破格の代償
闇の森を進行し続ける集団がいる。人数は三人。
言うまでもなく、それはヅィーヴェン率いるハウルの捕獲隊だ。
彼の後ろに付いてきているレノウ兄弟はひたすらに寡黙だ。この延々と同じような景色が続く森を何時間進行していても、二人は文句の一つも漏らさない。
「ヅィーヴェン様」
だが、何か思い至ったことがあるのか、兄の方がようやく口を開いた。
「ん? どうかしましたか?」
「先程、貴方は捕獲対象に王位継承者が協力していると言いました。そして、私の記憶が正しければ捕獲対象は『儀式剣』を持ち出していたはずです。もしも捕獲対象が、あろうことか別の王位継承者にそれを渡していたりしようものなら、かなりの脅威になり得るのではないでしょうか」
「ああ、そのことですか」
ヅィーヴェンの口ぶりからして、彼もその可能性は考えていたらしい。だが、不可解なのはその声に一切の焦りが含まれていないということだ。
というのも、
「心配する必要はありません。我が国の所有する『儀式剣』は些か特殊でして。過去に我が国が召喚した何人もの王位継承者は、例外なくその剣を抜いて、例外なく狂死しています。今回ハウルに協力しているというその王位継承者も、仮に『儀式剣』を使えば即座に死に至るでしょうし、使わなければただの人間のままで恐れるに足りません。
まあ何にせよ、彼女に付きまとっている人間など脅威ではないのですよ」
それを聞き安心したか、兄は「ありがとうございます」と静かに礼を言い、再び寡黙に戻った。
すると、次は弟の方が、今のヅィーヴェンの説明を聞いて浮かび上がった疑問を尋ねる。
「しかしその『儀式剣』を抜けば狂死するというのが解せません。具体的にはどのように死んでいったのですか?」
「それは千差万別と言いますか十人十色と言いますか……まあいろいろです。ある者は抜いた剣で自らの心臓を突き刺し、ある者はその首を切断し、ある者は窓から飛び降りてその頭蓋を割った。その死に方は当時の環境や継承者の性格に起因するものと考えられますが、いずれもそれらの死に方に共通することは一つ。全員が全員、自ら死を選んだということです。
そんなわけで、我が国アスマジアーニャンでは今まで一度たりとも『王位継承戦』に参戦できていないんですよ」
「では、御身はその事実を知った上で、我が王に『儀式剣』を差し出すのですか?」
「ええ。なぜなら、そうしないとあの方は王として認められない。『儀式剣』は王の証たる最上ですからね。王であるならば、あの方は剣を保有していなければならないんです。
しかし心配する必要はありません。わざわざ剣を抜いて死の危険に曝されずとも、あくまでも保有していれば問題ないのです。ですので私はあの方に『儀式剣』を渡すつもりではありますが、抜かせるつもりは断じてありません。あの方の死亡は、もはや我が国全体の損失へと繋がってしまう。そのことを、貴方もご存知でしょう」
それで疑問が解消したのか、弟の方も「ありがとうございます」と礼を言い、また寡黙に歩き始めた。
「しかし、長きに亘る王位継承戦で、各国の儀式剣は摩耗し交換されていくといったことを繰り返した。今ではもう、原初の儀式剣は我が国のあの剣のみでしょう。古代の魔術には今では失われた術式もあったようですし、はたして我が国の儀式剣はいったい何をもたらし何を与えるのか。
知りたくはありますが、まあ今回も情報を得ることはないでしょうね」
誰に向けたわけでもないヅィーヴェンの独り言は、暗い森へと溶けていった。
夜の闇は段々と昇る陽に溶かされていく。
それは新たなる一日を象徴すると同時に。
―――狂乱の幕開けを謳う合図でもあった。