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激痛の告白

 いくら灯りがあったとして、誰もがずっと起きているわけではない。まして談笑以外の時間潰しが見つからないこの場合においては、結果的に寝床に就くしかなくなる。


 そういった理由からあれだけ栄えていた焚火の灯りは全て消え、今では設置されたテントが中にあるランプの灯りで朧げに光っていた。


 その数あるテントの内の一つに、シグマとハウルは並んで横になっていた。


 ちなみに少し離れた位置にある他とはやや豪華なつくりのテントはルカの物であり、その他のテントには一つにつき兵士が四人ほど詰め込まれている。


 シグマはテントの頂点から吊るされたランプの淡い薄緑の灯りを眺めながら、呆れたように溜息を吐いた。


 彼を悩ませている原因は至極単純。


 ―――昼間寝すぎたせいで、眠れない。


 狼との戦闘を終えてから今の場所までに辿りつくまで、シグマは優に五時間超は眠っていたことになる。さらに途中で体力を消費するような事態も起こらなかったので、彼の脳ははつらつとしており一向に休む気配を見せない。


 これは長い夜になりそうだ、とシグマが遠い眼で羊でも数えようかとすると、


「……シグマも眠らないの?」


 同じく昼間を寝て過ごして目が冴えてしまっているハウルがそう言ってきた。


「昼間、結構寝てしまったからね。眠りたくても眠れない」


「私も同じ。逆に寝ようとすると苦しくなっちゃう」


「何か軽く運動ができればいいんだけど……たぶん見張りの兵士に怒られる気がする」


「そうだね。というかホントに、このままじゃ昼夜が逆転してしまいそうだよ……」


 不健康の似た者同士で、互いに苦笑し合う。


 どうやら互いに時間は持て余しているらしい。そこで二人は少し談笑をすることにした。


 その話題は言わずもがな。


「……それで、ハウルはどう思う?」


「リューズビーリアの儀式剣のことだね」


 先程、ルカからの告白で明らかとなったリューズビーリアの事情。


 それだけを告げた後、彼女は「もう他に言うことはないわ」と一方的に会話を断ち切り、自身のテントへ戻っていった。


「そもそも儀式剣が無いって、それは国として大丈夫なことなの?」


「別に儀式剣の保有が国の成立の要因であるわけじゃないからね。実際にそうした国もいくつかあるし。あくまでも儀式剣は、王位継承戦へ参戦するための一要因だから」


「それじゃあ、儀式剣が無いと王位継承戦には参戦できないってこと?」


「そうだよ。厳密には、儀式剣を保有していない継承者は王として認められない。儀式剣は王の証たる最上だから、それを欠いているのは王としての意義を欠いていることと同義になってしまうの」


「……少し納得がいかないな。王様っていうのが優れていなければいけないというのはわかるけど、だからって少しの欠点で王として否定されるのはおかしい。完全な優秀さを求められるのは間違っている。継承者が特別な肩書を持っていても、僕達はどこまでいっても人間なんだ」


 完全な存在などありえない。


 たとえ神であろうとも、その行いには無数の綻びや欠如が付随する。


 ましてやただの人間が、神をも超える優秀性を求めることに、シグマは些か不愉快さを感じていた。


 けれど、ハウルは首を横に振る。


「剣を失くした者が剣士として認められないように、王もまた、儀式剣を有していなければ認められない。この世界の王が儀式剣を保有しているというのは、『当然』のことなの」


「そう言うことか。だから儀式剣は『証』なんだね」


「でも、だからこそ私が解せないのは、どうしてリューズビーリアはシグマを呼んだのかってこと」


「というと?」


「さっき言った通り、王位継承戦にはルールは無くても、それに準ずる『当然』の理が存在する。その中には『継承者は儀式剣を持って然るべき』っていう考えもあるの。だって少なくとも歴代の継承者は、みんな儀式剣の力によって王になったんだから」


「儀式剣は僕みたいな継承者に力をくれるから、それが無ければハウルたちには勝てないもんね」


「そう。別に儀式剣が無くたって継承者がいれば王位継承戦には参戦できるだろうけど、素のままのシグマを戦わせても絶対に勝てるはずがない。なのに、どうしてルカライネ様はシグマを召喚したんだろう?」


 ふと、シグマは歩廊でルカと会話したことを思い出した。


 あの時、彼女は言っていた。―――別に、貴方である必要はなかった、と。


 その言葉が正しいのだとすれば、シグマが特別視されてこの世界に召喚されたのではない。しかし、それは逆に言えば、召喚する人間は誰でもよかったとも捉えられる。


 もちろん、あの厳格なルカの性格から中途半端な人間を選んだりはしないだろうが、それでも明確な根拠があってシグマを召喚したわけでは無いというのは確かだ。


 王位継承戦に勝てる見込みも無いのに、無理やり継承者を召喚する。それはまるで、王位継承戦という儀式自体に執着しているような……


「だとしても僕は、僕が信じるままに突き進むだけだ」


 ルカがどのような思惑を抱いていても、シグマがやるべきことは変わらない。


 最後まで勝ち残って王になること。そうあることを求められたのなら、ひたすらに貫き通す。


 それが彼なりの誠意の在り方だ。


「前向きだね」


「きっとこれからもの迷うことになるだろうから、そうじゃない時くらい前を向いておこうと思って」


「きっと素敵なことだと思うよ」


 シグマの張り切り様に、可笑しそうに微笑むハウル。そんな彼女につられて彼の口元も自然と緩んだ。


 夜はさらに更けていく。けれど二人の睡魔は未だ訪れる兆しを見せない。


 まだ話をするには十分に時間があった。


「……ねえ、シグマ」


 だからハウルは、今の今までずっと抱いていた疑問を口にする。


「儀式剣の代償って、ホントは何なの?」


 シグマは心臓を直に掴まれるような感覚に陥る。


 わかっていた。いつか彼女からこうやって訊かれることは。


 なぜなら彼女は、最もシグマの活躍を近く長く目撃している。それこそ彼が初めて儀式剣の力を解放したとき、ハウルもその脅威の一端を目の当たりにしているのだ。


 理性が消えかけ、悶え苦しむ獣の姿を。


 だから、先ほどルカに吐いた嘘はハウルには通じなかった。あれは理性を保てるようになった段階のシグマしか知らないルカにのみ許されるものである。


 一瞬だけ誤魔化してしまおうという考えが鎌首をもたげたが、シグマはそれを却下する。


 誰も心配させないようにと吐いた嘘。それがバレてしまっているのなら、これ以上嘘を重ねるだけ無駄。もしも重ねた嘘も通じなければ―――間違いなくハウルを傷つけることになる。


 ならばせめて、後腐れは無いようにしようと、シグマは正直に話すことにした。


「痛いのは本当だよ。ただ、その規模が規格外すぎるってだけ」


「規格外?」


「うん。なんて言えばいいのか、説明に困るけど……強いて言うなら『死ぬほど痛い』」


 初めて儀式剣を鞘から抜いた時のことは、今でも鮮明に覚えている。


 どんな痛みの表現も用を成さない無窮の激痛。この世全ての激痛を統合したところでなお届かないそれは、一瞬とはいえ、シグマに「死んだ方がマシ」と思わせるほどの影響をもたらした。


 話に聞くアスマジアーニャンの歴代の継承者たちは、おそらくその「死んだ方がマシ」という考えを否定することができずに自壊していったのだろう。


 ……なぜその激痛を超えることができたのか、それは本人もわかっていないが。


「最近は慣れてきたんだけどね。平気を取り繕うのは、まだ時間が掛かりそうだ」


 シグマからの言葉はそれだけ。


 表情も別段、悲痛や怒りと言った負の感情を表しておらず、全くの平常。むしろ、その口端は薄く上がっている。


 それをハウルは、凍りついた瞳で眺めていた。


「……どうして私を怒らないの? シグマをそんな目に合わせてしまっているのは、そもそも私のせいなのに……」


 それだけが不思議で、だからこそ訊かざるを得なかった。


 するとシグマは何度か目を瞬かせ、


「前にも言ったと思うけど、僕は別に君を恨んではいないよ。むしろ感謝しているくらいだ」


「感謝って……」


 あろうことかこの少年は、自分を苦しめる原因を作り出した彼女に感謝の意を抱いていると豪語してのけた。


 その理解不能な精神に、ハウルは呆然とする他ない。


「経緯がどうあれ、僕は君に助けられて、今こうして生きている。そんな恩人を逆恨みで責めるほど、僕は愚かじゃないよ」


 助けてもらったのなら、その事実に感謝することが当たり前。たとえその方法がいかに残虐なものであっても、助けられた以上、批難するのは筋違い。


 それがシグマの抱く考えであり、彼の人間性の一端を表していた。


 だから彼は、嘘偽りない気持ちでこう言える。


「今更だけど、ありがとう。僕は、君のおかげで生きている」


 裏表のない、素直な感謝。


 いきなり礼を言われるのはさすがにハウルも予想外で、なんて返せばいいのかわからず慌てふためく。


 そんな彼女の様子を見て、シグマも自分の発言が照れ恥ずかしくなり、頬を指で掻く。


「も、もう寝よう。さすがにこれ以上起きてたら明日に響く」


「そ、そうだね。じゃあ電気を消すよ」


 互いの同意で消灯が決まる。ハウルが唱えた呪文は、テント内を照らしていた薄緑色の灯りを静かに消し去った。


 光源が無くなれば、テントの中は一寸先も見ない闇の世界。


 正直、シグマには本格的に睡魔が訪れていなかったが、それも目を瞑っていれば自ずと眠れるだろうと信じることにした。


「あ、あの……シグマ?」


 すると、すぐ横でハウルが、おずおずと名前を呼ぶのが聴こえた。


「どうしたの?」


「いや、そのね? シグマは痛い目に合わされたのに、私に感謝、してるんだよね?」


「う、うん」


 なにか嫌な気配を感じ取るシグマ。


 その正体を突き止める前に、それより早くハウルがこう言った。


「……もしかして、シグマってそういう性癖なんじゃ……?」


「いや違うからね? そういう意味じゃないからね⁉」


 新たに生まれた『シグマ被虐嗜好疑惑』。


 その誤解が解けた頃には二人とも疲労困憊で、やがて死んだように眠るのであった。


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