26話
「ぶふっ!」
凛は真面目な表情で女性へ尋ねたのにも関わらず、(普段は高めだが)今までに聞いた事がない位に低い声だった為、美羽はかなり予想外だった様だ。
いきなり顔を勢い良く右へ向け、盛大に吹き出してしまう。
「あの…美羽様?いきなりどうされたのです?」
「ちょ…ごめ…!」
紅葉はいきなり吹き出した美羽を不思議に思ったのか、首を傾げて美羽にそう尋ねた。
しかし美羽は左手で紅葉を制するもぷるぷると震えており、我慢するのに必死なのか返事もままらなかったりする。
「力っすか…。主様に付いて行けば、自分でも強くなれるんすかね…。」
「…もう一度問おう。力が…欲しいか?」
女性は顔こそ少し上げたものの、自分への自信が全くないのか左肘を右手でぎゅっと握りながら悲しそうな様子を浮かべていた。
そして女性は視線を斜め右下へ向けて話すのだが凛はそれを敢えて無視し、再度低めの声で女性にそう尋ねる。
「…。(ぷるぷる)」
「…?」
すると美羽は両手でお腹を抱えて軽く前屈みとなり、ぷるぷると体を震わせながらその場から離れて行ってしまう。
紅葉はどうして美羽が離れたのかが分からなかった為、心配そうな様子を浮かべて美羽の後ろを付いて行った。
「…欲しいっす!自分は…自分は誰かに馬鹿にされたり、怯えたりするのはもう嫌なんす!自分が変われる為の力が欲しいっすよ!!」
女性は先程までとは違って強い意志を込めた瞳となり、真っ直ぐ凛を見てそう話した。
「よくぞ言った!ならばくれてやろ…。」
「あーっはっはっはっはっ!」
「…って美羽!!ちょっと笑い過ぎじゃないかなぁ!?言葉はちょっとあれだけど、僕は本気でやってたんだよ!」
凛は(本人は真面目のつもりで)女性へ話そうとしていたのだが、凛から少し離れた位置にある木にて美羽が笑いながら木をバシバシと叩いていた為、凛は美羽見て心外に思った様だ。
紅葉が心配そうな顔のまま美羽の背中に右手を添えているのだが、凛はそんな状態の美羽へ盛大に突っ込んでいた。
「あー、笑った笑った。マスター、ごめんね?何だかネタっぽく思えて可笑しくなっちゃってさ。とてもじゃないけど我慢出来なかったんだ。」
美羽は一頻り笑った後、左手で両目の端に溜まった涙を拭いながら話しつつ、紅葉と共に凛の元へ戻って来た。
話の腰を折られた事で凛は少し憤慨した様だが、今回は美羽が言う通りだった。
「………。」
「はぁ…まぁ良いか。後でちゃんと強くするから、まずは屋敷に戻って君の事を皆に紹介した後だね。」
「あ、はいっす。なんか少し、興が削がれた気がするっすね…。」
「うん…ごめんね?本当なら、あのまま名付けをしようと思ってたんだけど…。」
女性は何かの引っ掛けと思ったのか呆けていたのだが、凛が女性の背中にそっと右手をやって説明を行う。
女性が複雑な表情で答えた為、凛は苦笑いを浮かべてそう話す。
「名前!?自分、ネームドモンスターになれるんっすか!?」
「ちょっ、近い!近いよ!」
女性は凛から名前が貰えると思ったのかずいっと身を乗り出し、凛の10センチ位前の位置に顔を近付けながらそう叫んだ。
凛は少し困った様子となり、自身の左手で女性の額を押し退けながら話した。
「あ、ごめんなさいっす。嬉しくてつい…。」
「まあまあ。でもよく考えたら、名付けは今よりも紹介してからの方が良いだろうし、後で行うね。」
「分かったっす。楽しみにしてるっす!」
女性はそう言った後に恥ずかしそうにしながら一歩下がり、凛は女性を宥めながら説明を行う。
これに女性は嬉しくなったのか、笑顔で話した後にへへっと笑っていた。
「それじゃそろそろ歩くのに慣れたと思うし、これからは少し走ってみようか。こんな感じで走る事は出来そうかな?」
「うーん…?やってみるっす。」
凛が話しながら手本として軽く走って見せ、女性は首を傾げた後にそう言い、凛に倣って走り出した。
それから凛達は女性にアドバイスを行いながら並走するのだが、女性は不慣れだった為か5、6歩走った所で足を縺れさせ、ずしゃっと音を立てて盛大に顔から地面に着けながら転んでしまう。
しかし元はワイバーンな為かそれなりに頑丈だった様だ。
一見すると痛そうな転び方をしていたのだが、顔を含めてあちこちに土や汚れは付いているものの、体自体にはほとんど傷付いていなかった。
或いは女性は名付けして貰える事に浮かれているからか、痛みすら感じていないのかも知れない。
「えへへ、失敗しちゃったっす。」
その為起き上がった後に正座となり、そう言って汚れたままの状態で右手を後頭部にやりながら恥ずかしそうにしていた。
その後、美羽と紅葉が女性を立たせ、紅葉がハンカチの様な物で女性の顔を拭き、美羽が腕等に付いた汚れを払っていた。
それから再び凛達は走り出すのだが、2~30メートル位ずつ走っては思いっきり顔面から転倒し、再び起き上がって走り出すといった事を何度か繰り返して屋敷へ戻るのだった。