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王位継承戦

今回出てくるやつは、100%の憎悪と怒りと偏見と悪意によって作り出したキャラです。

 そして。


 これまで快進撃を続けてきたシグマは、突如としてその歩みを止める。


 戦場の雰囲気が変わった。


 先ほどまでは数えるのも億劫になるほどひしめいていたトゥロイ兵が、まるで引き潮のように後退していく。


 そうして出来上がったのは、シグマを中心とした巨大な円形の空白地。この陣形の取り方に、彼は覚えがあった。


「シグマ、これって……」


「うん、たぶん来るんだと思う」


 あるいはルカのような、その戦闘技術の高さ故に周りを巻き込んでしまうような存在が。


 この空白地は、いわば闘技場。強大な力を持つ者同士が、周囲を巻き込むことを気にすることなく戦うことのできる、まさに決戦の地。


 そして、シグマたちが参戦した儀式の名を鑑みれば、おのずと相手の存在はわかってくる。


(姿は……まだ見えないか)


 周りを見渡しても、この空白地に存在するのはシグマと彼に抱えられているハウルだけ。あとは自ら引き下がったトゥロイ兵と、これからの予感を感じ取ったリューズビーリア兵が離れた位置でこちらを眺めている。


「気をつけてハウル、どこから、何が飛んでくるかもわからない。今は警戒に徹して―――」


 その時だった。


 まるで糸を引っ張ったような甲高い音が、どこからともなく戦場に鳴り響く。




 ―――瞬間、シグマの左腕が鮮血を上げて千切れ落ちた。




 空気が凍る。


 誰も、事態の変化に付いていけていない。


 言葉を失くして生まれた奇妙な静寂の中、肩口から綺麗に切断された彼の左腕は、酷く重い音を立てて落下した。


 その腕の持ち主であったシグマは、苦痛よりも驚愕に満ちた表情で、足元の欠損した部位を眺め視る。自らの血だまりに沈む左腕はなぜか現実味を得られなくて、どこか他人事のように思えてしまった。


「シグマッ⁉」


 そして、頭上から聞こえたハウルの悲鳴交じりの呼び掛けによって我を取り戻す。


 ―――何処からの攻撃だ?


 無くなった左腕を庇いながら、シグマは再び周囲を見渡す。


 その時、彼の双眸は、ひしめくトゥロイ兵の中から、たった一人の異質な存在を視認する。


 甲冑は身に着けておらず、格好は至って軽装。戦場において場違いともいえるそれは、故にこそこの世界の価値観に囚われていない事の証明とも言えた。


 つまりは、あれこそが―――


 シグマがそれを理解したと同時、その者も動いた。


 何をするのか、何をされたかわからないシグマには、一体何が攻撃の動作なのか、その予測すらも立てられない。


「ッ!」


 ただ、全身は思考を超えて反応した。


 次撃が到達する前に、弾けるようにして横に飛び退く。次の瞬間、やはり先程と甲高い音が響いたかと思えば、シグマが直前までいた場所を不可視の何かが通過した。


 その速度はもはや銃弾並み。まともに捉えようとすれば、その前に撃ち抜かれる。


 であれば。


(動き続けるしかないッ!)


 動きを補足、あるいは予測されないように、全触腕を駆使して空白地を駆け抜ける。ただ我武者羅に一直線を征くのではなく、時おり転身や跳躍を用いて撹乱を狙う。


 その介あってか、次々と飛んでくる連撃も、未だシグマに到達しないままでいた。


 だが、逃げるだけでは埒が明かない。このままでは先にシグマの体力が尽きてしまうのがオチだ。それでは結果を先延ばしにしているだけに過ぎない。


 故に、最速かつ確実にこの攻撃を止めるための方法として、砲手を直接狙うことが得策として挙げられる。


 そのためには、今も飛んでくる不可視の連撃をどうにかして、砲手の懐に潜らなければならない。


 ならば、


「盾を作れシャルベリア! 真っ向から吶喊とっかんする!」


『相承った、我が主!』


 シグマが思いついた案を叫んだ途端、彼の前方で触腕が三角錐上の盾を形成していく。これはシャルベリアの制御の下に行われているものである。その間、彼は残りの触腕に神経を通し、それら全てを地面に接地させる。


 そして盾が完成した瞬間、シグマは全触腕で大地を押し、反作用で弾けるように前方へ跳び出す。


「―――ッ⁉」


 離れた位置にいる砲手が息を呑む気配が伝わった。


 直後、先ほどのように無数の連撃が殺到する―――が、それら全てがシグマの前にある盾に阻まれて届くことは無い。


 故に、シグマは迎撃をものともせず、トゥロイ兵の中に紛れたそのものを狙って吶喊。その進撃は立ち塞がる者を薙ぎ払い、誰にも止めることはできない。


 そして、ようやく眼前にまで到達し、盾を形成していた触腕を解き振りかざす。


 一秒後、翳した触腕は振り下ろされ、全てが終了となる―――はずだった。


 だが、そのコンマ一秒前に、太い音と共に発生した謎の衝撃がシグマの全身を叩く!


「くっ!」


 受け止めようとはせず、敢えて後方に下がることでその勢いを受け流す。


 いったい何をされたのか。果たしてその理由はシグマも理解していないままだが、一先ずそれは置いておくことにした。


 今はただ、目の前にいるシグマが戦うべき敵を睨む。


 ここまでの前座を得て、ようやくひしめく群衆から姿を現した、その敵を。


「貴方が、トゥロイ国の王位継承者か」


 シグマがそう尋ねると、空白地に歩み出てきたその者は薄く笑みを浮かべた。


「そうでしゅよ。まさしくボクちんがトゥロイ国の王維継承者―――ワン・ファンでしゅ」


 シグマと同じ、黒髪にアジア系の顔立ち。体系はやや肥満型であり、青と白のストライプ柄のシャツとワイドパンツに身を包んでいる。およそ戦場で満足に活躍できそうな体系ではないが、それでも多くの者の目はある一点に集められることだろう。


 右腕に装着された、弓のような装飾品。金色に輝く美しきそれは、普通の弓とは違い弦が複数本も備えられていた。


(もしかしてあれ、ハープか?)


 シグマの予測した楽器と、ワンが装着している物はひどく類似していた。


 だが、それを訊ねる間もなく、ワンは極めて蔑んだ目でシグマを睨む。


「そっちが名乗る必要はないでしゅよ。どうせボクちんに殺されるんでしゅし、いちいちそんな奴の名前を覚えておく理由もないでしゅ。何事もスムーズにいくべきでしゅよ」


 そして、再びその手が右腕のハープに伸ばされ、張り詰められた弦たちを撫でる。


 おそらくは、先ほども受けた攻撃を行うためのアクション。


 シグマがそれを理解した矢先、甲高い音色と共に不可視の刃が空を切って飛来する―――!


『見えずとも防ぐことはできる。故にこそ、これだ』


 瞬間、シグマの眼前で触腕が編みこまれ、巨大な防壁が屹立する。強固かつ堅牢なそれは、飛来した攻撃を難なく受け止め弾き返した。


 しかしこれはシグマの手腕によるものではない。


「ごめん、シャルベリア。正直助かった」


『ふん、いくら正体が不明とは言え、莫迦みたく乱発を繰り返せば否応にもわかってくる。恐らくあれは、音の類を刃として飛ばしているのだろうな……とまあ、これくらい、言わずとも主には察せたか?』


「……想像はしていたけどね。だけどそんな空想めいたこと、ありえるはずないって、心のどこかで思っていた。だけどこれまでの事を考えたら、音を攻撃として飛ばすくらい、わけないか」


 そんなことにも気づけなかった自身の失態に、気恥ずかしさからシグマは左手で頬を掻こうとする。


 だが、そこでようやく自身の左腕が喪失していることに気がついた。


 無感情の瞳で左腕があった個所を見てみれば、そこには絶えず流れ続けている鮮血だけがあった。


「シグマ……、うで、腕が……」


 前方の敵よりも、シグマの容態の方が気がかりなハウルは、欠損した個所から溢れる流血に目を離せないままでいた。


 そして、彼女の漏らした声を聴いたか、触腕の向こう側でワンが嘲笑する。


「どれだけ強大な存在であっても、すでに先手はこっちがとってるでしゅ。それだけ大量に血が流れてたら、あとは時間がボクちんを勝たせてくれるでしゅよ」


 ワンの言う通り、これだけの大怪我、もはや一刻も速く治療を施さなければ、失血死はまず避けられない。いや、それ以前にシグマに降りかかる激痛は度を超えたものになっているはずだ。


 儀式剣の代償もある上にその過剰。もはやまともに精神を保っているかも怪しい―――


「ああ、左腕(これ)で済んだのは幸いだった」


 今度こそ。


 ハウルは言葉を失った。


「なん、で……」


 見ればシグマの表情は若干崩れて、余裕の様相が不快さを如実に語る色に染まっている。


 それだけ。それだけだ。


 まるですれ違う人から肩をぶつけられた、その程度の感情しかシグマは持っていない。


「ワン、さんだったね。貴方は僕の左腕を落とした()()()でいい気になっているのかもしれないけど、それは間違いだ」


「負け犬らしく遠吠えでしゅか?」


「だったら直に証明してみせるよ。この程度じゃ僕が終わらないということを」


 威勢を吼えているとは思えない、自信に満ちた宣誓。


 すると、シグマは自らの意志で眼前の防壁を解除する。


 交差する王位継承者の視線。シグマがどのような死に様を見せてくれるのか、ワンは期待に満ちた目をしていた。


 だが、その余裕綽々の態度はすぐに崩れ去ることになる。


「シャルベリア、やれるね?」


『応とも。我が力がこの程度と思うなよ!』


 するとシグマの左肩、絶えず流血していた傷口から溢れるように触腕が生え出でる。横に長く伸びたそれは、突如として不自然にのたうちまわり、その形状を無理やり変えていく。


 やがて変化が終わった時、そこには人の左腕の形をした触腕があった。そして触腕の色を司る純白の色も、濁るようにして肌色に染まる。


 唖然。


 果たしてこの展開を、誰が予想できただろうか。


 今のシグマには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「な……ッ⁉」


 さしものワンも、予想が愛の事態を前にして開いた口がふさがらない。


 その間抜け面を拝みながら、シグマは挑みかかるように笑みを浮かべた。


「さあ、これで貴方が誇った先手の利は無くなった。ここから始まるのは、互いに死力を尽くして競い合う、本当の王位継承戦だ!」


今年はこれで終わりです。半年くらい空白があったものの、一応一年を終えることができました。

また来年もよろしくお願いします。


次回は10日後の1/9に更新します。


※新年早々、間に合いそうにないです…

 そのため、更新はちょっと遅れて1/12にしたいと思います。

 遅れた分のボリュームは約束するので許して…ゆるして…

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