56話
凛は篝とニーナに加え、話の途中から混ざる様になったトーマスとコーラルの5人で話し合いを続けた。
村人や妖狐族の者達が何人領地へ来てくれるかは不明としても、
サルーンの街に建てる予定の商店、
既存の食事処へ調理法の伝授、
凛の領地に植えた作物や屋敷の育成や管理を、どういう割合で振るかについてだ。
凛達は今後、死滅の森に存在する脅威に備え、ひたすら強くならなければならない。
その為、屋敷と森を往復する日々が続く事になる。
しかし往復に専念したくても、圧倒的に人が足りていないのが実状。
これから行う交渉が少しでも良い方へ向かって欲しいからとして、ニーナ、ナナ、トーマス、コーラル、それと篝が来てくれる事になった。
更に、護衛としても勿論そうだが、人受けが良い美羽、同じく人受けが良く、亜人と言う観点から紅葉も付いて来る事に。
凛はいきなり近くに移動した場合、(篝の仲間や村人達に)警戒されるかも知れないと判断。
それと帰りがスムーズに行く様にと言うのも兼ね、皆でポータルを潜り、サルーンの街にある冒険者ギルドの宿直室へ向かうとなった。
凛は宿直室に着いてすぐ、そう言えば(ワッズに)預けたダイアウルフはどうなったのだろうかと思い、解体場を覗く事にした。
するとワッズが凛の存在に気付いたらしく、凛の元に駆け寄って来た。
「何だ、凛、来てたのかよ。ダイアウルフの解体は既に終わってるぜ。他に何か追加で解体して欲しいのがあれば受け付けるが…どうするよ?」
「追加ですか…んー、今が午後3時位ですし、明日の今頃に受け取るとした場合、どれ位出しても大丈夫そうですか?」
「お前さんに修理して貰った道具がかなり使い易くなったおかげでな、解体に掛かる時間がかなり短くなったんだよ。今から始めても、軽くさっきの倍はいけるんじゃねぇか?その内、他の道具達も修理や改良を頼むかも知れん。」
「でしたら、1体当たりの割合は小さくなってしまいますが、キラーマンティスを12体出しておきますね。先程のダイアウルフや、これからお出しするキラーマンティスは全部売却して頂いて大丈夫です。
それと、明日の夜でしたら今の所空いてはいますが、これからどうなるかは分からないんですよ。明日の今頃なら分かると思いますので、その時に返事をお返ししますね。」
「分かったぜ!さっきのダイアウルフもそうだったけどよ、ここまで金級や魔銀級の魔物を解体する機会なんてなかったからな。夢中になり過ぎてあっという間だったぜ!!」
ワッズは解体し足りなかったのか、割と溌剌とした様子で声を掛けて来た。
凛はそんなワッズと話をしつつ、話の最後に全長150センチで金級の強さを持つ魔物であるキラーマンティスを12体出す。
ワッズは凛の空間収納(実際は無限収納だが)からキラーマンティスが次々と出る様を見て、更にやる気を出した様だ。
実に良い笑顔で返事を行った。
「強そうな魔物があんなにも…!凛は凄く強いんだな!」
「すごーーーい!!」
「「「………。」」」
篝とナナは凛が出した魔物を興奮した様子で見ていたのだがが、ニーナ、トーマス、コーラルの3人は反対にドン引きしていた。
それから凛は皆を連れ、街の北側にある門へ向かう。
凛が外から街の中に入る時は毎回南側の門を利用している為、北側の門を利用するのは初めてとなる。
当然、北門に立っている門番とも初めて会う事になり、凛はガイウスから以前貰った住民票や販売許可証を門番に見せた。
門番達は同僚から話を聞いていたものの、まさかここまで見た目が良いとは思っていなかった様だ。
顔を赤くし、慌てた様子で凛と会話や手続きのやり取りを行っていた。
そんな彼らを見て、美羽、紅葉、ナナの3人はくすくすと笑い、篝やニーナ達は苦笑いを浮かべる。
それに気付いた門番達は益々恥ずかしそうにし、門から外に出た凛達へ、消え入りそうな声でお気を付けて…と呟いた。
凛達は北門を出て歩き出すのだが、先程凛が木の移植についてガイウスへ尋ねた際、村の人達や妖狐族の移住が可能かについても尋ねていた。
ガイウスはこれに対し、どちらも王国の民ではあるが、このまま困窮して衰弱死してしまうより、可能な限り皆で生きる方が良い。
自分個人としては助けて欲しいと思っている反面、移住をしても良いとまでは立場上言えないと答えた。
凛達は街から北に2キロ程歩いた所にある森へ向かい、更に少し進んで(事前にサーチを使って集団でいる事が分かっている)妖狐族達の元に辿り着いた。
妖狐族達は部外者の存在に気付き、警戒心を露にする。
「皆、大丈夫。あたしだよ。皆を迎えに来た。」
『…!!』
「お前…人間に殺されたとばかり思っていたぞ。元気そうで何よりだ。」
「ああ。まぁ、実際死にかけたんだがな…。けど凛のおかげで生きる事が出来たし、篝って名前も貰えた。こう見えて、サム達と離れる前よりも強くなったんだぞ、あたし。」
「そうか…凛?」
「あたしの主になってくれた人間の事だよ。サム達と離れた後、襲って来た奴とは別の人間に助けて貰ってね。けどその人間はあたしを連れて行けないらしく、奴隷と言う扱いで売られたのさ。そんなあたしを買ったのが凛って訳だ。」
「何…?」
しかし篝が前に出て声を掛け、彼女の周りに妖狐族の人達が集まり、皆で篝の無事を喜ぶ。
その中から1人の妖狐族の男性が現れ、安堵の表情で篝と話をするも、篝から売られただの買っただのと言う単語が出て不快に感じた様だ。
篝と話をしている妖狐族の男性はサムと言い、篝の父親の兄…つまり叔父に当たる人物となる。
そのサムが眉を顰め、怒りの表情を露にする。
「ああ、待て待て。勘違いしている様だから先に伝えておくが、あたしが必要だと判断したからそうして貰ったんだ。サムが何を考えてるかは分からんが、無理矢理あたしが働かされているとか、そう言った類いのものではないから安心してくれ。」
「…そうか。」
「それにな、凛は凄いんだぞ?手足がない状態のあたしを元通りにしたのも勿論そうだが、今までの食事は何だったのかと言う位に美味しい食事、それに強そうな魔物達を簡単に倒せるだけの腕前もある。…そう言えば、先程は金級や魔銀級の魔物がどうとか聞こえたな。」
「は…?」
『!?』
篝は身振り手振りを交えながらサムに説明を行い、サムは不満を残しながらも、ひとまずは納得した様だった。
しかし続けて篝がした説明に目が点となり、手足がない…?元通りとはどういう事だ…?等と、ぶつぶつ呟き始め、他の妖狐族の者達は恐ろしいものでも見たと言いたげな視線を凛達に向ける。
どうやら、世間的には魔銀級が最高位とされている為、それらを容易く倒した凛達は化物ではないかと思われてしまった様だ。
凛や美羽達が困った表情を浮かべている中、何故か篝だけはどや顔だった。
「…篝、あまり皆さんを怖がらせないで欲しいんだけど…。」
「? あー…すまない。怖がらせてしまっていたか。皆に凛の凄さを伝えたかったんだが…。」
「分かってる、その気持ちだけで充分だよ。」
「凛…。」
凛は場の空気をどうにかしなければと思い、前に出て篝を宥めると、篝は申し訳なさそうな様子で謝る。
「…今は篝、と言う名前になったのだったな。篝、そちらの方は?」
「申し遅れました。僕は凛、立場上では篝の主となった者です。篝には仲間でとお願いしたのですが、配下が良いと断られてしまいまして…。」
「当然だ。仲間だと離れる事もあるが、配下なら凛とずっと一緒にいられるからな!」
「え、配下になった理由ってそれなの?」
凛の声がした事でサムは我に返り、意を決した様子で篝に紹介を求めた。
凛は苦笑いで自己紹介を行いつつ、この場で(奴隷から仲間に)立場を変えても構わないつもりで篝に話を振るも、予想外の答えが返って来た事で困惑してしまう。
「他にも勿論色々と理由はある…が、1番はと聞かれたらそれだな。」
『………。』
篝は再びどや顔で話し、サムを含めた妖狐族の者達は、驚いた様な、困った様な、それと少し前までプライドが高く、面倒見が良かったのに変わってしまったのかな…と、寂しそうな感情が入り交じった表情を篝に向けていた。
凛はこれ以上篝に任せると悪化するだけでなく、最悪の場合怖がられて交渉決裂するのではと判断した様だ。
奴隷商で篝を助けた所から話し、同じ奴隷商でニーナ達も一緒に購入、奴隷ではなく家族同然として生活している旨を伝えた。
それが功を奏し、幾分か雰囲気が和らいだのか、サム達の現状を聞く事が出来た。
すると凛の予想通りと言うか、妖狐族は獣人と言う事で(王国内で)厳しい扱いを受けており、常に苦しい生活を強いられているとの説明を受ける。
「リーダーがいなくなった後、私以外に一族の代表になれるだけの者がいなかった。私はひとまず皆をまとめ、移動を始めてはみたんだが…恥ずかしながら、私はリーダーよりも弱くてね。特に最近は、食料になるものが中々見付からず、その影響で力尽きてしまった者も決して少なくない。篝達が来てくれなければ、私を含め、そう遠くない内に全員が限界を向かえる所だった…。」
「リーダー?」
「あたしの事さ。あたしの父が前リーダーでな、4年位前だったか、人間から皆を守る為に死んでしまってからは、あたしがリーダーを務めてたんだ。それと、サム達大人は名前があるが、20歳位から下…つまりあたし達には名前のない者がほとんど。それ程、子供達の入れ替わりが激しく、過酷な環境とも言えるんだろう…。」
「すまない…。私の力不足が招いた結果だ…。」
「サム…。」
「そうだったんですね…。」
サムはやや困り気味で話し、凛の問いに篝が答え、サム、篝、凛は悲しげな様子となる。
凛は改めてサム達を見てみると、妖狐族全員が痩せこけていた。
そしてその中にいる5~12歳位だと思われる4人の子供達は全員辛そうにしており、中には自力で歩くのが困難になったのか、親と思われる者に抱かれている子供もいた。
美羽達もそれに感化されたらしく、揃って辛そうな表情を浮かべている。
「それでは、これからの事についての話を…といきたいのですが、その前にサムさん達だけ軽く食事に致しましょうか。美羽、紅葉。僕は食事の用意に入るから、2人共手伝って貰ってくれる?」
「はーい!」
「分かりました。」
凛は美羽と紅葉に指示を出した後に土魔法でテーブルと竈を用意し、以前篝に出したもの(勿論作り直している)と同じスープを竈の上に置く。
凛は竈に火を点け、お玉でスープをかき混ぜながら温めていくのだが、篝が自分のと同じものだと嬉しそうに話し掛け、凛が相槌を打った。
『? ………。』
サム達は最初不思議そうに凛達を見ており、途中から良い臭いも広がった事で興味が湧いたらしく、そわそわした仕草を取り始める。
それから5分程経ち、凛は美羽達と協力してテーブルにスープが入った皿を並べる。
そしてサム達を椅子に座らせるのだが、サム達はスープが入った皿を前に、緊張した面持ちを浮かべていた。
「…あぁ、これだ。このスープを飲んだ時、美味しさと嬉しさの余り、自然と涙が出てしまったのを覚えている。」
『………。』
凛はサム達が手を付けやすくするのも兼ね、篝にもスープが入った皿を与えていた。
篝は緊張しているサム達を他所に、リラックスした様子でスープを掬って飲み、しみじみとした様子で語る。
サムは篝がスープを飲むのを見て意を決したのか、恐る恐ると言った感じでスープを口の中へ入れ、その様子を妖狐族の者達が固唾を飲む等して見ていた。
そしてサムが無言で飲み進めていった事で皆も飲む様になり、すすり泣きをしたり一気に飲み過ぎて大事に至りそうになったりと、中々に大変な食事会を凛達は経験する事に。
「…先程は失礼しました。そして貴重な食事を与えて頂き、誠に感謝致します。」
「いえいえ。…それでは、話を始めさせて頂きますね。僕達は死滅の森へ入ってすぐの所に家を建て、野菜等を育てる為の領地を用意しました。何故かと言いますと、どの国からも追及や詮索を極力受けない様にする為です。」
「追及や詮索…そうか。あちらの女性が亜人だからですね?凛様も勿論ですが、非常に整った見た目をされております。ですがこの国では、私達獣人は勿論、亜人の方々も厳しい境遇に立たされていると聞きます。気品もありますし、貴族に目を付けられる前に移動を済ませ、問題を未然に防ぐと言うお考えなのですね。」
「いえ…私なんて、凛様に比べましたら全然…。」
『(可愛い…。)』
サムは佇まいを正した後に凛からの説明を受けるのだが、少し違った方向に捉えてしまったらしく、紅葉はいきなり褒められた事で恥ずかしがる素振りを見せる。
凛達はそんな紅葉を見て、ほっこりとした表情を浮かべていた。
「紅葉は見た目、中身共に良いと言うのは全面的に同意致しますし、大事な家族を渡したくありません…が、答えは少し違います。簡単に言えば僕はこの世界とは異なる世界から来た者でして、その世界の生活振りをあまり知られたくないんですよ。今振る舞った料理もその1つと言えますし、下手するとその料理を含めた理由が元で争いになるのも充分に考えられます。」
「確かに。先程頂いた料理は、言葉では言い表せない程に美味しいものでした。」
『(こくこく)』
凛は真面目な表情に戻って説明を再開し、サムは先程のスープを思い出したのか、少しだけ涎を足らしながら答える。
他の妖狐族も同意らしく、何度も頷いて肯定していた。
「ありがとうございます。ですが、僕達はこの世界からすると異端な存在です。それでも、珍しさからいずれ世界中に知られる事になるとは思いますが、同じ知られるにしても出来るだけ先延ばしにしたい…と言うのも理由の1つとなってます。」
「成程。」
「皆さんの事は僕達がお守りしますし、生活の保証も勿論致します。お1人やお2人でも全然構いません。僕達と一緒に生活したいと言う方がいらっしゃいましたら、少しの間お借りしても宜しいでしょうか?」
「…先程、篝から出た金級や魔銀級の話は本当だった…と言う訳ですね。でなければ、凶悪極まりないとされる死滅の森、その中に家を構えただけでなく私達を守る事等、到底出来るものではない。…ならば、私以下13人全員、貴方様に付いて行かせて頂きます。」
凛は説明を続けた後、ダメ元のつもりで尋ねてみたのだが、サムは良い方向に捉えてくれた様だ。
納得した様子で頷き、話の最後に片膝を地面に突きながら頭を下げ、他の妖狐族もサムと同様の仕草を取った為、凛は驚いた表情となる。
「自分から尋ねておいて何ですが、貸すのではなく付いていく…で宜しいのですか?」
「ええ、先程も申しました通り、このままだと私達に未来はありません。それに、リーダー…篝を見れば、大事にされているのがすぐに分かりましたしね。…凛様、どうか私達をお救い下さい。」
「…ふふっ。サム、皆、大丈夫だ。これからも皆で頑張っていこう。」
「! …ああ、勿論だ。」
凛はまさか全員来るとは思っていなかったからか、恐る恐ると言った様子でサムに尋ねる。
サムは笑顔を浮かべながら篝を見たりして話し、篝は少し恥ずかしそうにしつつ、頬を緩める形で笑みを溢していた。
これにサムも嬉しくなり、笑顔で返した。
その後、凛はその場に使い捨てポータルを設置し、自分達が戻って来るまでサム達を屋敷で待って貰いつつ、案内役として篝も一緒に向かわせるとなった。
凛達はひとまずサム達や篝に別れを告げ、今度はニーナ達がかつて住んでいた村へ向かう事に。
しかし先程と違い、今の地点から西北西へ20キロ程の所にある村へ行く為とは言え、歩いて向かうには少し時間が掛かってしまう。
凛はサム達をあまり長く待たせるのも悪いと思い、村から500メートル程手前の所へ到着する形で調整を行い、使い捨てのポータルを介して移動を行った。
到着後、ニーナ、トーマス、コーラルによる先導の元で凛達を案内する。
そして一行は村に近付いていくのだが、建物や地面のあちこちがぼろぼろとなっており、人の姿が全然見えなかった。
ニーナ達はショックの余り足を止め、ナナと手を繋いで歩いている凛と美羽、それと後ろにいる紅葉も釣られて足を止める。
ニーナ、トーマス、コーラルの3人は、自分達がいなくなる前から村の貧しさを知っていた。
その為、ここ数日で更に貧しくなったのかと不安に思ったらしく、互いに見合った後、早歩きで進み始めるのだった。