103話
「………。」
「くっ、腕がまるで細剣ごと岩に刺さったみたいに動かないぞ!!くそっ!」
「おっと。」
ライアンは流石は魔銀級冒険者と言うか、短距離のアスリート以上の速さで暁の目の前に来ると、左足を強く踏み込んだ後にかなり強く速い突き攻撃を暁に向けて放つ。
だが暁にとってはその程度の攻撃だと判断した様だ。
移動して来た後のライアンの視線から分かった腹部の突き攻撃を暁は半身を引いて避けた後、ライアンの右手首を掴む。
訓練の際に繰り出される凛や美羽の突き攻撃はライアンよりも更に速くて重い為、ある程度は慣れているとは言え避ける事に集中しないと暁でも直ぐにノックアウトされてしまうので必死に避ける。
それに比べたら何段か落ちると判断した暁は、ライアンの攻撃を避けるだけでなく腕を固定させて攻撃を封じる事も特に難しくなかった様だ。
暁としてはここで戦闘(?)を終わらせても良かったのだが、周りの人達が自分達を見ているのであまり乱暴な事はしたくないと思っていた。
しかしライアンは悪態をつきながら右足で暁を蹴ろうとした為、暁はそれを避けながら一旦距離を取る。
「今ので俺に勝てないのが分かっただろ?これ以上は…。」
「五月蝿い!!さっきのはたまたまに違いないんだ!魔銀級冒険者である僕がこんな簡単に負ける筈がないんだよ!!」
「(紅葉様。)」
「(ええ。)皆様!危ないのでこの場から離れて下さい!」
「くそっ!お前、お前がぁっ!!」
「はぁ…。(さっきはああ言ったものの、ここで足踏みする可能性が出て苛立った俺も似たようなものだな。まぁ、悪いとは思うがこのまま俺の憂さ晴らしに付き合って貰うか。)」
暁が肩を竦めながらライアンへ向けて言うと、ライアンは更に頭に来たのか再び暁へと突っ込んで来た。
暁は紅葉へアイコンタクトを送ると紅葉は頷き、周りの人達へ離れる様に促す。
ライアンは暁の上半身を中心に連続で突きを放った。
暁は溜め息をついた後に腰に差した量産品の大太刀を抜き、ライアンの突きの悉くを滑らせる様にして往なす。
苛立ったライアンは距離を詰めて細剣で暁へ横凪ぎに払うと、暁は後方斜め上に跳んでかわす。
ライアンは暁の跳んだ方向へと走り、着地した暁へと切り結ぶ。
ライアンは頭に血が昇っていたので分からなかった様だが、周りにいる人達は暁の大太刀を勿論見た事が無かった。
そしてライアンと暁の凄まじい戦いの様子を固唾を呑んで見ている。
「はぁっ、はぁっ…。」
「ふぅ…。ライアン殿、まだ続けるのか?」
30分程ライアンが一方的に攻撃しては、暁が避けるか往なすかして攻撃が全く当たらない時間が続いた。
ライアンは疲労困憊の様で、右手は細剣を持ったままだが左手を左膝に置いて大きく肩で息をしていた。
対する暁は少し息が乱れた程度だった。
これは暁が少ない動きで避け続けたのもあるが、ライアンが魔銀級冒険者になった事で満足したのか、昇格してからあまり鍛練等を行っていない事も挙げられる。
暁は鬼神に進化しても満足せずに更に上を目指している為、進化して尚一層真面目に訓練へと臨んでいる。
その為魔素量では少しだけ暁が上回る位でも、同じ魔銀級でここまで差が出てしまった様だ。
「あーもう、分かったよ!僕の負けだ!これで良いだろ!」
そう言って右手に持った細剣を鞘へと直す。
『わああああぁぁぁぁぁ!!』
『凄い物を見せて貰ったぞー!!』
『2人共格好良いー!!』
すると暁達の周りにいた大勢の人達から暁とライアンに向けて割れんばかりの拍手と賞賛の声が送られたのだった。
「おい、ライアン殿。何故俺達に混ざって普通に昼食を食べているんだ。紅葉様も困っているじゃないか。」
「君とは勝負した仲じゃないか。君、紅葉って言うんだ?素敵な名前だね。」
「え、えぇ…、ありがとうございます…。(どうしてこうなったのでしょうか…。)」
紅葉達は一段落付いた所でお昼の時間となったのと、少し目立ってしまった事で周りの人達に迷惑が掛かると思い、王都の入口から200メートル程離れた所でお昼ご飯を食べる事にした。
予定地へ向かって紅葉達とオズワルド、商人が移動していると、何故かライアンが着いて来た。
そしてライアン何食わぬ顔で、困った表情をしている紅葉の隣へと座る。
そして暁の言葉を返して紅葉へと向けて話しつつ、並べられた料理を摘まんでは美味っ!と叫んでいたのだった。