227話
『…!!』
「あ、あああ………。(む、無理ですわ。あんなの、絶対に…勝てる…訳が…。)」
凛達とアレックス以外の地上にいる人達は、女性が宙に浮いて黒い靄に覆われたと思ったらドラゴンへと姿を変える。
しかもそのドラゴンは体長が20メートル程の大きさで漆黒の厳つい姿をしていた為、朔夜の姿を見て腰を抜かす等の行為をする者が続出していた。
その中でも特に、アイシャは龍となった朔夜から視線を向けられた事で心が折れてしまった様だ。
へなへなと腰を抜かして俯いてしまい、内心そう思いながらガタガタと震えていた。
「…そう言えば、其方も最初レオパルドの事を同じ様に見ておったの?」
「…ひっ!」
「朔夜ー。アイシャはともかく、パティは取り敢えずとは言え謝っただろ?パティに関しては取り敢えず大丈夫だと思うぜー。」
「ア、アレク…?」
「…そう言えばそうじゃったの。」
「それと、俺達の代わりに怒ってくれたのはありがたいけどよー。こう言うのは朔夜のキャラじゃねぇし、朔夜もスイーツ店で一緒にケーキを食べようぜ?」
「…アレックスよ、キャラとか言うでない。むぅ…分かったのじゃ。」
朔夜は腰を抜かして下を向いてしまったアイシャにがっかりしたのか溜め息をついた後、そういってちらりとパトリシアへ視線を移す。
パトリシアはいきなり朔夜から視線を向けられた事で、声にならない悲鳴を上げて身を竦ませてしまう。
しかしここ最近、朝食後の訓練に参加したり前回の魔物形態での戦闘を観戦した事でメンタルが強化され、朔夜と普通に話す仲となったアレックスがそう言ってパトリシアを庇う。
パトリシアはアレックスから助けて貰った事で、目を潤ませた状態でそう呟いてアレックスを見る。
朔夜は目を閉じて答え、アレックスが軽く叫ぶ様にして朔夜へそう伝える。
朔夜は凛を介して地球…特に日本の暮らしや文化に興味を持つ様になる。
そして凛やステラ、アレックスと話をした事で、多少ではあるがリルアースには無い言葉も理解している。
その為朔夜はアレックスの発言で目を開けてげんなりとした様子で答え、再び黒い靄で包まれた後に人の姿となって地上へ降り立った。
「今のやり取りで少しお腹が空いたのじゃー。アレックスよ、早ようスイーツ店へと入ろうぞ。」
「…そうだな。やり方はちょっとあれだが、取り敢えずは助かったぜ。朔夜、ありがとうな。パティ、早速だがレオパルド王子殿下を案内するぞ。レオパルド王子殿下、こちらです。」
「うむ。」
「う、うん。分かったわ。」
「朔夜さん僕の為にありがとう。アレックス皇子殿下、お願いするよ。リアム殿達も行こうか。」
「うん、分かった。」
朔夜はお腹を擦りながら少し茶目っ気を含ませてそう言うと、アレックスは一瞬アイシャの方へ視線を送る。
しかし今はレオパルドへの謝罪が先だと判断し、朔夜へ向けてお礼を言った後にパトリシアの背中をぽんと押してレオパルドの方を向いてそう言った。
朔夜はそう言って頷き、パトリシアは返事をした後にレオパルドの案内を始める。
レオパルドは(大分年上だと知り、流石にさん付けとなった)朔夜とアレックス、それとリアムへ向けてそう言う。
レオパルド、アレックス、パトリシア、リアム達は共にスイーツ店へと向かう事に。
レオパルドやリアム達は朔夜がドラゴンである事を朔夜本人、それとリーリアやヤイナから聞いていた。
その前知識があったからか実際に朔夜がアジ・ダハーカへと変化した時、驚きや恐怖よりも格好良いと言った感動の方が強かった様だ。
そして周りが呆然としているのを他所に、レオパルドやリアムと一緒にすんなりスイーツ店へと移動し始めたりする。
『………。』
周りの人達は何事も無かった様にスイーツ店へと入って行った一同を見て、別な意味で戦慄を覚えていた。
「…さて、アイシャよ。妾は見ての通り魔物で、人ですら無いのじゃ。妾以外にも、ここには嘗て魔物だった者が沢山おる。それでも凛やアレックスを始め、ここにいる者達は妾達を温かく受け入れてくれたのじゃ。其方も見た目が人だとかそうで無いとか、そんな詰まらない事で相手の事を決め付けてしまうと、本当に大事なものが見えなくなってしまうのじゃ。その事を努々忘れるで無いぞ。」
「朔夜ー、僕達も中へ入ろうか。アイシャ様…は下手に動かさない方が良いかも知れないね。」
「朔夜、ツンデレ。」
「じゃの。雫、妾はツンデレでは無いのじゃが…。(ごほん)…アイシャよ、妾達は先に入って其方が来るのを待っておるのじゃ。」
朔夜は前を向いたまま、未だに後ろでへたり込んでいるアイシャへ向けてそう言った。
凛が朔夜の元へ歩きながらそう言うと、雫がいつもより更にじと目で朔夜を見ながら追加でそう言った。
凛は朔夜が龍へと姿を変えた時に止めに入ろうかと思っていたが、朔夜に害意が無い事が分かった為静観しており、美羽達も凛が動く気配が無かった為か同様に静観していた。
朔夜はそう言いながらも、威圧以外に攻撃をせずに龍の姿になった事が凛達にバレバレだった為か顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。
凛達はそんな朔夜を見てクスクスと笑い、一足先にスイーツ店へと入って行った。
その後朔夜は咳払いをしてアイシャへ向けてそう言い、自身もスイーツ店へ向かう。
「本当に、大事な、もの…。」
『………。』
アイシャは俯いたままそう呟き、周りで様子を見ていた者達は黙ったままだった。
「あれ?この辺りで、朔夜が龍になった様に見えたんすけど…。」
そこへ、最近凛の領地の周りで魔物を間引いている藍火が建物の屋根を伝いながらやって来た。
藍火はアイシャの近くに着地し、辺りをキョロキョロとしながらそう言うのだった。