268話
「あれ?翔もお昼休憩だったんだ。お疲れ様。」
「ん?おお、凛様か。アーサー達から先に昼食を摂って良いと言われてな。ここで食べさせて貰っている所だったんだ。」
「そうなんだ。翔には領地の運動場での指南役だけで無く、空の上を巡回もしてくれているから助かるよ。」
「何、俺は空を飛ぶ事が好きだからな。巡回の合間に指南させて貰っているから、割と楽しかったりするぞ。」
「良かった、そう言って貰えると嬉しいよ。」
VIP宿では、1階部分の大半が食堂となっている。
食堂内にあるテーブルは4種類の大きさがあり、1つのテーブルで2人、5人、10人、20人位がそれぞれ座れる様になっている。
そして寛ぎやすくする為にと言う事でテーブルとテーブルの間隔を広めに取り、空いた空間をソファーや従業員が通る為の通路で埋めている。
凛が先頭でVIP宿へ入ると、右側へ直ぐの所に美羽が連れて来て翔と名付け(て人化スキルを施し)たフレースヴェルグが昼食を摂っていた。
人間となった翔は30代前半の見た目となり、身長が177センチ程。
金、青、緑のグラデーションの髪色でショートヘアーの髪型をしている。
翔は拳闘士で普段は森の上空で人、或いは元の姿で飛び回りながらワイバーン等の飛行する魔物の討伐を行っている。
そして周辺に飛行する魔物がいない時があれば、運動場へと向かいアーサー達の指南の手伝いをしている様だ。
凛は翔への労いを含めて声を掛けると、翔は好物であるアウズンブラのミルクとパイロリスクが入ったチキンドリアを食べる手を止め、凛にそう返事をする。
凛はそう言いながら翔の隣へと座り、翔と話をしている間にテーブル等をずらした美羽達、レオン達も次々に座っていく。
イーノック達は居心地が悪いのか座る事を躊躇うのだが、アイル達に促され、緊張した様子で座る事に。
「(か、かかか篝さんが私の隣に…!どうしよう…凄く嬉しい。)」
「ココ、緊張しているみたいに見えるのだが…どうかしたのか?」
「(篝さん、お顔が近いです!)い、いえ!大丈夫です!」
「そうか?それなら良かった。ここはあたし達がいるからな、何でも好きな物を頼むと言い。」
「はい、分かりました!」
「イーノック達もだぜ。折角の機会だし、食べたい物を好きなだけ頼んで良いからな?」
『分かりました!』
ココは自分の隣に篝が座った事で物凄くテンパっていたが、同時に嬉しさもあったからか俯きながら尻尾をぶんぶんと振っていた。
そこへ少し不思議そうな表情をした篝がココの顔を窺う様にして覗き込んで来た為、ココは篝とは反対の方向に少し上体を仰け反らせて返事を返す。
篝はそう言った後に笑顔となり、ココへ向けてそう言うとココは元気良く返事する。
そこへ続けて火燐が篝の説明の補助をする様にしてイーノック達へ伝えると、イーノック達からも元気良く返事が返って来た。
凛の奴隷や配下になった者には、その証としてホズミ商会から銀色の会員証の様な物が渡される。
そして商店や喫茶店の店長、運動場での指南役と言った重要な役職に就くようになると金色の会員証が渡され、その会員証を提示すれば凛が運営する施設を無料で利用する事が出来る。
しかし火燐や篝位に有名になると提示の必要すら無く、顔パスで通ったりする。
そして金色の会員証にはポータルのパスカードの機能もある為、各店の店長や指南役の者達は挙ってVIP宿の食堂を利用する様だ。
凛の配下達は、自分達もいつかは金色をと思いながら毎日頑張っていたりする。
「すいませーん。」
「あっ、はーい!って…凛様だったんですね。ご注文をどうぞ♪」
「エイミー、お疲れ様。えっとね…。」
凛が左手を挙げてそう言うとエイミーと呼ばれる少女が返事し、茶色のポニーテールを揺らしながら走って来た。
エイミーは凛だと気付いたのか笑顔となり、そう言った後に凛へ注文を促す。
凛はエイミーを労った後、火燐から適当にと言う事もあって(火燐の好物である)肉系を中心に次々と料理を注文していった。
因みにエイミーは以前、麺料理屋のウェイターをしていた(155話の最初に出て来た従業員)のだが、一生懸命な所や人気の高さからVIP宿のウェイターの1人として任される事になった。
高級宿やVIP宿の従業員は全員重役扱いとなる為、当然エイミーも偉い立場となる。
エイミーは現在16歳なのだが、幼い頃に事故で両親と両足を失っており、その時に売られてから最近迄奴隷商で暮らしていた。
そして奴隷商にいる時はただただ生きていると言うだけだった為か、髪はぼさぼさで顔には生気が全然感じられ無い状態となり、やる気が起きなかった事もあってか壁に凭れ掛かる事が多かった。
しかしカリナに購入された後に凛に両足を回復して貰い、リハビリを重ねた結果現在は金級の強さを持つ迄になる。
エイミーはその人気の高さから交際や結婚の申し込みが多数来ているのだが、凛達に恩義がある事と今の生活が楽しいと言う事で全てやんわりと断っている。
15分後
「以上でご注文の品はお揃いでしょうか?」
「うん。また直ぐに呼ぶ事になるけど、取り敢えずは以上だね。」
「分かりました、必要な時は呼んで下さいね?それじゃ、失礼しまーす♪」
「エイミー、ありがとなー。」
「いえいえー♪」
凛達が座っているテーブルと、そのテーブルの横に追加で持って来たテーブルの上には、所狭しと言った感じで料理の数々が並んでいた。
VIP宿は凛の配下達が割と利用しているのもあってか、お昼の時間帯は屋敷組から調理や配膳のお手伝いの者達がやって来る。
更に料理は最後の焼く行程だけと言った状態で無限収納、又は魔導冷蔵庫の中に入れてある為、火燐の様に数十人前頼む者でも素早く対応出来る様になっている。
エイミーが凛に尋ねると凛が頷いて答えた為、エイミーはそう言った後に会釈をして離れ始める。
そして火燐がエイミーに右手を挙げてお礼を言い、エイミーは歩きながら火燐の方を見て手を軽く振る。
「どうだ?美味ぇだろ。」
『はい!』
「そうかそうか、それなら良かったぜ。んじゃ、オレも食べるとするかな。」
『…。(あそこだけ凄く料理が並んでるけど…あの量を全部食べるつもりなんだろうか?)』
凛は初めて来たイーノック達に、皆の分が揃うまで待たせるのも悪いと思い(と言ってもイーノック達の分が来たのは5分程前)先に食べて貰っていた。
そして火燐がエイミーとやり取りしている間にそれぞれが料理を食べ始め、火燐はエイミーからイーノック達へ視線を変えてそう言った。
イーノック達は元気良く返事した事で火燐は満足げとなり、そう言って料理を食べ始める。
しかし端に座っている火燐の斜め前に屋敷組のメイドが慣れた様子でテーブルを持って来た事で、そしてその追加のテーブルを含めて火燐の周りには10人前はあるであろう料理の品々が並んでいた。
その為、イーノック達は複雑な心境で楽しそうに肉料理を食べ始める火燐を見るのだった。