57話
程なくして、凛達一行は村の入口へ辿り着いた。
しかし、村へ入る前に通るであろう門の前には、いなければならない筈の門番が誰も立っていなかった。
その為、ニーナ達は止まる事なく、そのまま門を素通りして中へ入る。
そしてニーナ達の後ろにいる凛も続けて入ろうとするのだが、一応は部外者である自分が勝手に入って良いのだろうかと、少し罪悪感を感じた様だ。
「お邪魔します」と呟いた後に頭を下げて中へ入り、凛の後ろにいた美羽と紅葉の2人も、凛に倣う形で付いて行った。
村の面積は凛が得た領地よりも広く(実際は3倍位の広さ)見えたのだが、軽く見渡しても誰かが村の中を歩いてる様子は確認出来なかった。
ニーナ達は入ってすぐの所で立ち止まり、その場で軽く話し合いを行う。
その結果、村の皆は自分の家の中にいるか、何かしらの理由で村長の家に集まっているのかも知れないとなり、ひとまず村長宅へ向かう事に。
凛達は村の中で最も大きいとされる村長の家に入り、少し進んだ所へ向かうと、村長らしき男性がうつ伏せの状態で倒れているのを発見する。
その男性は体を震わせながら「…もの…何か食べ物を…」と呻いていた事から、凛達は空腹による衰弱で弱っていたと判断。
手遅れにならなくて良かったと安堵の表情を浮かべ、男性の元へ向かう。
凛はトーマスに男性を介抱して貰う様に頼みつつ、1分程で篝達に飲ませたのと同じスープを用意する。
それから凛がスープを掬っては男性に飲ませ、反対側から美羽が回復魔法を掛け続けた効果により、5分程で男性は自力で起き上がれるまでに回復。
凛はこの村の村長ことウタルに、倒れるまでに至った経緯の説明を求めた。
現在凛達がいるのは、サルーンとは隣に位置する領地にある村で、数年程前までは100人以上の者達が暮らしていた。
しかし、昔から絶えず作物を育てていた影響からか、土はすっかりと痩せ、作物が育ちにくい環境となってしまう。
これでは堪らないとして一帯を治める領主に救いを求めるも、領主があまり良い性格の持ち主とは言えず、支援を送られたり何か打開策を与えられる事はなかった。
報告を聞いた人々はとても残念がり、どうにか自分達だけでこれからも頑張るしかないとなった。
しかしその矢先、更に追い打ちを掛ける様にして、近隣からやって来た魔物が村人や作物に被害を与える様になっていった。
これに住人達は嫌気がさし、王都やサルーン、他にも東の帝国方面や西の商国方面へ向かう等して次々に村から人がいなくなってしまう。
そして、少し前にこれ以上は無理と判断され、ニーナ達を含めた者達を間引いた結果、今では30人程の住人しかいないとの事。
因みに、ウタルは割と最近村長の職に就いており、元村長に当たる人物は、家族と共に少しでも良い生活をと期待して商国方面に向かって行ったりする。
「残っているのはニーナやトーマス、コーラルの様な少し訳有りの人や、まだ働きに行けない子供達、それと私みたいに村へ愛着がある者達ですね。それでも既に限界だったのですが、数日前に村が野盗に襲われてしまいまして。私達は無事で済んだものの、村にある食料全部を持って行かれたのが決定的でしたね…。」
「それは災難でしたね…。」
「はは、全くです。とは言え、トーマスが失った腕も治っている様ですし、優しいご主人様に買われたみたいで安心しました。」
「そうなんだよ。凛様は凄いんだぜ?さっきもな…。」
凛は疲れた表情のウタル、それと会話の途中から加わったトーマスとで軽く話を行い、他の人達にも食事を与えに行きたいと言う事でウタルに一旦離れを告げ、凛達は村長宅から出る。
それから凛達は村中を回り、ウタルの時と同じく、空腹の影響により家の中で倒れていた者達にもスープを飲ませていった。
村人の中には、空腹ではあるものの、まだ倒れる程ではない人が何人かいた。
彼らは家の中ででじっとする形で体力の消費を少しでも抑え、有事に備えていたのだと話す。
凛達は彼らにスープを飲ませた後、自分達は引き続き村中の家を回るから、歩ける位にまで回復したら、村長宅へ集まる様に伝える。
すると、少しふらふら気味ながらも、説明を受けてすぐに移動を開始した。
どうやら、凛達が一通り回ってから村長宅に戻った際、食事を提供した者の姿が見えなかった時は迎えに来ると言ったのが堪えたらしい。
食事を提供して貰ったのに、そこまでやらせる訳にはいかないと口を揃えながら話していた。
凛達は一通り村を回り終え、再びウタルの元へ向かう。
そこには村の7割程に当たる人達が既に来ており、ウタルは凛達が戻って来た事に喜びを露にした。
凛が村中の者達にスープを飲ませ終えたと伝えると、ウタルや村人は凛へ感謝を述べ、深くお辞儀をする。
「凛様達がいらっしゃったおかげで私達はどうにか助かりましたが、後2、3日助けが来なかったら村が全滅していたかも知れないですね…。」
『………。』
頭を上げた後、ウタルは青冷めた表情で話すと、村人達も同感なのか、揃って顔を青くしていた。
「本日、こちらへお邪魔させて頂いたのは、皆さんをお誘いする為になんですよ。宜しければ、皆さんご一緒に僕の領地へ来ては貰えないかと思いまして。」
「…その申し出は非常にありがたいのですが、正直いきなり過ぎて戸惑っております。皆で話して決めたいと思うのですが、宜しいでしょうか?」
「分かりました。(来ていきなり一緒に来ないかって聞かれたら、やっぱりそうなるよね。)」
凛は佇まいを正してウタルに説得を行うも、ウタルは申し訳なさそうにして答えると、凛は笑顔で話しつつ、内心苦笑いを浮かべていた。
凛は今いる部屋を見渡し、村人全員が座るにはテーブルや椅子が足りていない事に気付くと、アクティベーションで足りない分のテーブルと椅子を生成する。
その様子をウタル達は唖然とした表情で見ていたのだが、作業を終えた凛が自分達の方を向くと、ビクッと体を強張らせた。
「? 先程飲んで頂いたスープだけでは足りないと思いまして。話をしながらでも食事が出来るものをご用意しますね。」
「(し、食事…?)あ、はい…。」
先程、村人達スープを飲んで貰ったものの、全然足りないだろうと凛は判断した様だ。
いきなり体を強張らせた事を不思議そうにしながらも笑顔で話すと、ウタルは既に食事は決定事項なのかと思ったらしく、困った様子で答えた。
凛が新たに用意したテーブルや椅子を含め、トーマス達が村人達を誘導し、次々と椅子に座らせていく。
そうしている内に残りの者達も村長宅へ到着し、その者達も椅子に座らせた後、凛達は手分けして食事の用意をし始める。
それから5分程経ち、村人達の前には、クリームシチューとマッシュポテトが器に入った状態で並べられていた。
しかし、ウタル達は硬直したり戸惑うだけで、何も進展する事はなかった為、凛は見かねてウタル達に食べて良いと告げる。
それでもウタル達は目配せをするだけで行動しようとしなかった為、トーマスが溜め息交じりに近くにあったクリームシチュー入りの皿を手に取る。
そして1口食べ、「うんま!こんな美味い物食べた事ないぜ!」と目を見開きながら言ったのを合図に1人、また1人と食べていった。。
それから村人達はクリームシチューやマッシュポテトを一心不乱に食べる様になり、もはや話し合い所ではなくなってしまう。
ウタルもそれは同じで、どちらも食べた経験を持っていなかったからか、夢中で食べ進んでいった。
結局、話し合いらしい話し合いが行われないまま食事が終わり、村人達は与えられる食事が今のと同じレベルなら、行っても良いと思えた様だ。
反対意見となる発言を誰も行わなかった為、凛は妖狐族と同じ内容の説明をウタル達にし始める。
村人達は僅かながら妖狐族と一緒に生活するのかとの忌避感を露にする一方で、移動先での主な仕事が農作業と聞いて関心を示す。
しかし、向かう先が死滅の森だと分かり、危険が及ぶのではないかと、躊躇う素振りを見せる。
しかし、領地には周辺の魔物程度であれば問題にならない位、強い守護者がいる事、
今食べたものとは料理は異なるが、朝、昼、夕食が出ると伝える。
村人達は悩んだり、近くの者達と話し合いを行う。
そして1人、また1人と手を挙げ、最終的にウタルを含めた、村人全員が手を挙げたのだった。