48話
「…そう言えば、先程ギルドでお見掛けした大きなドラゴンは御主人様が倒されたのでしたね。その御主人様が仰るのですから問題無いのでしょう。奴隷の身分にも関わらず、差し出がましい事を言ってしまい申し訳ありませんでした。」
ニーナは凛の発言を受け、思い出した素振りを見せてそう話す。
そして続きこそ言わなかったが、話の最後に色々と諦めた表情を浮かべ、凛へ向けて深々と頭を下げた。
「………。」
「…っ!…?…!?」
それを見た凛は黙ってニーナの元へ向かい、右隣の位置に進んだ所で止まった後にニーナの方へ体を向ける。
ニーナは頭を下げた状態のまま、これから罰を受けるのだろうと思ったらしく、ビクッと体を強張らせつつもしっかりと目を閉じる等して身構えていた。
しかしそれから5秒程経ってもニーナは特に何かされたと感じる事はなく、凛がニーナの後方へ体を向けたかと思ったらそのまま歩き始めた。
ニーナは凛が今の間に何をしていたのだろうかと不思議に思ったが、すぐに首回りの風通りが良くなっている事に気が付く。
すぐにニーナは慌てた様子で頭を上げた後に両手を首にやってぺたぺたと触り始め、先程まであった筈の(奴隷の証となる)黒い首輪がなくなっている事が分かり、右手を首の後ろにやった状態で固まってしまう。
凛はそんなニーナを他所に、ナナ、トーマス、コーラルの元に向かっては、首に巻かれていた黒い首輪に触れて収納していく。
「僕は一応、皆さんを奴隷として購入させて頂きましたが、ニーナさん達は奴隷になりたくてなった訳ではないと思います。先程バーベキューを行った際、ニーナさん達は首輪を着けたままでしたので参加した皆さんに僕の奴隷だと知れ渡ってしまいました。これは首輪に意識が向かなかった僕の落ち度です、すみません。ですがニーナさん達が解放されたと分かれば、周りから虐げられる事はない筈。それでも何か嫌な目に遭ったとかあれば、遠慮なく僕に言って下さい。」
「「「………。」」」
「…Zzz」
それから凛は少し歩いた後、ニーナ達の方へ振り向いてそう説明する。
それをニーナは(未だに固まったままだが)顔だけを凛の方に向け、トーマスとコーラルは真面目な表情でそれぞれ聞いていた。
しかしナナだけは場違いとでも言おうか、もう食べれないよー…等と寝言を呟いており、幸せそうな寝顔を浮かべていたりする。
「皆さんと奴隷商で出会ったとは言え、僕はこれも1つの縁だと思ってます。身分の関係とか考えず、少しづつで良いので家族や友達として接して欲しい。どうしてもそれが守れそうになければ、命令とさせて頂きますから覚悟して下さいね?」
「「「………。」」」
「分かったー!」
「「「!?」」」
「…むにゃむにゃ。」
「(くすくす)ナナちゃんもこう言ってますよ?」
「…はぁ~。あーもう、分かりました、分かりましたよ!ですが、せめて皆さんの事は様付けで呼ばせて頂きます。2人共、それで良いわね?」
「「(こくっ)」」
凛は笑顔で話しつつ、途中から悪戯っぽい笑みを浮かべて頼む。
ニーナ達3人は複雑な表情になりながら顔を見合わせていると、寝ている筈のナナが左手を勢い良く挙げて叫んだ為、揃って驚いた様子を浮かべてナナの方を向く。
ナナはすぐに手を引っ込めて上に掛けられた毛布もぞもぞとし始め、ニーナ達以外の者はナナを見ながらくすくすと笑っていた。
そんな中、先に笑うのを止めた凛が右目を閉じてニーナに問い掛けると、ニーナは折れるしかないと判断したらしく、疲れた表情で深い溜め息をついた。
そしてかなり渋々と言った感じで了承した後、トーマスとコーラルに同意を求めつつ、貴方達も諦めなさいと言いたげに半目で視線を送る。
2人は揃って苦笑いの表情を浮かべ、凛に向けて頭を下げる様にして頷いた。
「これからもっと人数が増えて屋敷が大きくなっていくと思いますが、基本的に今の屋敷と同じだと思って貰えれば大丈夫です。それじゃ時間が遅くなりましたし、明日も早いから軽めにだけど晩御飯を食べる事にしましょうか。」
凛はそう話しつつ、無限収納からサイコロ状にカットした森林龍のステーキに大根おろしの和風ソースが掛かった状態の紙皿やサラダ、2リットルのペットボトルに入った紅茶や緑茶を無限収納から取り出した。
それを美羽、翡翠、楓、紅葉、月夜が手分けして受け取っては皆に届け、魔導炊飯器に入ってるご飯を茶碗に装っては同様に届けていく。
やがて凛が各自に行き渡ったのを確認し、頂きますと言うと、美羽達も凛に倣った後に食べ始める。
ニーナ達4人は訳が分からないと言った感じで呆けていた為、近くにいた楓がやり方等を説明してくれた。
凛、ナナ、トーマス、コーラルの4人は先程のバーベキューで森林龍の肉を食べており、その美味しさを知っていたが他の皆は初めてだった。
その為、最初の一口を食べると揃って固まると言う現象の中、相変わらずと言うか一足先に我に返った火燐と雫はサイコロステーキを食べる速度が早かった。
どうやら2人にとって、ある程度遅い時間での食事だろうが全く関係ない様だ。
「…おっ、そうだ。あれならステーキにも合うんじゃねぇ?」
食事中、火燐は思い付いた様にして席を立ち、キッチン横にある冷蔵庫から500ミリリットルのペットボトルに入ったコーラを取り出して飲み始めた。
そして何やら納得したらしく、ご機嫌な様子で椅子に座った後、サイコロステーキを食べてはコーラを飲み、かーっ、美味ぇ!と言っている姿に雫が触発され、火燐の真似をする様になる。
ニーナ、トーマス、コーラルの3人は泡の出る謎の黒い液体が入ったペットボトルを、何とも言えない表情でじっと見ていた。
その様子を見た凛は席を立って冷蔵庫の中からコーラを取り出し、少しだけ空の紙コップに注いで3人に配る。
3人は恐る恐ると言った様子で飲んでみた結果、トーマスは元気良くまだ飲みたいと叫び、ニーナとコーラルは可もなく不可もなくと言った感じで不思議な表情を浮かべていた。
凛はこの世界でも炭酸飲料が通用するかも知れない、と少し手応えを感じていたりする。
食事後、ニーナとナナで一部屋、トーマス、コーラルはそれぞれ一部屋ずつを与えられ、トーマスがナナを抱き抱えた状態で部屋がある3階へと向かって行った。
凛は晩御飯の後片付けを済ませ、妖狐族の少女が寝ている部屋へ向かう。
コンコン
「誰だ?」
ガチャッ
「起きてたんだね。体の調子はどうかな?」
「なんだあんたか。おかげ様で大分良くなったよ。」
「良かった。少しでも栄養をと思って、スープを用意して持って来たんだ。」
「そうか、ありがたく頂くよ。…ああ、美味しいな。それに、何だか体が少し温まって来た気がする。」
「ある程度回復したとは言え、体がまだ普段の状態には程遠いからね。明日から少しづつ食事の量を増やして行くから、今はこれだけで我慢して貰えるかな。それと明日の朝、君を含めた5人の奴隷の紹介を行うからさ、悪いけどそのつもりで頼むよ。」
「そうか…。」
「うん、全部飲めるだけの食欲はあるみたいだね。ひとまず今日はこれで失礼させて貰うよ、おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
凛はおろし大根と溶き卵、それと生姜を少し入れた消化に良いスープが入った器とスプーンをお盆に乗せたものを左手で持ち、空いた右手で扉をノックする。
そして部屋の中から反応が返って来た事で部屋に入り、明日の予定も含めて話をしながら少女にスープを飲ませる。
やがてスープが全て飲み終わり、凛は満足げな様子で少女と挨拶を交わしてから部屋を出る。
「あいつら、あたしがいなくなった今でも無事にやっているんだろうか…。」
少女は凛が出て行った後に窓の外にある月を見ながら、自身が身を挺してまで守った妖狐族達の事を想い、そう呟いていた。
「…さて、まずはどちらからやろうか。ナビ、進捗状況はどうかな?」
凛はワッズから解体用の道具を預かった際、ミスリルを詳しく調べれば今後の役に立つかも知れないと判断し、ミスリル鉱石の塊を1つ丸ごと使っての解析をナビに依頼していた。
そしてもう1つのミスリルをこれからやりたい事に使う為、それが現在どこまで進んだのかをナビに尋ねる。
《はい。ミスリルの解析は済んでおります。これによりアクティベーションで生成される武器・防具にミスリルを混ぜ、品質の向上に成功。及び、それに付随しまして、魔力を消費する事で金属としてのミスリルも生成可能となりました。それと、以前からマスターのお話にあった守護者の件ですが、こちらもミスリルを鉄・金の合金の骨組みの一部に使用し、耐久性・柔軟性共に向上。更にワイバーン9体分の素材を分解・圧縮・再構築して肉付けを行い、外見は藍火様の人化スキルを参考にしたものを採用した、戦闘特化型の試作型エクスマキナの作成は済んでおります。》
するとナビは凛からの質問に対し、その様な事を告げる。
凛は屋敷を建てた時から、自分達が死滅の森で討伐を行う等して不在にしている間、屋敷を守ってくれる守護者の存在を作るかどうかをナビと協議していた。
そして藍火を人化スキルで人間に変化させ、火燐達が大量のワイバーンを相手している間、凛はナビにワイバーン9体分の素材を使って守護者を作成する様に頼む。
その為、ワッズに渡したメモの中にワイバーンの事は載せていなかったりする。
ナビはワイバーン9体分の素材と鉄や金とで試行錯誤を繰り返すも、納得がいく程のものは出来上がらなかった。
しかし夕方手に入ったミスリルが切欠となり、筋肉となる部分にも粉末化したミスリルを混ぜる等して一気に作成を進めてようやく完成へと至った様だ。
《マスター。この場にて試作型エクスマキナの呼び出しを行いますか?》
「うん、お願い。」
《了解しました。》
ナビは凛に尋ねて了承を得た後、ナビも了承する。
すると凛の目の前に縦2メートル、横1メートル程の縦長で楕円状の光の玉が現れる。
しばらくして光が止むと、そこには白のロングワンピースの上半身部分に銀色の鎧を付けた様なドレスアーマーを身に纏い、腰までの長さの銀髪を三つ編みにした女性が目を閉じたまま立っているのだった。