58話
「皆さん、ありがとうございます。…ウタルさん、魔法で村を更地にする事も出来ますが、このままの状態で残した方が宜しいでしょうか?」
「…私は魔法に詳しくありませんが、その様な事が出来るのですね。今後、この村に戻って来る事はないと思います。ですが、帰る場所があると言うだけで安心感が湧きますので、こちらとしてはそうして頂けるとありがたいですね。」
「分かりました。それでは30分後に僕達の領地へ向かいますので、それまでに必要な物を纏め、村長宅の前へ集まる様にお願いします。」
「畏まりました。」
凛は村人達にお辞儀をした後にウタルと軽く話を行い、これからの予定を立てた。
30分後、凛達は時間になるまで村長宅の前で待機しており、村人達はそれぞれ必要な荷物を抱えた状態で村長宅の前に集まっていた。
村人達はこれからが楽しみだったり、どうなるか不安だったりと様々な反応を示している。
「…時間になりました。それでは移動を始めたいと思います。」
やがて、凛はそう言って動き出し、その場に使い捨てのポータルを設置する。
ウタル達は初めてポータルを見て不思議そうな様子を浮かべ、それをニーナ、トーマス、コーラルの3人が声を掛ける形で我に返らせた。
そしてコーラルがウタル達の先導を、ニーナとトーマスが列の両脇から彼らの誘導をする形で前に進ませる。
その後、ニーナとトーマスは村人全員がいなくなった事を確認し、凛の方を向いて互いに頷き合った後、近くにいたニーナ達から先にポータルを潜った。
それから少し遅れる形で凛達もポータルを潜ると、使い捨てポータルはその役目を終え、その場から消失する。
凛は小屋から屋敷の玄関を経てダイニングに戻ると、妖狐族達はそれまで着ていたぼろぼろの服ではなく、お揃いの白いパジャマに身を包んでいた。
そして髪や肌には湿り気を帯び、かなり上機嫌な様子で夕食を摂っている状態だった。
どうやら凛達がいない間、男性は暁と旭から、篝を含めた女性は月夜と小夜から浴室の使い方の説明を受けたらしく、全員で入浴も済ませていた様だ。
凛は屋敷を建て直した際、以前の屋敷の様に、広い浴室が1つだけでは気を遣うと思い、男女で風呂を分ける事にした。
なので現在、男性浴室の前には、青い布で出来た暖簾に白字で『男湯』、
女性浴室の前には、赤い布で出来た暖簾に白字で『女湯』と書かれたものがそれぞれ用意されている。
暖簾は火燐達から趣があって良いと好評価を得ており、紅葉達やエルマ達、篝やニーナ達は物珍しさと言う意味で高い関心が寄せられ、それは妖狐達も同様だった。
凛は美羽を含めた女性陣に、村から来た女性達を案内する様に頼んだ後、自分は男性達を案内しながら一緒に入ると告げる。
すると、ウタル達だけでなく、女性達や妖狐族の者達まで驚いた表情となり、火燐と暁は盛大に吹き出してしまう。
その後、凛は美羽、火燐、紅葉、暁、トーマス達から必死に説得を受けてしまう。
凛は大人数での入浴は小学生の時以来(中学生になってからかは姉達から猛反対され、入浴はほぼ自宅のみに)だった為、密かに楽しみにしていたのだが、皆からの説得で諦めざるを得ず、あからさまにがっかりした様子となる。
夕食が済んでしばらく経った頃、凛は1人で男湯にある湯船に浸かっていた。
そして、時折残念がる様子を浮かべたり、溜め息をついたりもしていた。
ドタドタドタ…
「…ん?何か外が騒がしい様な…。」
「凛。励ましに来た。」
すると、急に入口の方が騒がしくなり、扉からいきなり雫が姿を現し、その雫を追い掛ける状態で美羽と紅葉も姿を現した。
しかも、美羽と紅葉はバスタオルを巻いてるのに対し、雫は何も身に着けていなかったりする。
「ちょ!?雫、せめて何か身に着けてから入って来てくれない!?」
「そうだよ雫ちゃん!!女の子がはしたないよ!?」
「そうです!雫様はもう少し恥じらいと言うものをですね!!」
「私は凛なら全てをさらけ出せる。2人にその覚悟はある?」
「「…!!」」
凛は雫を止めようとし、2人は雫を諭すつもりだったのだが、反対に覚悟を突き付けられた衝撃により固まってしまう。
「…雫。格好良く言ってるつもりなんだろうけど、実はバスタオルを巻くのが面倒ってなだけでしょ。」
「…何故バレたし。でも、さらけ出せると言うのは本当。」
「そうなんだ。まぁ、言い方を変えれば、それだけ信頼してくれてるって事にはなるのか…ありがとう、雫。」
「ん。照れる。」
雫は先程既に入浴を済ませており、湯船に入った辺りで凛に突っ込まれ、やり取りをしながら凛のすぐ傍にやって来た。
「…紅葉ちゃん、どうしよう。雫ちゃんが1歩有利になっちゃってるよ。」
「私達も(バスタオルを)取るべきなのでしょうか…。」
そして、美羽と紅葉は凛と雫が良い感じになっていると思ったらしく、雫を追い掛けるのを止め、割と本気で巻いているバスタオルを取ろうかと言う話し合いをし始める。
それを凛が止め、雫が凛に抱き付いた事で、負けじと美羽と紅葉も凛にくっ付く様になる。
最終的に凛を引っ張り合う事態にまで発展し、凛は逃げる様にして浴室を後にした為、残された美羽達は呆然とした表情を浮かべる事に。
凛は入浴前よりも、何故か入浴後の方が疲れると言う結果に終わった。
しかし、自室に戻った凛は気を取り直し、先日の進化の影響で体の大きさが変化した旭、月夜、小夜の武具を作る事に。
旭はオーガの集落攻略の際、真っ先に、それも素早く動いた事から、凛は稲妻の様だなと考えた。
その為、『紫電』と名付けた2振りの小太刀、それと暁の色違いの和服の様な物を。
月夜は先程、妖狐族達に優しく入浴方法を教えていたのも含め、何事にも率先して動く形で皆を導いていると言うのを凛は(小夜から聞く等して)知っていた。
その為、この先も皆を明るく優しく照らして欲しいと願いを込め、『月影』と名付けた槍を。
それと、紺色の生地に満月と薄の絵柄を刺繍した様な和服を。
小夜は戦闘組の中で最も幼いものの、しっかりと月夜等の言う事を聞いて皆を守って欲しいのと、妖鬼の鬼繋がりも兼ねた2振りの短槍である『夜叉』を。
それと、月夜のデザイン違いとでも言おうか、月夜は薄が描かれた秋の風景に対し、小夜は春風に舞う夜桜の風景をイメージしたデザインの和服をそれぞれに渡した。
オーガとの戦いの際、旭、月夜、小夜の3人は持っている武器を相手に投げて倒したと言うのを凛は聞いていた為、3人の武器にはそれぞれ腕輪がセットで付いていた。
この腕輪を装備している状態であれば、武器を投げたり無限収納の中等で手元に武器がなくても、『来い』と念じる事で腕輪をはめた側の腕の前に現れる仕様となっている。
更に、月夜の月影には細工が施してあり、魔力を籠めて念じると柄の部分が如◯棒みたいにして伸び、相手を纏めて凪ぎ払える様にしてある。
旭、月夜、小夜はそれらの武具を恭しく受け取った後、嬉しそうに部屋へ戻るのだが、その様子をエルマ、イルマ、篝の3人が羨ましそうに見ていた。
その様子を、旭達を見送っていた凛が見ていた訳なのだが、エルマとイルマはもう少ししたら進化するだろうから進化後に、篝は戦う姿を凛はまだ見た事がないからと言う理由で、どちらも保留となった。
3人は揃って残念そうな表情を浮かべながら凛を見るも、凛は手を振って部屋の中へ引っ込んでしまう。
3人は互いを見ながら、明日以降にでも進化、或いは認めて貰える様に頑張ろうと頷き合い、扉を閉めて中に戻るのだった。