22話
「全く…君はいつもいきなり来るんだもんね。少しはこちらの事を考えて貰えるとありがたいんだけど…。それで?君が紹介したいと言うのは、隣にいる可愛らしいお嬢さんの事なのかな?」
「そうだ。…ああ、そうだった。私も聞いた時に驚いたから先に伝えておくが、凛殿はこう見えて男なのだそうだ。今ここにいる者達も、凛殿が女性でない事は分かったな?」
ゴーガンは溜め息をついた後にそう言ってガイウスに説明を求めると、ガイウスは頷いて答えた後、周りを見渡してそう話す。
「…それと、凛殿は街を救ってくれた救世主なのだ。凛殿に何か害を与えようものなら、この私が許さんからな!」
「「長!もう言いませんから許して下さい!」」
そしてガイウスは再度ひそひそ話をし始めた近くの2人組へ視線を向け、そのままじっと見ながらそう言い放つと(ガイウスが怖い事を知っている為)2人は相当困った様子でガイウスに何度も土下座を行っていた。
「…君が言っている救世主ってのはどう言う意味なんだい?こっちは森からこっちに向かって来ていたワイバーン達の事で忙しいんだ。何でも、あっという間に討伐を終えたとか、空を飛んでいたとか、他にもワイバーンの1体を従えたとかみたいに変な情報ばかりが届けられててね。それの整理に追われてるんだよ。」
「そう、そのワイバーンの群れを素早く討伐してくれたのが凛殿だ。凛殿達がいなかったら、この街は無事ではなかっただろうよ。」
「へぇ…?それじゃ、とりあえず僕の部屋へ行こうか。」
「分かった。凛殿も宜しいか?」
「分かりました。」
ゴーガンはガイウス達を無視して話を進めると、ガイウスが上機嫌な様子で答える。
それにゴーガンは凛に対して興味を示したのか、2階にある自室で詳しい話を聞こうと判断した様だ。
ゴーガンはガイウスに促し、ガイウスも凛へ尋ねた事で凛も頷いて返事を行った為、皆で一緒に2階へと向かって行った。
その頃、冒険者ギルドの1階部分にある木の壁を挟んだ向こう酒場の方では、今のやり取りが伝わらなかったからと言うのもあるのだが、ワイバーンの襲来の危機から解放された喜びからか非常に騒いでいる状態となっていた。
一方の冒険者ギルド側はと言うと、男性2人組はガイウスが戻って来るかも知れないと思ったのか、未だに土下座をしたままとなっていた。
そして残りの人達は凛があの見た目で男性である事や、ワイバーンの群れを1人だけでどうやって対処したのかと言う事、それとどうやら長のお気に入りになっている事等の話で盛り上がった様子となる。
「それじゃアルフォンス君達以外は座った事だし、説明を…と思ったけど、まずは僕の事からだね。僕はゴーガン。そこのガイウスとは昔同じ冒険者のパーティーを組んでてね、年も同じ位だしパーティーを解散した今でも仲良くさせて貰ってるんだ。一応は金級冒険者をやっていて、彼の紹介でこの街のギルドマスターをやっているって所かな。」
「凛 八月朔日です。ガイウスさんには伝えましたが、僕は違う世界から来ました。今は草原に建てた家に住みながら、仲間達と共に死滅の森に挑ませて貰ってます。」
「美羽です。マスターの従者です。」
「私は凛様の従者となりまして紅葉と言うお名前を賜りました、元ゴブリンの姫でございます。凛様のおかげでネームドモンスターとなり、妖鬼へと進化する事が出来ました。」
「…。(違う世界?それにここから南の草原に家を建てたのは凛君だったのか。住みながら森に挑むなんて言ってたけど正気なのかな?後、紅葉君とやらは、あのゴブリンの姫と呼ばれていた存在が進化したものだって…?)」
ゴーガンはアルフォンスと警備の男性以外の者達が座った事を確認し、凛の方向を向いて自己紹介を行う。
凛はゴーガンが言い終わった後に自己紹介をしてから軽く会釈を行い、美羽と紅葉も凛に倣う形で自己紹介をしていた。
そしてゴーガンは凛達の紹介を受けた事により、(表面では分からにくいが)内心ではその様に思いながら軽く混乱していたが、取り敢えず今は追及せずに黙る事にした様だ。
その後、紅葉の紹介を終えて少し経つと、皆の視線が青い髪の女性へと集まる。
しかし女性は皆から視線を受けた事で緊張しているのか、ガチガチに固まっていた。
「じ、自分は!主様のおかげで人間になれた(この街に向かっていた)元ワイバーンの生き残りっす!」
「何…?」
「ひっ!」
女性はこれ以上緊張しない為にもなるべく皆の方を見ない様にしたのか、少し上方向に顔を向けてそう話す。
しかしゴーガンはどう見ても人間なのにも関わらず、目の前にいる女性がワイバーンだと言った為ふざけていると捉えた様だ。
少し怒った様子となった後に据わった目で女性を見ていた為、女性はゴーガンが怒っている事をすぐに本能で察し、身を竦ませて悲鳴を上げた。
「…ほ、本当っす!自分、嘘は言ってないっすよ!」
その後、慌てた様子で凛の陰に隠れる形で移動を行い、しゃがみながら凛の事を盾にする形となって、半泣きの状態でゴーガンにそう話していた。
「ゴーガン、その辺にしておけ。その気持ちは分からんでもないが、『あれ』はそう何度も見たいものではないのだ…。」
「『あれ』…とは?」
「体の一部分だけを本来のワイバーンに戻す、と言う事を先程行ったのだよ。試みはまぁ一応成功したんでな、俺はひとまず信用する事にしたんだ。」
ガイウスは先程の首から上だけがワイバーンと言う光景をもう見たいとは思わなかったからか、困った表情を浮かべながらゴーガンへ諭す様にしてそう話した。
これにゴーガンは何と言って良いか分からない表情でガイウスに尋ねるのだが、ガイウスは嫌そうな表情を浮かべて説明を行う。
「…分かったよ。君が信用したのなら僕もしない訳には行かないもんね。」
「(ほっ…。あ、安心したら何だか眠たくなって来た様な…。)」
ゴーガンはまだ納得してないと言いたそうな表情だったのだが、ガイウスが嫌そうに言われた為渋々納得する事にした様だ。
そう言って怒気を霧散させた事で緊張が解けた為か、女性は内心安堵していた。
しかし女性は凛が少しでも落ち着かせようとして頭を撫でていた事で安心感が勝る様になり、内心そう思いながら目がとろんとし始めていた。
「しかしある意味では運が良かったのかもな。実際に森に住んでた者の意見が聞けるのだから、これからは後手に回らなくて済むやも知れん。」
「確かにそうですね。僕達も1週間程前から森の魔物の討伐を行っていますが、それまでは森に住んでいる魔物達の声に意識を向けた事がなかったですし。」
「へぇ…君達って強いんだね。僕としては手合わせを願いたい所なんだけど、今は止めておくとして…元ワイバーンさんは、森について何を知ってるのかな?」
ガイウスが頷きながらそう言うと凛が同調する様にして話すのだが、ゴーガンは凛の話を聞いて手合わせをしたい衝動に駆られた様だ。
ガイウスは引退してしまったものの、ゴーガンは一応まだ現役の冒険者と言うのもあり、そう言いながら凛に対して興味津々の視線を送った後に自重し、今度は純粋な疑問の視線を女性に向けてそう尋ねた。
「はっ…!自分も詳しくは分からないっすが、最近森の奥で物凄く強い魔物が生まれたらしいんす。それと知っているのは、その魔物の影響で森がざわざわしてる位っすかね。」
「………。」
「マスター?どうかした?」
「いや…何でもないよ。」
「そう…?」
女性は凛に撫でられている事で蕩けた表情となっていたが、ゴーガンに話を振られた事で我に返り、口元に少しだけ涎の跡を残しながら真面目な表情でそう話す。
そして凛は女性の口から出た強い魔物と言う単語にピクリと反応した後、少し考える素振りを見せる。
美羽はそんな凛を見て不思議に思った為尋ねてみるも、凛からその様にして返答された事で心配そうな表情でそう呟いた。
「…森の奥で異変が起きたと言う事は、今後は森に対して意識を向けねばならぬと言う事になるのか。」
「この街を含めて、今後は各国にある森に近い街や村は慌ただしくなるね。この事を王都に報告して、応援要請した方が良いのかな?」
「まだその魔物が大規模に動くとは決まっておらぬ。街がワイバーンの群れに襲われた。今後も森から動きがある可能性有り。とでも書いておかないと、王の側近の老害共が何をしでかすか分からんぞ?」
「あー…そうだね。金儲けと保身と地位向上の事しか頭にない連中だし、後先考えずに自分達にとって有利になる案を出しそうだ。」
「だろ?適当な案を出された挙げ句、この小さな街に何千人何万人もの兵士や冒険者が来られてもな。当たり前だがそいつらを食わせる程の余裕なんぞないわ。ただでさえ俺達の事を辺境の田舎者だと馬鹿にしてる連中だぞ。そんな奴らに義理立てする必要はあるまい…と言うか、人が押し寄せられでもしたら俺やお前の身が持たんぞ。」
「街や世界にとって危機が訪れるかも知れないと言うのに、どうにも出来ないなんてね…。」
ガイウスが呟いた事でゴーガンとの話し合いを行う様になるのだが、最終的に2人共悲しそうな表情となっていた。
「まぁそれは今すぐと言う話ではないし、取り敢えずはこれから少しずつ準備をするしかないであろうよ。幸いな事に、ここには凛殿もいるのだしな。」
ガイウスは今ここで結論は出せないと判断したのか、肩を竦めながらそう話していた。
「…それよりも凛殿、先程凛殿が出した『ちゃーはん』なる物を、こいつにも食べさせてやってはくれないか?」
「? 分かりました、普通のでって事ですよね。…はい。」
ガイウスは話題を変えようとしたのか、にやりと笑いながら凛にそう言って促した。
そして凛は何故ガイウスからその様に言われたのかを疑問に思いながらも、無限収納の中からまだ幾つか作っておいたチャーハンの1つを取り出す。
どうやらガイウスはまだお昼を食べてないであろうゴーガンに対し、サプライズを仕掛けるつもりの様だ。
「…ほれゴーガン。これは『ちゃーはん』と言う、違う世界の食べ物なのだそうだ。美味いからこのスプーンで掬って食べてみろ。」
「(今のは空間収納スキル…?)変わった形のスプーンだけど、君が美味いと言う位だから既に食べたんだね。…ふむ、初めて見たが実に良い臭いだ。どれ…。」
ガイウスは凛からチャーハンを受け取った後、そう言いながらゴーガンの目の前にチャーハン置いた。
ゴーガンは元々勉強好きと言う事もあって、スキル等の知識がガイウスよりも上となっている。
その為凛が何もない所から出した事で空間収納スキル持ちなのかと言う事に気付くのだが、ガイウスによって目の前に置かれたチャーハンを初めて見た事で訝しんだ様子となる。
しかしガイウスの勧めもあり、そう言って一口食べてみる事にした様だ。
「ほう…確かに美味い。僕よりも色々な物を食べて来た君が言うだけの事はあるね。」
「では凛殿、ゴーガンのちゃーはんにもあの液体を掛けてやってくれ。」
「あの液体…?あ、海鮮あんの事ですね。…失礼します。」
ゴーガンは一口食べた後に右の眉をぴくりと動かし、そう言ってから食べ進めるのだが、チャーハンが半分位に減った所でガイウスがにやりとした笑みを浮かべながら話す。
凛は最初ガイウスが何を言っているのかが分からなかったがすぐに海鮮あんだと気付き、ゴーガンの元へ向かった後にチャーハンへ海鮮あんを掛ける。
「(チャーハンは)この状態で完成した物だとばかり考えていたんだけど、君の世界では変わった食べ方をするんだね…更に美味さが増した!」
ゴーガンは何故完成されたチャーハンに凛が手を加えたのかが分からなかった為、不思議に思いながらも海鮮あんのかかったチャーハンを一口食べて少しだけ驚いた表情となり、そのまま一気に完食する事となった。
「…いやぁ美味かった。これはかなり驚いたよ。」
「そうであろう、なんせ俺も驚いたからな。あまり表情が変わらないお前も驚いてた様だし、わざわざここに出向いてまで食べて貰った甲斐があると言うものだ。」
「(ゴーガンさん、あまり表情が変わってる様に見えなかったから、かなりって言う程驚いてる風には感じないんだけど…。)…喜んで頂けて何よりです。それでですね、本日はゴーガンさんへは話し合いとは別に、魔物の解体と素材の買い取りをお願いしに伺わせて頂いたんですよ。」
ゴーガンは元々表情の変化が乏しいと言う事もあった為、ガイウスはそう言ってはいたものの凛はいまいち分かっていなかったらから内心そう思っていた。
そして凛は考え事をしながらも空になった皿を収納した後、ガイウスから中々目的である素材買い取りの話が出なかった為、少し苦笑いの表情を浮かべて切り出したの。
「おぉ、そうだった!凛殿達は死滅の森で狩りを行ってるそうだ。凛殿はその途中で森林龍に襲われたらしくてな、倒してはみたものの配下の中で解体出来る者がいないのだと。俺はその森林龍の死体を確認したくて裏の解体場を借りるつもりだったんだが、お前に『ちゃーはん』なる物を食べさせて驚かせる事に意識が向き過ぎててすっかり忘れておったわ。」
「いや…ガイウスさんが忘れてちゃダメでしょう。」
「いや…君がそれを忘れたらダメだろう。」
「いやぁ、すまんすまん!」
ガイウスはゴーガンを驚かせる事で頭が一杯だったのか、凛とゴーガンの2人に同じ様にして突っ込まれた為、ガイウスはそう言った後にがっはっはっと豪快に笑うのだった。




