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理解不能の力量差

寒くなってきましたね。

皆様、どうかお体にはお気をつけて

 肺の息が切れると同時に絶叫を止め、シグマは再び前方を見る。


 視界は激痛の負荷によって赤く染まり、所々にノイズによるモザイクが走った。


 だが、捉えるべき相手―――リューズビーリアの軍勢は、支障なく映せている。


 彼らは動きを止めていた。シグマの変貌を目の当たりにし、恐怖して。


 しかし、すでに演習は始まっている。儀式剣が抜刀された時点で堰は切られた。


 それでもなお、動くことができないというのなら仕方がない。シグマは遠慮なく先手を頂くことにする。


(っ……けど、どうするべきか……⁉)


 激痛に苛む脳で必死に思案し、如何にして動き出そうか最善手を模索する。


 持久戦は臨めない。儀式剣の代償による激痛は、立っているだけでもシグマの体力を大幅に削っていく。十万もの大軍を一々相手にしていれば、先に膝を付くのは彼の方になるだろう。


 求めるものは短期決戦。必要最低限の動きで、最大数の兵士を戦闘不能にしなければならない。


 では、そのための方法は?


 答えは意外にも、脳の中に直接届く。


『そのような些事の答えなど、単純で明解であろう。人は、己の期待を超える者には昂り、予測を超える者には怯み、想像を超える者には慄き、理解を超える者にはもはや立ち向かえぬ』


 諭すように、シャルベリアはそう言った。


 その理屈が正しいのだとすれば、現状シグマが最も必要とするのは〝兵士全ての理解を超えること〟である。


『ならば、最速にて最短に理解を超えるにはどうするべきか?』


 手数は重ねられない。結果は重ねられない。そうするだけの時間を、シグマは持ち合わせていない。


 であれば、答えは自ずと見えてくる。つまりは―――


『―――初撃にて、凄惨たる結果を見せつけてやれッ‼』


 そしてシグマは、天へと伸びた無数の触腕を振り回し制御する。魂が遠ざかっているせいで鈍い感覚、それでもなんとか触腕の先端を地面に向けることに成功し、勢いよく突き立てていく。


 まるで柵を造るかのように、彼の触腕の全ては横一列に地面へ刺さった。それでも現存するだけの触腕では足りなかったので、シグマはさらに肩部から触腕を生み出して柵の横幅を延長していく。


 その意図が解らず、眺めていた兵士たちの間で動揺が起こる。だが直後、その動揺は戦慄に変わることとなる。


 変化は兵士たちとシグマらを分かつ中立地帯に発生した。


 初めは小さなヒビだった。突如として現れたそれは、一見すれば何ら変哲の無い、ともすれば初めからそこにあったと言われても気づかないほど些細なもの。


 それが、次々とそこかしこに発生し、数を増していく。さらにはクレバスのような地割れすらも発生して、兵士たちは何事かと辺りを見回し始める。


 自然災害? 否。これは紛うことなく、シグマが起こしている現象である。


 果たして兵士の中に気づけた者はどれだけいるのか。彼は地面に突き立てた後も、地中で触腕を伸ばし続けていた。途中、その軌道を直角に曲げて。


 そうして出来上がったのは、一つの巨大な熊手。地中で完成したそれを、シグマは堆積した土石ごと持ち上げようとしていた。


 普通なら現実味の帯びない絵空事。たとえどれだけ怪力を誇る超人であっても、大地を持ち上げることは叶わない。それどころか重さに負けて、逆に持ち上げられても何らおかしくはない。


 人の力、ならば。


 継承者としての力を解放しているシグマは、発生した触腕を自在に操ることができる。そしてそれらを駆使して補強することも。


 前方の触腕とはまた別に、後方へ更なる触腕を突き立てる。しかし今度は深く、深く。初めの突き立ての二倍ほどの深さまで潜り込んだ触腕は、やはりその軌道を直角に曲げる。


 これで簡易とは言えど、即席のストッパーが出来上がった。シグマが自重より遥かに重い大地を持ち上げようとしても、身体はしっかりと固定されているので逆に持ち上げられることはなくなる。


 さらに、突き立てられたいくつかが枝分かれするように新たな触腕を生やし、それら全てを地面に叩きつける。


 それは倒れた身体を起こそうと力を籠める腕のように。生物ではないためリミッターという概念が存在しない触腕は、それぞれが重機並みの怪力を発揮して果てしなき重量へ働き掛ける。


 その行動こそが、大地にひびや地割れを起こした原因だ。


「ウッ、ヅゥゥゥッゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――‼」


 限界まで食い縛った歯の隙間から、蒸気を思わせるほどの熱を持った息が勢いよく漏れる。


 ただでさえ激痛に支配されて苦悶している身体に負担が加算されて弾き潰されそうになる。耐えきれなかった血管が破裂して、シグマの四肢から鮮血が噴水のように飛び散る。よって激痛の度数はさらに増し、視界のノイズは膨れ上がってテレビの砂嵐のようになっていた。


 ―――そんなもの、だからどうした。


 痛いし、苦しいし、何よりつらい。逃げれるのなら、今すぐにでも逃げ出したい。


 けれど、それができないということをシグマは理解している。


 価値を証明しなければ、自分の居場所はここには無い。ここから逃げても、安住の地に宛ては無い。


 結局、シグマはここで足掻くしかないのだ。


 であれば、多少の無茶は容認する。どうせ破裂した血管もボロ雑巾のような四肢も時間の経過で元道る。気にする必要は微塵もない。


 それどころか、さらに力を籠めたとしても問題ないだろう。


 全身に全力を籠める。渾身の力を以て、触腕共々両腕を上げようと躍起になる。途中、両手の爪が根こそぎ剥がれ、鮮血の量は勢いを増したが、それでも籠めた力は微塵も緩めなかった。


 そして、とうとうその結果が訪れる。


 突如響いた重低音。音源の辺りを見てみれば、そこには小さな段差ができていた。……いや、これは()()と言うべきか。


 一度土の粒子の結合が離れたのなら、後は動かすことは容易い。


 徐々に、ゆっくりと、大地が盛り上がる。平らだったはずの荒れ地に、急勾配の山ができていく。


 その光景を目の当たりにして、兵士は皆、放心するしかなかった。


 だが、呆けるのはまだ早い。まだシグマは単に山を造り出しただけだ。


 攻撃と言うべき行動は、これからである。


「グゥゥゥゥゥォォォォォオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 その持ち上げた大地は、シグマの咆哮と共に。

 

 ―――勢いよく、投げられた。


 畳返し、という技がある。これは忍術における防御手段というべき一手で、その名の通り敷かれた畳を叩き上げることによって迫り来る手裏剣や矢を防ぐために使われる。


 今回シグマが行ったのは、多少のやり方が違えど、似たようなものだった。


 ただし、異なっているのはその規模。


 畳の代わりに捲り上げられた大地は、抉られた土砂をまき散らしながら、津波の如く軍勢の方へ雪崩れ込む。


 シグマと兵士たちの間に距離があったのは幸いだった。土砂の雪崩は最初の方こそ凄まじい速度で侵食していたが、やがて速度を落とし軍勢の五十メートル前で完全に停止する。


 しかし、弩級(どきゅう)の質量が地面に着陸することにより発生した衝撃波が、前列で構えていた兵士たちを蹴散らすように吹き飛ばす。それに伴い、後方で構えていた兵士たちも何事かと錯乱し、徐々にその動揺は規模を広めて周囲に伝染していった。


 兵士たちは屈強であり勤勉だ。直接継承者の力を目の当たりにするのは初めてとはいえ、事前に過去の記録を読み取り、どのような戦い方をするかという情報は把握している。


 ある者は剣術に優れた武闘を、ある者は魔術に秀でた巧策を。


 人ならざる技を有する継承者に畏怖と敬意を抱きつつも、その在り方を知識として取り込み、如何にして対応するか訓練していた。


 ―――だが、これは違う。


 一人の兵士が、わななく口でそう呟いた。


 彼の目には、紛うことなく純粋な恐怖が映されている。


 ―――こんなのは知らない。


 継承者とは、人ならざる力を保有する特別な存在。


 過去の記録を見ていても、その異様性は強く印象に残る。


 ―――こんなのは聞いていない。


 ある者は武闘によって一騎当千を、ある者は巧策によって怒涛の逆転劇を、それぞれ成し得てきたと学習した。


 だが、対峙した継承者は違っていた。


 彼が生み出した、眼前の光景。三十メートルはくだらない高さで屹立する土砂の積山を目の当たりにして、兵士たちはこう思わずにはいられない。


 ―――『災害』を起こし得る継承者など、理解できるはずがない―――!


 結果として。


 シグマは一撃で、兵士たち全ての理解を超えることに成功した。


 その影響として、兵士たちの足は例外なく震えている。武者震いで猛る戦士ではなく、恐怖で怯える小鹿のように。


 誰も彼もが立ち向かう勇気を消し飛ばされた。


『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 腹が捩れるくらい愚直な力技、見ているこちらまで莫迦になりそうだ! だが、それがいい! やはり主は面白可笑しいものを我に見せてくれる!』


 脳裏でシャルベリアが愉しんでいる声が聞こえる。気のせいか、前回よりもより鮮明に聞き取れた。


 しかし、それを追及している暇は無い。まだ演習は終っていないのだから。


 全軍の降伏が明確になっていない以上、この演習はシグマの勝利とはならない。……そもそもその条件自体が成立するものではないから、成し得ることはできないのだが。


 であれば、もう少しだけ暴れ回る必要がある。


 シグマは生やし過ぎたいくつもの触腕のうち、半分を吸収するように己の内へ取り込むと、大きく息を吐いた。


 吐息には血の味が交っており、鼻孔には鉄に似た臭いがこびりつく。


 ふと自身の指先を見てみれば、剥がれたはずの爪は欠けることなく再生していた。鮮血を流し続けた傷も、今では痕すら残さず治っている。


 けれど、未だにこの激痛だけは剥がれない。


 理性は一枚一枚と、徐々にではあるが確実に削り落とされている。このまま時間を浪費し続けては、先に朽ちてしまうのはシグマの方だ。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……‼)


 目的を果たすためにはまだ足りない。兵士たちの心を折るのではなく、物理的に減らしていく必要がある。


 ノイズに塗れた視界を、再び前へ向ける。視線の先には彼が作り出した土砂の山脈が、防壁を築くかのように横へ伸びている。


 未だ、誰もその壁を乗り越えてくるものはいない。


 迎撃の必要はないとシグマは判断し、代わりに出撃の用意を整える。


 容易と言っても、別段特殊なことをするわけではない。単純に両脚を屈伸するように折り畳んだだけ。背中から生やしていた六本の触腕も同じように、地面に接地させて折り曲げる。


 そして息を大きく吸い込み、両脚ないし六本の触腕全てに力を籠めて跳ね伸ばす。


 ただそれだけのことで、シグマの身体は勢いよく前方へ射出される。そして迫り来る土砂の絶壁に触腕を突き立て、まるで蜘蛛のように駆け上る。


 地上から三十メートル先の頂上を超えるのに、十秒もいらなかった。


 兵士たちの視点では、突如シグマが向かい側の死角から躍り出てきた形となる。先ほどまで呆けていた彼らに、迎撃の準備など整っているはずもなく。


「―――ォオォッ‼」


 シグマは山頂を蹴り飛ばすようにして突撃。咄嗟に見つけた軍勢の人口密度が低い位置に降り立つ―――もとい、着弾する。そして全身を捻じることで付随している触腕を振り回し、周囲の兵士たちを薙ぎ払った。


 完全武装で守護していたはずの兵士陣に、一つの小さな円形の空白が出現する。


 その中央で、一つの異形がゆらりと立ち上がる。その貌を自ら両手で覆い隠す様は、まるで自ら相貌を握り潰そうとしているように。


 貌に食い込んだ五指の隙間から、焦点の定まらない瞳孔がこちらを覗いている。食い縛った歯から漏れる嗚咽に似た声が、彼に纏う激痛の凄惨さをありありと物語っていた。


 だが、彼は止まらない。止まれるはずがない。


 顔に張り付く両手を引き離すように外し、身体を弓なりに反らしながら咆哮する。


「征クゾッ‼」


 もはや人の語としてもあやふやな声で威勢を吼え、それに呼応するように触腕が跳ね回る。


 戦力比は未だどちらとも欠けず、十万対二のまま変わらない。


 けれど、兵士たちは知ってしまった。


 たとえ戦力比ではこちらが断然優位とはいえ。


 ―――総力比ならば、遥かにこちらが下回っている。


 成す術など、どこにも無かった。

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