47話
今回凛が企画したバーベキューは夕方から始まった為、仕事上がりの者や冒険者ギルドで依頼の報告を済ませた者、それとお酒を飲みに酒場へ繰り出そうとした者等が中心部にあるギルド前へ集まると言う、サルーンでは今までに経験した事がない程の大混乱が起きていた。
その様子を見たガイウスはこのままでは全く収拾がつかないと判断し、警備やギルド職員を総動員してバーベキューに参加したい者はきちんと整列する様に促せとの指示を出す。
しかし人々は警備や職員の指示に従わないだけでなく、中にはガイウスに対して文句を言う者もいた。
これにガイウスは強制的にここから追い出すだけでなく、不敬罪で牢屋へぶち込むぞと伝えながら凄んでみせた所、人々はガイウスに従う以外に選択肢はないと理解した様だ。
まるで事前に練習でもしていたかの如く、素早く綺麗に整列をし始めた。
開始してから4時間後
凛達は焼けた状態の森林龍の肉が乗った紙皿に希望のソースをかけ、そこにフォークが添えて渡すのだが、一式を渡された者はその場から離れて食べ始め、その美味さのあまり固まるか涙するかのどちらかとなっていた。
そして時間は午後9時を過ぎ、凛は一通り渡し終わった事もあって今回のバーベキューはこれで終了だと伝える。
今回は少しでも多くの者達に森林龍の肉を食べて貰おうとした為、1人当たりの量は100グラム(鶏の唐揚げで3個分)程としていたのだが、それでは全く足りなかった様だ。
もう一度位は食べれると思っていた事もあり、食べ終わって待っていた者達から大ブーイングが起きてしまう。
凛は両手でそれらを制し、次は1週間後の昼に同じ場所で行うと伝えると、人々は一転してもう一度食べれると喜びを露にする。
そして続けてガイウスが今日はこれで終わりだから解散する様にと伝え、人々はこれ以上ここにいても意味がないと分かったのか次々と家路に就いた。
凛達はバーベキューの片付けを最低限だけ行い、時間も遅いから残りは明日すると言う事になった。
その片付けの途中、凛は屋敷へすぐに帰れる様にと、今も宿直室で休んでいる妖狐族の少女を迎えに行く事を判断する。
凛はあと少しで片付けが終わりそうになった所で残りを美羽達に任せ、ゴーガンと共にギルドの宿直室へ向かう事に。
「あ、そうだった。ゴーガンさん、あの子を連れて帰った後、家でワッズさんから預かった解体用の道具を修理しようと思ってるんですよ。ワッズさんも道具がないと不便でしょうし、明日の朝になったらそのまま渡しに来るつもりです。少しでも時間や手間の短縮を図る為、この部屋にポータルを設置しても宜しいですか?」
「森林龍の肉を受け取った時にしていたやり取りの事だね。ここで良ければ構わないよ。」
「ありがとうございます。」
凛はゴーガンと共に宿直室の中へ入った際、思い出した様にして尋ねた。
ゴーガンはこれを了承し、凛はお礼を言ってから指示された場所にポータルを設置する。
そして凛は少女を抱き抱えてギルドを出た後に片付けが済んだ美羽達と合流し、皆で街の入口へ向かう。
凛達は門の所でゴーガンの口添えで街を出た後、凛は先程と同じステーキにガーリックステーキソースをかけた皿にフォークを添えたものを、美羽に頼んで無限収納から取り出して貰う。
その一式を美羽が門番の2人に渡すと、門番達は非常に感動した様子で受け取っていた。
「美羽は皆を連れて、先に屋敷へ向かって貰えるかな?僕は皆が通ったのを確認した後、ポータルを撤去してこの子と一緒に飛んで帰る事にするよ。」
「了ー解っ。ボク達はリビングでそのまま待ってるね。火燐ちゃん、先頭を任せても良い?」
「分かった。」
「ありがとー!ニーナさん、ナナちゃん、トーマスさん、コーラルちゃんはそのまま火燐ちゃんの後ろに付いて行って貰える?」
『はい。』
凛はポータルの前に立ってから後ろを振り返り、すぐ近くにいた美羽へそう説明する。
美羽は了承して火燐に促し、火燐が頷いて移動を始めた所で今度はニーナ達の方を向いて促した。
ナナはお腹いっぱいになった事や良い時間になった事で少し眠たそうにしており、そんなナナを含めた4人は美羽に返事を行う。
そして自分達は一体これからどこへ向かうのか、等と全く気負った様子を見せず、火燐から少し遅れる形でポータルを潜って行った。
どうやらガイウスが凛と親しげに話していた事や、今まで食べた物の中で最も美味かった肉を沢山の人達だけでなく、奴隷である筈の自分達にまで振る舞ってくれた事が信頼に繋がった様だ。
美羽は自分以外の者達がポータルを潜ったのを確認し、最後に凛へ軽く手を振りながら自身もポータルを潜っていくと、やがて完全にその姿を消した。
「…ポータル撤去完了、っと。ゴーガンさん、僕もこれで失礼させて頂きます。明日の10時頃に、直接ポータルでギルドの宿直室へ向かわせて貰いますね。」
「うん、分かった。凛君、途中から砕けた話し方になってごめんね?」
「いえ、僕は大丈夫ですので気になさらないで下さい。」
「ありがとう。今日のバーベキューは楽しかったし、街の住民も楽しんで貰えたと思う。これが切欠で、街の活性化に繋がると良いね。」
「ですね、これからが楽しみです。では、また明日。」
「うん、またね。」
凛は少女を抱えながら手を振る美羽に応え、美羽がいなくなった後に右手を使ってポータルを撤去する。
そしてゴーガンと会話を済ませ、森の方に向けて飛び立った。
「(ぶるっ)……ん…?」
「あ、ごめん。起こしちゃったみたいだね。これから家に帰る所でさ、失礼だとは思ったんだけど、この体勢で運ばせて貰ってるよ。」
「(ごほん)そ、そうか…。いや、あたしの方こそ、正直もう助からないって思って辛く当たってしまった。すまない…。」
「ううん、気にしないで。君を助けられて良かったって思ってる位だし。もうすぐ家に着くから、後で軽く口に出来る物を用意するね。それまで休んでて大丈夫だよ。」
「分かった、ありがとう…。」
凛が移動の為に夜の上空を飛んでいるのだが、少女の頬に冷たい風が当たった事で体を震わせながら目を覚ました。
凛は軽く謝罪して現状を説明すると、少女は上手く声が出なかった事もあって軽く咳払いを行い、謝罪を交えて返事を行う。
凛は再度説明を行いつつ休む様に促すのだが、少女はまだ意識がはっきりとしていない事や凛の顔しか見ていない事もあって、現在は飛んで移動しているとは分かっていない様だ。
そして凛に促されるまま目を閉じた後、少しもぞもぞと動いてから再びすぅ、すぅと寝息を立てて眠り始めた。
「ただいまー。」
「マスター、お帰りなさーい♪」
「先にこの子を3階へ運んでくるね。ごめんだけど、戻って来るまでもう少し待っててくれる?」
凛が屋敷のリビングへ戻った事で美羽が迎えに来た。
そして凛は抱き抱えた少女に視線をやりながら皆にそう伝えて頷かれた為、ありがとうと言って階段を上がって行った。
「まずは皆さん、今日のバーベキューお疲れ様でした。ニーナさん、購入したばかりなのに早速働かせてしまいましたね、すみません。」
「いえ、御主人様。気になさらないで下さい。私も途中から楽しくなってきた位ですし。何より、この子を楽しませて貰えただけで私は満足です。」
凛は少女を3階の一室に休ませてからリビングに戻り、椅子に座った後に皆を労う。
そしてニーナの方を向いて軽く頭を下げると、ニーナは返事しながら首を左右に振り、自身の太ももの上でうつらうつらとしているナナの頭を撫でる。
「ありがとうございます。僕の名前は凛と言います。まず始めに伝えておきますが、僕はリリアースとは異なる世界から来た男です。」
「「「(男!?)」」」
「ひぅっ!?」
凛は軽く微笑んで説明を行うのだが、ニーナ、トーマス、コーラルの3人は凛が男だと聞いて内心驚きながら体を強張らせ、ついでにナナも別な意味で驚かせてしまう。
それから寝ぼけているナナを他所に3人はすぐに凛へ謝罪を行い、凛は内心溜め息をつきつつ困った笑みを浮かべて対応していた。
「…ナナちゃんはまだ早いから屋敷でお留守番として、ニーナさん、トーマスさん、コーラルさんの3人には、今度サルーンの街に新しく建てる予定のお店や公衆浴場に勤務して欲しいと思い、今回購入をさせて頂きました。すみませんが、覚える事が沢山ありますのでそのつもりでお願いしますね。」
「ですが御主人様、恥ずかしながら俺…いや私は右腕が…。」
「ええ、勿論分かってます。…失礼しますね…エクストラヒール。」
「「「…!?」」」
凛は一旦ソファーにナナを運んで寝かせ、改めて説明を一通り行った後、そう伝えて話を締め括る。
そこへトーマスが申し訳なさそうな表情で左手を挙げ、かなり言いにくそうに説明を行おうとする。
凛はそんなトーマスの元へ笑顔を浮かべたまま向かい、トーマスの右腕のすぐ近くに両手を添え、エクストラヒールを唱える。
するとトーマスの右腕に球状の白い光が現れ、30秒程すると右手が事故で失う前の状態へと戻っていた。
これに美羽と火燐達以外の全員が驚くのだが、その中でも特に治ったトーマス本人や未だに中級までの光魔法しか扱えないエルマが驚いていた。
その後、トーマスは右腕が戻ったと言う実感を得たからか、感激のあまり何度も凛へ感謝の言葉を述べては頭を下げる事に。
トーマスは右腕を失うと言う大怪我を負っていたものの、先程の少女よりかは軽かった為か普段の消費量(と言っても超効率化で消費がかなり抑えられている)のエクストラヒールで済んだ様だ。
「お店と公衆浴場は皆さんを交代で休ませる為にも、もっと多くの人を集めたいと思ってます。ニーナさん達はサルーンの街から少し離れた位置にある村から売られたんですよね?」
「はい。奴隷商で出されたご飯の方がまだ美味しいと思える位、かなり貧しい村ですが…。」
「僕はまだ来たばかりで他の奴隷商を知りませんが、マーサさんは例え奴隷でも悪い扱いをしたくなかったのかも知れませんね。その村へは、人が雇えるかの交渉をしに向かいたいと思ってます。」
「ええ、気遣いの出来る方でした。トーマスがしっかりと惹かれていたみたいですし。」
「ちょっ、ニーナ!?それは言わない約束だっただろ!」
「ふふっ。交渉の件ですが、条件次第で可能だと思います。」
凛との話の途中、トーマスへとばっちりが行った事で慌てて止めようとして少し笑いが起きると言う場面があったものの、ニーナは話の最後に笑顔でそう答える。
「素敵な女性でしたからね。歳が近いトーマスさんが惹かれるのも分かります。それとですが、僕達が今いる屋敷は明日になったら解体し、死滅の森に入ってすぐの所へ新しく屋敷を立てますので、明日からはその屋敷に住む予定です。」
「こちらの屋敷を解体…ですか?それに死滅の森って、『あの』死滅の森ですよね?」
「ニーナさんの考えている森で合ってます。ですが既に対策を立てていますので、安心して下さって大丈夫ですよ。」
凛は笑顔でそう話すのだが、ニーナは今いる屋敷を凛が土魔法で建てた等と知らない為、ここまで整ったリビングを壊すなんて勿体ないと思った様だ。
しかしそれ以上に、魔物がひしめく死滅の森に住むと言う事に意識が向いたのか凛に尋ね、凛は笑顔のままでそう答えるのだった。