51話 11日目
11日目
午前5時前
コンコン ガチャッ
凛は起きてすぐ、妖狐族の少女が休んでいる部屋へ向かい、ノックしてから中に入る。
そして朝早く来た為、少女はまだ寝ている…事はなく、ベッドから上半身を起こしており、窓の外に見える夜明けの風景を眺めている様だった。
「おはよう。」
「ああ、おはよう。」
「どう?少しは体調が良くなったかな?」
「まだ少しふらふらする時はあるが…それでも大分元の状態に近付いて来たよ。あんたのおかげだ。」
「そっか、それなら良かった。そう言えばまだ名乗ってなかったよね、僕は凛って言うんだ。」
「凛…それがあんたの名前か。」
「うん。それでね、君さえ良ければだけど、奴隷じゃなく仲間として僕達に付いて来て欲しい…って言うのを聞きに来たんだ。…答えは後で聞くから、少しだけ考えて貰っても良いかな?」
「答え…と言うか、あたしは凛に命を救われたからな。別に奴隷のままでも全然構わない位だぞ。」
「えぇ…。」
「…そこまで嫌がらなくても良いと思うが…ああ、そうだった。外の景色を見て思ったんだが、ここはサルーンの近くではないのか?」
「うん。今、僕達はサルーンの南、死滅の森の中に建てた屋敷にいるよ。」
「知らない場所だと思ったが、まさか死滅の森だったとは…。それなら凛は知らないのかもな。王国では一般的に、亜人の扱いが悪い。あたしも18年位生きているが…良い扱いをして貰った事は1度もなかった。蔑んだ目を向けられるや石をぶつけられるのは当たり前、場合によっては襲撃を仕掛けられた事もあった。実際、あたしの両親は皆を守る為とは言え、人間達に斬り殺されてな。…ああ、すまない。凛も人間だから悪いとか、そう言うのを伝えたい訳ではないんだ。あくまでも経験として語らせて貰った。」
「………。」
「それに言い方を変えれば、奴隷って立場ならある程度は保証される訳だし、昨日食べさせてくれたご飯がこれからも食べれるかも知れないって事だろ?あたしはそれでも全然構わない…ん、だが。まぁ、欲を言えば…凛の配下になりたいなぁ…なんて。」
「配下って。僕は全然気にしないんだけど…君が良いなら今はそうするか。取り敢えず、首輪を外させて貰うね。」
「…分かった。」
凛と少女は挨拶から始まり、互いに様々な反応を見せながら話を行う。
そして話の最後、凛は恥ずかしがる素振りを見せた少女に了承を貰い、首に嵌められている奴隷の首輪を外した。
凛は首輪を持って少女から少し距離を取るのだが、少女は凛なら奴隷のままでも良かった、或いは凛の所有物にはなれないのかと言った感じで、少し残念そうな視線を首輪に送る。
「ひとまず、今回来た目的はこれで終わりかな?僕は今から下に下りて朝食の準備に入るから、準備が終わり次第、君を迎えにまたここへ戻って来る。それで朝食を食べながら皆に紹介した後、君に名前を付ける予定って所かな。それじゃ、また後でね。」
「え…な、名前?凛の配下になれただけでも幸運だってのに、名前持ちにもなれるのか…。あいつらが聞いたら羨ましがりそうだな。」
凛は首輪を右手に持ったままそう話して部屋から出るのだが、少女はどうやら名前を付けて貰う=大事にして貰えると捉えた様だ。
少女は尻尾をピーンと立たせ、にまにまとした笑顔を浮かべながら独り言ちていた。
それから凛は食事の準備を済ませ、少女を迎えに行った後、いつも凛が座っている椅子の隣に少女を座らせる事に。
対する少女はと言うと、部屋を出てから椅子に座るまでの間、名前を付けて貰える事や、誰かにエスコートされた経験がなかった為、酷く緊張している状態にあった。
少女は周りが不思議そうな視線を感じる中、凛に促されて椅子を引こうとするも、その際に脛をぶつけて涙を浮かべる羽目に。
しかしすぐにキリッとした表情を浮かべ、何事もなかったかの様にして椅子に座った。
因みに、現在は正方形のテーブルが2卓あり、それぞれ12人ずつ座れる様な状態となっている。
凛の隣は美羽の指定席らしく(頑として譲らなかった)、空いてる側の隣は日替わりで座る様にしているとの事。
それから凛は皆に今日の予定を話した後、少女についての説明を行っていた。
その間、少女は待てをされている状態の犬…とでも言おうか、目の前に並べられた料理をじっと見ながら空腹に耐えており、何度も涎を垂らしそうになる。
そんな少女の様子を火燐達が面白そうな、生暖かい様子で見ていたのだが、少女は自分との戦いに必死で気が付いていなかったりする。
そして凛が一通り話を終えていただきますと告げ、すぐに他の者達も凛と同じ動作を繰り返した為、初めて目の当たりにした少女はきょとんとした様子を浮かべていた。
しかし凛から食べ始めて大丈夫と促されると、少女は我に返り、急いで食べ始めようとする。
少女は目の前にある料理が、臭いからして美味しいのだろうなと分かるも、見た事がないものばかりとあって動きを止め、周りの者達が食べる様子を見て摂り始める。
少女は仲間達が心配な余り、味を感じる程の心の余裕が昨日はなかった。
しかし、周りが美味しそうに食べてるのを見て興味が湧いたのか、何も考えずに食べてみるとその美味さに驚いたのか、(尻尾や耳を含めた)全身の毛が逆立った。
その後、今自分は生きているのだと改めて実感出来たらしく、涙を流しながら食べ進めていった。
「(あの子いきなり泣き出したぞ!大丈夫なのか?)」
そんな彼女の様子を、トーマスの様に何事かと思って見ている者が何名かいたり、
『(あー、分かる。この屋敷で出される食事は美味しいからなぁ…。)』
そして大多数の者達は、かつて自分も料理を食べて感動したと言う経験を持つからか、ほっこりした視線を少女へ送っていたりしていた。
因みに、この日は少女も食べる事を考え、小さく切った野菜多めの卵雑炊、バナナと豆乳をミキサーに掛けたもの、下ろし大根にヨーグルトと蜂蜜を混ぜたものとなっている。
或いは、卵や牛乳はこの世界では貴重品だと言う事で、余計に美味しく感じているのかも知れない。
一通り朝食を食べ終え、皆が思い思いに談笑したり、火燐と藍火が朝食のお代わりをしていると、凛が手を合わせてパンパンと音を鳴らす。
すると話がぴたりと止み、皆の視線が凛に集まる。
「皆さんもご存知の通り、この子は酷い怪我をしておりましたが、今はこうして一緒にご飯を食べれるまでに回復しました。ですので、ニーナさん達もそうですが、彼女も今日から色々と頑張って貰おうと思います。…君、皆に何か一言お願いしても良いかな?」
「分かった。…凛、それに皆!死にかけてたあたしを救ってくれて…ありがとう。皆からは返し切れない程の恩を受けた。だが、あたしは見ての通り獣人だ、受けた以上の恩を返すつもりだ。分からない事だらけで足を引っ張ると思うが、どうかこれから宜しく頼む!」
凛は立ち上がり、隣にいる少女の背中に左手を当て、皆を見回しながら話す。
そして話の最後に少女の方を向いて促し、少女は頷いてから席を立つ。
少女はお辞儀を交え、真面目な表情で皆にそう伝えると、少女に感化されたのかニーナ達もやる気になり(何故か1番はナナだったりする)、火燐だけはほう…と言いながらにやりと笑ったが、揃って笑顔を浮かべていた。
「…君は真面目だなぁ。まぁそんな君だから助けたいって思えたんだけどね。そんな真っ直ぐな貴方に敬意を持って篝と付けさせて貰うね。篝、これから宜しく頼むよ。」
「篝、か…。こち…ら…こ………。」
凛は苦笑いの表情を浮かべつつ、話しながら自分の方を向いた少女…篝に名付けを行うと、篝は名付けによる反動の為か、言い切るよりも先に後ろへ倒れそうになる。
そうなる前に凛が篝を背中から支え、やがて篝は安心した様子で完全に気を失うのだった。