1話
「ん…?……こ…こは…?」
目を開けるとそれまで住んでいた自分の部屋の天井…ではなく、部屋の天井の高さよりずっと先まで真っ白の様に見えた。
「お目覚めになられましたか。」
なので今いる場所は夢か何かなのだろうかと思い始めていると、左の方向から女性らしき声が聞こえた。
「お体の調子はいかがですか?」
「えっと…?」
そう問い掛けられた事で僕は上体を起こし、顔を声が聞こえた方向へと向ける。
するとこちらの事を見つめる女性から、ふわりとした笑顔でそう尋ねられた。
その為僕はどう言って良いか分からず、そう言って言葉に詰まってしまう。
その女性は歳の頃は20歳位。
身を包むロングのワンピースドレスは白く、腰迄の長さのウェーブがかったロングヘアーも白。
そして瞳も白いとても綺麗な人だった。
今の状況がまだ飲み込めそうにない為、少し整理をしようと思う。
僕の名前は八月朔日 凛。
22歳で介護士をしている。
身長が150センチと小柄な為色々大変ではある。
しかしお爺ちゃんやお婆ちゃんのお世話が好きと言う事もあり、毎日楽しく仕事をしている。
心は一応男なのだが、顔と言うか見た目がかなり女の子(しかも童顔なので中学生によく間違われる)な為、少しでも男っぽく見えるように髪をツンツン気味にしている。
しかし周りの反応を見ていると、実際に効果があるのかは微妙な所だ。
そして自分で言うのもなんだけど、見た目が完全に少女だ。
その為昔からよく上の姉達3人に着せ替え人形にされていた事は恥ずかしかったけど、今となっては良い思い出だったりする。
何故今はかと言うと、3年程前に3歳上の三女が突然行方不明になったからだ。
姉がいなくなった原因も行き先も全く分からず、今も探しているのだが何の手がかりも掴めていない。
他の姉2人や両親も表面上は笑顔で取り繕ってはいるが、日に日に元気がなくなってきているのが僕には分かる。
姉弟仲は良かった方だと思うから、尚更落ち込んでるんだろうね…。
「(そうだった!今の質問に答えないとだね。)…うわ!」
凛は立ち上がり、手をグーパーグーパーと握ったり開いたりする。
他にも5センチ位の高さのつもりで両足で床と思われる場所を跳んでみようとするも、実際の高さは15センチ位と予想以上だった事に驚く。
「…ととと。なんだか、目が覚める前よりも、体が、軽いです!」
「それは良かったですわ。」
凛は予想外に高く跳んで少しよろけた状態で着地した後も、驚いたままの表情で何回か跳ねながら答える。
白い女性はぽんっと顔の前の所で両手を合わせ、にこりと笑ってそう言った。
「…ところでお姉さん。僕は昨晩布団に入って寝てた筈なんですよ。…ここは夢か何かだったりしますか?」
「いいえ、凛様。ここは紛れもなく現実ですよ?」
「(あれ?僕はまだ名乗ってない筈…まさか読心術とか!?)…あの、僕、自己紹介とかしましたっけ…?」
白い女性にそう言われた凛は跳ねるのを止め、周りを見回す。
凛達は上だけでなく床らしき物を含め、前後左右どこまでも白一色で行き止まりが無さそうな位広いと思える空間にいた。
その為凛は不思議に思い、白い女性へと尋ねた。
それに対し、女性は何を今更?とでも言いたそうな表情で、凛へそう答える。
凛は女性からの返事を受けて内心少し焦るものの、なるべく平静を装って女性へ再度尋ねる。
「いいえ。ですが我が主様より貴方様の事はお伺いしてますよ、八月朔日 凛様。後、私の事はハクかシロ…とでも呼んで頂ければ。敬語も不要です。」
「(怖っ!?僕の情報筒抜けとか…主様って一体何者なんだろう?)…良いんですか?後からやっぱりダメとか、何かしらで罰を与えたりしないですよね…?」
「それはないのでご安心を。それよりも凛様、これからの事なのですが…。」
「(え?これからの事って何だろう…。)」
「貴方様にこの世界を救って頂きたいのです。」
凛は女性に淡々とした様子でそう言われ、そんな事を考えていた。
そして凛は内心ここから逃げ出したい気持ちで一杯になるのだがどうにかそれを抑え、若干怯えた様子で女性に尋ねる。
女性は少し悲しそうな表情で凛へそう伝え、凛は嫌な予感がしつつもそんな事を考えている内に悲しげな表情の女性からそう告げられる。
「(いやいやいやいや!!スケールが大き過ぎでしょ!?)全身白いからシロ…で良いかな?僕にはとてもじゃないけど出来ないと思うんだ…。だって僕、普通の人間だよ?」
「あぁ…それでしたら大丈夫ですよ、凛様。貴方様のお体は既に人間ではございません。」
「(…え?それって、さっきの動きの違和感や質問と関係が!?)ちょ、ちょっと待ってよシロ!え、僕って…人間じゃないの!?」
「はい、そうですよ?」
凛は頭を抱えたい気持ちを必死に抑え、冷静(では無く顔が引き攣っている)にそう言うもシロにあっさりとした口調でそう言われてしまう。
その為凛は僅かな時間ではあるが固まってしまい、その後慌てた様子でシロへ尋ねるのだが、シロはニッコリと満面の笑みでそう答えた。
「(そうなんだー…。寝てる間に僕、人間辞めてたんだー…。)ははは…。」
「説明が足りていませんでしたね。貴方様の体を、神に近い存在に作り替えさせて頂いたのです。」
「え!?体を作り替えた!?」
「ああ、大丈夫ですよ。作り替えたと言いましても、凛様のお体に直接触ったりはしておりません。それに…(許可なく触ろうものなら、妾が主様に殺されてしまうわ!)」
凛は内心そう思った後、そう言いながら遠い目をしていた。
しかしシロの言葉で凛は我に返り、凛がそう言いながら驚きの余り(着せ替えをさせられる前の癖が出てしまったのか)両手で胸と下半身を抑えてしまう。
その後シロはそう言った後にすっと目を閉じ、両手で自身を抱き締める様にそれぞれ反対の腕を掴んだ。
そしてそんな事を思いながら身震いをしていた。
「シロ?どうかした?」
「(コホン)なんでもありませんわ。凛様、それでなのですが、これからの事についての説明を凛様に詳しく行いたいと思います。その為部下の所へ案内したいと思うのですが…宜しいでしょうか?」
「え…?シロじゃダメなの?」
凛はいきなり震え出したシロを不思議に思い尋ねると、シロは佇まいを正してそう答える。
凛としてはこのまま説明を続けて貰って全然構わなかった為、不思議そうな表情でシロへそう尋ねる。
しかしシロは違うらしく、凛にそう言われた事でピシッと笑顔が固まりそのまま後ろを向いてしまった。
「面倒なのじゃー、なんで妾がこんな事を…。」
「? シロ大丈夫?体調でも悪いのかな?」
「(おっと!いかんいかん。)申し訳ありません凛様。私よりも部下の方が適任…と言うのもございますし、私こう見えて忙しくて…。」
「そっか…そうだよね。シロにもシロの都合があるんだよね。ゴメン、僕の考えが足りなかったよ…。分かった、僕はその部下の人の元へ行けば良いのかな?」
後ろを向いたシロは不機嫌そうな表情で独り言ちていたのだが、凛にそう言われた事ではっとなり、軽く微笑んだ状態で前を向く。
そしてシロは話していく内に段々と申し訳なさそうな表情になった為、凛も申し訳なさそうにして答える。
「(やったのじゃ!)…いえ、凛様お気になさらず…。そうですね。ですが私が部下の所へ転移魔法で送りますので、凛様は何もなさらなくて大丈夫ですよ。」
「そうなんだ。(今、シロは転移魔法でって言ってたよね。って事は…ここは正にファンタジーの世界じゃないか!!)」
シロは内心そう思いながらガッツポーズを行うものの、表面上は少し儚げな笑顔を浮かべて凛にそう伝える。
凛はそう言って表情には出さなったものの、内心では凄く興奮した様子でそんな事を考えていた。
「凛様、準備は宜しいでしょうか?」
「…シロ。折角会えたばかりなのに、これでお別れなんて残念だよ。その内また会えたら嬉しいな、なんて思ってるんだけど…。」
「!…大丈夫ですよ。すぐ…とは参りませんが、きっといつか会えると思いますわ。」
シロにそう言われた事で、凛はこれからの事ではなくシロへと意識を向ける。
そして凛は少し恥ずかしそうに俯き、頬を指でポリポリと掻いてそう言う。
シロはその言葉に驚いた様子を見せるが、すぐにふわりと微笑んで答える。
「分かった…。それじゃシロ、お願いします!」
「はい、また。」
「うん!またね!」
凛は今生の別れではない事に安心したのか、そう言ってシロへ促す。
すると凛はシロへ向けて手を振る内に凛の足元に魔方陣らしいものが現れ、やがて凛は手を振ったままどこかへと転送されたのだった。