257話 59日目
59日目 午前7時頃
「凛!あのポータブルハウスってのすげぇな!なんだか子供の頃にあった秘密基地みたいでワクワクしたぜ!」
「ポータブルハウスは屋敷に近い位の快適さっすからねぇ…。」
訓練部屋にアレックスが藍火とファイを伴ってやって来た後、嬉しそうにしながらそう言った。
これに何故か藍火がどや顔となり、そう言いながら何度も頷いていた。
アレックス達は昨晩、夜営をするブンドール侯爵達を他所に藍火が出したポータブルハウスに泊まっていた。
このポータブルハウスは紅葉達が王国王都へ向かう以外に使う事は無かったのだが、アレックス達が帝都へ向かうからと言う事で凛が改良し直した物だ。
外見は小さな2階建ての倉庫の様に見えるのだが、1階は30畳程のリビングダイニングと男女別の浴室があり、2階に上がると8畳の部屋が7部屋設けてある。
ブンドール侯爵達の警備をファイ達に任せ、藍火はポータブルハウスを設置して中へと入る。
藍火の次に入ったアレックスは中に入るなりキラキラとした目でリビングダイニングを見た後、楽しそうに家中を見て回った。
しかしアレックスから少し時間を置いて中に入ったアイシャとマリアは入口で呆然としており、我に返った後ダイニングで寛いでいる藍火へと追及を行っていたりする。
ブンドール侯爵達はポータブルハウスの入口で騒いでいたアイシャ達の様子が気になっていたのだが、ファイ達に見張られている事で断念せざるを得なかった。
それと帝都に戻る事が嫌で脱走する兵が翌朝迄に数十名いたのだが、悉くファイ達に捕まっただけで無く1食分の食事抜きや上半身を縛られる等のペナルティを課せられる事になる。
しかしそれでも食事の力は偉大と言うか、前日の昼食や夕食にファイ達がアクティベーションで日替わり定食の様な物を、藍火達や兵士達に配った事が良い結果となった様だ。
見た目は豪華に見えないものの今迄自分自身が食べていた物よりも質が上で美味しいと理解した者達が殆どだった為、ブンドールを含む者達は次の食事が待ち遠しくなり大人しくなっていたりする。
そしてファイ達に捕まった者達はペナルティが課せられた事で、ブンドール侯爵達は哀れんだ表情で縛られた者達を見る事となる。
「アレクは昔から外で遊ぶ事が好きだったもんね。…って言うか、こっちに来て大丈夫なの?」
「そう言うステラは昔は読書が好きだったんだよな。出来ればこのまま訓練をやりたい所なんだけどよ、アイシャ達はポータルの事を知らないから直ぐに戻らねぇとなんだよなぁ。ポータブルハウスに感動した事を凛に伝えたくてな、ファイに頼んでポータルを出して貰ったんだ。藍火はポータル出せないらしいからな。」
「申し訳無いっす…。」
「藍火は前からポータルを出すのが苦手だったからなぁ。だからポータルが使えるファイ達を一緒に向かわせたのもあるんだけどね。」
「流石主様っす!今もこうしてファイさんのおかげで助かってるっすからね。」
ステラは思い出を懐かしむ様子でそう言った後、ここにアレックスがいても大丈夫なのかを尋ねる。
アレックスは頷いて答えた後に少しだけ不味そうな表情で言った後に藍火を見ると、藍火は先程とは一転して申し訳無さそうに答える。
凛は苦笑いで言うと、藍火は少し元気を取り戻したのか感動した様な表情で返事を行う。
藍火は本来なら名付けを行った事によるリンクを通じてポータルを出す事が出来る筈なのだが、どういう訳か無限収納へ直す事は出来ても未だにポータルが出せなかったりする。
梓や茜達はポータルを出せる為、感覚的な問題で出せないのかな、と凛は考えている様だ。
「あ、凛様。昨晩は(追加でアップルパイを渡して頂き)ありがとうございました。凄く嬉しかったです。」
「いえいえ。茜達にはかえって申し訳無い事をしたと思っていたからね。喜んで貰えて何よりだよ。今日から第2と第3の領地を解放するからさ、大変だろうけど藍火の代わりに周辺の見回りを宜しく頼むよ。」
「はい!分かりました!」
「うん、それじゃね。」
「ありがとうございます!…よし、それじゃあ、訓練再開!っと。」
凛はアレックス達を見送った後、配下達が訓練している様子を見ていた。
そこへ凛に気付いた茜が一旦訓練の手を止め、凛の元へやって来てそう言ってからお辞儀をする。
凛はそう言って申し訳無さそうな表情になるが、直ぐに笑顔でそう伝える。
どうやら茜達に追加で渡したアップルパイは皆に内緒にしているのか、茜との話の途中で左目だけを閉じて話していた。
茜は元気良く返事をして凛を見送った後に右手だけ部分的に龍に戻し、やる気になったのか先程迄よりも大きな火の玉を野球のピッチャーの様な構えで的へ投げる訓練を再開する。
直後、火の玉が的に当たった事でドガァァァァァと言う爆発音と共に直径50メートル程の大きな爆発が起こる。
凛が来る迄は様子見も兼ねて直径30メートル程の大きさだった為、茜は今の爆発に満足そうに頷いている。
新たに今日から参加する様になったアイル達3人は驚いた様子でその光景を見ていたのだが、その周りにいる者達は慣れているのか茜程では無いにしても大渦や竜巻、氷塊や岩石が的へ向かって飛んで行く等して各々やりたい訓練を行っていた。
「それじゃウタルさん、サムさん、トーマスさん、ニーナさん。今日から第2、第3の領地の代表と副代表の役職を宜しくお願いするね。」
『はい!』
訓練が終わって解散した後に凛は屋敷の前でそう伝えると、4人は元気良く答える。
第2の領地は元村長の経験があるウタルが代表でサムが補佐役として副代表に、第3の領地はサルーンの商店で店長をした事で自信がついたトーマスと補佐役としてニーナが就いて貰う事になった。
第2、第3の領地は美羽達がサルーンと第1の領地と同じ、商店や喫茶店と言った様な建物を土魔法で次々に建てた事で今日から解放する流れとなった。
そして領地の中心部には、翠が連れて来て成長したハイ・ドライアド達の分身体である木を既に植えており、その直ぐ近くに500人程が住める屋敷を建ててある。
「(取り敢えず第3迄の領地を解放してはみたけど、今も次々に新しい人が来てるみたいだね。もっと領地を増やさないとかなぁ…。)」
凛は運動場に並んでいる長い行列を見て、複雑な表情になりながらそんな事を考えるのだった。