった。