55話
凛達は昼食と軽い食休みを済ませた後、新しい屋敷に向け、皆で引っ越し作業を行った。
しばらくして作業が終わり、凛はエルマ達、紅葉達、藍火、篝、ニーナ達を新しい屋敷へ向かわせる。
そして中に誰もいない事を確認し、1分程で屋敷を破壊、その後屋敷があった一帯を更地に変えた。
一通り解体作業を終え、美羽達は一段落と言った感じの様子を浮かべる。
そんな中、凛だけは現在の場所から少し離れた位置にある、背の高い木が生えている方を見続けていた。
「…凛、そんなにあの木が気になるならよ、新しく建てた屋敷の近くにでも植えりゃ良いじゃねえか。つか、オレぁてっきり、あの木を新しい屋敷の隣へ植えるから(領地の)中心よりも少し南に屋敷を建てた、なんて思ってた位だぜ。」
「なんだ、バレてたのか。あの木はここに来た時から見掛けるけど、どの位前から生えてたんだろうなーって考えてたんだ。…と言うか、許可もなしに勝手に運んじゃって良いものなのかな?」
「ん。良いと思う。」
「いくら背が高いったって、普通の木に変わりはない訳だしねー。」
「木を移動するのでしたら、私もお手伝いします…。」
「マスター、心配ならガイウスさんに尋ねてみたらどうかな?」
「皆…分かった。ガイウスさんに連絡を取ってみるよ。」
10秒を過ぎても凛は木を見続けていた為、火燐が軽く呆れた様子で凛に話し掛け、凛は少し戯けて見せる等して答える。
すると雫と翡翠が肯定し、楓が胸の前に両拳を持って来ながら告げる。
3人の後に美羽がそう促した事で、凛は少なからず皆もこの木を想ってくれていると嬉しくなったのか、笑顔で答えた。
その後、凛は映像水晶越しにガイウスと連絡を取り、事情を説明する。
「…事情は分かった。まぁ、木の1本や2本位なら、持って行っても国からとやかく言われる事はあるまい。凛殿の好きにすると良い。」
「分かりました。ありがとうございます。」
ガイウスは説明を受け、凛が何故1本の木に興味を示し、しかもわざわざ連絡を寄越すのかが理解出来ないでいた。
しかしそれらをぐっと飲み込んで了承し、凛がお礼を告げてやり取りを終える。
ガイウスはそれを期にしばらくの間、あの木に何か特別な性質でもあるのかと頭を悩ませる様になる。
しかし軽く流してしまった手前、後で掘り返して尋ねるのもどうかと更に悩んだりする。
その頃の凛はと言うと、ガイウスがそんな事になっているとは露知らず、楓と協力し、2人で木を含めた半径5メートルの地面ごと掘り起こしている所だった。
そして、凛は掘り起こした地面を軽く浮かせつつ、火燐、雫、翡翠の3人に新しい屋敷へ向かう様にと指示を出す。
火燐達は頷いて凛達から離れて行き、凛達も少し遅れる形で新しい屋敷のある方向へ向かって行った。
凛達は5分程掛けて移動を行い、新しい屋敷がある地点よりも少しだけ北側に着陸。
そこで待っていた火燐達やエルマ達に対し、笑顔で軽く手を振る等して応えた。
凛と美羽の2人で運んで来た地面を支え、楓は(運んで来た地面よりも)少し広めに土を掘り起こしていく。
そして、楓は空けたばかりの穴に地面を植え、その上に掘り起こした土を被せ、全ての作業を終了させた。
美羽達は手を取り合う形で互いを労い、その場で談笑をし始める。
そして屋敷の南側へ…でなく、北側にも設けた入口の方へ歩き出し、エルマ達も美羽達の後を付いて行く。
その途中、イルマと紅葉が後ろを振り返って立ち止まるも、エルマや火燐が声を掛けた事で返事し、やや走り気味で彼女達の後を追った。
一方、凛だけは屋敷に向かわずその場に残り、右手で木を撫で続けていた。
「場所が変わって戸惑うかも知れないけど、これからも宜しくね。」
しばらくして、凛は木を見上げながらそう告げる。
するとどこからともなく、
━━━ありがとう。こちらこそ、これから宜しくお願いするわね━━━
と聞こえた。
「?」
「マスター?まだ掛かりそー?皆もう中に入ってるよーー!」
「はーい!今行くーーー!…さっきのは一体何だったんだろう…?」
凛は誰の声だろうかと思い、辺りを見回してみるも、誰の姿も確認する事が出来なかった。
そうしている内に美羽が屋敷の入口から顔を出して呼び掛け、凛は体を屋敷の方へ向けて返事を行う。
凛は先程の声を不思議に思い、首を傾げながら屋敷へ歩いていった。
凛がダイニングに入ると、篝が困った表情を浮かべながらやって来た後、頼みがあると告げる。
何でも、自分の同族の事が心配で様子を見に行きたいと言うのと、このままただ居候するのも気が引ける為、自分も戦ってお金を稼ぎ、身なりを整えたいとの事。
凛は無理して稼がなくても援助するし、美羽達の装備は自分が用意した、篝も使いたい武器があれば自分が作ると答える。
これに篝は目を輝かせ、尻尾をぶんぶんと振る様になり、(凛に憧れを持ってるらしく)凛が使っているのと同じ武器が良いと話した。
凛はミスリルが加わって性能が上がり、少しくすんだ灰色になってしまったものの、練習で創った刀を無限収納から取り出し、篝へ手渡す。
篝は嬉しそうな様子で刀を受け取るのだが、彼女が着ている服は、未だに奴隷商で購入した時のぼろぼろな服のままとなっていた。
凛は参考にしたいからどんな服が着たいかを篝に尋ね、火燐みたいな服装で、上は少し色が薄いのが良いと返って来る。
凛はその場でアクティベーションを使い、朱色のシャツと黒のパンツを用意した。
そして右手にシャツを、左手にパンツを持って篝に見せると大変喜ばれた。
凛は篝に服を渡し、篝は着替えて来ると言って、走って自室に向かう。
それから5分程経ち、篝が服を着替えて戻って来た。
そして篝は佇まいを正し、今でも街の北に同族がいると予想される事、彼らに自分の無事を知らせに行きたい事を凛に告げる。
これに凛は、自分達が不在の間、領地や作物を守ってくれる人も探している為、交渉したら来てくれるかを篝に尋ね、篝は安全が確保されていれば多分大丈夫だと思うと返した。
そこにニーナが、村の人達も今より生活が良くなるなら来るかも知れないと話に加わる。
凛は村と妖狐族の人達と話を行い、相手の出方次第で方向性を決めようと伝え、篝とニーナは頷いて答えるのだった。