50話
「アルファ。今倒した魔物を無限収納の中に入れる…なんて事は出来る?」
「可能です。私の知識の中に収納方法がインプットされております。」
「あ、そうなんだ。それじゃさ、戦闘を終えたばかりで悪いんだけど、試しにバトルマンティスを入れてみて貰えるかな?」
「分かりました。」
凛は少し疑問を浮かべた表情で、アルファは淡々とした様子で会話を行い、話の最後にアルファが頷く。
そしてアルファは倒したばかりのバトルマンティス達の元へ向かい、次々に触れては無限収納の中に収めていく。
そんなアルファの動きを、凛は感心した様子で見ていた。
ガサガサッ…
『キチキチキチ…。』
「「…ヴゥーーー!」」
「ウォーーーーーーーン!!」
やがてアルファが収納を終え、凛達の所までもうすぐと言う所にまで戻って来た。
するとそこに、3方向からバトルマンティス5体、森林狼3体の計8体が凛達の前に姿を現した。
バトルマンティス達はそれぞれ鳴き声や唸り声、遠吠えを上げ、凛達がいる方向へ向けて移動を始める。
どうやら、先程の戦闘音で(凛から見て)北西、南西、南東にいたバトルマンティスや森林狼が違和感に気付き、それぞれ音がした方向に向けて移動を行っていた様だ。
凛達は余裕の様子を浮かべている一方、ほとんど戦闘経験のないニーナとコーラルは悲鳴を上げ、トーマスは2人を庇う仕草を取りながら警戒していた。
「…さっきのやり取りで、集落の外にいた森林狼とバトルマンティスがこちらに気付いたのか。アルファ、手伝った方が良い?」
「いえ、不要です。マスター方は北東の方向に向かって頂ければ。私が敵の相手を致します。」
凛は魔物達が姿を現したものの、距離が離れてて余裕があった為、アルファへ尋ねてみる事にした。
アルファは凛の問い掛けに目を閉じ、首を左右に振って答えた。
そして話を続けながら、それまで持っていた剣と盾を無限収納に直し、今度は大剣を出して北西の方を向く。
「分かった。では皆さん、今から移動を行います。僕から離れると危ないので、きちんと後ろに付いて来て下さい。」
凛は頷いて答え、そう言って北東方向へ走り出した。
そんな凛の後ろをトーマス達が焦って付いて行き、トーマス達の後ろを美羽達が付いて行く形となる。
美羽達は走り始めてすぐに、こう言った経験は初めてと言う事できゃっきゃとはしゃぎ始めた。
それに驚いたトーマス達は、信じられないと言いたそうな表情を浮かべてニーナとコーラルと互いに見合った後、表情を変えないまま後ろにいる美羽達の方を見たりしていた。
アルファはそんな凛達を一瞥し、北西方向にいるバトルマンティス3体へ視線を移した。
そして無限収納から板状のビットを6基呼び出し、真横に広げた両手の間を浮かせる形で展開し始める。
アルファは展開したばかりの板状のビットを、視線の先にいるバトルマンティス3体に向けて全て放つ。
その後、その場でほんの少しだけ体を浮かせて体を反転させ、凛達を狙おうとする森林狼2頭がいる南東方面へと向かって行った。
アルファが展開した板状のビットは、凛が以前美羽に渡したビットを一旦預かり、改良を行ってから返却したのをコピーしたものだ。
その為、美羽は走りながら異なる方角から斬撃音がした事で左方向を向き、自分のと良く似た板状のビットがバトルマンティスを斬り付けているのを見て、少し驚いた様子を浮かべていたりする。
アルファは浮いたまま南東方面からやって来た森林狼2頭の元へ向かい、持っていた大剣で斬り掛かった。
森林狼達は凛達に意識が向き過ぎた事で完全に反応が遅れ、瞬く間にアルファから斬り伏せられてしまう。
そしてアルファはすぐに体の向きを変え、戻って来たばかりの板状のビットを再び飛ばした。
アルファから放たれた板状のビットは、南西方面からやって来たバトルマンティス2体と森林狼1頭に真っ直ぐ向かって行き、次々に突き刺して倒す。
その後、アルファは飛んだまま倒したバトルマンティス達を収納し、凛達がいる所へ移動を始める。
そして50メートル程手前の所に着地して歩き出し、残り20メートル程と言う所で何故か転んでしまい、そのままズシャッと音を立てながら豪快に顔面から倒れた。
その光景を見た凛達は、さっきまでの様子とあまりにもギャップが違い過ぎた為か呆気に取られていた。
「んんっ。戦闘態勢に入ってないと何故か転ぶ習性があるのは…うん、取り敢えず今は置いておくとして。バトルマンティスや森林狼位の魔物なら全然問題ないみたいだね。アルファも美羽に渡したのをコピーした、シールドソードビットを上手く扱えてるみたいだし。」
「コピーって事はやっぱりボクのと同じものだったんだ。マスター、シールドソードビットって名前にしたんだ。何となくだけど、ボクとアルファちゃんって雰囲気とか似てるよね!」
「かも知れないね。ナビの情報によると、今までの経験や藍火の人化スキルを元にしてアルファを創ったんだって。」
「へー、そうなんだ?それにしてもアルファちゃんって、かなり強いよね。多分、ボクと同じ位じゃないかな?」
凛が咳払いを交え、美羽と話をし始める。
そして話の最後、美羽が興味津々な様子でナビに問い掛けた。
《現状でマスター、美羽様に次いだ強さとなっております。ですが、マスター達とは異なり、アルファは既に限界まで強化した状態となっております。ですので、アルファが魔物を討伐しましても、彼女自身が魔素を吸収して強化する…と言う事は残念ながら不可能です。その為、アルファが得た魔素はリンクを通じ、マスターへ還元される様になっております。》
「えっと…それって要約すると、アルファは現在3番目の強さでこれ以上強くなるのは不可能。けどその代わり、アルファが魔物を討伐すればする程、僕宛てに魔素が送られる。僕が仮にこれから何もしなかったとしても、アルファが魔物を倒し続ける限り、勝手に強化されていくって事?」
《はい。それで宜しいかと。》
「(勝手に魔素が送られて強くなる、その部分だけを抜き取ったら何だか一種の不労所得みたいに聞こえるんだけど…。)…そうなんだ。ナビが戦闘特化でアルファを創ったのはこう言う意味もあったって事なんだね。」
《はい。マスターとのリンクを通じ、念話による会話と魔素の補充が行えます。尚、マスターの魔素を少なからず消費する事にはなりますが、機体、武具、衣服はいずれも、自動的に修復される様になっております。これはアルファ自身が大破しない限り、いつまでも有効となります。》
「え…?」
ナビから説明を受けた事で、凛が今度はナビとしばらく話を行う様になる。
しかしナビからアルファの性能を聞き、凛はその説明は少々おかしいと思ったらしく、頬が自然とひくついていた。
「「「?」」」
ニーナ達は勿論ナビの存在を知らなかった為、凛が1人で空へ向かって話し掛け、それに美羽も加わったのかとでも思った様だ。
揃って少し不思議そうな顔を浮かべていた。
「取り敢えずではあるけど、アルファの性能を理解する事は出来た。アルファは僕達と一緒に屋敷へ戻って休む?それともここに残る?」
「いえ、私に休息は不要です。皆様が帰られた後、あちらの建物の前で待機して魔物に備えておきます。」
「分かった。アルファの強さなら特に問題はないと思うけど…もし何かあったら言ってね。」
「分かりました。」
凛は腕組みをしながらアルファに尋ね、アルファは答えた後に移動を始める。
凛は屋敷を出る前、アルファは常時サーチを展開し、魔物に備えている事をナビから聞いていた。
サーチを展開すると、一帯の地形だけでなく、頭の隅に魔物や人がわらわらと動き回るのが分かる様になる。
その為、凛はサーチを展開中、色ごとに表示された丸が蠢く感覚にぞわぞわと寒気を覚えつつも、まだ短時間ならどうにか耐える事は出来る。
しかしそれが長時間ともなると話は別で、流石に我慢出来なくなって中断したりする。
「(アルファみたいにサーチを常時発動したままなんて…とてもじゃないけど真似出来そうにないなぁ。)…それじゃ、僕達は帰ろっか。」
凛はアルファの後ろ姿を見ながら先程受けた説明を思い出し、そんな事を思いながら話した後、屋敷がある方向を向いて進み始める。
美羽達は凛が何か言いたそうな表情でアルファを見ている事を不思議そうにしており、互いの顔を見合わせた後に首を傾げ、凛の後ろを付いて行った。
「凛様はさっきの女性…アルファだったかしら?を、『創った』って言ってたわよね?」
「ああ、そう言っていたな。俺達じゃ全然敵わない魔物をあんなに簡単に倒せるとは。勿論凄いと思うし、安心もするが…。」
「私達、あんな存在を用意出来る様な、とんでもない方に買われてしまったのですね…。」
「そうね…。」
「そうだな…。」
凛達から少し後ろに離れた位置にて、ニーナ、トーマス、コーラルの元奴隷組が歩きながら集まり、小声で話をしていた。
そしてコーラルが何とも言えない表情で呟き、ニーナとトーマスは同意する様にして呟く。
「しっかし、少し見ただけじゃ、ただの綺麗なお姉さんって感じにしか見えないんだが…。ああいった存在を創れるなんて、とてもじゃないが信じられそうにないよな。」
「…トーマス。貴方、そう言いながらしっかりと鼻の下が伸びてるわよ。」
「不潔です。」
「いや、違うんだって。俺はただ、アルファって人が倒れた時、後ろに人がいるとスカートの中身を見られてしまうんじゃないかって思っただけ…あ。」
「最低ね。」
「最低ですね。」
しかし、トーマスが不意に話した内容が切っ掛けでニーナの気分が悪くなり、ニーナがじと目でトーマスに追及し、コーラルも少し引いた様な視線をトーマスに送る。
そしてトーマスが口を滑らせた事で事態が悪化し、ニーナとコーラルがゴミを見る様な視線をトーマスへ向けた。
「ちょっ!今のは口が滑っただけで…。」
「あ、ごめんなさい。変態が移ると嫌なので、今後一切私達に近寄らないで貰えます?」
「そうね。これからは私達に近付かないで頂戴。あ、勿論、ナナにも近付いちゃダメよ。」
「そんな!お願いだから!俺の話を聞いてぇぇぇ!!」
これにトーマスは慌てた様子で弁明しようとするも、2人は前に進む形でトーマスから距離を取ってそれぞれ話す。
トーマスは自分だけ孤立させられては堪らないとでも思ったのか、その場に右手を前に突き出して座り込み、かなり必死な様子で叫んでいた。
そんなトーマスを他所に、ニーナは悪戯が成功したとばかりに舌を出し、隣にいたコーラルはニーナを見てくすくすと笑う。
ニーナ達の前を歩く凛達も、トーマス達のやり取りが聞こえており、苦笑いや笑顔を浮かべたりしていた。
どうやら、ニーナはトーマスから綺麗だと言われた事がなかった為に嫉妬し、トーマスに一泡吹かせようとして悪戯を仕掛けた様だ。
それから凛達は屋敷へ帰った後、それぞれ自分の部屋へ戻ったり、トーマスは必死にニーナ達のご機嫌取りをする羽目に。
凛はトーマス達の様子を苦笑いで見てから自室へ戻り、ワッズから預かった解体用の道具の改修や強化を行う等して1日を終えるのだった。