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太陽に最も近い存在

 そして。


 シグマは勢いよく前へ飛びだした。触腕を振り回しながら迫り来る彼の猛進撃に、しかしてルカライネは一切取り乱すことなく剣を構える。


 今度は居合の型。シグマの突進をうまく躱しながらも、擦れ違いざまに一撃を見舞おうという魂胆だろう。


 だが、二人が交差する、そのまさに寸前で―――シグマは高く、跳躍した。予測を裏切られ、繰り出された一閃が空を斬る。その間に彼は彼女の頭上を飛び越えた。


「ッ、小癪を!」


 後方へ流れていったシグマを追うように、急ぎルカライネも転身。そして、瞠目した。


 見れば彼は、わき目も振らず直進している。そのまま、そのまま、ルカライネとの距離を離していく。


 そこでようやく、彼女もシグマの意図に気がついた。拠点への侵攻を阻もうと、噴煙を用いて加速を得ようとする。


 しかし、それよりも速く。


「―――『吹き荒ぶ嵐の咆哮(ボレア・ウズリーフ)』‼」


 高らかに響く、ハウルの術名。


 ルカライネは思わず脊髄反射で再度転身しながら防御の型を取る。完全に振り返った瞬間―――構えた剣に重過の衝撃。突撃してきたハウルの防壁と受け止めたルカライネの剣が衝突し、周囲に砂塵を巻き起こす。


「シグマの方には行かせないっ!」


「ッ……本っ当に、鬱陶しいわね……!」


 拮抗する鍔迫り合い。眼前にあるハウルの必死の面持ちを見て、ルカライネは憎悪の表情を形作る。食い縛る歯からは不快さを如実に語る歯軋りの音。


 それを聞いてハウルの脊髄に悪寒が走る。対峙している姫騎士の猛勇さに逃げ出してしまいそうになるが、その感情を必死に押し止めた。


 やがて、徐々にハウルの方が圧され始める。もともと彼女の突進は飛翔によるものではなく、『吹き荒ぶ嵐の咆哮(ボレア・ウズリーフ)』で得た慣性によるものだ。たとえ初速が亜音速に近しいものだとしても、その勢いは永遠ではない。むしろ早々に終わる持続性である。


 勢いの重さを直に受け止めていたルカライネも失速に気がついて、防壁に蹴りを叩き込みハウルを弾き飛ばす。


「くっ!」


 衝撃に苦悶の声を上げながら、後方に着地するハウル。今の蹴撃で防壁が少し削れたため再度修復する。本来なら気にも留めないようなごく僅かな傷だが、今回の目的は時間稼ぎ。耐久戦に持ち込む以上、些細な綻びも命取りになりかねない。


 幸いにも、ルカライネはすぐさま追撃を仕掛けようとはしなかった。ある程度距離も離れているため、修復中に動き出しても対応は取れる。


 そう、思っていたのに。


「……え……?」


 ハウルは防壁の内側で、それを目の当たりにして。


 そして。

 

 次の瞬間、彼女に紅炎の〝災厄〟が襲いかかった―――!


          ◆◆◆◆◆


 一方、少しだけ時間を戻してみれば、シグマは脇目も振らず拠点へと疾走していた。


 途中に兵士たちがひしめき合う区間があったが、彼等は先ほどからの別次元での戦闘を目の当たりにして呆然自失となっており、誰一人として塞がる者はいなかった。


 その事実にシグマは内心安堵しながら、それでも速度は緩めずに前進する。視線を上げれば、歩廊にてこちらを見下ろすレオンの姿。その目は獰猛に輝き、口元は残忍に歪んでいる。


 そして掲げられる、巨大な戦斧。両刃は火の光を反射し不気味に煌いて。


 ―――来るッ!


 全身を使っての投擲。レオンの手から離れた戦斧は、振るわれた勢いそのままに落ちてくる―――!


「でも、来るとわかっているのなら!」


 対するシグマは迫り来るギロチンに足を竦ませることなく、代わりに右方から生え出た触腕を地面に叩きつけ、その反動で無理やり上半身を捻じる。


 ―――真横を通り抜ける必殺の刃。耳を劈く轟音を上げ地面に突き刺さった戦斧は、シグマの至近ともいえる真横。もし彼が回避行動を取らなければ、今頃綺麗に捌かれていたに違いない。


 だが、レオンの攻撃は命中することは無かった。それどころか、彼の獲物である戦斧は地面に突き刺さったまま。先ほどのように回収されることもない。


「おや、これは参りましたね」


 彼の口ぶりとは裏腹に、酷く飄々としている。けれど彼が武器を失ったのは紛れもない事実だ。


 この機を逃してはならない。レオンが立て直そうとする前に、急ぎ拠点を制圧しなくては。


 シグマは地面に叩きつけていた触腕の全てを一度収縮、一秒で力を溜め、屈むと同時に開放する。凄まじい勢いで地面に突き立てられる触腕。その反作用でシグマは高く高く跳躍する。


 見上げていた歩廊を、見下ろす位置にまで。


 ―――十五……いや二十ッ!


 その間に、シグマは拠点内の人数を数え、その中から脅威となりそうなものを探し出す。僥倖にもルカライネやレオンに匹敵するほどの人物は見受けられなかった。


 ならばこそ、シグマはレオン一人に狙いを絞る。もとより制限時間はそう多くはない。拠点制圧において最大の障害となる彼を迅速に処理することで、制圧における時間を最小限に済ませようと考えた。


 そしてシグマはレオンを捉えようと彼の方を見て、そこで小さな違和感に気がついた。


 この期に及んでも彼は焦燥の色を欠片も見せない。その様相は落ち着いたまま、安らぎすら感じているのではないかと疑うほどに。


 すると、突然レオンが右腕を上げる。何かしらの攻撃かと身構えたシグマだったが、彼はただ指さしただけだった。


 他でもない、シグマを。


「……?」


 わけのわからない行動に少しだけ混乱する。もしや錯乱を促すのが狙いかと思ったが―――


()()()()()()()!」


 背後で聞こえた、ハウルの必死の声。


 それに気づいた瞬間、全身から血の気が引いた。


「淑女を置いて征くなんて、紳士として失格よ」


 背後から聞こえる、聞こえてはならない者の声。あまりの恐ろしさに振り替えることを躊躇った。


 レオンは指さしていたのだ。シグマではなく、その後ろ。


 ―――豪炎の双翼を羽ばたかせて飛翔する、ルカライネの姿を。


「ッ⁉」


 シグマは勢いよく全身を捻じり反転。同時に触腕を翳し防御の姿勢を取る。


 直後、鉄槌を叩きつけられたような衝撃が彼を襲い、一直線に地面へ向かって落下する。彼女が剣を振り下ろしたのだと理解した時には、着地の際に鈍痛が背中を駆け巡る。たまらず肺の空気が全て外に溢れ出て、視界が明暗する。


 その刹那、シグマは目の当たりにしてしまった。


 頭上で燦爛と輝く一つの恒星。空を埋め尽くし燃え盛るその炎はあまりに激しく、プロミネンスが龍のように踊る度、周囲の空気は焼かれ歪んでいく。


 本来彼方にあるべきものが目の前で光り輝くという、いっそ神々しさすら感じてしまう光景。


 そして何より恒星の中心、渦巻く豪炎の中心で、高々と剣を掲げる少女の姿に目を奪われる。


(―――マズい―――ッ!)


 ルカライネの意図することがわかってしまったシグマは、全身の激痛を無視してさらに無数の触腕を内から生やす。そしてそれらを自身に巻き付けるようにして収束させ、まるで繭のように身を守った。


 そして、彼女は降り来たる。その身に纏う膨大な火炎と共に。


「ハァ――――――ッ‼」


 威勢を伴う一声と共に振り下ろされる彼女の剣。


 直後、恒星は大地に衝突し、巨大な火柱を天へ昇らせた。


「ぐ、ぅうううううううううううううウウウウウウウウウウウウウウウ‼‼」


 落下地点の中心でその衝撃を受け止めたシグマに規格外の圧力が襲いかかる。さらに急速な勢いで焼き焦がされる熱波は触腕の盾を潜り抜けて、彼の身体を這うように苦しませる。


 皮膚が焦げる。眼が熔ける。血液が沸騰して蒸発してしまいそう。


 このまま耐久勝負に持ち込めば、まもなくシグマは焼死体となるだろう。だからこそ、はやく逃げないといけないのに、この地獄から何としても脱さないといけないのに。


「いい加減、潰えて終え……ッ‼」


 ルカライネが触腕に突き立てた刃があまりに重くて、防壁を解くことが叶わない。


 安易に防壁を解けば、その瞬間彼女の剣はシグマを両断する。しかし、だからといって耐えることに専念しても、やはり高熱に焼かれて朽ち果てる。


 打開策を考えようにも、熱気と激痛で沸騰した思考ではろくな案が出ない。


 状況を鑑みれば、シグマはどうしようもなく詰んでいた。


「『摂理を統べる(ボルシェグネ)魔導の書(・クニーガ)』ページ切り替え―――!」


 すると、遠くからハウルの声が聴こえた。


 今、ルカライネの全集中はシグマへ割かれている。ここまでの戦斗過程においてハウルはそこまでの脅威足らしめないと判断したからだろう。実際に彼女の魔術はルカライネには通じなかったのだから、そう捉えても仕方がない。


 だが、だからこそ、その認識は彼女の好機となる。


「『闇夜を穿つ(オダーフ・)眩き閃光(スピーシカ)』、展開と同時に再集束。工程が完了したら、再び『摂理を統べる(ボルシェグネ)魔導の書(・クニーガ)』のページを切替え!」


 彼女の言う通りに、彼女が紡ぎあげる魔術は動いていく。


 それは彼女の扱える魔術の中で見てみれば、未完成ともいえるもの。本来、用意された術式に魔力を通すだけで使用可能にする『摂理を統べる魔導の書』でワンステップを必要とするのは、記載されている術式が完全なものではないからだ。だからこそ一秒一瞬が命取りになる先ほどの戦闘では、彼女は迂闊にこの魔術を使えなかった。


 けれど、今、この状況においては。ルカライネもレオンもその注意をシグマに向けている。邪魔建てされることはまずありえない。


 ハウルの前方で集束していく光球の数々それらは群れることなく合体して巨大な一塊となる。するとその周囲に幾何学模様の魔法陣が形成され、その面をルカライネの方角に固定した。


 これで砲弾が番えられた発射台は準備を完了する。であれば、こちらの意図に気づかれ対策される前に撃たなければならない。


 そしてハウルは高らかに魔術の名を告げた。


「―――『闇夜を貫く光の聖槍(キャピオ・スウェータ)』ッ!」


 途端、魔法陣内の光球が輝きを増して、やがてそれは勢い良く放たれた。


 空を翔る一条の光線。光の帯の軌跡を残して飛翔するそれは、ルカライネ目掛けて真っ直ぐに飛んでいく。たとえ道中に渦巻く炎のであろうとも、光線は動じることなく突き抜けて。


 やがてそれは、ルカライネに命中した。


「ッ、この……!」


 けれどそれは損傷には届かず。悔しそうに悪態を吐くルカライネは、間一髪のところで剣での防御に成功していた。


 しかし、光線の勢いまでは殺しきれず、彼女は押し出される形で吹き飛ばされる。


「―――ぷはっ!」


 彼女が離れたことにより、無限の熱波から解放されシグマは大きく息を吐く。あともう少しだけハウルの援護が遅れていれば、シグマは我慢できずに熱せられた空気を吸い、体の内側を焼け爛れさせていただろう。


 だが、礼を言っている暇は無い。


 視界の端に、壁に張り付くようにしてこちらを見下ろすルカライネの姿が映る。しかもそのまま静観しているのではなく、巨大な爪にも見える火炎の刃を三本携えて右腕を振りかぶっていた。


 慌ててシグマは全触腕を駆使してその場から跳ね飛び退く。直後、その場所を赤い凶刃が悍ましく焼いた。


 その容赦のなさに戦慄しながらも、シグマは追撃を躱しながら必死に距離を取った。


 喉が干上がる。体が朽ちる。心が憔悴する。


 ようやくハウルの横まで逃げ延びたかと思えば、突如シグマの全身から力が抜ける。ガクガクと手足が震え、まともに立っていられない。


 ここに来て、シグマの全てが限界に達しようとしているのだ。


「シグマ、大丈夫⁉」


 慌てて駆け寄る彼女の声も、どこか遠く聞こえてしまう。大丈夫、心配しないで、と。そう言いたいけれどうまく口が動かない。


「ごめんなさい、もう少しだけ時間を稼ごうと思ったんだけど……」


 それは無理だろうと、シグマも心の中で納得する。


 ルカライネはここに来てさらに自身の力を解放した。先ほどまで個々の力で何とか対処出来ていた者が、今では災害級と揶揄できるほどにまで膨れ上がっている。あれを相手に時間を稼ぐなど、一分保てばいい方だ。


 さらに、シグマの体力も底を尽きかけている。もはや拠点へ攻め入るだけの力も出ず、渾身の力を籠めても立ち上がることが精一杯だった。


 いよいよこれは年貢の納め時か―――諦観にも似た感情がシグマの内を占めていく。


『本当に? それでいいというのか?』


 すると担い手の失態を嘲笑いに来たのか、今まで静観に徹していたシャルベリアが再び口を開いた。その口調にはどこか嘲りの色を感じる。


『このままではあの小娘に焼かれて灰になるぞ? その結末を易々と受け入れるほど貴様は愚者であるというのか?』


 彼女の声色に棘があるのは仕方がないことだと思う。


 だって、先ほどシャルベリアの前で大口を叩いておきながら、今まで押しては退いてを繰り返す戦いをずっと行っているのだ。つまらなさを感じるのも否めないことである。


 けれど、当の本人は好き好んでやっているわけではない。可能であれば今すぐにでも終わらせたいし、それも自分たちの勝利という結果で残したい。


 だけどダメなのだ。生半可な力で挑んでどうにかなるほど、ルカライネは温くない。かといって本気で挑めば彼女を傷つけ、この国に居場所は無くなる。


 いったい、何を、どうすれば、など。もう考える気力も底を尽きかけていた。


『貴様がどのようにして抗うものか、我も愉しみだった故に静観していたが……流石にもう飽いた。その未熟に満ちた苦悩の貌もそそるものがあるが、そろそろ鬼気迫る顔も見てみたい』


 なぜか、シグマは悪寒を感じた。


 シャルベリアの口調から、何か底知れない不安を感じる。


 それが何に由来するものか、シグマが理解する前に、シャルベリアは口を開いた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


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