13話
「え?それってつまり…ゴブリンがゴブリンを捕らえてるって事?」
《はい、その様です。捕らえられてるゴブリン族は、ユニーク個体である可能性が考えられます。》
「うーん…捕らえてる側じゃなくて、捕らえられてる側ってのが分からないんだよね…。ここからだと情報が少ないし、集落に向かってみたいとは思う…。だけど、ここから7キロ位離れてるとなると、ちょっと時間が掛かっちゃうよなぁ。さっきみたいに、先に僕だけ身体強化をして目的地に…いや…でも…。」
「…って言うかよ、凛。皆でそこに飛んで向かえば良いんじゃね?」
「あっ、そっか!さっきは急いでたし人間だった時の感覚が抜けてなかったからか、飛んで行くって発想がなかったよ。」
「(さっき凛さんから説明を受けた時に、この世界に来る前は普通の人間だったって言ってたっけ。ん?今、空を飛ぶって言った?)…えっ、火燐ちゃん達って…空を飛べるの?」
「これでもオレ達は半人半精霊だからな、一応飛ぶ事は出来るぜ。」
「その半人半精霊って存在自体、さっきの説明で初めて聞いたんだけどね…。」
凛はゴブリンのユニーク個体の可能性に興味を持ったのかそわそわした様子で腕を組み、そう独り言ちていた。
火燐はうろうろしながらぶつぶつと言っている凛へ向けてそう言うと、凛はうっかりしていた為か驚いた表情で返事を返す。
エルマは翼もないのにまさか飛べるなんて事はないよねと言いたそうな、疑う様な表情で火燐へ尋ねるが、対する火燐はにやっと笑いながら答える。
エルマは半人半精霊と言う単語にいまいちピンと来ていないからか、そう言いながら不思議そうな表情を浮かべていた。
それから凛達は揃って時速60キロ位の速度で空を飛びながら移動し、やがて目的地であるゴブリンの集落から1キロ程離れた地点に降りる。
「慣れてる筈のあたし達よりも飛ぶのが上手な凛様達って一体…。」
「本当だよね…。」
凛達は降り立っても平然とした様子だったが、エルマとイルマは少し息が上がったのかふぅ、ふぅ、と息を整えた後、そう言って沈んでいた。
どうやら2人は低級の天使と悪魔だからか、普段は少し速度を落とした飛行を行っていた様だ。
「ここから少し進んだ所にゴブリン達がいるみたいだね。ナビによると、ゴブリンはオークよりも力は弱いんだけど、狡猾な性格で悪知恵が働くんだって。だから僕はゴブリン達が予想外の行動を起こしても大丈夫な様にするから、戦闘は美羽達に任せる事にするね。」
「あの…凛さん、私も強くなりたいの。私もエルマちゃんみたいに武器を作って欲しいんだけど…良いかな?」
「勿論良いけど…イルマは戦闘が苦手だったんじゃ?」
「そうなんだけど…今までみたいに争いが嫌だからって言って逃げるとか、私が原因エルマちゃんや皆が傷付くのはもう嫌なの。だから私も…私も戦う!」
「イルマちゃん…。うん、一緒に強くなろうね。」
凛が美羽達に向けてそう言うと、すっかり息を整えたイルマがおずおずとした様子で右手を挙げて凛に尋ねる。
凛は心配そうに答え、イルマは目に涙を浮かべながらそう言う。
エルマはイルマが自分達を慮ってくれた事が嬉しかったのか、そう言いながらイルマの背中をそっと押さえ、目に涙を溜めてはいるが笑顔となる。
「そっか…分かった。それじゃイルマ、武器はどうしようか?」
「私、エルマちゃんみたいに動く事は出来ないけど、魔法が得意なの。だから魔法中心で戦う為の杖をお願いしたいな。」
「分かった。…はい。雫や楓と同じ物になっちゃったけど、その内余裕が出来たらイルマにも杖を用意するね。」
「うん。凛さんありがとう…。」
凛が頷いた後にイルマへ尋ねると、イルマはそう答える。
凛は移動中にナビと念話でやり取りを行い、これから戦うゴブリン達に向けて予備の武器を無限収納内で複数作成・保管していた。
凛は頷いた後に無限収納内に保管していた杖を取り出し、イルマへ渡してそう話す。
イルマは凛から杖を受け取った後に杖を胸の前に持っていき、そう言って穏やかに笑った。
それから凛達一行は歩いて移動し、ゴブリンの集落から100メートル程離れた大岩に着いた。
「ゴブリンの集落に大分近付いて来たけど、どうやら見張りとして入口にゴブリンが2体立っているみたいだね。後、ゴブリンの集落って洞窟だったんだ…。」
凛は大岩の横から入口の様子を覗きつつ、何とも言えない表情でそう言った。
縦横共に2メートル以上はある洞窟の入口の両端には、見張りの為かゴブリンと思われる者が2体立っていた。
どちらのゴブリンも身長1メートル位の高さで緑色の皮膚をしており、痩せた人間が醜悪になった様な外見で少し尖った耳を持っていた。
「凛さん、ゴブリンは洞窟を好むみたい。入口が少ないから罠とか仕掛けて待ち構える事が出来るし、奪った財産を奥の部屋に溜め込む習性があるって昔聞いた事があるよ。それよりも…肉が腐った様な酷い臭いがここまで来てて、ちょっと気持ち悪いかも…。」
「そうなんだ。臭いの原因は犠牲になった人達なのかも知れないね…。僕達は呼吸が必要ないから大丈夫だけど…2人は辛そうに見えるね。2人だけここから離れて休む?」
「その気持ちはありがたいんだけど、試練だと思って頑張らせて貰う事にするよ…。」
「(こくこく)」
「ゴブリンの討伐が無事に終わったら、洞窟の内側から風を起こして空気を外へ追い出そうか。そうすれば少しはエルマ達の呼吸が楽になると思う。」
「あ、それならあたしも手伝うよ。」
凛のゴブリンへの突っ込みに直ぐ近くにいたエルマが答えるのだが、話していく内に悪臭の影響で段々と気持ち悪くなって来たのか、エルマとイルマは辛そうな表情となる。
凛は頷いた後に悲しい表情でそう言った後、心配そうな表情でエルマとイルマに尋ねる。
エルマは青い顔でそう言い、同じく青い顔のイルマは左手で口元を押さえながらこくこくと頷く。
凛がそう提案すると、翡翠は弓を持っていない左手で挙手をしながらそう言った。
「ついでにって訳じゃないんだけど、やってみたい事も兼ねて入口の2体はあたしにやらせてー。」
「やってみたい事?」
「にししー、それはねー…ウインドアローっ。」
翡翠が続けてそう言った事で、凛は不思議そうな表情で尋ねる。
すると翡翠はウインクしながら悪戯っぽい笑みを浮かべた後、そう言って風系初級魔法ウインドアローを唱える。
すると翡翠の顔のすぐ右の所に、直径1センチ程、長さ50センチ程で真っ直ぐに伸びた矢の様な物が2本現れた。
それらは少し見えにくいものの、空中で少し間隔を空けて浮いている状態となっている。
ウインドアローは風の初級魔法の1つだが、本来は長さが50センチ程ではなく、せいぜい幅が2センチから3センチ位で長さが15センチから20センチ位の風の矢が、頭上に現れた後に真っ直ぐ前方へ放つ魔法となっている。
「翡翠、その細長い形のウインドアローをどうするの?」
「このウインドアローをねー、こうやって掴んで…ゴブリン目掛けて射るっ!よしっ、当たった!」
『え?』
「は?」
凛が不思議そうな表情を浮かべて翡翠に尋ねると、翡翠はそう言いながら背中の矢筒に入った矢ではなく魔法のウインドアローを掴み、大岩の横からゴブリン目掛けてウインドアローを放った。
翡翠から射られた(?)ウインドアローはそのまま真っ直ぐ…ではなく横に弧を描いて進んで行った。
やがてウインドアローは右側に立っていた見張りのゴブリンの頭に左斜め前方から当たり、そのままどこかへ向かって行く。
一方のゴブリンはと言うと、ウインドアローが頭に当たった事で吹き飛ばされてしまい、そのままゆっくり前方へ倒れていった。
「ギ…」
洞窟の左側に立って見張りをしているゴブリンは、ヒュッと音がしたと思った直後にもう一方のゴブリンの頭がパァン、と音を立てて吹き飛んだ後に倒れた事が分かった。
その為仲間に報せようとして叫ぼうとするのだが、続けて翡翠がウインドアローを放った事で先程同様にパァンと頭を弾かせる音を立て、今度は後方に倒れた。
『………。』
「やった!取り敢えずは成功っと!」
「…。(今のウインドアロー…初級とは言え、魔法の詠唱をしないで発動させてた。そう言えば凛様もあたしにハイヒールを使った時もそうだったし、イルマの頭を乗せた事で安心して眠ってしまってたけど…雫って子も詠唱しないで氷の魔法を発動させてたよね?)(ちらっ)」
「(こくっ)」
「…翡翠。勿論今のを説明してくれるんだよね?」
『…。(じー)』
翡翠による一連の流れが終わると、翡翠以外のメンバーは皆呆気に取られていた。
エルマは翡翠が詠唱を行わないで魔法を発動させた事に驚き、そのまま魔法を掴んで放つ事にも驚いていた。
エルマはイルマに視線を送ると、イルマも同じ事を思っていたのかエルマを見て頷く。
翡翠は遠くを見る様な仕草でおぉーっと言いながら満足気となっており、そこへ凛が翡翠の後ろからガシッと右肩に手をやって尋ねた。
美羽、火燐、雫、楓も気になるのか、翡翠の事をじっと見ていた。
「簡単に言えば、ウインドアローを掴んだ後、矢みたいに弓につがえて射ったの!」
「それは見てたら分かるんだけど…それって誰でも出来るものなの?」
「うーん…分かんない。あたしが精霊みたいなものだからかな?」
「僕からは多分としか…。ナビ。これって、誰でも…。」
《通常ではまず起こり得ません。イレギュラーです。》
「ですよねー…。まぁ、翡翠には驚かされたけど、静かに洞窟へ突入出来るから良いって事にするか。それじゃ僕は先に行くから、皆は僕の後ろに付いてきてね。」
凛は翡翠から嬉しそうな表情で説明を受けたものの、魔法を掴むと言う事が理解出来ないのか続けて翡翠へと尋ねる。
翡翠も試しにやってみて成功したもののどうして出来るか迄は分かっていなかったからか、首を傾げて答える。
しかし実際は翡翠の言う通り、半人半精霊とは言え自身が風の精霊だから魔法に触る事が出来るのが理由だったりする。
かつて大戦時では、炎の大精霊イフリートが炎系中級魔法フレイムスピアを連続で唱え、投げ槍を太くした形をした炎の槍を掴んでは高笑いをして敵へ向けて投げまくると言う事を行っていた。
一応他の四大精霊やマクスウェル、里香も同様の事が行えるのだが、(けらけらとお腹を抱えて笑うシルフは別として)イフリートと同じだとは思われたくなかった様だ。
里香とマクスウェルは苦笑いを浮かべ、ウンディーネは呆れた表情となり、ノームは少し慌てた様子で見ていたりする。
凛は極力音を立てない様にしながら入口へ向かい、ゴブリンの遺体を無限収納へ収納して(ここでもエルマとイルマに驚かれた)洞窟の中へと入る。
凛は洞窟の中に罠がないかを注意しながら50メートル程進むと、左右と真っ直ぐの3方向へ分かれる場所へ出た。
ナビに表示してもらった地図によると、どうやら左に進むと捕らえられてるゴブリンが、右に進むと人間を含む生物だった者の成れの果てが、そして真っ直ぐ進むと少し折れ曲がった先に開けた場所へと出ると表示された。
左の部屋は1体しか表示されなかった為、少し不思議に思った凛がナビにその部屋の状況を尋ねると、ナビからは捕らえられてるゴブリン以外に誰もいないとの報告を受ける。
凛達は取り敢えず今は左右の部屋に用はないとして、真っ直ぐ進む事にした。
凛が先に1人で様子を見に行ってみると、ゴブリン達は開けた部屋で焚き火で何かの肉を焼いて食べる等して遅めの昼食を摂っていた。
そしてその部屋の奥にはゴブリンキングが座っており、他に合計47体ものゴブリンがバラバラに配置される形で集まっていた様だ。
「どうやらゴブリン達は、開けた場所に纏まっているみたいだね。特に罠とかもなさそうだし、このまま一気にゴブリン達の元へ行こうか。中に入ったら僕は上に飛んでサポートに回るから、各自で倒せそうなゴブリンを倒して行ってね。」
『…。(こくっ)』
「それじゃあ…行くよっ!」
『…!?』
凛は美羽達の元に戻った後、ゴブリン達がいる広間から見えない位置で後ろにいる美羽達にそう言うと、美羽達は黙って一斉に頷く。
そして凛はそう言って駆け出して学校の体育館程の大きさがある広間に入り、すぐに前方と上が安全であるかを確認する。
一方のゴブリン達は、ご飯中にいきなり人間が現れた事で驚いている様だった。
凛はどちらもまだ大丈夫だと判断して3メートルの高さまで跳び、その場に留まってビットを自身の左右に計4基呼び出した。
凛に呼び出されたビットは直径7センチ程の光る球の様な形をしており、左右の肩の上に2基ずつ浮いている状態となっている。
「雑魚共はオレ達で何とかするから、美羽は奥にいるでかいのをやれ!エルマはイルマを守りつつ、近付いて来た奴を倒してくれればそれで充分だからよ!行くぜ皆!!」
「分かった!後は任せるね!」
「「はい!」」
「ん。」
「はーい!」
「はい…。」
凛が上へ跳んだ直後、美羽達が次々と部屋の中へ入る。
そして火燐がそう叫んだ事で美羽、エルマ、イルマ、雫、翡翠、楓はそれぞれ答え、近くにいるゴブリンから倒して行った。
凛は以前よりも空間認識能力を鍛えたり強化している為か、大きくなったビット4基を同時に操れる様になった。
凛はビットを用いてゴブリンアーチャーが射った矢を撃ち落としたり、何らかの魔法を詠唱しているゴブリンメイジの足を撃って詠唱を乱す等を行い、仲間の事を守っていた。
ゴブリン達はオークに比べて数は多かったものの、1体1体が弱かった上に奇襲をされた事で乱された為か、凛達は5分程で戦闘が終わる。
「部屋の奥にいたゴブリンキング…かかって来いみたいに自信満々な顔してたから斬り込んだら、防御もしないでそのまま終わっちゃったんだけど…。これなら、さっきのオークジェネラルの方が全然強かったよ…。」
ゴブリンキングは銀級上位の強さで身長が2メートル程あり、引き締まった体をしてはいたのだが、美羽を挑発するだけで最期まで動く事はなかった。
美羽はゴブリンキングが袈裟斬りをするまで動かずに死んでしまった事で、やや不満そうにそう話す。
「それよりもあの黒い変なゴブリンが厄介だったがな。大きさはゴブリンと変わらないのに、仲間のゴブリンを盾にしたりでちょこまか逃げやがってよ。倒すのに苦労したぜ…。」
それに対し、火燐は地面に倒れている黒いゴブリンを見ながら、ややうんざりした顔でそう言った。
火燐の視線の先にいる黒いゴブリンは、ホブゴブリンが進化したグレーターゴブリンと言う種類のゴブリンだ。
グレーターゴブリンはあまり数がいないのだが、普通のゴブリンに比べて更に狡猾になり、逃げ足が普通のゴブリンよりも非常に速くなっていた。
実はここのゴブリンキングは、死滅の森に入って少し進んだ所にあるオーガの集落の傘下に入っていた。
その為美羽が相手をする事になったゴブリンキングは、俺達に手を出すと森のオーガ達が黙っていないぞ、と脅せば美羽達が降伏するだろうと思っていた様だ。
しかし相手が魔物ならまだしも、ゴブリンの言葉が凛達に通じる訳がない。
とは言え月に1~2回程、死滅の森でも入口付近なら大丈夫だろうと言いながら、銅級前後かそれ以下の迷い込んだ冒険者達がこの集落がある洞窟へとやって来る。
その度に群れの末端のゴブリンが見張りとしてやられる事はあるものの、結果として餌や繁殖相手として確保される事になった。
その為、他のゴブリン達も最初に美羽達の相手を適当にすれば、今まで戦って来た人間達の様に自分達の数の多さに敗れたり、武器を捨てて降伏する事で勝って終わると思っていた。
しかし、すぐに群れのリーダーであるゴブリンキングが美羽に倒された事で完全に出遅れてしまい、碌に戦闘態勢が取れないまま倒される事となった。
「…ってかよ、翡翠も大概だが凛は更に上を行ってないか?何だよ…その肩に浮いてる奴はよ?」
『…。(じっ)』
「…ん?ビットの事?ビットはこうやって攻撃も出来るし…こんな感じで防御も出来る兵…武器って所かな。」
(以前からビットの事を知っている美羽を除いた)火燐達は地上に降りた後に自分達の元へ来た、凛の肩にふわふわと浮いているビットの事をじっと見ていた。
そして火燐は先程よりもうんざりした様子で凛へそう尋ねる。
すると凛はそう言いながら皆から少し離れ、自身の右肩にある2基の内の1基のビットからパシュッ、と音を立てて魔力で出来たアイスニードルと同じ位の大きさの白い針を撃ち出し、洞窟の壁に丸い穴を空ける。
そして凛を中心とした一辺が2メートル位のピラミッドの様な四角錐の位置になる様に4基のビットを配置し、それぞれのビットとビットの間に薄い虹色の膜を形成した後、兵器と言いそうになるのを抑えながらそう説明する。
「もし何かあっても、今みたいにビットで囲った後に防護壁を展開して守る様に備えていたんだ。…どうやらそうなる前に終わった様で安心したけどね。」
「そうかよ…。」
「「…………。」」
凛はそう言ってビットの防護壁を解いて再び両肩へ戻した後、周りを見回しながらそう言う。
火燐はダメだこりゃ、と言いたそうな表情で答え、雫はビットに興味を示した表情で、翡翠と楓は苦笑いの表情を浮かべていた。
そしてエルマとイルマは付いていけないのか、揃って固まっていた。
「あたし…凛様達があまりに規格外過ぎるから、これからは常識に当て嵌めて考えない事にするよ…。」
「私も…。」
その後、エルマとイルマはゴブリン達の死体の回収を手伝いながら、自分に言い聞かせる様にそう言っていた。
今回のゴブリンの集落で倒したのは48体の内、
ゴブリンキング1体
グレーターゴブリン1体
ホブゴブリン8体
ゴブリンメイジ9体
ゴブリンアーチャー8体
ゴブリン21体
だった。
「…よし、これで死体の回収や風を外に向けて送る作業は終わったね。ゴブリン達が今までに集めた財産や装備は、そのうち最寄りの冒険者ギルドで誰かの持ち物かを尋ねるまで取り敢えずこちらで預かる事にするとして。それじゃ、皆で捕らえられてるゴブリンの元へ向かおうか。」
『(こくっ)』
凛が皆に向けてそう言い、美羽達が頷いた事で皆で捕らわれているゴブリンの元へと向かう。
やがて凛達が移動した先に着いた部屋は、広さ8畳程とはなってはいるが部屋の入口が檻の様になっていた。
そして部屋の中心には、一点以外は普通と同じ見た目をしているゴブリンが、俯いた状態で横座りをしていた。
「君、大丈夫?」
「…。グァ…。」
「…ナビ。ひょっとしたら目の前ゴブリンは知性が高いのかも知れない。念話とか翻訳みたいに、相手と話さなくても意志疎通が可能な事って出来る?」
《畏まりました。しばらくお待ち下さい。》
通常のゴブリンは額の中心に、5センチ程の長さの角が1本生えている。
しかし目の前のゴブリンは3センチ程の長さの角を2本、額の高さで目の丁度上に位置する所にそれぞれ生やしていた。
そして目の前のゴブリンは凛に声を掛けられた事で一旦は顔を上げたが、言葉が分からなかったのか、或いは言葉は分かったものの上手く話せないのか再び下を向いてしまう。
凛は目の前にいるゴブリンの様子を見て、自分を見ても襲って来る気配がない事を踏まえ、知性が高いと感じた様だ。
ナビに尋ねた後、ナビからそう返事を返された。
「皆、目の前のゴブリンと意志疎通を図りたいんだけど、それには少し時間が掛かるみたいだ。僕はここに残って相手をしてみるから、皆は外に出て休んでて良いよ。」
「マスター、それならボクも残るよ!」
「…なら頼むわ。イルマはさっきゴブリンを倒したからか、精神的に少し参っちまったみたいでよ。外で休ませてくるぜ。」
「ごめんなさい…。」
「気にすんな。それじゃ皆、行こうぜ。」
凛が皆に説明すると、すぐに美羽がしゅたっと右手で挙手してそう言った。
イルマは初めて魔物を、それも人に近いゴブリンを殺した反動からか、かなり青い顔をしている。
イルマは青い顔のままで申し訳なさそうに言うと、火燐はイルマの背中を軽くぽんぽんと叩きながらそう言って付き添い、凛と美羽以外は入口の方へと向かって行った。
30分後
《これで繋がったかと思われます。》
「ナビ、ありがとう。それじゃ…まずは念じてみるか。(…もしもーし、僕の声が聞こえるかなー?)」
「…!(…はい聞こえます!先程奥の方で騒ぎがあった様ですが、皆様方が…?)」
「(そうだよー。ボク達がゴブリンキング達を倒した後、捕らわれている君が危険な存在なのかを見に来たんだ。)」
凛はナビへお礼を言った後、立ったままの状態で目を瞑ってそう念じてみる。
するとゴブリンは声が聞こえたのかばっと顔を上げ、その場から立ち上がって凛の近くまで来た後にそう念じて来た。
凛はゴブリンとの意志疎通が出来た事を確認し、目を開けて美羽の方を見ると美羽もパスを通じて聞こえていた様だ。
美羽は凛の方を見て頷いた後、ゴブリンの方を向いてそう念話で話す。
「(左様でございましたか…。私、ここから少し離れた集落にて静かに暮らしている者なのですが、1週間程前にこちらのゴブリンキング様が突然やって来られまして、俺の物になれと仰ったのです…。その場で一応お断りしたのですが、その日から毎日返事を聞きに集落までいらっしゃる様になりました。私は何度もお断りをしているのですが、少し前にあまり長引かせると集落が酷い事になるぞと脅されたのです。私達の集落では殺生を禁じていますので、一般的なゴブリンよりも力が弱いのです…。ですので、もしこちらのゴブリンキング様方から攻めて来られでもしたら、とてもではありませんが敵わないでしょう。こちらの方々は少々、悪どい事がお好きな様ですので、私がいなくなった後の集落がどうなったのかが心配なのでございます…。)」
「…。(俺の物にって事は、貴方は雌のゴブリンなのかな?)」
「(はい…恥ずかしながら、私は周りから『姫』と呼ばれております…。)」
「「(はぁ、納得した…。)」」
先程の問いに対し、ゴブリンからはその様に返事を返された。
凛と美羽はゴブリンからの丁寧な返事に驚いたのか、お互いに顔を見合わせた後に凛がそう尋ねる。
凛と美羽の2人はあまりにも目の前のゴブリンが品が良すぎる事や、2人の目を真っ直ぐに見て念話する事で目の前のゴブリンが非常に知性が高いのを知ってしまった様だ。
凛と美羽は2人共溜め息をついて納得していた。
「(それじゃどうしようか?貴方に害がない事が分かったし、貴方が出たいと言うのなら僕達が手伝うよ。)」
「(お願い致します。)」
「(動き方や話し方を見てて思ったんだけど、もしかしたら貴方は転生者だったりして。…それじゃ檻を切るから少し下がってね。)」
「(転生者…ですか?畏まりました。)」
凛が念話で尋ねるとゴブリンはそう念話で返事し、両手を前にやりながら深くお辞儀をする。
凛はそう言いながらビットを無限収納へ直し、代わりに刀を出す。
そしてゴブリンがそう言って檻から距離を取った事を確認し、凛は人が通れる位の隙間を空ける様にして檻を切る。
凛達はゴブリンと共に、そのまま洞窟から外に出て火燐達と合流する事に。
「へー。それじゃこのゴブリンは、元は人間だったかも知れないんだな。」
「あくまでも可能性だけどね。ひょっとしたらゴブリンになる前も、今みたいにお姫様だったのかも…。」
「分からねぇ事を今話しててもしょうがねぇよ。取り敢えず、このゴブリンがオレ達を攻撃するって事はなさそうなんだな?」
「多分ね。今からこの子を抱えて、集落がある所まで飛んでみるよ。殺生を禁じてるらしいから大人しいと思うしね。」
「分かった。それならオレ達も行く。」
「良いの?」
「ああ。」
『(こくっ)』
凛は火燐と少し話をした後に尋ねると、火燐が頷いて一同は頷いた。
その後ゴブリンに了承を得てお姫様抱っこの形で美羽に抱えて貰い、皆でゴブリンの集落があるとされる方向へ向かって空を飛んだ。
ゴブリンは恐らく初めての飛行の為、少しでも精神的な負担を和らげる目的も兼ね、低い高さで30キロ程の速度で向かう事に。
やがて凛達は安全に配慮しながらゴブリンの案内で20分位進むと、かつては集落があったのだろう、簡単に組まれた家が悉く壊されていた。
他にも家が燃やされたりして集落は無残な姿となっており、あちこちに血の痕や(魔物に食べられた形跡があるのを含めた)倒れたゴブリン達が残っていた。
凛達は悲しい表情や眉をひそめる等してその惨状を見ており、エルマとイルマは気分が悪そうにしていた。
「(あぁ…そんな…。)」
「(これは酷い…。やったのはさっきのゴブリン達?それとも冒険者が行ったんだろうか?)」
「(冒険者様もなくはないと思われますが、此方の集落に住んでいる者は周りの自然の恵みもあってか以前から大人しいと言う事もございまして、あまり狙われる事はなかったのです…。ですので…。)」
「(となると、さっきのゴブリン達か…。)」
「(恐らくは…。ですが…これはあまりにも無体が過ぎるのではないでしょうか。この様に弱い者達を虐げる事が許されるのであれば…私は…私は脆弱な身なれど、散る間際までゴブリンキング様よりも上とされる方へ抗わせて頂こうかと存じます。)」
凛達は集落の前に降り立った後ゴブリンはそう言いながらよろよろと進み、数歩進んだ所でへたり込んでしまった。
凛は悲しそうな表情で集落を見た後、ゴブリンにそう念じる。
ゴブリンはその後の凛との念話で意志が固まったのか、そう言ってすっと立ち上がり集落の中へではなくどこかへ向かおうとしていた。
このゴブリンはゴブリンキングの上の地位にいるとされる、オーガ達がいる方向へと向かおうとしたのかも知れない。
「(あ!ゴブリンさん、ちょっと待って!集落の中にまだ生き残りがいるみたいだよ!)」
「(…!私とした事が。お見苦しい所を見せてしまい誠に申し訳ございません。)」
「(仲間や家族を殺されたんだから無理もないよ…。それよりも早く助けに行こう!)」
「(はい!)」
「どうやらこの集落の中にまだ生き残ってるゴブリンがいるみたいだから、僕は助けに行こうと思う。良ければなんだけど、皆にも手伝って欲しいんだ。」
凛はそう言って慌ててゴブリンを止め、ゴブリンは恥ずかしそうに返事を行う。
凛はゴブリンと会話してゴブリンの救助が決まった事で皆に協力を頼み、一同は頷いて集落の中を探す事に。
そして集落内にある壊された家の中で、2軒の床下に保存用に作ったと見られる収納空間内にて2体と1体の計3体、崩れた家の下敷きになって身動きが取れなくなっていた1体のゴブリンを保護する。
ゴブリン達はいずれもしばらくの間何も食べていなかったからか、衰弱して気を失っている様だった。
「多分だけど何日も食べてなかったから、普通の食べ物だと胃がびっくりしちゃうと思うんだよね。だから僕は起きた時でも食べれる様な、消化に良い物を作って来るね。」
凛はそう言って今いる場所にポータルを設置し、1人で生活部屋のキッチンへと向かって行った。
「(う…。)」
「(気が付かれましたか!)」
「(これは姫様!ご無事でしたか…。姫様申し訳ございません、静かだった集落がこの様な事になってしまいまして…。)」
「(良いのです。それよりも襲ったのは…。)」
「(ええ。姫を無理矢理連れて行ったゴブリンキング達です。)」
「(やはり…。)」
「(ところで姫…そちらの人間族の方々は…?)」
「(こちらの方々が私を助けてここまで連れて来て下さったのです。)」
「(そうでしたか!)」
『?』
凛がいなくなって少し経った頃に、家の下敷きになっていたゴブリンが目を覚ました事が切欠でゴブリン同士の会話が始まる。
ただし念話ではなく口で話している為グギャギャ、やグゴゴゴッといった感じで話をしており、話の途中でいきなりこちらを向かれた美羽達は不思議そうにするのだった。