表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/105

居場所を失くした恋慕

お久しぶりで〜す

今日はちょっと長いですが、これでも半分に分けました


 場所はシレーニェ城入口より西の方。兵士たちが訓練を行っている石造りの広大な敷地のちょうど真下。地下に張り巡らされ緊急用の隠し経路にて、ルカとイオリアは数名の記録係と共に視察に赴いていた。


 いくつもの石のブロックを積んで造り上げた狭い小道。灯りは左右の壁に一定間隔で置かれた魔術の光球であり、それ自体は強い光を発していないので薄暗く感じる。


 彼方まで真っ直ぐに伸びるそれを見て、ルカは呆れたようにため息を吐いた。


「はっきり言うけど論外よ。いくら隠し通路とは言え、こんなにも狭ければ大人数を通すのに時間が掛かる。それに一本道だと、出口を獲られてしまった場合に挟み撃ちにされる可能性があるわ」


 ここに来るまでに、他にもシレーニェに配備された様々な防衛機構を見てきたが、どれもルカからの評価は辛辣なものだった。自分の国の守護機能に尽くダメ出しを受け、イオリアを除くシレーニェ勢の者たちは沈んだ表情をしている。


 けれど、彼女だって別に当てつけで言っているわけではない。防衛機構とは、国の命を左右する要因。甘く杜撰な状態のまま放置すれば、いつかそこを突かれて瓦解してしまう。


 そして、イオリアはそれをわかっているからこそ、嫌な顔一つせずにルカの話を聞いていた。


「となると、まずは通路の拡張を行った方がいいでしょうか?」


「そのついでに途中で分かれ道を造って、三つくらい出口も確保しておいた方がいいわ。本当は通路自体を蜘蛛の巣のように張り巡らせた方がいいのだけれど、おそらくその時間は無いだろうし」


「でも、あまり複雑に作り過ぎてもかえって迷子になってしまうんじゃないですか?」


「目的としてはそれでいいのよ。そうしなければ敵にも簡単に攻略されてしまうから」


「え、じゃあ味方はどうすれば……」


「通路を造る際に、あらかじめ条件を設けておけばいいのよ。例えば『分かれ道での正しいルートは、直前まで通った曲がり角の多い方』だとかね。この条件は簡単すぎても敵に攻略される原因になってしまうし、かといって複雑すぎても脱出の際に混乱を引き起こすだけだから、一度協議を行った上で決めるといいわ」


「なるほど」


 イオリアは納得したように頷く。その後ろで記録係の面々も、ルカの言葉を正確に書面に書き記していた。


 しかし、やはりその表情には陰りが見える。彼女の言葉が相当堪えたのに加え、ここまで視察に来るまでの疲労も蓄積しているのだろう。


「この辺りで小休止にしましょうか」


 頃合いを見計り、ルカは全員にそう告げる。何も無い空間での休憩ではあるが、まだ外に出るわけにはいかない。ここもまだ見ていない部分がある上、他にも視察に赴かなければならない場所は存在する。一分一秒が砂金の如き価値である現在、無駄な時間の消費は抑えるべきとの判断からだった。


 その場に腰かけ、僅かながらの休憩を甘受する記録係たち。その空気を緊張させないようにと、ルカとイオリアは自主的に輪から離れた。


 彼らの談笑を横目に見ながら、ルカは壁に寄りかかり頭上を仰ぐ。


「……前途多難ね」


「そうですね。今挙げられている問題点だけでも、全部を解決するには時間が足りませんし……やはり視察の後、取捨選択の協議を開いた方がいいんでしょうか……?」


「止めておきなさい。疲労を溜めたまま行う会議なんてやらない方がマシよ。彼らにはゆっくりと休息を取らせて、しっかり物事を整理させてから行った方がいいわ」


「わかりました」


 疲労の溜まった思考では、まともな状況判断ができなくなる。そのような状態のまま国を左右する取り決めに挑まれても、仮に誤った結果が出てきた際に見逃してしまう可能性がある。


 そういった事態を回避するためにも、一度休息を挟んでリフレッシュさせてから、澄んだ思考で会議を行うというのがルカの理想だ。


「ところでルカ、何か甘いものは欲しくありませんか?」


 話題を切り替えるようにして、イオリアがそう訊ねてくる。


 正直なところ、ルカはあまり甘味類を口にしない。別に嫌いというわけじゃないが、基本的に思考を切り替えるときには無糖の紅茶を使っている。お茶菓子を用意しないのも彼女なりのスタイルだ。


 が、今だけは別だった。


「そうね。かなり頭も使ったし、どこかで糖分を補給しておきたいわ……」


 疲労が蓄積しているのは、なにも記録係の面々だけではない。彼女もまた、改善点の指摘やその方法を提示するなど―――その内容が気を抜けないものであるがために―――思考がオーバーフロー寸前に熱を持っていた。


 と、イオリアはそんな彼女を見てクスリと笑う。


「では、少し目を閉じていてもらってもいいでしょうか?」


 言われるがまま、ルカはその場で目を閉じる。するとその唇に何かの固形物が押しつけられた。完全に油断していた口は、そのまま固形物の侵入を難なく受け入れる。


 途端、口の中で広がる透き通った甘み。その味にルカは覚えがあった。


「これ、水晶飴?」


「正解です」


 目を開けると、イオリアの手の中にはいくつかの透き通った固形の塊が転がっている。それは水晶飴と呼ばれるシレーニェの特産品で、この国原産の純度の高い天然水を用いて作られた、名前の通り水晶のようなお菓子である。その美しい見た目と甘ったるくないさっぱりとした味は諸外国からの観光客にもお土産として人気であり、今やこの国の主要な財源となっている。


「頭を使う仕事に糖分は欠かせませんから。いつも持ち歩いているんです」


 そう言って、彼女も自身の口に一粒放り込む。おいしそうに飴を舌で転がすイオリアを見て、ルカの口元にも自然と笑みが浮かんだ。


「留学してた頃と変わらない味ね。よくラティスと取り合いをしていたことを思い出すわ」


「それで、いつも最後は決闘で所有権を決めていましたね。私はずっと審判をやらされていたから覚えています」


「そんなこともあったか……もうずっと遠くの事のように感じるわ」


「実際、それなりの時間は経っていますから。それにここ最近は目まぐるしい事態の連続で、たった一週間の出来事さえあやふやなんですよ、私」


「私も似たようなものよ。……ホントに、シグマを召喚してから気疲れが絶えないわ」


 ため息をついて、自身の肩を揉むルカ。そんな彼女の様子をイオリアはじっと見つめていた。


「そういえば、ルカに訊きたいことがあるんでした」


「どうしたの? 貴方と私の仲なのだから、遠慮しなくても結構よ」


 ルカは気さくな調子で先を促してくる。そのため、言われた通り遠慮なくその質問をぶつけた。


「どうしてルカは、シグマさんを選んだんですか?」


「…………」


 瞬間、彼女の表情が曇る。それは訊かないでほしいと懇願しているような。


 だが、イオリアは気づかないふりをした。


「そ、その、シグマさんには悪いんですけど……正直、初見の印象で『ルカには似つかわしくない』と思いました」


「……なら、どんな人物像が相応しいと思うのかしら?」


「そうですね、強いて言うなら……筋骨隆々の人でしょうか」


 父親とまったく同じ考えに至っていることに、ルカは呆れたような目をした。


「陛下といい、貴女といい、どうして私の好みが筋肉だと勝手に決めつけているのかしら……」


「ご、ごめんなさい。……でも、やっぱりルカは、私たちの中で『強い』という印象が根強いですから。それに見合う相手というのは、どうしても強そうな人になってしまうんです」 


「だとしたら早計過ぎるわ。たとえ筋力ばかり自慢されても、それを上手く扱うだけの技量や知能を持っていない輩なんて眼中にも入らない。それだけで私の隣に立とうだなんておこがましいにも程がある」


 使い道のない実力など、ただの飾りと同じ。日常生活で見ている分には構わないが、戦場へ持っていけば邪魔でしかない。ましてそれだけが取り柄の輩など、大抵が井の中の蛙であり、自分こそが一番だと高を括っているような連中ばかりだ。そのような慢心に満ちた人間は、それこそルカの必要とするところではない。


「私が望むのは実力を持っている者じゃない。自分の実力を理解していて、その上で最適に動けるような者よ」


 無意味に力を振り回されては、敵も味方も区別なく撹乱し、戦局を想像もできない方向へ持っていく。たとえそれで功を奏したとしても博打に勝っただけの話であり、不確定な戦局を繰り返せばやがていつか敗北を期すことになるかもしれない。


 ただの一度の戦争であればそれを考慮するに値するかもしれないが、これから始めるのは戦続きの日々だ。


 そのため、ルカは不確定の因子よりも、安定性の因子を求めるのである。


 しかしそうなると、彼女の行動には一つの矛盾が発生することになる。


「なら、ルカの理想にシグマさんは適ったんですか?」


 今現在、彼女の持ちうる手駒において、最も予測がつかないのは紛れもなくシグマだ。


 その証明は、昨日の対狼戦で成されている。


 敵を屠るために無造作に触腕を振り回した結果、その余波は敵だけでなく味方すらも叩いた。幸いにも怪我人は出なかったが……一歩間違えていれば死人をも出していたかもしれない。


 これこそまさしく、ルカの理想と相反する人物のはずだ。


「……それは……」


 おそらくイオリアの質問は、純粋な疑問を訊ねているだけだろう。なぜなら彼女は狼戦の現場には居合わせていないのだから。


 だがルカにとって、それは己の矛盾を指摘するものだ。


 安定の因子を望んでいたはずなのに、どうして不確定の因子(シグマ)を選んだのか。


 どう答えればいいかわからなくて、たまらずルカは沈黙する。


「珍しいですね、ルカが言い淀むなんて」


 古くから彼女の姿を見ているイオリアは、あるいは初めて見るかもしれないその様を前にして、あまり驚いたような反応をしなかった。


 なぜなら、


「でも、なんとなく気持ちはわかります」


「え……?」


 突然の物言いに、ルカは思わず聞き返す。


 彼女が抱えている苦悩がわかるとイオリアは言った。彼女は何も知らないはずなのに。その場には居合わせていないはずなのに。


 ―――それは、ルカしか知り得ない事のはずなのに。


 いったいなぜ、レオンですら知らないことを、友好国とはいえ異国の人間であるイオリアがわかるというのか。


 それを問おうとするルカだったが、それより早くイオリアの口が動く。


「だってルカは―――」


 聞こえる声は、ひどくスローに反響して聞こえた。


 ルカの右腕がビクリと動く。その表情は戸惑いの色よりも、焦燥の汗を浮かべていた。


 或いはこの時、彼女は恐怖していたのかもしれない。


 抱えていた秘密を暴露しようとしている、得体の知れない目の前の少女の事を。


 少なくとも、イオリアがそう言うまでは。


「シグマさんのことが好きなんですよね?」


「は?」


 まったくもって見当違いの答えに、ルカは目を点にした。


「昨日の時点で思ってはいたんですけど、シグマさんって貴女のことを『ルカ』って呼ぶじゃないですか。それってつまり、ルカが心を許したってことですよね?」


「ちょっと。別に私の名前をそう呼ばせているのはアイツだけじゃないわよ。現に貴女だってそう呼んでいるじゃない」


「私はルカとの付き合いも長いですから。そう考えると、やはり出逢って間もないはずのシグマさんがルカと打ち解けているのはすごいと思いました」


 どうやらイオリアの中では、『ルカはシグマのことが好きだから、愛称で呼ぶのを許している』となっているらしい。


 しかし、それは見当違いも甚だしい。残念ながら二人の間に起こった出来事の中に甘ったるい恋愛イベントなど存在せず、むしろ必死の形相を互いに浮かべて戦い合ったという、理想とは真逆にかけ離れたものである。


 これではよほどの性癖でもない限り、恋に落ちるということはあるまい。


 ルカは文句を言いたいのを堪え、代わりに誤解を解くことにした。


「シグマにその名前を許したのは、アイツが王位を継承した時にそう呼ぶことを慣れさせておくためよ。もしも王になってからも私を敬称で呼んだら、王としての威厳が台無しになるでしょう」


「え、でもそれだけとは思えないほど打ち解けていましたよね?」


「打ち解けているかどうかは貴女の判断に任せるけれど、私はシグマと対等であるということを約束しただけよ。その理由もさっきと同じ、アイツが王になるための下準備と言ったところね」


「そ、それならルカは……」


「想像たくましくしていたところ悪いけれど、惹かれたという事実は一切無いわ」


「そ、そうなんですか……」


 ばっさりと切り捨てられ、しょげたような表情をするイオリア。


 なぜ、彼女がそんなにも悲しそうにするのか、ルカは疑問に思う。


 そもそもルカがシグマを好きになろうが無かろうが、イオリアに損得はないはずだ。だというのに、どうして目の前の彼女は心底残念といった様子なのだろうか。


「せっかくルカも私たちと同じだと思ったのに……」


 消え入りそうな声で呟かれた、その言葉の意味に、ルカの表情が固まる。


 先ほどまでルカがシグマに恋をしていると勘違いをしていて、その気持ちがわかるとも言っていた。その上で今の言葉を聞けば、もはやそれ以外考えられない。


「……もしかして、イオリアは……」


 シグマに恋をしているのか。そう尋ねようとしたが、上手く口が動かなかった。


 しかしイオリアはなんとなく察したのか、頬を赤らめてこくりと頷く。


「……はい。恥ずかしながら、テイラーに想いを寄せています」


「あ、そっちなのね」


 今度はルカの方が見当違いをしていたことで、思わず淡白な返事をしてしまう。


 しかしイオリアはそれに気を悪くした様子は見せない。というより、自身の恋を告白したことによる恥ずかしさで頭がいっぱいいっぱいになっているようだ。


「というか、待ちなさい。そういえばさっき『私たちも』って言っていたわよね? あれは……」


「そ、その……そうです。姉さんもです」


 なんとも言えない微妙な表情になるルカ。当事者の居ない恋愛事情を告げられて、どう反応していいかわからないといった感じだった。


「意外ね……イオリアはともかく、ラティスはそういうのとは生涯無縁のものだと思っていたわ」


「何気にひどくないですか?」


「冗談よ。それにしても姉妹そろって同じ人を好きになるだなんて、やっぱり双子は好みも似るのかしら」


「むぅ、やっぱりどことなく毒を感じるような……」


 頬を膨らませて抗議してくるイオリアをなだめながら、内心ルカは酷く疑問に思っていたことがあった。


「それで、テイラーとはどちらが結婚することになるの?」


「ケッ……⁉」


 突然の単語にイオリアが怪鳥じみた声を上げる。しかし訊ねた本人はいたって真面目な調子であり、別にからかっているというわけではない。


「私は一国の王女として、シグマが王になった暁には婚儀を交わす取り決めになっている。……本当なら撥ね退けたいところだけれど、こればかりは立場上の義務のようなものだから」


 古くより連綿と続く王家の血を絶やさないためにも、世継ぎを残すということはどの国においても重要視されている。その役割を担うのは当然、子を身籠ることのできる王女だ。


 その責務は、いくら個人が拒絶しようとも逃げられない絶対の戒律であり、もしも拒んだ際には、国の安寧を脅かした大罪として、王家としての家柄を剥奪されることになる。


 そのため、あのルカでさえも、王位継承者であるシグマとの結婚は避けられない。たとえいくら両者が拒もうが、国の存続がかかっている以上逃げられはしないのだ。


 そして、それは同じ王女であるラティスとイオリアも同じはず。けれど彼女らとルカ、その二つに相違点があるとすれば、


「貴女たちは、どちらか一方が義務を負えばいいはず。いったいどちらがその役に就くことになるの?」


 結婚というワードのせいで脳内がオーバーヒートしていたイオリアも、ルカの冷めた視線によって徐々に冷静さを取り戻す。


 そして、静かに首を横に振った。


「実際のところ、未だ王家の間で婚儀の話は持ち上がってはいません。けれどもし、そういったことになるとすれば……テイラーと婚儀を交わすのは姉さんの方だと思います」


 そういった彼女の表情に翳りが見えてしまったのは、テイラーに対する想いの大きさ故だろう。


 だけど、どれだけ愛していたとしても、覆せない現実がこの世にはある。


「姉さんは明るく、快活で、それ故に多くの人望を集めます。だけど私は物静かな方ですから……きっと誰の眼にも映らない」


 その姉妹は双子であるため、容姿も同じ、年齢も同じだった。だけど、持っていた性格だけは磁石を思わせるほど真反対で。


 多くの支持を集め、それに応えられる陽のようなラティスと、地道な活動を重ね、誰も知らないところでしか成長できない陰のようなイオリア。


 対極のような二人が並べば、必然、輝きに満ちた方へ視線がいく。


「テイラーも、私といるより姉さんといた方が楽しいでしょうから」


 そう言って、イオリアは苦笑する。その小さな微笑みがあまりにも憐れで、ルカは目を背けそうになる。


「……貴女だって、可愛いわよ」


 どんな言葉を送ればいいのかわからず、考えた果てに出たそれはその場しのぎの気休めでしかなかった。


「ありがとうございます。でも、もう決めたんです。私は一歩引いて、二人の恋路を応援するって」


 もう踏ん切りはついている、とでも言いたいのだろう。


 けれどルカには、それがひどく空虚なものとして聴こえた。


「それより、ルカはシグマさんと結婚するんですね。おめでとうございます」


 めでたい話題にすることで、今の位空気を払拭しようと考えてのイオリアの言葉。けれどそれは、ルカの貌に翳りを落としただけだった。


「……まだ、すると決まったわけではないわ。私としてもあまり興味は無いし」


「え? でもさっき」


「婚儀を挙げると取り決められているだけ。いつになるのかは私もわからない」


「……もしかして、怒ってますか?」


「そんなことないわよ。別に普通通りでしょう?」


「そうでしょうか。さっきから思っていたんですけど、ルカってシグマさんの話題になると怖い顔になるときがあるから……」


 それはルカとしても無意識の反応であり、指摘されて内心驚いた。


 振り返ってみれば、確かにイオリアへの返答も所々に棘が出ていた気がする。これでは怒っていると捉えられても無理はない。


 しかし疑問に残るのは、どうしてルカは怒っていないのにそのような反応をしてしまったということだ。


 それを考えている矢先、イオリアはこう訊ねてきた。


「なら、ルカってシグマさんの事をどう思っているんですか?」


「、それは……」


 シグマをどう思っているのか。考えるのは、これが初めてかもしれない。


 そもそも謁見の時点では、少なくとも好意的には見ていなかったはずだ。むしろ互いに敵意すら抱いていた。


 そして演習の際には―――彼がどうだったかはルカの知るところではないが―――彼女の憎悪は募りに募り、最後は本気で殺意を向けていたように思う。


 だけどそれらの敵意は、あの歩廊で話した時に解消されたはず。だからこそ今の二人は、普通に話すことができるようになっている。


 では、今のシグマのことをどう思っているのだろう?


 少なくとも敵意は向けていない。


 かといって、信用しているわけでもない。


 率直なところ、〝よくわからない〟というのが一番当てはまるような気がする。


 その所感を最も強く意識したのは、やはり歩廊での会話の時。


 必要ではなかったと告げられ、浮かべたのは安堵の表情。


 記憶を失くしたと告げた時には、実に朗らかと言った様子で。


 あの時の彼は、自身が受けた仕打ちに対する悲観が欠けていた。


 耐えているわけではなく、受け入れているわけではなく。いったいどのような思考であれば、その感情に行き着くのか。


 そこまで考え至り、ようやくルカはシグマのことを〝よくわからない〟と評価したか理解する。


「……そうか、シグマらしくないんだわ」


 辿り着いた確信を静かに口にする。


 しかし、それは彼女の無意識によるもので、言った後で思わず口を手で塞いでしまう。横を見てみればイオリアに完全に聞かれており、彼女はその意味を考えて首を傾げていた。


 ―――マズいことを聞かれた。


 その言葉を追及され続ければ、最後に至るのはルカが胸の最奥にまで秘めた真実だ。


 開示するわけにはいかない。それは、あの歩廊でシグマと話した時に、墓まで持っていくと誓った。


 なんとしてでも、誤魔化さなければ。


 ルカは気づかれないように息を整え、努めて冷静な調子で『なんでもない』と言おうとした。



 そのときだった。

 



 突如、経路の先にあった出口の光が、崩落の轟音と共に消え失せる―――!



ここからはね、3日おきに更新していきたいと思います

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ