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終わりからの始まり

やっとシグマとは別の継承者を出せたー!

 死を恐れたことはない。


 そう思う機能(こころ)は不要と判断されたから。


 死を悲しんだことはない。


 使い捨ての自分(どうぐ)には過ぎたものだったから。


 死を与えることを、苦としたことはない。


 人を殺すことを目的としていた以上、それ以外の感情は知らなかったから。


 とても人とは言い難い、獣のような日々を生きてきた。


 だけど一方的に殺し続けることなど叶わない。相手も殺されるとわかっているのなら、必然同じ心構えで迎え撃つ。


 彼の一生とは即ち、生死を懸けた死闘の連続。産まれてから死に絶えるまで、徹頭徹尾変わることはない。


 だから当然、この終わりにも納得していた。


 薄暗く照らされた終わりの見えない廊下を、無機質な冷たさを持った鉄の壁に身体を預けて進んで行く。頭上のスピーカーからは、緊急事態を意味するサイレン。けたたましく鳴り響くそれが、耳朶を劈き煩わしい。


 呼吸は荒く、身体は熱い。けれど同時に、芯は凍えそうなほどの寒さを併せ持つ。


 原因は明白だ。脇腹に開いた孔から、血液が体温を奪って流れ出している。


 名前も知らない誰かから依頼され、顔も知らない誰かから命令され、会ったこともない誰かを殺そうとして、そして失敗して出来た、敗者の銃創。


 幾度となく他者の死を見てきた彼には、これが致命的なものだと十分に理解していた。


 治療を行うための道具も、止血の為の技術も持っていない。


 使い捨ての道具である以上、壊れてしまったのならまた新しいのと交換されるだけ。必死で治して再利用するには費用と労力が嵩張るため、いくらか手軽なそちらが優先される。


 それに、今の彼は追われる身。今でこそ見つかってはいないが、追手に追いつかれるのは時間の問題。その時にはきっと拘束なんて生温いことは起こらず、問答無用で射殺されるだろう。仮にそうでなかったとしても、彼は見つかった時点で自決すると決めている。


 どう足掻いてもデッドエンド。終着点には死だけが待つ。

その理不尽さに不満はない。というより、元から不満を抱く機能など無い。


 もうすぐ死ぬという、その現実を目の前にしても、彼が無様に泣きわめいたりしないのはそのためだ。


 だが、彼が未だ諦めず、こうして先の見えない廊下を進んでいるのは……いわば一種の意地だ。


 振り返る人生に誇れるものは無かったから。


 せめて最後まで任務に殉ずることで、それを冥土の土産にしてやろうと。


 土壇場で生まれた、彼の人生においてたった一つの願い。


 無様でいい。惨めでいい。王手をかけられるその時まで、残りの命全てを使い果たし進み続ける。


 これは誰にも知られることのない、彼の自己満足のような悪足掻き。それを見届ける者は、此処にはいない。



 ―――けれど、彼らは見ていた。



 とうとう身体が傾いていく。


 血を失い過ぎた。視界が渦巻くように回り出し、渾身の力を籠めても全身は弛緩したまま、もはや壁では全体重を支えきれない。


 倒れていく瞬間、その口端はほんの少しだけ吊り上がっていた。


 悔いは無いと、体現しているように。


 そして完全な倒伏と共に、彼の人生活劇に幕が下りる。これは覆すことのできない、当然の理である。


 その、はずだったのに。


 彼が倒れ伏す刹那、その着地地点に突如として眩い薄桃色の閃光が走る。それは瞬く間に幾何学模様―――いわゆる魔法陣を紡ぎあげる。


 それに彼が触れた途端、魔法陣諸共に消滅した。


 跡に残されたのは、夥しいまでの彼の血痕だけ。だけどそれを吐き出し続けた死体はどこにも見当たらず、少し遅れて到着した追手たちは逃げられたと勘違いして阿鼻叫喚の嵐であった。


         ◆◆◇◆◆


 死を恐れたことはない。


 それが何をもたらすか、生きている内にはわからない。だが彼はどんな残酷であっても受け入れるつもりだった。


 幾度も殺人を犯してきた自分に、今さら拒絶することなど許されないと、生前一日も欠かさず言い聞かせてきた結果である。


 だからこそ彼は倒れてから瞑目したまま、こう思わずにはいられなかった。


 ―――死とは、こうも穏やかなものなのだろうか?


 発狂しかねない地獄も、目を背けたくなるほどの結末も、心が廃れてしまいそうな永続も、何もない。


 むしろ先ほどまで苦悶の原因であった脇腹の激痛が収まった分、マシになったとさえ言える。


 いったい自分はどうなってしまったのか。不安にも似た考えが脳裏を過ぎった。


 その時だった。


「―――起きるがいい」


 重低音を響かせる、厳格な声。


 死に囚われたと勘違いしていた彼は、それをきっかけに目を覚ます。


 そして視界に飛び込んできた光景は、およそ見たこともない、豪勢な装飾を細部にまで拵えた煌びやかなホール。先ほどまでいた無機質な廊下との雲泥の差に、彼は目を見張った。


 なぜ自分がこんな場違いな場所にいるのか、前後の記憶を思い出そうと躍起になっていると、


「その様子だと問題は無さそうであるな」


 またも、背後から声を掛けられた。


 恐る恐る振り返ると、そこには高い壇上から彼を見下ろす形で、見た目六十前後の老人が玉座に鎮座していた。その傍らには、二人の少女が付き従えている。


 急な展開を見せる現状に、彼の処理能力は追いつかない。


 それを知らずか、老人はなおも口を開いた。


「傷は完全に癒えているだろう。こちらの世界にくる過程で、其方が負う傷や病は完全に消滅するようになっているはずだからな」


 確認してみれば、確かに脇腹に開いた風孔は塞がっており、始めから傷が無かったのと言われても違和感がないほどに修復されていた。


 だが、安堵よりも不安が沸き起こる。追っていた傷は間違いなく致命傷だったはずだ。それが煙のように跡形もなく消え去ったのだと言われても、いまいち実感を得ない。


「そう驚かずともいい。たしかに其方にとっては劇的な変化かもしれんが、説明なら後々場を設けるので待っていてくれ。だがそれよりも先に、儀式を始めるとしよう」


 老人がそう言うな否や、傍らの少女二人が示し合わせるかのように揃って前へ出る。


「異界より寄りし王の器よ。我らは貴殿の生き様に感服した」


 向かって右側―――気の強そうな笑みを浮かべる少女は、表情とは裏腹に繊細な言葉を紡ぐ。


「そ、その在り方に、け敬意を表し、わ、我らは、貴殿を、王に推薦します」


 向かって左側―――こちらは対照的に憶病そうな少女だった。緊張のせいか、所々噛んでしまっている。


 だが、それを指摘するよりも、気にかかることがあった。

 

 ―――自分が、王だって?

 

 疑問を口にするより速く、老人は玉座より立ち上がる。


 その壇上にて仰々しく両手を広げ、挑むような視線を投げかけた。


「これより其方は、我が国シレーニェの王位継承者である! この私自ら見出した王の器よ、どうかその誇り高き任を汚すことなきよう、来たるべき大戦に備えるがいい!」


 かくして、王位継承戦の舞台は着々と出来上がっていく。


 数多の国が王位継承者を選抜し、役者も揃い始めたことで、開戦の兆しも強まってきた。


 これより先は戦続きの過酷な日々。その過程で多くの命が失われて消えていくことだろう。

 


 玉座に座すことができる者はただ一人。


 消失する命と勝利を贄として王を生み出す、選定の儀式。

 


 ―――王位継承戦は、まもなく。



ちなみにこの継承者、プロット段階では主人公でした。


話を組み立ていく内に、展開の都合上、その座から落とされてしまった可哀想な人です。

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