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仇討ちの道はまだ遠く

 一方、件のルカはイオリアの部屋にいた。


 王族が住むには少し質素な一室。日常生活に必要な家具だけを取りそろえた飾りのない部屋は、贅沢を好まないイオリアの性格を顕著に表していた。


 その空間に盛大な音が炸裂する。入口付近に立っていたルカが、怒りに任せて背後の壁へ拳を叩きつけた音だ。砕けることさえなかったものの、その表面にはうっすらと亀裂が走っている。


「その話は本当なの……⁉」


 ルカは怒りに震える声で、今一度聞いた事実を確認する。


 どうか間違いであってほしいと思ったが、部屋の主であるイオリアは重々しく首を縦に振った。


「はい。今回の一件、我らシレーニェは、ウプイーリに対して如何なる対抗処置も取らないことにしました」


 ウプイーリと言えば、ラティスを惨殺した首謀者―――バロル・スティングレイを王位継承者とする国の名前だ。


 バロルが引き起こした罪は大きい。百歩譲って一般市民を殺すならともかく、あろうことか国の重要要因である第一王女を手にかけるなど、許し難い蛮行である。


 かつてハウルが、リューズビーリアの継承者であるシグマに儀式剣を渡したとして、国家間の摩擦による戦争が懸念されたが、此度の一件はその比ではない。


 大抵の国が、戦争による報復を選択するだろう。


 だというのに、シレーニェはその選択を選ばなかったという。それはなぜか。


「……ルカはウプイーリという国について知っていますか?」


「この国から東へさらに遠く行ったところにある、高貴と隷属の都。ヴァンパイア族が統べる夜の街。それがウプイーリという国だと私は学んだけれど」


「そうです。そしてもう一つ付け加えるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……次の王維継承戦が始まりつつある今、その事実を知らないものは居ないでしょうね」


 王位継承戦が始まるのは、何もこれが初めてではない。


 長い歴史の中で連綿と受け継がれてきた最大の儀式である。であればこそ、各継承戦を行ってきた数だけ、それを制した国が存在する。


 その内の一つが、ウプイーリという国だった。


「でも、だからどうしたというの? いくら前の戦争の勝利国だからといって、その時に彼らが推薦して即位させた王は十一年前に亡くなって、権勢も損なわれているわ。弓を引くことに何も支障はないはず」


「少なくとも他の国には無いと思います。……ですが、私たちには、どうしても歯向かえない支障が存在します」


 自国で好き勝手に暴れ回り、挙句王女の命をも奪われて、それでも歯向かうことができない理由。


 それは、驚くほど単純で、だからこそ覆せない事実だった。


「シレーニェの兵力では、ウプイーリに太刀打ちできない」


 長い間、他国との軍備の競合から外れ、ひたすら自国を守護することだけを重要視してきたシレーニェ。この度、王位継承戦に参戦するにあたって、その方針をようやく変えることとなったが、だからといってすぐさま兵力を攻勢に転換できるわけではない。


 おそらく、今からシレーニェが出兵したとしても、その結果は散々なものとなるだろう。


 一か月ほどしか経験のない柔道家が、熟練の黒帯に勝負を挑むようなものだ。


「そしてもう一つ。ウプイーリが遠方にあることも挙げられます。私たちの行軍を鑑みれば、どう頑張っても二週間はかかってしまう」


「……周辺国の出方がわからない以上、それだけの期間国を空けるのは危険ね。最悪、ウプイーリへ攻めている間に本国が陥落する可能性もある」


 王位継承戦に参戦する資格はそう難しいことではないため、弱小国家であっても番狂わせを狙って参戦することは珍しいことではない。


 本来なら取るに取らない相手であっても、もし国の兵力リソースが不足しているときに狙われれば大ごととなる。


 そのため、王位継承戦において、まずは周辺各国を制圧することがセオリーとされていた。


「シレーニェは実戦経験がありませんから、正確に場を見極める必要があります。姉さんの仇を討てないのは悔しいけど……この国を思う以上、私怨で皆さんを巻き込むことはできません」


 癪に障るほど正しい理由だった。


 今回起きた悲劇を償わせるために戦争を引き起こせば、多くの人間が巻き込まれることとなる。


 たった一人の復讐のために、それ以上の犠牲者を容認するなど―――バロルと変わらない所業となる。


 その穢れた道を進むのは、彼女たちの矜持が許さない。


「でも、いつかは……!」


「ええ。……当然です」


 だからと言って、バロルを赦したわけでもない。


 ウプイーリが王位継承戦に参戦している以上、いずれ衝突する局面は必ず出てくる。


 ならば必然的に復讐の場もそこになるだろう。


 その場所へ至るためにも、途中で敗北するわけにはいかない。


 再度、互いに覚悟を決めたところで、イオリアがその場から立ち上がる。


「ルカ、少し付き合ってもらってもいいですか?」


 どこか冷めたような、感情の起伏を感じさせない声。


 色彩の輝きを失った瞳は、呆れ果てた者のそれに近かった。


「別にいいけれど……生憎、買い物に行けるような気分じゃないわよ」


 彼女の異様な雰囲気に、ルカは怪訝な表情を見せる。


 しかし、イオリアは目を伏せてその予想を否定した。


「今から父の所へ行きます」


「陛下のところへ? ……そう言えばラティスが殺されてから、陛下の姿を見かけないけれど、何かあったの?」


「……父は、姉さんの死に心を痛めて、ずっと王室に閉じ籠ったままなんです。再三打診していますが一向に出てきません」


「……そう」


 それは一刻を管理する領主としてあるまじきものだが、ルカにはとても責められなかった。


 これまで大きな愛情を注いできた二人の娘たち。その片方が欠けてしまったのだ。


 喪失による悲哀は、おそらく誰よりも大きいものだろう。


「ですが、これ以上の停滞は国の政務に影響します。手遅れになる前に、どうにかしないといけないんです」


「わかったわ、行きましょう」


 所詮は拾い子の感情。イオリアやラティスほどはないけれど、それでもアシュタリアに愛を貰ったのは事実。それが嬉しかったから、彼をもう一人の親として受け容れた。


 だからこそ、アシュタリアを心の底から『心配』する。


 実子ではなくとも、僅かなりでも傷を埋めてあげられればいいと。


 ルカはそう決心し、イオリアと共に部屋を出た。


次回更新は8/31です…かね

さっさと続きを書きたいのにレポートだの研究だので、手がつけられません…

どうやら今年の私には夏休みが無いようです(白目)

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