39話
凛が街に来る少し前 サルーンにあるガイウスの屋敷の執務室にて
コンコン
「誰だ?」
「僕だよ。」
「何だ、ゴーガンか。まぁ入れ。」
「お邪魔するよ。」
ガイウスは執務室で事務作業をしていると扉を叩く音がした為、作業の手を止めて扉の方を向いて尋ねる。
すると扉の向こうからゴーガンの声が聞こえ、ガイウスが軽く肩を竦めながら了承した事でゴーガンが執務室の中へ入った。
「急にどうしたんだ?」
「今日の夕方、凛君に森林龍の肉を渡す事になってるよね。その情報をどこから嗅ぎ付けたのか分からないんだけど、ついさっき商業ギルドの商人がうちのギルドにやって来てね。森林龍の骨や牙と言った素材を売ってくれないかって言われたんだよ。」
「…何?いずれ知られるだろうにしても早過ぎないか?これだとすぐに凛殿が森林龍を倒した事が公になってしまうな。物が物だから慎重に行こうと思っていたんだが…。」
「すぐに凛君へ連絡を取った方が良いのかな?」
「うーむ…どうしたものか。」
ガイウスは部屋に入って来たゴーガンから齎された情報で苦い表情になりながら返事を行い、ゴーガンが尋ねた事でガイウスは腕を組んで考える素振りを見せた後に2人は30分程話し合う。
しかし、2人の間に結論らしい結論は出なかった。
コンコン
「今度は誰だ?」
「凛です。時間は早いですが、ガイウスさんにお話があって来ました。」
「おぉ凛殿か!丁度良かった、中へ入ってくれ。」
「? 失礼します。ゴーガンさんも来てたんですね。」
その後もガイウスとゴーガンはどうしたものかと頭を悩ませている所へ、再び扉をノックする音が聞こえた。
扉の向こうから凛の声が聞こえ、ガイウスは喜びを露にした表情となって凛へ中へ入る様に促す。
凛は扉を開けて中へ入り、ガイウスと一緒にいたゴーガンへ一声掛けた事でゴーガンから頷かれる。
凛は屋敷を飛び立つ際にサーチで周りを確認しており、ゴーガンが執務室にいる事が分かっていた。
その為、凛は執務室の中にゴーガンがいても特に驚かなかった様だ。
「凛殿から買い取る予定の森林龍の素材なんだがな、魔銀級の強さともなるとほとんど市場に出回る事はないのだ。だから買い取った後に王都、帝都、商都のどこでこっそりと捌こうか等と考えていた。しかし森林龍の事を商業ギルドが嗅ぎ付けたらしくてな、素材となる部分を売ってくれと冒険者ギルドで言われたそうなのだよ。森林龍を倒したのが凛殿だと知られるのも時間の問題となってしまったから、これからどうしたものかと思ってな…。」
「成程…ですが僕としては、今後も魔銀級までの魔物をこの街に持って来る予定です。普通に商業ギルドへ売却して頂いても構いませんよ。」
「待て…。今、魔銀級『までの』と言わなかったか?」
「ええ。そう言えば言ってませんでしたが、僕の強さは一応、冒険者で言う所の神金級になります。今後も死滅の森を進む予定ですし、魔銀級や神金級相当の魔物と遭遇する事があるかと思われます。流石に神金級の魔物の素材を出回らせる訳には参りませんが、魔銀級の冒険者の方でしたら何人かいますからね。魔銀級までの魔物の素材なら流しても良いんじゃないかな、と僕は思ってます。」
「何と…!!凛殿は数百年振りに現れた神金級なのか!?(こほん)…失礼。つまり凛殿は、これからも死滅の森を進むと言うのだな?」
「そうですね。理由は話せませんが、僕は森を進まなければいけない理由が出来てしまいまして。」
「そうか…。森は危険が多いと聞く。決して無理はするんじゃないぞ?」
「多少の無理でしたら沢山する機会はあると思いますが、僕はまだ死にたくありませんからね。それに今も一緒に来てくれた美羽を始め、他の仲間達も勿論傷付いて欲しくありません。これからも皆で慎重に森を進むつもりですよ。」
ガイウスは凛に申し訳なさそうな表情で説明を行うと、凛は笑顔で答える。
その後も凛は笑顔で説明を行うのだが、ガイウスは驚きを露にした後に咳払いをして佇まいを正して尋ねたり、人として気に入ったのか凛を心配そうな表情で見ていた。
「マスター…。」
「そうか…。すまんが俺はここで凛殿の無事を願う事しか出来ない…。」
「いえいえ!ガイウスさん、充分ですから!」
美羽は自分の事を大事にされていると分かったからか感動した様子で凛を見ており、ガイウスが少し俯きながら悔しそうな表情で話した為、凛は少し慌てた様子となる。
「そ、それよりゴーガンさん。森林龍の素材を売るとして、魔銀級は珍しいと言う事になってるんですよね。それでしたら、かなりの金額になると思うのですが…大丈夫なのでしょうか?」
「…!お金の事かい?」
「勿論金銭の事もですが、それ以上に商業ギルドの護衛や安全面が心配ですね。」
「成程。森林龍の素材を狙う、良からぬ輩がいるんじゃないかって考えてるんだね。」
「はい。」
凛は恥ずかしいのを誤魔化す為、ガイウスからゴーガンへ視線を移して話題を逸らす。
ゴーガンは先程凛が神輝金級の強さと発言した事で、一緒に来た美羽、それと先日会った紅葉、更に他の仲間と呼ばれる存在も凛に近い強さを持っているのではないかと考えている所だった。
その為、凛に話を振られた事で少しだけはっとなった表情になった後、凛と話をし始める。
それと、凛は凛で上手く話が逸らせたと内心安堵していたりする。
「確かに。この街は南に死滅の森があるし、近くに出現する魔物のほとんどが鉄級から銅級だからね。それに伴ってなんだろうけど、冒険者も金級どころか銀級が数人しかいないって位に不人気な所だ。けどね凛君。商業ギルドの方から売ってくれって言って来たのだから、何かしらで守れる自信があっての事だと思うよ。」
「…そう言うものなんですかね?」
「そうだね。商業ギルドの事は僕の管轄外だから分からない、って言うのが正直な所なんだけどね。」
「ええ…。まあ、僕は買い取り額が多少安くても構わないですし、その辺りはゴーガンさんに任せますね。」
「分かった。…ただ、あまりにも買い取り額が安いとガイウスから怒られるんだけどね。」
「当然だ。街の発展の為には金が必要だからな。」
「ガイウスさんは街を大きくしたいのですか?」
「ああ。俺の親父が前の街長だったんだが、病で亡くなってしまってな。俺は1人息子だったし、そこそこ年だからと言う事で冒険者を辞めて親父の跡を次いで長になったんだ。この街は親父が長だった時から大して変わってないんだが、いずれは街から都市へ発展させたいと思っている。」
凛は森林龍の素材を巡って犠牲者や殺傷事件が出るのではないかと思いゴーガンに尋ねたのだが、ゴーガンの答えは買い取る商業ギルドに丸投げと言うあっさりとしたものだった。
その為凛は少し戸惑った様子で再び尋ね、話の流れでガイウスがお金が必要と言う事を知る。
「…それでしたら、僕と手を組みませんか?」
凛は少し考える素振りを見せた後、ゴーガンにそう伝えるのだった。