20話
その後、凛は9体のワイバーンの死体を無限収納へ直し、再び降伏したワイバーンの元へと向かう。
そしてワイバーンと一緒にゆっくりと空を移動し始めて街から20メートル手前の所に降り立ち、そこから門の方へ向かって歩き出した。
すると前方から凛の事を先程案内してくれた警備の男性と、それとは別に門番の男性2人がこちらに向けて走って来た。
「…ワイバーンが10体いたのにも関わらず、全く苦労する姿を見せる事なくすぐに終わらせるとは…。貴方、見かけによらず物凄く強いんですね!…ところでそのワイバーン、元気がない様にお見受けするのですが…これからどうされるおつもりですか?」
警備の男性は凛の前に息を整えた後、そう言って凛の事を褒めてはいるのだが、凛の後ろにいるワイバーンが銀級の強さを持つドラゴンだからか警戒している様だ。
ワイバーンが元気なさそうにしていようが、問答無用とばかりに後ろの門番と共に武器に手を添え、ワイバーンとすぐに戦闘が出来る構えでいた。
「…!」
それまでワイバーンは落ち込んだ様子で凛がいる下を見ていたのだが、男性達の視線を感じたのか顔を見上げてみる事に。
すると敵意剥き出しの状態で見られている事が分かった為、ワイバーンはビクッと体を強張らせた後に縮こまる形で凛の後ろにササッと隠れてしまった(自身よりも凛の方が全然小さい為か、体を全く隠せてはいないのだが…)。
「…取り敢えずこのワイバーンは、僕に敵わないとして降伏して来た様です。ですので、この子が僕達に対して攻撃を仕掛けて来る事はないと思いますよ。」
「降伏した…と仰ると言う事は、貴方はこのワイバーンの言葉が分かるのですか?」
「何故か分かっちゃいましたね。」
「何故かって…。とは言え、ワイバーンをこのまま街の中に入れますと、確実に街中が大混乱に陥るかと思われます。」
「あー…確かに。」
凛は斜め後方へ体を向けながら左手で怯えてしまったワイバーンの頭を撫で、顔は正面を向いたまま苦笑いの表情で警備の男性にそう話す。
男性は窺う様にして凛に尋ねるのだが、凛が苦笑いの表情のまま答えた事で何とも言えない表情でそう呟いた。
男性はその後困った様子で凛にそう伝え、凛もそう言いながら少し困った様子を見せる。
《ご報告します。今回こちらのワイバーンが降伏した事によって、マスターと簡易的な主従関係となり、リンクが発生しました。ですので発生したリンクを利用し、こちらのワイバーンへ予め用意しておりました『人化』のスキルを強制的に入力します。》
「(えっ…予め用意していた?)」
「(な、なんっすか!?頭に直接何かが入って…あが、あががががががが!?)」
凛ナビからの報告を受けてそう思っていると、それまで両方の前足を頭の上に置いて怯えていた様子のワイバーンが突然苦しみだし、今度は両方の前足で頭を抱えだした。
「何だ!?新手の戦術か何かか!?」
「あー…申し訳ないのですが、あの子が落ち着くまでの間、そのまま待って貰っても宜しいですか?武器も収めて大丈夫です。」
「? まぁ…貴方がそう仰るのでしたら…。」
男性達はワイバーンが奇妙な動きを取り出した事で警戒し、武器を構えて臨戦態勢となる。
しかし凛が苦笑いの表情で男性達を宥めると男性はそう言って不思議そうな表情を浮かべ、それぞれ武器を収めてワイバーンの様子を見る事に。
凛としてはワイバーンに人化スキルを施している間、男性達を座らせたりしようと考えていたのだが、確実に受け入れられないだろうと判断して止める事にした様だ。
「(痛いっすー!頭が割れそうっすー!!)」
一方のワイバーンは人化スキルを施されている間、苦しみの余り辺りをごろごろと転がったり、ビクンビクンと痙攣していたりする。
3分後
ワイバーンの姿が段々と小さくなっていき、やがてドラゴンの姿から水色の髪をした女性が裸で頭を抱えたまま蹲った状態になった所で変化が終わった様だ。
それまで蹲っていた女性がピクッと動いた後、少し様子を見ようとしたのか頭の上に置いた両手を下ろし、少しだけ顔を上げる。
「「「………。」」」
「あ、頭が痛いのが収まったっす。本当、死ぬかと思ったっすよ…。」
「…!」
「「…!」」
女性はそう言いながら結構な勢いで上半身を起こして正座の様な体勢になると、その反動で火燐と同じ位に立派な双丘がプルンと揺れた。
警備達はそれまで黙って女性の事を見ていたのだが、女性の揺れるものを見てしまった事で流石にこのまま裸を見るのは不味いと思った様だ。
前にいた警備の男性が慌てて後ろを向き、門番の2人も同様にして後ろを向く事に。
「よく分からないけど、どうやら魔物から人になれたみたいだね。」
「そう…なんすかね。自分もよく分からないっすが…。」
「今までとは体の勝手が違うと思うんだけど、立てそうかな?」
「あ、はいっす。…へー、これが…人間の姿…。」
凛が女性に問いかけると、女性は頭にまだ衝撃が残っているのか、少し呆けた様子で答えていた。
凛はそう言って左手を差し出し、女性は返事した後に右手で凛の左手を取って立ち上がる。
その女性は年の頃は17歳位。身長165センチ位で青に近い水色の髪を背中まで真っ直ぐに伸ばし、綺麗な青い瞳を持っていた。
女性は立ち上がってからそう言って自分の右手を見たのだが、自分の手が今までの物と違う事に意識が向いた様だ。
そう言いながら、人間となった自分の手足や背中を見たりしていた。
「折角感動してる所を悪いんだけどさ、そのままだと僕や皆が困るんだ。身長は火燐を少し低くした位でそれ以外は似た様な感じだし、取り敢えずこれを渡すから着て貰って良いかな?」
「…あ、はいっす。人間はこれを着けなきゃいけないとか不便っすねー。でも自分も今は人間の姿っすし、主様の言う事に従うっすよ。」
凛は女性に話し掛けながら無限収納から白いワイシャツと黒いズボンを取り出して渡し、女性はそう言って凛から服を受け取る。
そして女性は人間の体になったばかりで不慣れな為か、もたついた様子を見せながらも凛の指示に従い、上下の服を着ていた。
因みに、凛が女性に渡した黒いズボンと白いシャツは火燐に似合うと思って用意した物で、少しズボンの裾をまくり上げる事にはなったが概ねサイズ通りとなった。
それと、このワイバーンの女性は凛の事を主様と呼ぶ事にした様だ。
「うん、君も火燐みたいにスタイルが良いからか、今の姿が様になってるね。」
「そ、そうっすか?」
「そうそう。…あ、皆さんすみません。着替え終わりましたので振り向いて貰っても大丈夫ですよ。」
女性はモデルの様に整った見た目をしていた事もあり、凛は服を着た女性へ笑顔で褒める。
女性はスタイルと言う言葉を理解してはいなかったが、褒められたと感じたのか満更でもない様子を見せてそう話していた。
凛は頷きながら笑顔で答えた後に思い出した様にして後ろを向き、男性達にそう伝える。
「…本当に、そちらへ振り向いても大丈夫ですか?」
「僕が一応、このワイバーンの主になったそうです。ですから、主として皆さんを困らせる様な事はしたくはありません。」
「「「(いや、既にもう充分困ってます…。)」」」
男性は凛に背中を向けたままの状態で尋ね、凛は笑顔のままで答えるのだが、男性達はそうは思わなかった様だ。
互いに顔を見合せてた後、後ろを振り向く事なく揃って項垂れる仕草を取り、心の中での突っ込みも見事に揃っていた。
「「?」」
その様子を凛は笑顔のままで、女性は不思議そうな、それでいて少し魔の抜けた様な表情を浮かべて見ていたりする。
「一応これでこの子も外見上は人間となりましたし、一緒にサルーンの中へ入っても宜しいでしょうか?ガイウスさんに経緯等を報告する為にも、この子から直接事情を聞かないとですし。」
「そう…ですね。今は人の姿をしているとは言え、実際はワイバーンです。ですので当然ながらこの事は問題になると思います。ですが、もしこちらの女性が暴れたとしても、ワイバーン達を圧倒した貴方が対処して下さるのですよね?」
「ええ、勿論です。この子も大人しくしているから大丈夫だと思いますが、もしも暴れる事があれば、僕が対処する事をお約束します。」
「分かりました。…と言うのは建前で、今回の事は前例がないのでどう判断すれば良いのかが私には分からないのが本音なんですけどね…。長への報告は多い方が良いと思いますし、引き続き私が長の屋敷へ一緒に向かう事に致します。」
「ありがとうございます。あまりガイウスさん達を待たせるのも悪いですし、少し急いで戻る事にしましょう。ほら、君も一緒に。」
「あ、はいっす。」
凛は警備と2人で軽く話し合いを行っていたのだが、女性は暴れたいと思う気が全く起きなかった為、2人のやり取りを聞いて納得が行かないと言いたそうな表情となっていた。
そして凛はあまりガイウス達を待たせるのも悪いと思ったのか、そう言って女性を促した事で一緒に屋敷の方向へ走り出してしまった。
警備の男性は凛達がその場からいなくなった事で慌てた様子となり、自身も屋敷へと戻ろうとして屋敷の方へ体を向ける。
「何か、色々と凄過ぎて付いていけないな…。」
「…。(はぁ…ガイウス様の屋敷から一緒に行動してる俺の方が余計にそう感じてるよ。)」
そこへ街の門番の1人が呟く様にそう言った後に警備は走り出し、複雑な表情で内心溜め息混じりでそんな事を思いつつ、凛達の後を追う形で屋敷へと向かって行った。
一方、凛が出て行った後の応接室はと言うと
「マスターはクッキーを食べて待っててって言ってたし、クッキー食ーべよっと。はいっ、紅葉ちゃん♪」
「美羽様、ありがとうございます。クッキー美味しいですね♪」
「ねー♪」
美羽が笑顔で話しながら紅葉へクッキーを渡し、紅葉がそう言って美羽からクッキーを受け取って食べ始めた事で、2人の周りにはまったりとした空気が漂っていた。
ガイウスは凛が出て行った事で一旦は椅子に座り直したのだが、空を飛ぶワイバーン10体に対して自分が最盛期の状態でも無事に終わらせられる自信がなかったからか、少し焦った様子となっていた。
これはワイバーンが空中戦を好む傾向があり、空中で口から火炎放射器の様なブレスや火の玉状のブレスを吐く為、弓や魔法と言った遠距離攻撃手段がないと倒すのは厳しいとされているからだ。
その為ガイウスや冒険者ギルドマスターは、空中戦を主体とするワイバーンの事があまり得意ではない。
「(何なのだこれは…。ここから見る限り街への被害はない様に見えるが、待つと言う事がこんなにも苦痛だと感じる日が来ようとはな…。)」
しかし目の前に広がる美羽達のまったりとした雰囲気を見て、すっかり毒気を抜かれてしまった様だ。
ガイウスの横(にあるガラスのない窓の様な物)から見える外の様子を確認しながらそんな事を思い、天井の方を見て現実逃避を行っていた。
そしてガイウスの後ろで控えているアルフォンスは美羽達の様子を見て和んでおり、もう1人の男性は絶世の美女美少女と言われても全く差し支えない美羽達に見惚れていたりする。
5分後
「…あっ!ボク達ばかりクッキーを食べててごめんなさい。良かったら、皆さんも一緒にクッキーを食べませんか?」
美羽は自分達だけでクッキーを食べていたのが少し恥ずかしくなったのか、少し頬を赤く染めてガイウス達に尋ねた。
「いや、私は遠…」
「良いんですか!?それじゃ頂きますね!」
ガイウスはそう言って断ろうとするのだが、アルフォンスはその言葉を待ってましたとばかりに返事を行い、軽やかな動きで美羽の元へ向かって行った。
そして立ったまま美羽に差し出された袋に右手を入れて中からクッキーを取り出し、それを複数回行ってクッキーを両手に持ちながら食べ始めた。
「アルフォンス!おまっ!」
ガイウスはこうなる事が予想外だったのか、再び立ち上がって左手を前に突き出して喋ろうとする。
しかし嬉しそうにしているアルフォンスを見て言葉が見付からなかったのか、ひたすら口をパクパクとしていた。
「昨日も食べさせて頂きましたが、やはり美味しいですねぇ…。こちらのクッキーを作ったのは…?」
「勿論マスターだよ♪」
「凛様ですね。」
「いやー、こんなに美味しい物が食べれるとは…。それに凛殿はお強いですしね。俺に嫁がおらず、それでいて凛殿が男性ではなかったら嫁に欲しい位ですよ!」
「ふふっ、マスターのお嫁さんはボクだよー。だからアルフォンスさんにはあーげないっ♪」
「及ばずながら、私も凛様のお側に控えたく思います…。」
「いやー、凛殿はモテモテですねぇ!」
アルフォンス、美羽、紅葉は笑顔で話し合い、3人だけで盛り上がりを見せていた。
「「………。」」
そしてガイウスともう1人の男性は完全に出遅れてしまった事で空気になってしまい、一刻でも早く凛が帰って来る事をひたすら願っていた。
20分後
「ただ今戻りましたー!」
「………。」
「お、お邪魔するっす…。」
凛はそう言って元気良くしながら応接室へと戻るのだが、2番目に入った(凛の事を街の外まで案内した)警備は何とも言えない表情をしており、最後に入って来た女性は話しながらおどおどとした様子を見せていた。
「「「(誰だ!?)」」」
「凛様、そちらの方は?」
「マスター、新しい仲間?」
「まあまあ、2人共慌てないで。この子の紹介を行いたい所なんだけど、向こうで起きた事の説明を先にさせて貰うね。」
ガイウス達3人は知らない女性が入って来た事に状況が掴めなかった為か、内心そう思いながら困惑した様子となっていた。
そして紅葉と美羽は新しく加わった仲間だと思ったのか、2人がそれぞれ凛に尋ねる。
対する凛は笑顔で2人を宥めた後、そう言ってこれまでの経緯を皆に説明し始める。
「…と言う訳で、この子は人の姿になって貰った元ワイバーンさんになります。」
「待て待て待て。いきなり理解しがたい話を行っただけでなく、それをそのまま信じろとでも言うのか?お前も一緒に行動していたのだろう?何か言いたい事があるんじゃないか?」
凛は先程ガイウスが外の様子が確認出来る所で立ったまま説明を行った後、言葉の最後に女性を右手で指し示しながら説明を終える。
しかしガイウスは凛から聞いた説明が納得出来ないのか、凛と一緒に行動していた警備の方を見て意見を求めた。
警備の男性はガイウスから話を振られた事に困ったのか、更に微妙な表情を浮かべる事に。
「…長が信じがたい気持ちだと仰るのは分かりますが、残念ながら事実です。突然ワイバーンが頭を抱えて苦しみだした為、私も何事かと思いました。しかし時間が経つに連れ、徐々にワイバーンから女性の姿へ変わっていくのを、私と共に門番の2人も見ております。」
「そうか…。ふぅむ、どうしたものか…。」
男性が微妙な表情のままで凛の説明の補足を行った為、ガイウスは何とも言えない表情となって右手を顎に当てながら考え込んでしまう。
「それじゃさ、右手だけ部分的に解除してワイバーンの姿に戻すって事は出来ないかな?そうすれば、少しはガイウスさんに信じて貰えると思うんだ。」
「う~ん…?よく分からないっすが、やるだけやってみるっす…。」
そこへ凛が女性に右手を軽く仕草を見せながら尋ねると、女性は凛の右手を見た後に自分の右手をまじまじと見て答え、うんうん唸りながら集中し始める。
すると、右手ではなく頭がポンっと音を立て、頭だけ人間ではなくワイバーンの物となってしまった。
「(しまったっすー!!)」
『………。』
女性は首から下が人間で頭だけがワイバーンとなってしまった事で、かなり慌てた様子を見せ始めた。
しかし反対に凛達一同はそんな女性(?)を見て、かなり微妙な表情となって黙ってしまう。
3分後
「戻れたっすー!また人間になれなかったらどうしようかと思ったっすよ…。」
「え、えっと…ガイウスさん。これで少しは信じて貰える様になりましたか…?」
「う、うむ、そうだな。あのような珍妙な姿の者はそうはおるまい。凛殿、疑ってすまなかったな…。」
女性は無事にまた人間へと戻れた事にかなり安堵した様子を見せていたのだが、反対に凛とガイウスは先程のショックを引きずっているのか未だに落ち着かない様子となっていた。
「そ、そう言えばなんだけど、君達はどうして森から街に向かっていたのかな?」
「それはっすね…森から逃げる為だったんすよ。」
凛は半ば無理矢理に女性へそう尋ねると、女性は少し言いにくそうにしてそう話すのだった。