61話
「しかし、まさか皆さんに何かしらで属性の適性があるとは…これは嬉しい誤算でしたね。一般の方に向け、魔法を使ってはいけないと言う条件が付きますが、良ければ皆さんも明日から朝食後の訓練に参加しませんか?」
『………。』
「訓練を受けずに魔法を発動させると、必要以上に魔力を消費する上に威力も落ちてしまいます。ですが訓練を受け、魔力の扱いに慣れると感覚が研ぎ澄まされますし、魔法の威力が上がって消費が抑えられます。何より、身を守る手段が増えるのは大きいかと。」
『………。』
凛はウタル達、サム達に向かってそう話すと、最初は困った様子を見せる。
しかし凛が説明を加えると、何やら思う所があるのか、近くの者同士で話し合いを始めた。
ウタル達やサム達は、野盗や魔物に襲われた際、ただただ怯えたり家の中へ逃げると言う経験を持つ。
その事を思い出し、自分達が変われる切っ掛けになるのでは…と思った様だ。
「(とは言ってみたものの、遠慮なく魔法を放てる様な、広くて安全な場所なんて近くにないんだよね。平原でも出来なくはないけど…高威力の魔法の影響で地形を変える訳にいかないし、森の中だと魔物に察知されてしまうから論外。何より、屋敷周辺だとご近所や通り掛かった人達に怪しまれてしまう。マクスウェル様と訓練した大部屋みたいなのがあれば良いんだけどなぁ…。)」
《マスター。でしたら、亜空間と言う扱いではありますが、私の方でそれなりに広いお部屋をご用意致しましょうか?》
「えっ、作れるの!?」
ウタル達、サム達が相談している中、凛は環境や周りの目を気にせずに済む、安心して練習出来る場所がないかを考えていた。
そして上手い案が見付からず、人がほとんど立ち入らない様な場所か、最悪海岸近くでもと考え始めた所、ナビがその様な提案を持ち掛けた。
凛は予想外と言うのと、懸念していた事が全て解消出来る喜びからか、思いっきり叫んでしまう。
「あっ…。」
凛は我に返り、皆の視線を自分に集めたと気付いたらしく、急に恥ずかしくなって呟きを漏らす事に。
「ごめんなさい。こちらから言っておいてなんですが、訓練に適した場所がどこかないかなー、なんて考えてまして。人の目を気にせずに訓練出来そうな所が用意出来そうだと分かったら、つい声が出てしまいました。」
「良かった。マスターがいきなり叫ぶから何事かと思ってビックリしたよー。」
「はは、ごめんごめん。」
凛が苦笑いで話し、美羽が安堵の表情で告げると、凛は軽く申し訳なさそうにする。
「それでですが、魔法以外でも訓練したいとあれば僕達が皆さんの補助を致します。是非、皆さんも僕達と一緒に強くなっていきませんか?」
「…先程、トーマスからアルファ様の話を伺いました。何でも、銀級の魔物を歯牙にも掛けない程にお強いとか。」
「私も昼食の時に篝からも話を聞いております。凛様方が率先して魔物に立ち向かう姿が格好良かった、と。あの子が興奮する姿が珍しく、つい笑いが出て怒られましたが…。」
「…恥ずかしながら、この歳になってから魔法が使える等と、想像すら全くしてはおりませんでした。なので、実は魔法を放ってみたいと思っていたり…。」
「凛様。凛様が仰った訓練、是非参加させて頂きたく思います。」
「こちらからもお願いします。」
そして改めてウタル達へ提案を行い、ウタルとサムが顔を見合せてそれぞれ意見を述べ、凛に頭を下げる。
「分かりました。それでは場所の用意を今日中にしておきます。明日の朝食が済み次第そこへ向かい、一緒に訓練すると致しましょう。皆さんは早く魔法を使いたいとお思いでしょうが、折角火燐達から加護を得ました。体に馴染ませる為にもそのまま休ませておいて下さい。間違っても、仲間や屋敷に向けて魔法を放たない事。これが守られなければ最悪出て行って貰いますので、そのつもりでお願いします。」
『はい!』
「話は以上になります。お疲れ様でした。」
凛が注意事項を伝え、美羽達以外の者達が一斉に返事し、凛が軽く頭を下げて告げて解散した。
「(ナビ、そんな訳であの時の大部屋を更に広くした部屋を用意して貰える?)」
《畏まりました。》
「(うん、頼んだよ。)」
凛は興奮気味にこれからの事について話すウタル達を眺めながら、ナビに訓練用の部屋の手配を頼んだ。
「それでは、僕は街に行ってきます。皆さんは午前中作業をしてらっしゃいましたし、まだ体力が以前の状態まで回復してないと思います。本格的に動くのは明日からに致しますので、この後はゆっくりと休んでて下さい。」
「分かりました。お心遣い感謝致します。」
「いえ、それでは失礼しますね。」
「行って来まーす♪」
その後、凛は美羽と共に玄関に立ち、ウタルが代表でお見送りにやって来た。
3人は玄関で軽いやり取りを行い、凛と美羽はポータルを潜ってサルーンに向かう。
サルーンの冒険者ギルドの宿直室に到着した凛と美羽は、そのまま真っ直ぐ解体場へ向かった。
凛達は解体場にいたワッズと軽く話を行い、無限収納からミノタウロスを2体を出す。
ミノタウロスとは、身長3メートル程の魔物で、筋骨隆々な亜人、或いは獣人の様な見た目をしている。
そして頭の部分が牛、足には蹄、それと尻尾を持っている。
ミノタウロスは知性が低く、銀級の強さを持ち、色々な物を掴んでは振り回し、相手が女性と見るや興奮して襲い掛かって暴れる等、厄介な魔物として知られる。
凛達は先程、森の中で13体の群れとなったミノタウロスを発見。
ミノタウロス達は凛達の存在に気付き、興奮した様子で襲って来た為、凛達は少し引いた様子でミノタウロス達を討伐した。
「ミノタウロスか…。こいつの肉はオークとは違った美味さがあるんだよな。」
「(美味いって事は、見た目的に地球で言う所の上質な牛肉みたいな感じなのかな。)…少ししたらまた来るので、ミノタウロスの解体をお願いしますね。」
「おう!分かったぜ。」
ワッズは凛が出したミノタウロスを見て呟き、凛はそんな事を思いながらワッズと会話し、解体場を後にする。
それから凛達はゴーガンの元へ向かい、ダイアウルフとキラーマンティスの売却額である白金貨15枚。
その内の半分…白金貨7枚と銅板5枚を受け取った。
「ゴーガンさん。ガイウスさんに少し話があるので、一緒に来て貰って良いですか?」
「ん?まぁ、今日の仕事はほぼ終わっているし、僕は構わないよ。凛君、今から行く?」
「ですね、ゴーガンさんの準備が整い次第出発しようと思ってます。」
「分かった。それじゃ、準備するから少しだけ待って貰えるかな?」
「分かりました。」
凛はゴーガンと会話のやり取りをし、ゴーガンは受付にこれから外に出る旨を伝える等した後、3人は一緒にガイウスの元へ向かう。
「…と言う訳で、サルーンの近くにいた野盗が追撃を恐れて北西方面に逃げ、その途中にあった村から食料を根こそぎ奪っていったそうです。奴隷商で購入した者達の伝から、村へ訪問する事になったのですが、村に住んでいた方々は食料を全て奪われて危ない所でした。向かうのがもう少し遅れていたら危なかったかも知れませんね。」
「そうか…。凛殿、よくぞ助けてくれた。」
「こちらから支援を行おうかとの意見もあったんだけど、隣の領地だからね。領主が街に出張ってくるかも知れないと言う反対意見から、中々実現出来ずにいたんだよ。凛君、僕の方からも礼を言わせて貰うよ。ありがとう。」
凛達はガイウスの元へ到着後、事の顛末を報告する。
するとガイウスとゴーガンは共に安堵の表情を浮かべ、凛に感謝を述べる。
「それでなんですけど、助けて終わりと言うのも悪いと思い、村人や妖狐族の方々を領地へ迎え入れる事にしました。」
「む…。」
「それは…ちょっと問題行為かもねぇ。」
「だが、あそこの無能領主は元々、村に対して何も対策してはおらんかった。更に言ってしまえば、今回の一件を知らん可能性すらある。まぁ、いずれ領主は村人達がいなくなったと知るのだろうが、行き先が死滅の森と分かれば迂闊に手は出せん。」
「それもそうか。村にいた人達が領主を見限り、新天地を目指す為に死滅の森へ向かったとでも理由を立てれば…。」
「ああ、死滅の森はいずれの国にも属さないのを逆手に取れる訳だな。こっちは援助をする気でいたのだ、村人達の戦力向上を手伝ったとでも思われるだろ。」
「一帯を治める領主とは言え、数十人を取り返すのに対し、死滅の森に向かうには損失や欠点があまりにも大き過ぎる。それに、下手を突いて各方面から報復を受ける可能性だってあるしね。」
「そうだ。何せ、新たに住み始めた場所が死滅の森だ。(村人達を)連れ戻しに行ったつもりが、誰も戻って来ませんでしたじゃ話にならん。とても割に合わないとして諦めるのがせいぜい、と言う所だろう。」
「それに、ガストン領を治めるガストン子爵はねぇ…。」
「だな。商国に近い場所で都市を治めているのは良いが、税を絞り取ろうとする事に意識が向き過ぎだと、住む者達からの不満が度々ここにまで届く位だからな。領地の端にある村、その1つ分の人がいなくなったとしても…罰は当たるまい。」
「(くすくす)そうだね。」
しかし、凛がサム達だけでなく、ウタル達まで迎え入た旨を伝えると、2人共少し困惑した表情となる。
ところが、ガイウス達は考え方を変え、互いに納得した様子で話を行う。
そして話の最後にて、ガイウスはにやりと笑い、ゴーガンはくすくすと笑みを溢すのだった。