510話
『怠惰』ことアイリスは、女っぽいからと言う理由で小さい頃にイジメを受けており、その影響もあって自分の名前があまり好きになれなかった。
その為、5年程前に15歳となってすぐ、両親にすら何も告げずにそれまで住んでいた街からひっそりと出る。
そして遠くにある冒険者ギルドで冒険者となるのだが、アイリスではなく『アイザック』と名前を変えて登録を済ませていた。
やがてアイリスはルシファーの配下となり、元仲間だった『強欲』達がルシファーに殺されて割とどうでも良くなったりや、『色欲』ことリシアンサスに嘘を付きたくないと言うのが重なって、それまで隠していた本名を名乗る事にした。
リシアンサスは名前が違う事に最初驚いたものの、恥ずかしがるアイリスが可愛く見え、一層愛おしく感じる様になったりする。
そしてステラに尋ねられた時も、これからどちらか片方が死ぬし、偽名を名乗ってリシアンサスを動揺させてしまったら元も子もないと判断し、軽く考える素振りを見せて本名を告げる事に。
しかしステラから予想外の返事が返り、さっきまで嫌いだった筈の名前が、今は反対に好ましく思い始めてきた。
アイリスはそんな自分へ自嘲的になりつつ、こう言うのも悪くないと、無意識の内に笑みを浮かべていた様だ。
「そんな優しい笑い方も出来るんだね。うん。僕はこれ以上アイリスさんと戦いたくないし、死なせたくもない。だから悪いけど…一気に終わらさせて貰うよ。」
ステラはそう言ってカラドボルグとフラガラッハを無限収納へしまい、集中するかの様にゆっくりと目を閉じる。
それから時間が経つにつれて体の周りに電気が纏う様になるのだが、バチバチ…バチバチ…と音が響く度に、ステラの体を纏う電気や音が強く大きくなっていった。
「(何だ?何をする気なのかは知らないが…無防備な今こそ最大の好機な筈!)やらせるか!スロウフィールド!!」
「…鳴神。」
「なっ、消えた!?」
『怠惰』はそんなステラを見て不思議そうな様子を浮かべつつ、準備をしている今の内に有利な状況へ持っていこうと、『怠惰』の能力をフルに使ってフィールド内の速度が4分の1となる空間…スロウフィールドを展開する。
しかし、ステラがスロウフィールドの中心でゆっくりと目を開け、小さく呟いた。
それからすぐにバチィッと音を立て、ステラはその場から姿を消す。
「くそっ!!奴はどこに…!」
「…今のは相手の動きを遅くする遅延系の技みたいだけど、残念ながら加速系に特化した今の僕には効かないんだ。それとごめん、後で回復するから今は我慢してね。」
バリバリバリバリ…
「ぐあああああああああああああああああああああ!!」
ドサッ
『怠惰』はステラの姿が消えた事に驚いた直後、いつの間にかステラが自分のお腹に右手を添えている状態で右隣に立っている事に気付く。
そしてステラはそう言って『怠惰』にかなりの威力の電撃を浴びせ、『怠惰』は大きな悲鳴を上げた。
『怠惰』はステラから10秒程強烈な電撃を受けた事で体が真っ黒になり、少しの間がくがくと体を震わせた後、ゆっくりと倒れていった。
「そんな!?アイリス!!…おのれぇぇぇぇぇっ!!」
「んー、ちょっとやり過ぎなんじゃないかなってボクは思うんだけど、ステラちゃんは手加減してくれたみたい。勿論、アイリスさんは死んでないよ。」
「うるさい!気安くアイリスの名前を呼ばないで!!貴様に何が分かる。私は…私達は…!」
美羽と『色欲』は、今もお互い無傷な状態で戦闘を行っていた。
『色欲』は隙あらば美羽を魅了しようとするも、今の美羽はほぼ状態異常にならないと言っても良い位に耐性が高い為、魅了系の攻撃を主体としてきた『色欲』は美羽に対して攻めあぐねていた。
そんな中、『色欲』が凄い音がした方を向くと、『怠惰』が軽く黒焦げとなって後ろへ倒れる所だった。
『色欲』は絶望の表情を浮かべ、体をわなわなと震わせて怒りを露にする。
対する美羽は互いに戦闘をしつつ、念話でのやり取りを行っており、手加減した状態で『怠惰』を倒したと言う事も当然知っていた。
その為、軽く微笑む形で答えるのだが、『色欲』は目を見開き、右手を払う様にして叫ぶ。
そして自らを抱きしめ、体を震わせながら呟くのだった。




