163話
そうこうしている内に午前7時になろうとした為、皆は訓練部屋へと向かい始めていた。
「ミゲルさん。僕達はこれから訓練に向かいますが、ミゲルさん達はどうします?」
「…良ければなんだが、凛様達が行っている訓練の様子を見せて貰えないだろうか。」
「分かりました。」
凛がミゲルにそう尋ねると、ミゲルは少し沈黙した後にそう答える。
ミゲルは先程の火燐の威圧で心を折られたが、今迄もそうだった様に強くなる事自体は諦めていない為参考にしたいと思った様だ。
凛は了承してミゲル達と一緒に訓練部屋へと向かう。
「はっ!」
「くっ!トーマスさん流石ですね。ですが私もそう簡単に負けてやりませんよ!」
「ははっ、サムも更にやる様になったじゃないか!」
凛達が訓練部屋に入ると、直ぐ近くでトーマスとサムの2人がお互いに練習用の片手剣と盾、刀を用いて笑いながら手合わせをしていた。
「…驚いたな。トーマス…だったか。私とそう変わらない位の強さじゃないか。以前、部下がトーマスを捕縛し損ねるのを少し離れた所から見ていたが、仕掛けなくて正解だったかも知れないな。」
「ん?サム、一旦手合わせを終了するぞ。」
「分かりました。」
「…そういやあの時、俺の事を見ていたのはあんた達だったな。俺も中々のもんだろ?」
「ああ、商店の店長をやっているとは思えない動きだったよ。あの時は済まなかったな…。」
その後1分程2人が手合わせする様子を見て、少し驚いた表情のミゲルがそう言った。
トーマスは練習用の剣と盾を下ろしてサムに向かってそう言うとサムは了承して同じく練習用の刀を下ろす。
トーマスは凛やミゲル達がいる方へと歩きながらおどける様にしてそう言うと、ミゲルは悲しそうな表情でそう答える。
「気にすんな。これから俺達は仲間になるんだろ?」
「! そうだな、私も部下もここに置いて貰えるんだった。トーマス、これから宜しく頼む!」
「ああ、こちらこそ頼むぜ!おっ、ミゲル。あんた、さっきのよりも今の笑顔の方が全然素敵だぞ?」
「なっ、ま、待て!私をからかわないでくれ。…お前達、何故ニヤニヤしているのだ?」
『べつに~?』
トーマスはそう言って剣を左手に持ち、空いた右手をミゲルの前に差し出す。
ミゲルはそう言って自身の右手でトーマスと握手をして微笑んだ。
トーマスは握手したままニカッと笑ってそう言うと、ミゲルは恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にして慌ててそう言う。
その様子を部下達はニヤニヤとしながら見ていた為ミゲルがじと目で尋ねると、部下達は盛大にすっとぼけた。
「ははっ。あんた達仲良いんだな。」
「ええ。隊長は暗殺者なのに真面目な性格をしてますよね。うちの隊長は他の隊長達と違って、俺達の事を使い捨てにせず面倒を見てくれますし。…それに標的を殺した後、隊長が毎回悲しそうな目で標的を見るのを俺達は知っていますからね。」
「! 見ていたのか。私は…標的となった者達にも家族や友人がいて、残された者の中には私達みたいに何らかの方法で売られるんだろうなと毎回考えてしまうんだ。私の柄じゃないって分かってはいるんだがな…。」
「それを俺の右手に言われてもどうしようも無いんだが…。ミゲル、真面目なとこ悪いが…取り敢えず離してくれないか?」
「うぉっ!し、ししし失礼した!!」
トーマスが笑いながらそう言うと暗殺者の1人も笑顔で答える。
しかし話の途中から悲しそうな表情になると、ミゲルも悲しそうな表情でそう言う。
そしてトーマスの手を両手で包む様にして持ち上げてそう言った事で、流石のトーマスも恥ずかしくなった様だ。
トーマスが困った様にしてそう言うと、ミゲルはかなり慌ててそう言いながら両手を離した。
「………。」
「(いつものお母さんと違う。なんだか怖い…。)」
その様子をニーナが真顔で見ていた為そんなニーナをナナは震えながら見ており、
「(はわわわ!マーサさんって人もそうだけど、トーマスさんはああ言う大人の女性が好みなのかな?けど、あたしだっていつかは…。)」
「(…この子、一体何をしてるのかしら?)」
「2人共どうしたのー?訓練続けるよー?」
キュレアはその様子を手で目を隠しつつ、内心そう思いながら少し隙間を空けてチラ見していた。
リナリーはそんなキュレアを珍獣でも見るかの様な視線を送り、ステラは動きが止まってしまった2人にそう言った。
その後、トーマスが気分を変えようと言う事でミゲルと軽く手合わせをしたり、
手合わせの後に他の人に場所を譲りつつ休憩していると猛の話になる。
トーマスはそこ迄猛と接していなかった為凛の元に向かい、凛の案内で別な訓練部屋へと移る。
そこでゴーガンと笑い合って手合わせをする様子の猛を見てドン引きしたり、
猛が実はベヒーモスが進化したものだと伝え、ミゲル達が真っ青な表情になったりとする内に訓練の時間を終える。
そしていつもの様にガイウスとゴーガンの2人を先導する為に、真っ先に凛が先頭で屋敷へと戻る。
「や、やあ。少し見えづらいけど、今出て来たのは凛君じゃないかなー?」
「あれ?今、ライアンさんの声が聞こえた様な…。」
凛は何故か割と近くでライアンの声が聞こえた気がした。
その為そう言って辺りを見渡すのだが、近くにライアンの姿は無かった。
「凛君、ここ!ここだよー!!」
「…ライアンさん、何をやってるんですか?」
再びライアンの叫ぶ声が聞こえた。
凛は地上では無く、声が聞こえる斜め上へと顔を向ける。
すると玄関から10メートル程真上に、首から下がぐるぐる巻きの状態で足首から逆さ吊りにされている顔色の悪いライアンがいるのだった。