167話
「今日は翠と金花、銀花の3人が進化した事と、新たにミゲルさん達が仲間に加わりましたのでお祝いをします。それと、屋敷の周りにあった作物や果樹園が綺麗に無くなった事を不思議に思った方もいると思います。ですが、それらは全て新しく用意した亜空間へと既に移してありますのでご安心下さい。それでは、いただきます。」
『いただきます。』
午後6時になり、夕食が始まる前に凛が皆へそう伝える。
今日はお祝いで魔銀級の素材を使った料理が並んでいる為、火燐を筆頭に皆のテンションがかなり高くなっている。
『!? ………。』
ミゲル達は並べられた料理の中から気になった料理を一口だけ食べ、そのあまりの美味さに目を見開き仲間同士で互いに見合う。
しかしミゲル達は一口食べてからは下を向き、食べる事を止めてしまう。
どうやらサルーンにいる仲間達の事を考えたのか、自分達だけで贅沢をする事が憚られた様だ。
「心配しなくても、勿論サルーンにいる人達の分も用意してありますよ。目の前に並んでいる料理は全てミゲルさん達の分です。ミゲルさん達も今回のお祝いの主役ですから、遠慮せずに食べて下さいね。」
「!? …そうか。それならありがたく頂くとしよう!皆も分かったな?」
『はい!』
見兼ねた凛がそう言うとミゲルと暗殺者達がそう言い、揃ってひたすら料理を食べ続けた。
その後料理を食べ終わった人達は揃って至福の表情を浮かべており、その中でも特にミゲル達はそのまま寝てしまいそうな位蕩けきっていた。
「ミゲルさん、そろそろサルーンに向かおうと思います。準備を始めましょうか。」
「!? そうだった!美味しさのあまり、危うく寝てしまう所だった。ほら、お前達も目を覚まさないか!直ぐに準備するぞ!」
凛がミゲルに声を掛けると、ミゲルは先程迄の蕩けていた表情から一転して気合いの入った表情になる。
その後ミゲルは部下達に発破をかけたり揺さぶったりするが、それでも戻らない者には頬を叩いたりして準備する様に促す。
今回は全身黒い衣装に身を包んだミゲル達に、凛と美羽を加えた8人で向かう事になった。
凛は出発前にミゲルから借りている宿を教えて貰う。
するとどうやら凛の知っている宿だった為、ポータルを使い宿の直ぐ近くへと移動した。
今回凛と美羽が付いて行ったのは万が一警備に会ってしまった場合や、それ以外の場面でも円滑に進む様にする為なのだそうだ。
凛はポータルから出て直ぐにサーチを使い、マルクトやミゲルの部下達がそれぞれ宿で割り当てられた部屋にいる事が分かった。
その後凛達は宿の入口から入り、中に入って直ぐの所にある受付へと向かう。
その際、ミゲル達は左手の甲に施された奴隷紋を隠す事無く堂々と凛の後ろを付いて来た。
「パメラさんこんばんは。」
「あら、凛さんじゃないの。こんな時間に珍しいね。」
凛は受付にいたホズミ商会に加入した中の1人で、肩までの長さの群青色の髪を一本結びにした30歳過ぎの女性、パメラへと声を掛ける。
パメラの宿でも何回か料理を教えているので、凛とパメラは普通に話す仲となっている。
パメラは意外そうな表情で凛に言葉を返す。
「それじゃミゲル達。手筈通りにお願い。」
『…分かりました。』
「パメラさん。昨日の事なんですけど、僕達が住んでる所へと襲撃した人達がいるんですよ。」
『!』
「…それは物騒だねぇ。」
凛はミゲル達に指示を出し、ミゲル達も命令されて仕方無くと言った感じを装い、返事をして離れて行った。
凛は先程サーチを展開した際、受付の横にある食堂にいる人達の何人かが、凛達に何かしらで害意を与えようとする『赤』で表示されている事が分かっていた。
凛はその人達に聞こえる様に、少し大きな声でパメラへと話す。
すると赤で表示された者達は凛の言葉に反応し、パメラは左手で頬杖をついて憂う様にして答えた。
「そうなんですよ。僕は奴隷術を使う事が出来ますし、情報収集も兼ねて今回は襲撃した人達を無力化して奴隷にする事にしました。それで奴隷にした人に話を聞いた所、どうやら襲撃した人達とその雇い主はここの宿にお世話になっているそうなんですよ。なので折角だから他のお仲間さんも奴隷にしちゃおうかなー、なんて思ってこちらへお邪魔させて貰いました。」
『!』
「長や冒険者ギルドマスターですら、凛さんに全然敵わないって聞いてるのにね。そんな凛さんに襲撃を仕掛けるとか、命知らずも良いとこだね。」
「僕もこんな手荒な事はしたくないんですけどね…。ですが僕にも守らないといけない人達がいますし、誰かを襲うと言う事は反対の事もあるんだと分かって貰おうかと思いまして。」
凛が食堂の方をチラ見して言うと、赤で表示された者達はビクッと体を強張らせる。
パメラは頬杖をついたまま溜め息をついて言うと、凛もつられて溜め息をついてそう言った。
「凛様、只今戻りました。」
「………。」
「ミゲル、ご苦労様。…それじゃ残りの人達も奴隷紋を付け終わったし帰ろうか。パメラさん、これは迷惑料みたいなものです。因みに、この人達の雇い主だった人はマルクトと言う方だそうですよ。」
「分かった。明日になったらその人は宿から出て行って貰う事にするよ。」
「ありがとうございます。」
ミゲル達が他の4人の手を前で縛った状態で戻って来てそう言い、縛られた暗殺者達は項垂れたまま黙っていた。
凛はその場で残る4人にも奴隷術をかけ、そう言って台の上に金貨を置くとパメラがそう答える。
凛はそう言って軽く頭を下げて帰って行った。
「おい!おい誰かいないのか!」
翌日の8時頃、マルクトは自分以外誰もいなくなった事に憤るのだが、宿の女将であるパメラなら何か知っていると思い一先ずパメラの元へ向かう事にした。
「女将。私の従者がいなくなってしまった様なんだ。どこへ向かうとか言ってなかっただろうか?」
「ああ。貴方の従者でしたら、貴方が今立っている場所で昨晩奴隷にされ、そのまま連れて行かれましたよ。」
「は…?何故奴隷にされたんだ?そもそも何故止めなかった?」
「止める理由が無いからですよ。お客さん…いや、マルクトさん。あんた、凛さんが住んでる所へ襲撃を仕掛けたそうだね?」
「なっ!?…酷い言い掛かりだな。」
「しらばっくれても無駄だよ、昨晩凛さんが来てそう言っていたからね。この街はね、私だけじゃ無く住んでる皆が凛さんに世話になっているんだよ。そんな恩人である凛さんをあんたは襲おうとした。あんたはもはや、客でも何でも無い。荷物を纏めてとっとと宿から出て行っとくれ!」
「ま、待ってくれ!!少しはこちらの言い分を…。」
「聞く訳が無いだろう!!直ぐに出て行かないのなら警備を呼ぶよ!」
「わ、分かった!」
マルクトはパメラに尋ねると、パメラは笑顔(ただし目は笑っていない)でそう言われる。
それから暫く2人が言い合いをするのだが、マルクトはパメラにそう言われ仕方無く宿を後にした。
マルクトは荷物を持って商業ギルドへと向かい午前中を過ごし、午後に新たな宿を探そうとする。
しかし既にパメラから広まった情報はサルーン中の宿へと広まっており、マルクトは宿に泊まる事が出来なくなってしまう。
宿泊先が見付からなかったマルクトはこの日、商業ギルドに泊まる事になるのだった。