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森の狩人

 夜は更けて、丑三つ時。


 闇が支配する黒の世界の中で、リューズビーリアの郊外にある森林は夜風に枝葉を揺らして静かに佇んでいた。その森林を構成する無数の大樹が根を張る地面を眺めてみれば、そこにはいくつもの踏み荒らされた跡がある。


 これは昼間、リューズビーリアを貶めようと進軍してきたアスマジアーニャンの進撃の痕跡。全てが討伐され誰も帰る者はいなかったため、その足跡は全てリューズビーリアの方角を示したままとなっていた。


 それら痕跡のあちこちには、黒く滲んだ斑紋が見られた。それは、まるで滴り落ちた血が酸化し変色したかのようだ。


 そうした痕を進行方向とは逆に進んで行けば、森林の中枢へと潜っていく。


 暗闇は漆黒へ。天蓋を務める高密度に生い茂った葉笠は、星の僅かな光も遮って、もはや自分が目を開けているのかどうかさえ疑わしくなってくるほどの暗黒を作り出す。


 そんな数分いただけで精神を破壊されそうな空間の中、さらに奥深くへと進行していけば、やがて六等星のような輝きが彼方に見えた。


 それは近づけば近づくほどに大きくなっていき、やがてその光源の正体もはっきりとしてくる。


 そこにあったのは、人一人がやっと住めそうなほどの小さな小屋。外壁に取り付けられたこれまた小さな窓からは、灯火と思しき柔らかい光が滲んでいる。


 それだけを注視すれば、どこにでもありそうな民家としか映らない。けれど場所が場所なだけに、そこにある生活感も含めてとてつもなく異様であった。


「―――ふぅ、こんなものか」


 小屋の中から、声がする。清廉でありながらも、確固たる意志を併せ持つ、女性の声だ。


「昼間の魔物どものせいで、かなり消耗してしまったが、これなら大丈夫だろう」


 声の主である齢二十もいかぬであろう少女は、自身で張り直した弓の弦をはじき、満足そうに頷いた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 彼女が持つ弓は、戦で使われるような身の丈ほどの大ぶりなものとは異なり、こちらは遮蔽物の多い森の中で用いられる小ぶりな弓だ。獲物を見つけてから矢を装填し射るまでの行動を迅速に行えるため、狩猟を生業とする者によく使われている。


 彼女もまた、その一人だった。


「罠は明日に設置するとしよう。まったく、余計な手間がかかるな」


 ちらりと背後を一瞥する彼女の視線の先には、器用に縄を編んだものや、木枝を削って鋭利に尖らせたものなど、多様な道具が積まれていた。あれを上手く機能させることで、罠としての役割を果たすようになるのだろう。


 が、他に手伝ってもらえる者もおらず、罠を設置するのも全て彼女が行わなければならない。積まれた道具の数を鑑みても、その労力は相当なものになるのは明白だった。それを彼女も理解したまらずため息を吐く。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




 そう―――彼女は紛れもなく獣人と呼ばれる種族である。




 それ自体は何らおかしいことではない。ここは郊外の森の中といえど、リューズビーリアに比較的近い距離関係にある。他種族の国の住人が暮らしているよりも幾分自然だろう。


 しかし問題があるとすれば、彼女はリューズビーリアに住まう獣人たちとは特徴が些か異なっているという点だ。


 その最もたるのは、やはり彼女の頭部に付随している蒼白の獣耳だろう。


 リューズビーリアの獣人と言えば、シグマのような異世界の人間でいう耳の位置に、代わりとして多種多様の獣耳が生えていることが何よりの特徴として挙げられる。


 けれど彼女は違う。オオカミを思わせる獣耳は頭頂から天を衝く様に生えており、本来獣人たちの獣耳が生えている場所にはシグマらと同じような耳が別にあった。


 明確な差異。されどそれを注視するほどかは微妙なもの。別に耳の数がどうだとか場所がどうかだと騒ぎたてたところで、彼女の人柄や脅威が計れるわけでもない。


 だが時として、そういった特徴は、今は見えることのない背景や過程から生み出された、一つの結果として成り立っていることもある。


「明日は朝一で風呂を沸かすとするか。晴れるといいな」


 全ての作業を終えた彼女は、凝り固まった体をほぐすように大きく伸びをする。そして作業の際に散らばった道具を片付け、粛々と就寝する準備に取り掛かった。

 



 やがて、森の中で唯一輝いていた生活の灯りが消える。全ての光が途絶えた今、森を支配するのは身の毛もよだつ漆黒の影。得体の知れない獣の声だけが響いている。


 そんな無常なる闇の中、小屋から少し離れた位置に人の背丈ほどの小さな盛り上がりがいくつもあった。


 遠くからはよく見えない。けれどそれに気づいた時点で、異質な気配は感じ取れた。


 近づくほどに増す血と肉の臭い。蝿と思われる大型の蟲の汚らしい羽音が鼓膜を揺らす。


 ……実のところ、当初リューズビーリアに侵攻してきたアスマジアーニャンの軍勢は、ルカが対峙した軍勢よりも、さらに多くの数の兵を揃えていた。


 ならば彼女の炎を拝むことのなかった魔物たちは何処へ行ったのか?




 ―――此処だ。




 盛り上がった山々の正体は、即ち積み上げられた魔物どもの死体の山。キュクロプスが森を抜けようと進んだ過程で零れ落ちた、無数の生れの果て。


 ルカに焼き尽くされることもなく、故郷に帰ることも赦されず、この暗い森の中で生涯を終えた者たちは、このまま誰にも知られることなく土へと還っていくだろう。


 このような惨状を創り上げたのは、ただ一人。


 森に張り巡らされた無数の機構と凄まじい身体能力を駆使して、百人以上の魔物を屠ってみせた狂気の狩人は、今は小屋の中で静かに眠っていた。




 彼女の名は、ウォルコル・ヴァナルガンド・ロキニクス。


 その身に定められた運命から、人の世界から外れて生きる少女である。


就活のため、しばらくお休みします。

順調にいけば6月の終わり頃には再開できるかと思われます。

目処が立ち次第、Twitterでお知らせさせていただきますね。

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