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隔離、あるいは逃走

久しぶりです。

ようやく環境が落ち着いてきたので、更新に手を掛けることができます。

ひとまずしばらくは3日おきに更新しますね。

 弱肉強食こそが、野生の摂理。


 無論、森での生活も例外ではない。


 走れなければ朽ちていく。


 仕留めなければ餓えていく。


 殺さなければ、死んでいく。


 一度でも停止した瞬間、瞬く間に終わりはやってくる。ならば必然、生きていくためには動き続けるしかなかった。


 今日も今日とて繰り返す、生存のために欠かせない日課。


 もはや無意識でもやれるほど慣れてはいるけれど、生きていくという目的がある以上、どこまでも必死になってしまうものだ。

 



 見渡す限りが大木に覆われた、極めて視界の悪い森の中。そこで視ようとする行為にあまり意味はない。


 ざわめく風の音。揺れる葉の振動。伝う空気の予兆。あるいは研ぎ澄まされた第六感。


 ただ一つの視覚で捉えるのではなく、全身に纏う神経で感じることが重要だ。


 そうして獲物を見つけた瞬間、全ての神経は極限まで研ぎ澄まされ、一切の余剰を取り除いた状態で弓に矢を番う。


 獲物は未だ気づいた素振りを見せていない。


 故に、先手必勝。引き絞った弦を一息の呼吸と共に手放した。


 これだけの障害物が並ぶ森の中、放たれた矢はまるで吸い込まれるかのように、彼方の獲物を確かに貫いた。


 短い悲鳴が森に響き渡る。……けれどそれは絶命の悲鳴ではなかった。


 射抜かれたはずの獲物は一目散に森の奥へと逃げていく。


 射手に落ち度はない。狙いは完璧だった。ただ、無数の偶然が折り重なって、結果までもがズレただけ。


 何にせよ、此度の狩猟はここまでだ。獣が逃走に移った以上、人の足では到底追いつけない。




 けれど刹那―――身体は放たれた一矢となる。

 



 遮る草木を飛び越えて、あらゆる景色を置き去りに。逃れようと企む獲物に追いすがる。


 あれなるは森に住まう獣の一種。流石は森を住処としているだけあって、木々の合間を縫うその逃走は非常に滑らかにスムーズに。一息の間で姿が消え去るほどの速度を持っていた。


 だが、侮るなかれ。追いすがる者も、また獣。


 人の世から離れ、このような辺境の地で生きてきた、生粋の狩人。


 速度を落とさない疾走は瞬く間に獲物に追いつき、次なる抵抗をされる前に飛びかかる。


 そして急所に突き立てられる、大振りのナイフ。飛散る鮮血。次いで森に響いた絶叫は、今度こそ絶命の証だった。


「ふぅ……」


 短い息を吐き、突き立てたナイフを引き抜く。足元で転がるイノシシのような獣は、まだ所々を痙攣させているが、生命活動は完全に停止している。


「さて、血抜きをしなくてはな」


 引き抜いたナイフを持ち替え、手慣れた手つきで獲物を解体していく。数分後、殺した獲物は皮を剥ぎ取られ、全身をそれぞれの部位に綺麗に解体されていた。


「こんなものか。しかしこの毛皮は上質だな。冬も近いし、言い値で買い取ってもらえそうだ」


 臀部から生え出ている蒼銀の尻尾をふりふり揺らしながら、解体した部位を持っていたロープでひとまとめにして、担ぎやすいように整えた。


「よし、あとは運ぶだけだな。だがその前に……」


 おもむろに顔を腕で拭う。その腕を視てみれば、べっとりと赤い血が付いていた。獣を解体するときに付着したものだ。


「……仕方ないこととはいえ、汚れてしまったな……」


 くたりと萎びれる尻尾と、頭頂に生える同じ毛色の獣耳。リューズビーリアに住む者たちと比べて、狩人の持つ特徴は似ているようで異なっている。


 全体としてみれば些細なもの。だが、それは当人にとって拭い難い現実でもある。


 少なくとも、こんな森の奥で暮らさざるを得ないくらいには。


 肩を落として落胆した様子を見せていたが、束の間、切り替えるようにして前を向く。


「質に入れるだけの品も手に入れたし、石鹸もそろそろ無くなりそうだし、調度いい。せっかくだから古いものは使い切ってしまおう」


 次なる算段は整った。ならば後はそれに向けて行動するのみ。


「ならばお湯を……の前に、まずは獲物だな。ここに置いておくと他の獣たちに横取されかねない」


 狩人は華奢な両腕で、身の丈ほどもある縛った獲物を持ち上げる。


 一体、齢二十もいかぬ彼女のどこにこのような力が存在するのか。


 こうした光景は、彼女の日常のほんの一幕に過ぎない。だから今さら力の出何処になんて首も傾げず、彼女は悠々と森の奥へ進んで行く。


 その後姿に、獲物を仕留めた歓喜も、孤独に森を進む悲哀も、映らない。


 当然だ。彼女にとっての狩猟とは、文字を書くようなもの。此処での暮らしの中で必須とされる当たり前のスキルなのだ。


 もしかしたら、暮らし始めた当初は不平不満を漏らしたり、泣き叫んでいたこともあったかもしれない。


 だが、そんな感情も過去のこと。


 何十、何百、幾千幾万と繰り返してきた日常は、やがて余分なものを削ぎ落としていった。


 動きは慣れると共に磨かれて。


 感覚は日を追う毎に鋭くなり。


 感情は馴染むことで平坦化した。




 それが彼女の在り方。


 かつて違う種族の者同士が禁断の愛に踏み込んだために産まれた、孤高の存在。




―――その名を、ウォルコル・ヴァナルガンド・ロキニクスという。





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