43話
その、壁に力なくもたれ掛かっている女の子は右目、右腕、左足に包帯が巻かれており、左耳と右肘から先、左膝から先が欠けていた。
「…この少女は妖狐族でして、食料を求めて同族の団体で移動した際に野盗に襲われ、自分の身を挺して仲間を逃がしました。そして重症を負いながらも野盗の頭を倒した所で少女も力尽き、そのまま気を失ったそうです。この少女の仲間の方々が逃げている所へ近くを通り掛かった商人が気付き、商人の護衛の方達が野盗を追い払って少女を保護したと聞いています。しかし保護したものの傷が酷く、自分達では手に負えないとの事で3日前にここへ売られました。私も檻の前から何度か声を掛けたり、中へ入ってご飯を与え様としましたが全く反応がなく、正直このまま今晩か明日には死んでしまうのではと思っておりました…。」
「その様な事情が…。」
凛は悲痛な表情をしたマーサから少女に関する説明を受け、辛そうな表情となる。
「(ナビ。)」
《了解しました。目の前の妖狐族に話す体力がないと判断し、念話が出来る様に接続…完了致しました。》
「(ナビ、ありがとう。君…君…聞こえるかい?)」
「(…あたしを呼ぶのはお前かい?あたしの体はこんなになってしまったけど、どうにか仲間を守る事が出来た。仲間がその後どうなったか気にはなる…が、あたしは仲間を助けられたってだけで満足だ。仮に生きれるってなったとしても、今の状態で誰かの世話になってまで過ごしたくはないんだよ。だからさ、このまま放っておいてくれないか…?)」
凛はナビに確認を取った後、しゃがんで少女を見ながら念話を行う。
すると少女は表情や体勢はそのままに、左目の視線を凛へゆっくり向けて返事を返した。
「(もし僕が貴方の体を治した後に仲間を探す、或いは保護の手伝いをすると言ったら生きたいって思う様になれますか?)」
「(今のこんなあたしの体を治せるだけの回復魔法を使える存在が、こんな所にいる訳がないだろう…。もう、良いんだよ…。)」
凛が念話で提案をしてみるも、女の子は力なくそう答えただけでなく、言い終えた後に目を閉じて一筋の涙を流す。
「…マーサさん、金額を上げて貰っても構いません。今からこの子を治したいと思うのですが宜しいでしょうか?」
「…上げる訳がないですよ。むしろ治せるのでしたらこちらからお願いしたい位です。」
「分かりました。この檻を開けて下さればすぐに治療を始めさせて頂きます。」
「(ガチャリ)…宜しくお願いします。」
凛は少女の方を向いたまま立ち上がり、マーサへ顔だけを向けてそう尋ねる。
マーサは辛そうな表情を浮かべながら檻の鍵を開け、少女の事を凛に託した。
凛は檻の中に入り、真っ直ぐ少女の元へと向かう。
「(お前…?何を…?)」
「良いから君は動かないで黙ってて。まずは余計な菌を落とす…『清浄』、頼むから治ってくれよ…『エクストラヒール』!」
少女は自分の元へと来た凛を警戒したのか、体を動かそうとす所を凛が左肩に手をやって諌める。
そして凛は傷が出来て時間が経っている事を考慮し、普段より魔力を費やして効果を高めた清浄を掛けて皮膚の表面を滅菌した。
凛は続けて光系超級回復魔法『エクストラヒール』を唱え、少女の体全体を薄く白い光が包み込み始める。
すると欠損された箇所から少しづつ手足等が生えていき、発動させてから1分程経つ頃には少女体は外傷が全く見られない元の状態へと戻っていた。
「…! ぁ…ありが…。」
少女は体力がかなり低い状態でいたにも関わらず、回復魔法の効果で更に体力を使う事となった。
その為、体が元に戻った事に驚いた後にお礼を言おうとするも、声は掠れて上手く喋れない上に体力の限界が来た様だ。
最後まで言い切る事が出来ずに気を失ってしまう。
「…ふう。念の為にと思って魔力を多く使ったからか、無事に怪我を治す事が出来た。けど、そのせいでかえってこの子に無理をさせちゃったかな…。」
「いえ、あのままでいるよりは良かった筈ですよ。助けて頂き、ありがとうございます。」
凛は少女の体が治ったものの、少女の体に与えた負担の事を考え、そう言いながら少しやり過ぎてしまったかと心配になった様だ。
しかし檻の前にいるマーサはそう言いながら首を振った後、凛に深々と頭を下げるのだった。