Ruthless Terrible Narrative
その頃、ラティスは浮足立つ足取りで、城の横手にある木陰に隠れた薄暗い小道を進んでいた。
彼女の口元には、隠し切れないといった感じの嬉しそうな笑み。
「言っちゃった……! 言っちゃった、言っちゃった♪」
脳裏に浮かぶのは、テイラーの前で告げた告白。
実のところ、彼女が素直に『愛』という言葉を使ってテイラーとの関係を語ったのは、先ほどが初めてである。
いつから好きになってしまっていたのか、それはわからない。
ただ、日々を彼と追うごとに、その思いは鮮やかに強さを増していった。
今ではもう、彼のことを考えるだけで胸が高鳴る。彼の横にいるだけで幸せを感じられる。彼と話しているだけで自分の心が満ち足りていく。
どれも彼を好きになったと気づいた後でわかった変化。それらはもはやどうすることもできない不治の病であり、仮に治せるのだとしてもそうするつもりは毛頭ない。
だってラティスは、テイラーがいるだけで幸福になれるのだから。
けれど、彼に対して唯一不満があったとすれば、それはまさしく鈍感であることだ。
自分がどれほど積極的にアプローチをかけても、彼は相応の反応は見せるが、それでも彼女の本意にまで気づいた様子は無かった。
もっと貴方を知りたいと思うのに。
もっと貴方に触れたいと思うのに。
もっと貴方と愛し合いたいと思うのに。
その思いは届くこと無く、いつも適当にあしらわれてきた。
だからこそ、今回の告白は彼に対する細やかな仕返しだ。
「さすがにあの鈍さでも、勘違いはしないはずよね」
敢えて第三者であるシグマの居る場で告白することによって、その言葉の意味は大きく刻まれるはず。実際、好きだと告げた後の彼の表情は、思わず吹き出してしまいそうなほど傑作だった。
……シグマを巻き込んでしまったことは申し訳ないとは思う。しかし、あの場に彼がいてくれたおかげで、スムーズに撤退することができた。さすがのラティスと言えども、告白をしてその場で待機というのはかなり気恥ずかしかった様子。
でも、これで目論見は達成した。大成功と言ってもいい。
あとはテイラーからの返事を聞くだけなのだが、それはまだ早いとラティスは判断する。
彼と会うには、まだこの胸が高鳴り過ぎていて。
きっと目も当てられない照れ隠しを晒してしまうだろうから。
そのため、彼女はどこかで時間を潰すことにした。
「んー、どこに行こうかな?」
図書館はダメだ。本は文字列を見ているだけで熟睡できるし、何よりそんな気分じゃない。
ルカとイオリアの所はどうだろう。二人は今、この国の防衛機構の視察に赴いているはずだ。幸い、視察の日程スケジュールは拝借している。この時間であれば、おそらく地下を張り巡る緊急脱出経路に居るはずだ。
「あー、でも邪魔しちゃうと二人に怒られちゃうからなー」
ならばハウルに会いに行こうか。昨日、二人で話をしたときは、若干向こうに距離の差を感じさせられたものの、それでもかなり楽しかった。ああ、でも大丈夫だろうか。この高揚したままの自分では、きっと惚気話ばかりを語ってしまう。さすがにそれは温厚な彼女もうんざりしてしまうことだろう。
ではアシュタリア王―――父のところでさっきの話をしてみようか。それとも武道場に赴いて高鳴る気持ちのまま修練でも行おうか。あるいは城下町へ赴いて、好物の水晶飴を味わいながら散歩でもしてみようか。
選択肢は湧き水のように溢れ出る。そのどれもが魅力的に輝いていて、どれを選ぼうか非常に悩みどころ。
ああ、恋をしているというだけで、世界はこんなにも楽しくてしょうがない。
恋をしてよかった。恋を自覚してよかった。恋を伝えてよかった。
テイラーのことを好きになって、本当に良かった。
「ふふっ」
また漏れる笑み。
足取りは軽く、まだ目的地も決まっていないのに歩み始める。
けど、それもいいのかもしれない。いっそのこと、このまま湧き出る感情に従って、宛ての無いまま進んでみよう。
そう思い、ラティスは小道をスキップ混じりで歩いていく。
視線の先には道の終わりを示す眩い陽の光。それは自身の未来を指し示しているかのようで、またも彼女の心は喜びで沸き立つ。
迫る木陰の終わり。そして広がる輝かしい世界へ、一歩を踏み出す。
その、寸前で。
―――背後から何者かに羽交い絞めにされた。
「ッ⁉」
驚愕に声を上げようとするも、その口元は布切れを押し付けられ、くぐもった音しか発せない。
その拘束を解こうと藻掻いたが、かなりの力で締め付けられて、彼女の膂力では太刀打ちできない。
やがて、徐々に意識が遠くなっていく。
それが口元の布切れが放つ魔術の影響だと気づいた時には、もはや指先の感覚すら感じられなかった。
朦朧とし、混濁した意識の中で、それでもラティスは逃げようと必死に藻掻く。
だが、彼女を羽交い絞めにした人物は、彼女の意志とは裏腹に木陰の奥へと引きずり込んでいく。
無情にも遠ざかっていく、煌びやかな世界。どれだけ藻掻いても、その場所には戻れない。
その事実に絶望した瞬間、彼女の耳朶に声が響いた。
「―――ようこそ、これからは地獄の時間だ」
聞いただけで鳥肌を発現させるような、粘ついた気色の悪い悪魔の声。
神経を逆なでする舌舐めずりの音。
力を失った彼女を掴む手が、怖気の走る手つきでその肢体のラインをなぞっていく。
まるで、味見でもしているかのように。
これからどのようなことが行われるのか理解したラティスの眼から、恐怖の色を映した涙が零れ落ちる。
だけど此処に、彼女を助けに現れる救世主は存在しない。
そのまま。そのまま。そのまま。
二人は小道すらも外れ、まず人目に付かないであろう茂みの奥へ沈んでいく。
その蛮行を止められる者は、誰もいなかった。
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